1章完結です
我慢も確かにしたけれど、私は確かに納得出来た。
本当はずっとそばに居て欲しい。きっと彼は何処かで無茶をしてしまう。本当なら引き返さなきゃ行けない場所でも、彼は進めてしまう。
でも、私に彼を引き止めることは出来ない。
そういう人だからこそ、私は彼にそばに居て欲しいと思ったんだから。
「こんばんわお嬢さん。ところで、君の願いを聞かせてくれないかな?」
「……え、誰?」
その夜、目を覚ますと私のベッドに知らない男が腰をかけていた。
窓も扉も開いていない。
すぐにお父さんを呼ぼうとしたが、男の手には剣が握られていた。
実物を見たことは無かったけれど、それが『魔剣』であることは本能で理解出来た。
男が人差し指を立て、しぃ、と息を吐く。
それだけで、私は大声を出そうとすら思えなくなってしまう。
「別に取って食おうってわけじゃない。ただ俺はね、君の願いを叶えに来たんだ」
「私の、願い……?」
「そうそう。俺はね、この世界に生きる人みんなに、自身の願いを叶えて欲しいなぁって思ってるんだよ」
人当たりの良い笑みで男はそう言っていた。
敵意も害意も欠片も感じられない。見知らぬ男で、今まさに武器で私を脅しているのに、不思議と警戒することができない。
その奇妙な安心感が、心に土足で踏み込まれているようで、堪らなく不快だった。
「あの少年とずっと一緒にいたい。それが君の願いだろう?」
「っ! なんで……」
「俺は色々なことを知ってるからね。そう言う存在なんだよ。だから気にするな。そういう事を考えるだけ無駄だから」
確かに敵意も害意も欠片もない。
だが、男の笑みの奥に自分が映って居ないことに気付いてしまった。
優しい声色だが、本質的に私の事をなんとも思っていない。少しでも彼の望まないことを口にすれば、当然のように殺される。
人間じゃない。
この生き物はきっと、人間と呼んではいけない存在だ。
「なぁ教えてくれよ。俺は人間のことが分からないから気になるんだ。なんで我慢するんだ? なんで身を引くんだ? やりたいならやればいいだろう。力なら与えてやる。だから言え、君の本当の望みは何かな?」
首筋に刃を添えられる。
私の本当の、望み?
それはきっと、ずっとリューガくんと一緒に居られることだろう。
「それだけか? 違うんじゃないのか?」
……本当は、彼よりも強くなりたかった。でも無理だった。勝てるはずがなかった。もしも私が強かったら、彼はまだここに居てくれたのかな?
「他には? まだ望みがあるんじゃないか?」
どれだけ私が引き止めようとしても、彼は私の事は見てくれていなかった。
彼の瞳は、ずっとアイラさんの方を向いている。もしも彼女がいなければ、一緒に居てくれるのかな?
