TS戦闘狂エルフが拾った男と死合うまで   作:ちぇんそー娘

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4.剣を振るだけ 表

 

 

 

 

「アイラさん、もう朝だぞ。いつまで眠ってるんだ?」

「……おはよう少年。朝ごはん何?」

「自分で確かめろ」

 

 寝起きではっきりしない意識を深呼吸で覚まし、ベッドから出る。

 冬の寒さが肌を刺すが、環境の変化に強いエルフの体はそれを寒いとはわかっていても、辛いと感じるようなことは無い。

 

 

 少年と出会ってからだいたい二年。

 まだそれだけなのに、少年は見違えるほど強くなったし背も幾らか伸びた。

 

 そして、私の生活は少年に管理されつつあった。

 

 どうやら私は寝起きが悪いらしいし、料理が下手らしい。

 何せ寝起きの方は今までまともに寝ることなんてなかったし、料理の方なんて最後にちゃんとやったのがいつか覚えていない。

 

 だから仕方ない。

 なんでか、最近はよく眠れるから起きるのが面倒なのも、料理や家事だって少年の方が上手いんだからそっちに任せるのが合理的だ。

 

 

「おい、こぼしてるぞ。掃除するの俺なんだから綺麗に食べてくれよ」

「……なんか納得いかない」

「俺だって納得いかないよ。なんでこうなったんだか」

 

 

 こんなやり取りも、もうすっかり慣れてしまっていた。

 

 

 

 

「なぁアイラさん。俺も魔術使ってみたいんだけど」

 

 本日の修行を終え、満身創痍で地面に寝転んでいる少年の治療の為に道具を持って帰ってくると、突然そんなことを言われた。

 

「見せたことあったっけ?」

「初めて会った時とか、他にもたまに指先から火を出したりしてるじゃん」

 

 正直戦い以外で使ってる時はほぼ無意識だから覚えてないんだけど。

 

「しかし、突然どうしたの?」

「使えるものは、なんでも使えた方が強くなる。魔術だって使えた方がいいだろ」

 

 確かに少年の言う通りであり、私だってそういう理由で魔術を使えるようにした。

 

 だが、使って強くなるのは使()()()()()だけだ。

 

「三百年。これってなんの時間だと思う?」

「え?」

「私が戦闘中、剣を振りながら正確に魔術を扱えるようになるのにかかった年数」

 

 魔術は確かに便利だが、それはあくまで一つの戦闘の手段としてだ。

 威力も範囲も申し分ない。だが、そこまでの魔術を使うのにはたくさんの知識と、詠唱などの下準備が本来は必要なのだ。

 

「私が一瞬で使ってるように見えてるのは、それが出来るようにずっと鍛錬してたからだよ。そして、この方法は人間には効率が悪過ぎる」

 

 実際には他にもいろいろと準備があったし、五百年以上かかったと言ってもいいだろう。

 私の剣技は、私が人を殺す為だけに編み出した技ばかり。こんな風に参考にならない技だって沢山ある。

 

「……ふーん、アイラさんみたいにやってみたかったんだけどな」

「それならまずは、私に一撃でも入れられるようにしよう。そうなれば次の段階に進めるよ」

 

 ……しかし、初めてだ。

 少年は私生活のことだとやれ起きろ、やれ掃除の邪魔、やれ零すなと非常に口煩くなっていたが、修行のことに関しては今まで一つも意見をしてくることは無かった。

 

 思えば出会った時よりもよく喋るし、表情もコロコロと変わる様になった。

 

 これが所謂年頃と言うやつなのか? 

