人間と喋るのは疲れる。
好き嫌いじゃなくて、疲れるのだ。
どうやら普通の人にとって、笑顔をやめた素の私の顔は随分と禍々しく映るらしい。
だから人間と話す時はいつも作り笑いを貼り付ける。そうしないと、円滑にコミュニケーションを続けることもできやしない。
こんなことを考えなくていいのは、少年を相手している時くらいか。
彼の前ではあれこれ考えるのがなんだか面倒で、つい気を抜いてしまっている。向こうも別に脅えたりしている様子は無いしそれでいい。
人間と喋るのは疲れる。
例外は少年くらいのもの。
「その手に持つ剣、魔剣だな?」
「───そうだね。だったらどうする?」
今の私は表情を取り繕っていない、する必要が無い。
「知れたこと。殺して奪い取る。それまでだ」
獣と語り合うのに、笑顔も言葉も必要は無いのだから、
少年の剣技はまだ甘い。
強くはあるが、まだ拙い部分もある。
強くなるのに一番手っ取り早いのは実戦経験を積むことだが、人間はエルフと違って瀕死の重傷を負うとそのまま死んでしまうし、大怪我をするとその分鍛錬の時間が減る。
それが理由だ。
それ以外に理由なんてない。
私達が今所有する魔剣は二本。
元々少年が所有していた詳細不明の魔剣と、一人から奪った風を操る魔剣。
少年の方は魔剣をちゃんと隠していて、専用の布で包んだ上でいつも持ち歩いている。
だが私の方は特に隠したりしていない。
魔力の反応は無いのだが、魔剣を使う人間は何となく存在を感じとれるというのは本当のようで、この二年で二十人ほどの剣士がそれを奪いに来ている。
殺すのは容易い事だ。
強い者もいたが、想像の域は出たことはない。
だが少年が戦えば万が一もあるし、何よりも。
「殺して奪い取るつもりなら、殺されても文句は言わないよね?」
「死人に口は無いだろう?」
剣士が剣を抜くと共に、剣が伸びて鞭のようにしなり始める。
そのまま剣士が剣を振れば、鉄刃の嵐が生み出される。速さも威力も申し分なく、攻防一体で射程も長い。
加えて、あれも魔剣ならばこんな見せかけの技だけでは終わらないはずだ。人智を超えた技を、私の想像がつかない様な奥義を。
私の命に届くような一撃を。
こんな楽しい戦闘を誰かに任せるなんて、そんなこと私にできるはずがない。
「いざ、尋常に───」
私の言葉が終わるよりも早く、しなる剣が地面を叩き割る。
鞭使いとの戦闘は経験がある故に、多少なりとも動きは読める。
射程は凡そ25m。最初に剣を抜いた時よりも明らかに刀身が伸びている為、最低でも25m程伸びると考えた方がいい。
地面の破壊規模から質量は鋼相当。それが鞭のように飛んでくるならば掠めただけで肉がちぎれ飛ぶ。
距離自体は一歩で踏み込める距離であるが、届く迄に最悪こちらの首が切り落とされる。
ならば、と。
私は腰に提げていた風の魔剣を手に持ち替え、それを全力で明後日の方向に
「なっ、貴様!?」
この剣士は私から魔剣を奪う為に来ている。
ならこうすれば、確実に意識は私よりも魔剣へと向けられる。男の剣が魔剣を捕まえるために伸ばされると同時に、私は全力で剣が伸びた方とは逆方向に旋回しながら距離を詰める。
この距離と位置関係ならば、物理的に私の方が早く相手に切り込める。
勝利を確信し、足に力を込めようとした、その瞬間。
何千何万では数え切れない戦闘の中で、同じく数え切れないほどに感じて来た感覚。
首筋に纏わりつき、肉を齧りとってくるようなその不快な感覚は、死の予感だった。
体をずらし、跳ぶ方向を前方から真横に変更する。
同時に視界の端で相手の剣の先が、明らかに物理法則を無視した動きで加速しながら私の方へと突っ込んできた。
剣の横で受け、手首を捻り流す。
だが流されたはずの切っ先もまた、意志を持つかのように滑らかな動きで再び私の顔に向けて加速してきた。
「なるほど、これがその魔剣の力ってわけね」
それを蹴り飛ばし、後ろに飛びながら相手の剣の動きを目で追う。
鞭使いとの経験があるからこそわかるが、鞭状の武器は普通あんな動きはしない。
鞭のようにしなり、刀身が伸び、加えてその伸びた刀身を自在に操れる。
巻き取られた風の魔剣が、剣士の傍に落ちる。
魔剣が奪われてしまった以上、向こうは逃げの選択も有り得るだろうが、ありがたいことに頭がイカれているらしい。
剣を構え直し、視線が私の首に向けられている。
……しかし、相手の魔剣は強いとは思うが、風の魔剣と比べると効果が地味だな。もしかしてあの魔剣って相当レアというか、魔剣の中でも上澄みの代物なのか?