「そうだ。そうだそうだ! 正直になれ。自分を隠すな! 君の魂は、在るがままが一番美しいのだから──────取り繕うな。君の望みを、剥き出しにしろ」
「私の、望みは……」
そうだ、我慢なんてしなければ方法はいくらでもある。
力さえあれば、やり方なんていくらでもあるんだ。
『レノンやレーゾンさんみたいな良い人を、命を懸けて守りたいんだ。そうしなきゃきっと後悔する』
……でも、それを選んだら。
私はきっと、いつか後悔する。
「私の望みは、好きな人に幸せになってもらうことだよ」
「…………へぇ」
目の前の男が愉快そうに、不機嫌そうに口端を歪める。
多分私は殺される。でも、これが私の本心だ。
「私はもうたくさん温かい気持ちを貰ったから。彼の思いを捻じ曲げてまでそばにいてもらったって、そんなのいつか後悔する。お前が何を言ったって、私はこの想いだけは変えないんだから!」
呪縛を打ち破り、声を荒らげて宣言する。
死ぬ、殺される、でも言った、言ってやった。
最後に頭に浮かぶのは、まずはお父さんのこと。ごめんなさい、多分私は殺される。でも、どうか仇なんて考えず逃げて欲しい。きっとこいつにはお父さんでも勝てないから。
次にリューガくんが浮かぶ。駆けつけてくれるって約束してくれたのになぁ。こんなタイミングじゃ無理に決まっている。
約束を守ってくれなかった事じゃなくて、約束を守らせて上げられなかったことが悔しい。
「ハハッ、すごいな君。真っ直ぐで、力強くて、とても眩しい。きっと君はいい剣になるよ」
そう言って、男は私の胸に刃を突き刺した。
「だから、邪魔なものは削ぎ落としておこうか」
確かに私の胸に剣は突き刺さっていた。
けれど、いつまで経っても痛みが襲ってきたり、血が流れることは無かった。
不思議に思いながらゆっくり剣を引き抜くと、傷口は綺麗さっぱり消えていて、それと同じように男の姿も無くなってしまっていた。
夢、だったのだろうか。
だが、私の手には剣が握られている。あの男が私に刺した魔剣。その存在が、あれは夢でないと証明してしまっている。
突然の事に頭が混乱しているが、ひとまずやることはお父さんのところに行こう。
まずはお父さんを斬り殺した。
勝てるか分からなかったけど、この魔剣は私と相性が良いみたいで、返り血ひとつ浴びることは無かった。
あとは現場を適当に荒らして、他殺のように偽装しておこう。これでひとまずは衛兵くらいの目は欺けるはずだ。
……あれ、なんで私、お父さんを殺したんだっけ?
そんなの、リューガくんに会いたいからだ。
魔剣絡みの事件だと分かれば、彼はきっとすぐに駆けつけてくれる。
私を守る為に来てくれるんだ。まるで御伽噺の王子様みたいですごくかっこいい。想像しただけで笑みが溢れてしまう。
ついでだし家ももっと派手に壊しておこう。
凶悪な魔剣所有者の犯行に見せかければ、それだけ早く来てくれるかもしれない。
……何かが、おかしい気がする。
こんなことが私のやりたかったことなのだろうか。
お父さんよりも強くなって、リューガくんと一緒に居られる。
ずっと願っていたことで、それが叶えば嬉しいに決まっている。きっと私は、この選択を後悔なんてしないはずなのに。
だって、私の本当の願いは──────。
「なんだっけなぁ……思い出せないや」
幾ら頭を捻っても、自分の本当の望みと言われて繋がってくる言葉が、出てこない。
まぁ思い出せないということは、大したことじゃないんだろう。私の本当の願いは、強くなってリューガくんといつまでも一緒に居ることだ。
それしか思い出せないんだから、きっとそれが願いに決まっている。
◆
斬撃が家屋を切り裂き、中から短い悲鳴が聞こえてくると共に、また雨音だけの静寂が一旦当たりを支配し、少し遅れてまた悲鳴やら何やらが聞こえてくる。
魔剣を持ったレノンの戦闘能力は想像以上だ。
当たり前のように斬撃が飛んで家屋をバラバラにするし、何より動きが予測できない。
姿が見えないというのは、戦闘において非常に有効である。
何せ私達は見えているものを真実だと思い込む。
いくら私が五感を研ぎ澄まし、視覚以外で物事を探知しようとしても、視覚に映らない相手への警戒は必ず何処かで穴が生まれる。
加えて、雨の街という環境だ。
雨が匂いを、騒ぐ人々の声が小さな音をかき消してしまい情報量が不足する。
「
自分の周囲を取り囲むように光球を発生させ、周囲全てに向けて光の矢を放つ。
とにかく相手の位置を把握しなければ話が始まらない。遠距離から斬撃を飛ばせるなら、不用意に近づいてくることもないだろう。とにかく攻撃しまくり、位置を特定する。
「っと、さすがに今のは予想外でしょ」
「うん、予想外だった。アイラさん、思ってたより結構強いんだね」
周囲を見渡すと、レノンが半身だけ姿を現していた。
怪我らしい怪我はしていない。今見せた全包囲攻撃は結構奥の手、倒せないにしても深手くらいは与えたかったが、まさか無傷で対処されるなんて。
「結構なんてもんじゃないよ。はっきりいって私は君よりもずっと強い」
「でも今にも死んじゃいそうだけど?」
どくどくと、血が溢れる脇腹の傷に気がついて慌てて抑える。
いつの間にこんな深い傷を貰ったんだ?