 確か人間には、一定の年齢くらいになると保護者に反骨心を抱きたくなる時期があると聞いたことがある。

 

 それならば面倒極まりないが、今のところは新しい技術を獲得したいという強さへの貪欲さでしかないから良いだろう。

 

 私に一撃を浴びせられないようじゃ現在は教えられることは無い。

 かと言って、何も新しい学びが無いと人間は飽きてしまうことがある。なにか新しい刺激を……。

 

 ……そうだ、あれがあるじゃないか。

 

 ちょうど良かった。最近少年との時間が増えて掃除をする暇もなかったし、これならば……。

 

「……アイラさん、なんで笑ってんだ?」

「私が笑っちゃ悪い?」

「悪くないけど、アイラさんが笑う時考えてる事は絶対悪いことじゃん」

 

 本当に遠慮がなくなってきたな、少年。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、この子がアイラさんのお弟子さんですか!」

「そうなんだけど最近伸び悩んでいてねぇ。稽古をつけてやって欲しいんだ。あ、遠慮はいらないよ」

「任せてください! アイラさんの頼みなら断る理由なんてありませんからね!」

「え。俺やるって言ってない」

 

 数日後、私達は近くの街の剣術家の男の家を尋ねていた。

 

 こう見えて私は人付き合いはちゃんとやる方だ。

 後々得できるように、近隣の人々にはちまちまと恩を売っている。

 

「……アイラさん、あの人には何をしたんだ?」

「ただちょっと困ってたみたいだから助けただけだよ」

「本当は?」

「困らせて助けたら懐いてきたから利用させてもらってる」

「あんたって人は……」

「エルフだもん」

 

 私達は損をしていないのに、これを言うと少年は決まって大きな溜め息を吐く。なんとなく、それが居心地が悪いから言いたくなかったのに、なんで聞いてくるんだ。

 

「……一応、聞いていいか?」

「何かな?」

「俺に愛想尽かしたとかじゃないよな?」

 

 少し元気の無い声で少年にそう聞かれ、反応に困ってしまう。

 

 愛想を尽かした訳では無いが、私では教えられないからと別の人間を頼っているわけで、これは愛想を尽かしたに入ってしまうかもしれないのでは無いだろうか? 

 

「……………………そんなんじゃないよ」

「沈黙長くねぇか?」

「そんなことないってば。とにかく、彼からは学べることが多いよ」

 

 少年を預ける先の男は、私から見ても結構な腕の剣士だ。

 

 この時代は『魔剣』なんて物騒なものがある。その対抗策は、魔剣とその模倣品を使うこと、それだけしかない。故にどこに行っても剣術を鍛えている人間がいる。

 この時代の最も強い武力は『魔剣』と『剣術』なのだ。

 

「ほら見てみなよ、彼だって私よりは弱いが、きっと君が学ぶことがある」

 

 視線の先では、別の子供達に男が剣を教えている。

 

 落ちてくる木の葉に向けて男が木剣を構え、素早く振り抜く。

 風圧で吹き飛ばすことも無く木剣は木の葉を捉え、空中で真っ二つにしてみせた。

 

「……っ、確かに。あれはすげぇ」

「……う、うん。すごいね」

「ああ。あんなのアイラさんの技でも見た事ない」

 

 正直私も驚いた。

 

 あれと同じことやれ、と言われてできる自信はあまりない。そもそも私、木剣握った経験がほとんど無いんだよね。

 

 だからできないだけであって、私だって百年くらい練習したら絶対できるし、そもそもあの男と私が殺し合いをしたら絶対に勝つ。

 

「……一応聞いておくよ? 少年、まさか彼の方が凄そうとか思ってないよね?」

「まだあの人からは何も教わってないから、なんとも。……ただ」

「ただ?」

 

 少年は口元を抑え、言葉を選ぶかのように、どこか慎重そうに言葉を漏らした。

 

「アイラさんの方が強いのは分かる、それでもアイラさんには持ってないものも持ってる。だからこそ、学ぶことも多い。そういうことだろ?」

 

 全くもってその通りだ。

 

 私はあくまでエルフであり、人間ではない。見た目や体の構造こそ似ているが、生物として根本的に違う存在。

 

 だから人間は私ができることができない。

 それは同時に、人間にだってエルフにはできないことがあるということ。

 

 それにずっと同じことをするのは人間は飽きる。気分転換も含めて、少年の言うことは私の狙いそのものであり、やはりこの子は才能があり、聡い子だとも思い直させられる。

 

 