だとしたらあの魔剣を握っていて、あの程度だった以前の持ち主は相当宝の持ち腐れだったという他ない。
何せ、今目の前にいる相手は奴よりも数段強い。
油断したら殺されるなぁ、といつの間にか薄皮を裂かれていた頬の血を舐めながら、私はある言葉を唱える。
「
「っ!」
私の真横に光球が現れ、そこから光の矢が放たれる。
魔術。
魔力を用い、詠唱や儀式と合わせることによって特異現象を引き起こす、人間が発明した技術。
対する剣士は、不意をつかれたような顔を浮かべこそしたが、冷静に剣で光の矢を撃ち落とす。
「貴様、魔術師か?」
「剣士が魔術を使うのはダメ?」
「いや、ただ珍しい術式だ。威力は拙いが、出が早い」
「早いだけじゃないけどね」
そう言って、私は一歩横にズレる。
私の背後に現れていた光球と、そこから放たれる光の矢。
相手に向けての斜線が、私が退いたことで通った。再び光の矢が放たれ、またしても剣士に届く前に魔剣によって斬り払われる。
「早い上に数もあるか、だが」
「
「っ!?」
三発目、これも意外ではあったようだが切り落とされる。
「
だから四発目、五発目、六発目、七発目と連続で撃ち込み続ける。それでも対処されるならまた撃ち込む。
「たかが魔術で、魔剣を越えられると思ったか!」
剣士の剣が大蛇のように蠢く。
光の矢を撃ち落としながら、合間を縫い私を殺すべく迫り来る。もちろん殺される訳にはいかないので、私はそれを走って避ける。回避に専念すれば避けられなくもないが、幾分間合いが相手に有利すぎる。
勝負を決めなければ先に死ぬのは私。
だが、踏み込めばほぼ間違いなく届く前に殺される。
故に、私は走りながら言葉を紡ぐ。
「
「なんだ、なんだその魔術は!?」
剣士同士の戦いながら、私達は約30mの距離を保ちながら走り出す。
光の矢が剣に斬り払われ、鞭のようにうねる剣が私を切り裂かんと迫り来る。それを避けながら、私はひたすらに魔術を打ち込み続ける。少しでも攻撃のリソースを減らし、防御を緩めさせる。
元々、魔術は人間の技術だった。
詠唱と儀式を重ねたそれは、時に天変地異程の威力となり悪魔を滅してみせた程。
魔術師との戦闘での必勝パターンは一つ。
相手が強力な魔術の詠唱や儀式を終える前に仕留めること。そうされないために、魔術師は最初距離を置いたり、足止め用の魔術を用意している。
そんな彼らに勝つために私も魔術を学ぼうとしたが、てんでダメだった。
簡単な魔術なら使えるのだが、詠唱を重ねようとすると途端に魔力がぶれる。人間用に開発された術式は、エルフの私の魔力構造とは合わなかったのだ。
だから、私は魔術を学ぶことを諦めた。
そもそも、剣士同士の高速戦闘においては魔術は使う余裕も暇も存在しない。なら人間流の魔術を修得する旨味は私にはあまりない。
それでも使うのは、手札の多さは役に立つし、何より。
戦闘において、
「……なるほど。お前の狙いは読めたよ、
この時代の人間は、剣士を過剰に畏れる。
魔剣という武器があるからこそ、剣を握る者が最も強い。そして同時に、剣士は剣士ではない人間を見下す。
剣士の剣の動きが変わる。
素早く、鋭くなり避けきれなかった一撃が左腕を掠め、肉が抉れ飛ぶ。
相手は私を剣士ではなく、魔術師として見始めている。
だからこそ防御に割いていたリソースを攻撃に回し、私が大魔術の準備を終える前に殺そうとしてきている。
そして、魔術師相手に自分が殺されるわけが無いという油断。
攻撃の鋭さは余裕の無さと表裏一体。殺すことだけに意識を割いた攻撃が迫ると共に、私は砲門を開く。
「
「…………は?」