剣で斬られたと言うより、何かで抉られたかのような傷だ。まさか今の光の矢をくぐり抜けて、投石の類でも当ててきていたのか?
「確かに強いけど、正直予想よりは下って感じかな。なんというか、手加減でもしてる?」
「……まさか」
「じゃあもっと本気でやった方がいいよ。私、アイラさんのこと殺しちゃうから」
再びレノンの姿が消える。意識を集中させ、足音を追おうとするが雨の音ですぐに見失ってしまう。
足元に注目しても、地面を蹴り上げる時に跳ねる水の類は確認出来ない。やはりただ自分の姿を消すだけの魔剣では無いようだ。
などと考えていたら、足場にしていた建物が崩れ始める。
本当に、周囲の被害に躊躇いがなくて困ったものだ。足場を映しながら下を見下ろすと、一瞬だけレノンの姿が見えたのでそこに光の矢を飛ばそうと──────。
「チッ」
射線に一般人が重なっている。
どうせ何も出来ないんだから引っ込んでろ、と言いたいが近くの建物が突然倒壊したら気になって見に来るのは当然か。
とにかく、今撃てば人が死ぬ。
そんなことをすれば、少年はどんな顔をするだろうか。それを考えるとどうしても狙いが定まらない。
今はそんなことを考えている場合じゃないのはわかっている。
でも、せっかく手塩にかけて育てた彼に嫌われたら勿体ない。彼はもっと強くなるのだからこんなところで手放すのは惜しい。
……それだけなのだろうか?
あぁ、それだけに決まっている。
「くすっ、優しいんだねアイラさんは」
声のした方向に反射的に剣を振り、刃がぶつかり合う。
「これくらいのハンデがあった方が勝負になるだろう?」
「リューガくんのこと、考えてるんだよね?」
「……」
顔には出さなかったが、図星をつかれた動揺から僅かに剣が押し込まれる。
「こんな時までアイラさんは本当に優しいなぁ」
「若造と違って考えることが多いのは、やっぱり面倒だけどね」
昔の私ならもっと効率のいい方法を考えていた。
わざわざ彼女をリューガから引き離したり、逃げ回って街の中心部から離れ被害を抑えようとしたり、射線に人がいるからって撃つのをやめたりしなかった。
でもそれは私が優しいからでは無い。
むしろ逆だ。私は、そういうことをすると少年が私から離れてしまうのがわかっているからやらないだけ。
自分を綺麗なように見せようとしているだけで、本質的に私に優しさなんてものは無い。
「優しいアイラさんに、ひとつ頼みごといいですか?」
「なんだい? 遺言なら悪いが聞いてやる趣味は───」
顔を近付けられ、耳元でその言葉が囁かれる。
「私を、殺してください」
「───ッ」
咄嗟に蹴りで距離を離そうとするが、上手く避けられ再び夜の街に彼女の姿が消えていく。
だがレノンの叫び声が、姿は見えずともまるで幽霊のもののように木霊し続ける。
「私、何かとんでもないことをしてしまっているって、それだけはわかるんです。でも、それがなんなのか、分からない、分からなくなってるんです」
悲痛な少女の叫び。これがもしも演技だったとしたら、剣よりも役者が向いていると言わざるを得ない感情の籠った声。
「お願いします。私を、止めてください。……分からないけれど、こんなことしても、私がどれだけ愉しくても──────彼が笑えなきゃ、意味が無いんです」
……本当に、何かの間違いであって欲しかった。
この真実を知れば、少年はどんな顔をするだろうか。
悲しむのだろうか、怒るのだろうか。分からないけれど、きっと喜びなんてしない。
私が残念に思っているのは、少年が強くなりたい理由にレノンの存在が確かにあったからだ。