 ……だけど。

 

 

「……私の方が強いし」

「いや、それは分かってるが? でも……」

「でもじゃない。私の方が、強い」

「なんか怒ってる?」

「別に?」

 

 

 全部あっているはずなのに。

 私はそれを正解とは認めたくなかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 別の人から教えを受けて改めてわかったことがある。

 

 

 一つは、俺は結構強いこと。

 

 自慢できることでもないが、既に殺し合いというものを体験している。そしてアイラさんから地獄のような修行を課せられている分、少なくとも同世代の少年少女とは比べ物にならない程に強い。

 

「いやぁ、すごいなリューガくん。アイラさんから聞いていたが、こんなに動けるなんて」

「……一太刀も、浴びせられなかったんですが」

「そりゃあ俺は大人だからな!」

 

 

 二つ目は、上には上がいるということ。

 

 アイラさんが言うだけあって、この男の人……レーゾンさんはとても強かった。

 

 多分、単純な剣術の腕なら俺を殺しに来たヤツらなんかとは比べ物にならない。

 アイラさんと出会った日、アイラさんが殺した剣士よりも剣術だけなら上だ。

 

 何せ、奴らの仲間を返り討ちにして何人も殺した俺が手も足も出ないくらい強いのだから。

 

「だが、さすがにここまで強いとは思わなかった。本気で相手せざるを得ないほどとは、アイラさんとは普段どんなに修行をしてるんだ?」

「すいません、それは教えるなって言われてるので」

「構わないよ。自分の技を無闇に広めてしまっては、寿命を縮めることにも繋がる。あ、君に教えるのを渋ったりはしないから安心してくれ」

「それはわかってます。……ありがとうございました」

「うん、じゃあ続きは明日だな」

 

 差し伸べられた手を掴み、何とか立ち上がる。

 一応、本気で相手したと言ってくれたことで改めて実感した。

 

 

 三つ目、アイラさんはやはりバケモノだ。

 

 強さがとか、そういう話ではない。

 あの人が剣に捧げてきた時間や意識こそがバケモノなのだ。

 あの人の動きには決まった型や、流れが存在していない。常にその場その場で最適な動きを選択している。

 

 あれは剣術なんかでは無い。

 

 あれは、殺しの技だ。

 そして、だからこそアイラさんは強く、俺の師匠に相応しい。

 何せ俺が求めているのはそれこそ、相手を殺す技だ。

 

 アイラさんは一体どのようにして、あの技を完成させてきたのだろうか。

 それが分かりさえすれば、俺にもなにか……。

 

 

「ねぇ君。君君! リューガくんだっけ?」

「うわっ!」

 

 

 考え事をしていたせいか、背後を取られていたことに気づかなかった。

 しかも耳元で声を出されたのもあって、思わず変な声を出してしまう。

 

「えっと、あんたは……」

「私はレノンだよ。君が剣術を教わってる人いるでしょう? あの人が私のパパ!」

「あ、あぁ……」

 

 レノンと名乗った女の子は、確かによく見るとレーゾンさんとどこか似た顔立ちをしていたし、彼が他の子達に剣術を教えている時に、その中に紛れていた気がする。

 

「俺はリューガだ。その、よろしく」

「よろしくねリューガくん。それでね、さっきお父さんとの試合見てたんだけど君すごいね! 同世代で私より強い子なんて初めて見たよ!」

「へ、へぇ……」

 

 ───思えばである。

 

 俺は人生で女性と喋った経験がほとんどない。

 

 身内を除けばアイラさんくらいだし、アイラさんは年上の女性かつ保護者。

 

 俺は、同年代の女子との対話経験がほとんどなかった。

 しかも相手はグイグイ来るタイプ。どう喋っていいのか分からなかった。

 

「ねぇ、あのさ。良かったらなんだけどさ……」

「え、あ、何、なんすか?」

「お父さんが聞いたら怒るから、内緒にして欲しいんだけどね。私と……」

 