私の周囲に現れた光球の数は、五十を超えていた。
その全てが剣士に向けて光の矢を同時に放つ。素早く、多く撃つための術式故に威力は拙い。
それでも直撃すれば人が死ぬ程度の威力はある。
「く、戻れ!」
剣士の叫びと共に剣が急速に縮み、切っ先が光の矢を追い越して男の元へと戻っていく。そのまま剣を振り回し、迫る光の矢を全て切り落としていく。
「はぁ……はぁ……、なんだ、今の魔術は?」
「すごいじゃん。今の捌けたのは君で十五人目だよ」
「──────は?」
剣士が振り向き、驚愕の顔を浮かべる。
まぁいつの間にか、先程まで距離を開けていた相手が背後に立っていたら驚くだろう。
だが驚くことは何もない。
元々私が距離を取っていたのは、相手の射程が長いから以外の理由はない。
それを自身に迫る大量の光の矢を撃ち落とすため、必然的に集弾率の上がる自身の近くで対処した。魔剣の特性である伸びるという射程の有利を、防御の為に捨てたのだ。
なら防御してる間に近づいてしまえばいい。
10m程の距離になってしまったなら、相手の動きなんて関係ない。
この剣士の反射神経では、私の動きを目で追うことすらできない。
「貴様、魔術師じゃ……」
「私はそんなんじゃないよ。剣士ってのも違う」
剣士の体から血が溢れる。
袈裟斬りの形で切り裂かれた体が、傷口に沿ってズレ始め、両断されて崩れ落ちる。
人間にとっての魔術とは、『強力だが遅い』というものだ。
だから私はまず、百年くらいずっと魔力を放出し続けた。
ただ放出し続け、無くなったら少し休み、また放出。
魔力に体力が持っていかれてその間の剣の修行は本当にキツかったけど、おかげで私は『魔力を外に出す』という感覚を体に癖として覚え込ませた。
そんな訓練の後に生み出された私の魔術は、人間の編み出した『強力だが遅い』魔術の真反対。
複雑な詠唱も、面倒な儀式も必要ない。
威力もお粗末だし、簡単なことしか出来ない。
だが、ひたすらに出が早い。
剣士同士の高速戦闘に耐えうる程に、素早く隙がない。
「私はただの人殺しだよ。君と同じね」
動かなくなった剣士の傍に落ちている風の魔剣と、剣士の手に握られていた伸びる魔剣を回収し、死体を足蹴にしておく。
その際に、私の手に剣士の血が少し付いた。
その香りを嗅ぐと、思わず高揚してしまう。
一手間違えればこうなっていたのは私なのに、今生きているのは私。何故ならば、私がこの剣士よりもずっと強くて、正しかったからだ。
私は今日も勝った。
勝ったということは正しいということだ。
正しいということは、生きていていいということなんだ。
◆
「それで? 半年も俺を放ってアイラさんは何をやってたんだ?」
「放ってないだろう。たまに顔見せに来てたでしょ?」
「特に何も教えずそのままどっか行くのは放ってたのと同じだろ」
不機嫌そうな少年の頭をとりあえず撫でてみる。
こうすると普段なら大抵の事は許してくれるのだが、今回はこれだけじゃ足りないようで機嫌を治してはくれなかった。
半年ぽっち、剣士との殺し合いに専念してただけでこうなるなんて人間は短気が多くて困る。
「まぁそれはそれとして。修行の方はどうかな?」
「レーゾンさんには四割くらい勝てるようになった」
「へぇ、勝てるようになったんだ」
やはり少年は見所がある。
半年程度であの男に勝てるようになるとは予想外。本当なら一年はかかると思ってたし、勝率も四割まで上げてくるとは。
「それなら……ふーむ。まぁそろそろ山小屋に戻ろうか。そこで私と手合わせして、一撃でも入れられたら修行は次の段階だ」
「っ! ホントか!?」