それを失ったら、少年が折れてしまうのではないかと不安があった。
でも、もういいだろう。
これは終わらせてあげなければ、誰の為にもならない。
「───わかった。殺してあげる」
殺していいと、頭の中で理解した瞬間。
意識が切り替わる。
まるで逃げるように、隠れるように、私は全てから目を背けて戦いの愉悦に身を投じる。
推測される敵の位置から素早く距離を取りながら、死体を幾つか拾い上げる。
背後から私を追うレノンの足音。私は人を避けて走っているが、向こうはそんなのお構い無し。スピードを緩めず魔剣を持つ彼女が走り続ければ、動くだけで周囲の人間が轢き潰されていく。
姿が一切見えないなにかに殺されていく人々の悲鳴が、死神の足音のように近づいてくる。
それを見て私は、レノンの持つ魔剣の能力を確信する。
「追いかけっこはおしまい?」
「ああ。ここで終わりにしよう」
広場に出た私は、死体を放り投げると同時に斬撃を飛ばして切り刻む。
辺り一帯には血の雨が降り注ぎ、透明だったはずの彼女の姿が赤色に彩られ輪郭が姿を現した。
「これで条件はイーブンだね」
「見えただけで? ここからでしょ」
次の一撃で勝負が決まる。
私もレノンもそれを理解し、敵の動きに全神経を研ぎ澄ます。
狙うは後の先。相手の動きを見て、それを予測した上で最適解の対処を叩きつける。
だがこの後の先狙いは、明確に向こうに有利がある。
血の雨が降り終わり、赤の輪郭が雨で流れ落ちていく。再び姿が見えなくなれば私が不利になる。
故に、私は先に仕掛けなければならない。
鍛え抜いた必殺の踏み込み。これによって一撃でレノンを仕留めることこそが、私の勝利条件。
「──────レノン。戦場で一番強い武器って、なんだと思う?」
向こうからの返答はない。
「嘘、だよ」
そう言って、私は斬り掛かる。
……ように見せて、素早く振り返り横一文字に剣を振る。
「っえ、なん、で……」
胴体を両断され、血を吹き出しながらレノンの体が崩れ落ちる。
なぜ自分が切り裂かれたのか、理解出来ていない顔だった。普段ならわざわざ教えてやらないのだが、久々の苦戦に少し気分が良い私は、話してやることにした。
「ここまで走ってくる時、レノンは人を轢き潰して走ってきただろう? でも、その時君の体はさっきみたいに、返り血で輪郭が浮かび上がったりしてなかったんだよ」
「気づいて、いた、の?」
最初に気づいたのは、周囲を光の矢で攻撃した時。
あの時私の腹を抉ったのは、恐らく私自身が放った光の矢だ。その後姿を見せたのは、魔剣の能力が私の魔術を捌くために容量を超え、一時的に能力が落ちたからだろう。
「君の魔剣の透明化の仕組みは光への干渉だ。光の矢はそれでそっくり返したんだろうけど、物理的な破壊力を持つ光への干渉は厳しかったのだろう。だが、人間の視覚を欺くならば、可視光をねじ曲げればいいだけだ」
だから本来、咄嗟の行動ならばまだしも、血の雨が来るとわかっていればそれに合わせて見え方を調整すれば隠密を続けられた。
雨の中で走り回っても雨粒や足回りの跳ねる水で動きが読めなかったのは、事前に予測して不都合がない像を私の視界に映していたのだ。
「血の雨をこれみよがしに見せつけることで、君は私がそのからくりに気づいていない、或いは確証がないと判断したのだろう。だからわざと
「……大正解、です。さすが、リューガくん、の」
「君の敗因は一つだよ。読み間違えだ。相手が馬鹿であると、相手が自分の策に嵌ってくれてると期待したんだ。その時点で策士としては三流だね」