 ボソボソと耳元で喋られて、むず痒さでその場から走り出してしまいそうになる。

 しかしお世話になってる人の娘ということもあって無碍には扱えない。グッとこらえて、彼女の囁く声に耳を傾ける。

 

 

「私と、して欲しいなぁって」

「……何を?」

「試合」

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 レノンの握っていた木剣が宙を舞う。

 無手となってバランスを崩し、その場に尻もちをついた彼女に木剣の先を突き付けて、俺は大きく息を吐く。

 

「俺の勝ち、だよな」

「う、うん。でも本当にすごいねリューガくん。私、これでもお父さんの弟子の中では一番強いんだよ?」

 

 それは俺も驚いた。

 負ける気はしないが、本気を出さないと負ける程度にはレノンは強かった。

 年齢は俺よりも一つ上の十二歳だと言っていたが、それを踏まえたって同世代に自分がこんなに追い詰められることがあるとは、微塵も思っていなかった。

 

「お父さんはリューガくんより強いのに、なんで私は勝てないんだろうなぁ。うーん、悔しい」

「俺はレーゾンさん以外からも教えを受けてるからな。その人のおかげだよ」

「あ、それってアイラさんのこと? 凄いよねあの人! なるほどアイラさんの弟子だったのか……それなら強くて納得だ!」

 

 親子揃って、随分とアイラさんを信頼しているようだ。

 

 ……その笑顔を見る度に、心が痛くなる。

 何せあの人、ほぼ間違いなくこの親子にマッチポンプで取り入っているのだから。本当にそういうことするのはどうかと思うが、その恩恵を受けている立場でもあり、手段を選んでいられる立場でもないので何も言えないが。

 

「すごいよねアイラさん。素敵だし、強いし、かっこいいし、すっごく頼りになる大人って感じで!」

「……そうか?」

「そうだよ!」

 

 普段の彼女の姿が頭の中に思い浮かぶ。

 

 確かに剣を握っている時はそうだが、他の時は……なんというか、だらしないというか、根本的にそこに能力を振ってない感じ。

 

 そんな自分の思考に、さすがに失礼だなという考えが過ぎる。

 彼女は俺の命の恩人であり、どんな理由があろうとも育て、今日まで面倒を見てくれている。

 

 

 なのに、俺は彼女を『頼りになる』とあまり感じていない。

 その事に、自分自身今気付いて、驚いていた。

 

 

 あの人はきっと、俺が期待を裏切らなければずっとそばに居てくれる。そういう安心感はある。

 

 でも、頼りになるかと言われたら、それは違う気がした。

 だってあの人は……。

 

 

「でも、優しい人ではあると思う」

「やっぱり? 笑顔も優しそうだもんね。教え方も優しいの?」

「稽古は最近は全部真剣でやってたよ」

「真剣に、じゃなくて真剣で?」

「うん」

「……へぇ、文化の違いって感じだね!」

 

 

 精一杯オブラートに包み込んだであろうレノンの反応を見て、やっぱりアイラさんのやり方はまともじゃないことを改めて知ることが出来た。

 

「でもやっぱり、優しい人だよ」

「安心してね。うちのお父さんもすごく優しい人だから!」

 

 あの人はまともではない。

 けれど、すごく優しい人だ。

 

 優しくない人が、俺の手を握ってくれることなんてない。

 優しくない人の手を握って、あんなにも穏やかな気持ちになれるわけが無い。

 

 

 そして、頼りにならないと思ってしまうのは。

 俺の手を握るアイラさんの手は、いつも震えていた。いつもなにかに怯えているかのように震えている彼女の手を、俺は強く握り返してあげたいと……。

 

 

「……早く強くなりたいな」

「お父さんすごく強いから、きっとすぐなれるよ! まぁ私も負けないけどね!」

「あぁ。しばらくよろしくな、レノン」

 

 

 そう思うのは、少し傲慢すぎるだろう。

 

 それでも知りたいのだ。

 こんなにも優しいと思える人が、俺に人殺しの剣を教えてくれている理由。

 

 俺はあの人の全てを知りたい。

 だって俺は、アイラさんの弟子なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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