さっきまでの不機嫌な顔が嘘のように、少年は花が咲いたかのような喜びようを見せた。
「嘘を吐く理由がないけど、そんなに嬉しい?」
「あっ、いや、まぁな。やっぱり、俺の師匠はアイラさんだからな。レーゾンさんも強いけれど、俺が知ってる中で一番強いのはアンタだから、嬉しいってだけだ!」
「ふふん、当たり前だ。私より強い奴がいるなら私の方がそいつに挑むからね。少年には渡さないよ」
「なんで死ぬほど大人気ないことをそんな自信満々に言えるんだ?」
急に真顔で罵倒してきたけど、なんだかんだで私も少年の成長が見れて気分が良い。
せっかくなのでこのまままた頭を撫でくり回してやろうと少年の頭に手を──────。
手が血で濡れている。
濡れている手を見ると、安心できる。
殺して、奪って、上に立てば奪われない。
生きてていいって、そういうことだから。
…………本当に?
「───アイラさん? 固まってどうかしたのか?」
少年と目が合う。
刃のような綺麗な瞳。
そんな言葉でしかその輝きを表現出来ない自分の語彙力に辟易しつつ、私は伸ばそうとした手を引っ込めていた。
「なんでもない。それよりもすぐにでも帰りたい。実は家に今魔剣が沢山転がっててさ。なんか閉まってても瘴気みたいなのが漏れてきてて……」
魔剣を破壊する方法は、同じく魔剣で破壊するしかない。
私が魔剣を扱えない以上、魔剣の破壊は少年がいないと行えない。なので今、この半年で殺した剣士たちが持っていた魔剣が転がりまくっている。
ちなみに、あの風の魔剣だけは何故か破壊できない。
まぁどうせ一本は餌として残す必要があるので丁度いいのだが。
「わかったよ。その前に、お世話になったんだからレーガンさんに挨拶しておこう。呼んでくるから」
「しなきゃダメ?」
「ダメだろ。人として」
エルフだもん、と言う前に少年は走り出してしまった。
半年も、なんて言っていた割には、こんなに直ぐに帰りたがるなんて。彼基準で長く居た場所なら愛着が湧いて離れるのも嫌がるものかと思ったが、人間の感覚はいまいちよく分からない。
「……あの、アイラさんですよね?」
「ん?」
一人になったところを、背後から人間の女の子に声をかけられた。
何処かで見覚えがある気がしたが、いまいち思い出せない。とりあえず、厚手の服に身を包んでいて動きそうだなとは思ったけど。
「私ですよ。レーゾンの娘のレノンです」
「あー……はいはい。そう言えば居たね」
言われて思い出す。
そう言えばレーゾンに売った恩は、娘を助けることだったような気がしなくもない。
「お久しぶりです。今日はどうしたんですか?」
「そろそろ少年を引き取りにね。どう、彼強くなった?」
「最初から強かったですけどね……。今ではお父さんよりも強いんじゃないかって思いますよ」
「四割って言ってたから、まだ君の父親の方が強いよ」
「たった半年でそこまで持ち込むなら、きっとリューガくんの方が強いんですよ」
そう言って少し寂しそうに笑う彼女の表情に、少し違和感を覚える。
前に会った時はなんというか、もっと元気な感じの女の子だった気がするのだが。
まだ体が縮むような歳でもないだろうに、彼女の姿が記憶よりも小さく見える。
「……じゃあ、リューガくんはもう居なくなっちゃうんですね」
「寂しい?」
「半年も一緒に暮らした仲ですからね。結構、寂しいかもしれません」
「本当は?」
「え?」
その気持ちに嘘は無いのは見てわかった。
だが、それだけじゃないのも見ればすぐにわかる。
「剣、やめたの?」
「……そう、ですね。もうやめました」
元気がない、小さくなっていると感じた理由は、筋力が多少落ちたからだ。