徹底的に相手を貶めるのは気分が良い。
勝ったということは私が正しい。
この場においては私の言うことが全て正しく、相手は間違っていたから負けたのだ。だから何を言われようとも敗者に文句を言う権利はない。
そもそも、もうすぐ死ぬ彼女に何かを言う気力なんて、せいぜい遺言が関の山。まぁ、それを聞いてやるつもりは無いのだが。
「アイラ、さん」
聞いてやるつもりなんて、なかったのに。
「頭を、潰してください。私だって、知ったら、彼が、かな───」
レノンが最後に口にしたのは、自分のことではなかった。
聞いてやるつもりなんてなかったけれど、聞こえてしまったのなら仕方がない。
首を撥ね、頭を踏み潰す。
柘榴みたいに中身が飛び散り、石畳を脳漿が穢す。
「……アイラさん、何が、あったんだよ」
間に合わなかったのか、それとも間に合ってしまったのか。
そこに、少年は現れた。
こうなる前に決着を付けたかったのに、下手に嫌われないように臆病な手を使った私のミスか、それとも彼女が強かったか。
理由なんてどうでもいいだろう。
さて、なんと言ったものか。
「そうだ、レノンの姿が見えないんだ! って、その死体は……一人で倒したのか。なら、一緒にレノンを……そこら中で建物が崩れていて、もしかしたら、下敷き、に……」
私の足元の死体に気が付き、ゆっくりと彼の目が見開かれていく。
「レノン、なんで……」
「あー、気づいちゃったか」
「アイラさん、何があったんだよ」
「まぁ色々と、ね。悪いね、君がいないところで一人で楽しんじゃって」
「そんなこと聞いてるんじゃねぇよ! 何があったかって、聞いてんだろ!」
今にも泣き出しそうな顔で、少年は私を睨み付けている。
次期に人が集まってくる。
さっさとこの場から離れてしまわないといけないのに、私は少年に対する言葉が思いつかなくて立ち尽くしてしまっていた。
ここでなんて言えば、少年は喜んでくれるんだろうか。
もう何を言っても喜べるような段階じゃないだろうが、何か、何か言ってやらなきゃ。
だってあんなに辛そうな顔をして、こんなのあんまりだ。あの子は、ただ普通に、何も悪いことなんて、してないのに。
「……っぁ」
言葉が雨の音に消えていく。
そうだ、思い出してみろ。
私が彼を弟子にしたのは、彼を強くしたいからだ。強くする為に、師匠として信頼関係を構築したいから嫌われたくなかったんだ。
それならば、強くなってくれるなら、信頼関係はなくても構わないはずだ。
そうだ、初めからそうしていればよかったんだ。
わかっていたはずだ。彼が私を離れられない理由は、私が強いからだ。私がどんな存在であろうと、彼は強くなるまで、私を超えるまで私から離れられない。
なら彼との信頼関係にこだわる理由なんてないだろう。
この関係が壊れても、私は彼が強くなって、いつか私と本気の殺し合いをしてくれれば幸せだ。
そしてこうすれば、今はこれ以上彼は傷つかなくて済む。
どうしようもなく歪んでしまったけれど、最後まで他者を慈しむことが出来た彼女もきっとこれなら満足してくれる。
「……はぁ。まったく、君は本当に鈍いなぁ」
「アイラ、さん?」
「私がレノンを殺した。見ればわかるだろう」
嘘なんてひとつもない。
これが真実だ。
「なん、で……」
「なんでって、魔剣持ってたから襲っただけだよ。何かしてからじゃ遅いってのは、君がよく言ってたことだ。それに倣って、
これは嘘だけど、この方が都合がいい。