手の豆が潰れた痕も、ここ最近は剣を握っていないことがわかる。人間の体は不便なもので、一ヶ月も鍛錬を中断すればその変化はすぐに見て取れる。
「リューガくん、私より年下だって聞いてたのに、たった二ヶ月でお父さんに一勝したんです。……私はそれを見て、絶対勝てないなぁって思ったんですよ」
少年と比べたら無才であろうが、彼女だって才覚は確かなものだ。
鍛えれば良い剣士になるだろうに、少し勿体ないと思うし、私には彼女の気持ちがよく分からない。
「いつか勝てるかもしれないのに?」
「……後から始めた相手に追い抜かされてるのに、いつかなんて来ませんよ」
「それでも諦めたら終わりだろう。私なら諦めないけどね」
「私は、無理だなぁってなっちゃいました。だって、彼剣のことばかり考えていて、私じゃ絶対彼に勝てないってわかっちゃって、そうしたら、なんだか怖くて……」
自分より強い生き物が怖いのは当たり前のことだ。
だからこそ惜しい。
力量差を正確に測れることもまた才覚。やはりこの子は非凡だろうに、少年と比べてしまったばかりに剣の道を捨ててしまうなんて。
……だが、向いていないのも事実だろう。
自分の夢を砕き、力量に恐怖するまでの相手が去ることに『寂しい』という気持ちを偽りなく抱いているのは、少し優し過ぎる。
典型的な人質や騙し討ちで死ぬタイプだ。
「……少年のことが嫌い?」
「嫌いでは、無いです。少し怖いだけ」
「じゃあ、好き?」
「………………」
「ん、どうした?」
「す、すすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすす!?」
うわっ、なんか急にバグった。
顔を真っ赤にして、目線が泳ぎまくってる。
なにこれ、どういう感情? 全然分からないんだけど。
「おーいアイラさん! レーゾンさんが俺の免許皆伝祝いに飯ご馳走してくれるから一緒に食ってけって!」
「あ、少年」
「リュ、リューガくん!?」
「ん、レノンもいたのか。……なんか顔赤いけどどうかしたのか?」
「い、いや、なんでも……」
「そっか。お前がそう言うならとりあえず放っておくけど、なんか辛かったら言ってくれよな。じゃ、俺レーゾンさんの手伝いしてくるから二人もさっさと来てくれよな」
そうして再び去っていく少年の背を、レノンは随分と熱っぽい瞳で眺めていた。
……多分少年とは仲が良いんだろう。私はエルフだからよくわかんないけどね、うん。
「レノンちゃん、だっけ? 改めて、少年と仲良くしてくれてありがとね?」
「い、いえ。そんな、お礼を言われるような事じゃ……」
この子は弱くて、優しい子だ。
私のように、ずっと剣を握り続けてしまうことを選ばない。この子の手は、きっと汚れることなく誰にでも差し伸べることが出来る。
──────血の香りを思い出す。
そこが私の在るべき場所で、そこだけが私が居られる場所。
けれど、少年は違うのかもしれない。
こんなふうに誰かに好かれるような人間だ。別の生き方だってあるのかもしれない。
出会った時は、この子はきっと強い剣士になる、寧ろそれ以外の何かに成れはしないと思っていた。
でも人間はあっという間に成長し、変わっていく。彼がもしも、いつかこんな血に塗れた道ではなく、穏やかな日々を愛することが出来る人間になったなら。
私から離れることを、自らの意思で選択したならば。
……私はどうするのだろうか。
まるで恥部を隠すかのように、己の手を握りしめる。
この手で彼らを触れられないことこそが答えであるはずなのに、私は、きっと。
どうせ居なくなってしまうのならと、最後に彼を