誰も幸せになれない真実なんかより、誰もが幸せになれる嘘の方がずっと上等だ。この何千年の間、一人の時は何度もそんなことばかり考えた。
だからきっとこれが正解で、これが私のするべき選択なんだ。
「レノンは、何か、言って……」
「さぁね。何か話す前に殺してしまったから」
「っぅ!」
少年がこちらに走ってきて、私の頬を一発叩いた。
避けられる一撃だった。速さもイマイチだし、腰が入ってないから威力もお粗末。
なのに私は避けられなかったし、腹の傷よりもずっと痛かった。
「なんで、なんでなんだよ!」
「なんでって、そんなの決まってるだろう。私は、ただ勝ち続けたいんだ。それよりも、おめでとう」
「……何がだよ」
「私に一撃、入れられたね」
私に一撃でも入れられたら、修行は次の段階に入る。
そういう約束だった。
それに気付いた少年は、何かを叫ぼうとして、声を押し殺し、その場に蹲って泣き出してしまった。
「人が集まってくる。魔剣を回収して、ここを離れよう」
少年の体を抱えることに、彼は抵抗しなかった。
それに心底安心しながら、そんなことに安心している自分を殺してやりたい気持ちになった。
私はいつも間違えてばかりだ。
一度だって、自分も、大切な人も幸せにできたことがない、負けてばかりの人生だ。
「アイラさん、俺は、強くなる」
「……あぁ。強くしてあげるよ」
「強くなって、何があっても、この世界から全ての魔剣を消し去ってやる」
でもきっと、今回の選択に間違いは無いはずだ。
◆
「なんでって、魔剣持ってたから襲っただけだよ。何かしてからじゃ遅いってのは、君がよく言ってたことだ。それに倣って、
嘘であることなんて、すぐにわかった。
アイラさんは俺の師匠だ。
師匠の動きはずっと目で追っている。あんな大袈裟で強調した言い回し、嘘であることなんですぐに分かる。
アイラさんがレノンを殺したのは事実だ。
レノンが魔剣を持っていて、自分の父親を殺したのも事実だろう。
そして、アイラさんはきっと何かを知っている。
知っているだろうから、俺は聞いたんだ。何があったのかを聞きたかった。
だって、彼女がそれを隠す理由なんて無い。
あるとしたら、それは俺にとって事実が残酷なものだから。それだけに決まっている。
だから言って欲しかったんだ。
理由を全部話して欲しかった。
一人で抱えずに、俺に話して欲しかった。あの人が抱えているものを、少しでも俺が一緒に背負ってやりたかっただけなのに。
悲しそうに笑って、アイラさんは俺に何も話さなかった。
俺が弱いから、彼女は俺を守ろうとしてしまう。
俺が強ければ、彼女に背負わせることなく全て俺の手で終わらせられた。
俺が強ければ、レノンは魔剣を握ることなんてなかったかもしれないのに。
(なんで、言ってくれないんだよ)
掌に残る痛み。
感情的になってアイラさんの頬を叩いてしまった自分に、どうしようもないほどの嫌悪感が湧いてくる。
アイラさんのことが、俺にはわからない。
どうして俺のことをこんなに大切にしてくれるのか。
どうして自分が嫌われてまで俺を守ろうとしてくれるのか。
俺は、あの人のことが分からない。
だから知りたいのに、あの人はいつも俺を遠ざけてしまう。
もっと俺が強くなれば、そんなことはしないでいてくれるのか。
魔剣なんて存在しない平和な時代が来れば、こんなことも考えずに済むのだろうか。
(あぁ、そうか……)
自分のやりたいことがようやくわかった。
俺はただ、アイラさんと対等な存在になりたいんだ。
あの人が一人で立っている孤独を、ぶち壊してやりたいんだ。