二章です。時間が飛んでますがエルフ感覚で読んでください。
ちょっと更新速度が落ちたりしますが許してください。
8.魔剣狩り
一人の少女が闇夜を走っていた。
靴はいつの間にか片方が脱げ、細い足には葉や石で付いた幾つもの細かい傷が痛々しく刻まれている。
しかし本人はそんなことを気にする様子は一切なく、獣道を点々と紅く濡らしながら走り続けていた。
彼女は逃げていたのだ。
背後から迫る男から、或いは男が手に持っていた剣から。それらから少しでも距離を置くために走り続ける。逃げられないとわかっていても、走り続ける。
「あっ」
あんまりにも前に進むことばかりに夢中になっていた彼女は、地面の小さな凹みに足を取られ、そのまま受け身を取ることすら出来ずに派手に転んだ。
その際に彼女が持っていた魔剣が、大きな音を立てて地面に叩きつけられる。
一度止まってしまったせいか、立ち上がることも出来ずに彼女は這ってどうにか剣の元まで辿り着き、それを抱き抱えて目を瞑る。
もはや逃げることは出来ない。だから出来ることは祈ることだけ。
ゆっくりと、死刑宣告のように迫り来る背後からの足音に怯えながら、彼女は必ず来る自らの終わりを待つしか無かった。
自分の末路はもはや斬殺以外に有り得ない。
恐怖に耐えるように、魔剣を握る手には力が籠っていく。
……だが、彼女が想像していたであろう自らの終わりは、いつまで経っても訪れなかった。
すっかり聞き慣れた人の肉が切り裂かれる音。
首が落ちて、血が噴き出す音。
自分のものでは無いそれが聞こえてきたことを不思議に思いながら、しかし足音が近づいてくるのは止まらない。
そうして闇の向こうから現れたのは、先程まで彼女を追っていた者とは似ても似つかない青年だった。
血を被ったように赤黒い髪の毛に、本物の刃のように鋭く冷たい鈍色の瞳。整った容姿も合わさってどこかの国の王子かと思うような気品に満ちているが、女性は彼の手に握られた血に濡れた魔剣を見て、すぐに警戒を強める。
自分は助かってなどいない。
ただ、逃げなければいけない相手が変わっただけ。そう言うかのように。
「助けてくださった……って訳では無い、ですよね?」
「俺の目的はその魔剣だ。寄越すなら命は取らない」
「私を追っていた男は、譲らなかったということでいいんですね?」
「そうだな」
赤髪の青年の片手には、先程まで女性を追いかけていた男が持っていたはずの魔剣が握られていた。
そしてもう片方の手には、青年の得物であろう血に濡れた魔剣。
先程聞こえてきた人の肉が切り裂かれる音と合わせて、男の末路は想像に難くない。
「貴方も、これが目当てで人を殺すような人なんですね」
「……あぁそうだ。だから、死にたくないなら早く寄越せ」
「なら、渡せません。貴方のような人に、魔剣は渡してはいけない」
女性は剣を更に強く抱き抱える。
目の前には既に抜き身の剣を持つ相手がいるというのに、あまりに無防備に、しかし同時に強い決意を持った瞳で青年を睨んだ。
「渡さなければ、結局殺されて奪われるとしてもか?」
「例えそうだとしても、貴方のような方にこの剣を渡してしまったら、私にこの剣を託してくれた父に顔向けができない」
青年の動きが止まる。
少し逡巡した後、女性に向けられていた切っ先が僅かに下げられる。
「……父の形見、ということか」
それだけ言い残し、青年は女性に背を向ける。
「……奪わないんですか?」
「俺の剣も父の形見だ」
本当にそのまま立ち去ろうとしていく青年の後ろ姿に、女性は困惑した。
魔剣を持つものは皆、己の欲望に躊躇いがない。
ただ殺し、ただ奪い、その力に魅入られたもの達はより強い魔剣を求めて殺し合う。まるで誰かに仕組まれているかのようにお互いを見つけ、殺し合う。
青年は確かに魔剣を持っている。
けれど、彼は他の剣士達とは何かが違うような気がした。
──────まぁ、背中を晒してくれるなら好都合だが。
「ひとつ、言い忘れていた」
女性は青年の背中を切りつけようとする。
そして、当然の帰結として刃が体を貫いた。
「お前と同じ手口を見るのは、俺は三度目だ。お前はその中で一番演技が下手だったよ」
「……酷い。あんな優しそうな笑みを見たら、女の子ならみんな信じちゃうよ。この女誑し」
「悪いが、女に騙されるのは慣れてるんだ。騙すのもな」
女の魔剣持ちがたまにやる手段だった。
自分より弱い相手を捕まえ、脅しまるで襲われているかのように見せかける。
その様子を餌に、助けようと寄ってきた善人を背後から切りつける。
強大な力を持つ魔剣持ちにしては姑息で遠回りな方法。だが、だからこそこんな時代に誰かを助けようとしてしまう善人は必ず引っかかる。
青年は振り向くことなく正確に女性の心臓を一突きし、剣を引き抜いた。
相手が死んでいるのを確かめてから、先程殺した男のものと合わせて二本の魔剣を地面に転がし、そこに剣を振り下ろす。
本来破壊不可能のはずの魔剣が、それだけで紙細工のように砕け、二本の魔剣がこの世から失われた。
◆
「あれ、もう終わっちゃった?」
私が現場に駆けつけた頃には、二本の魔剣の残骸と一人の女の死体。そしてその傍に立つ少年の姿だけがあった。
近くにもう一つ、男の死体がある。
二本の魔剣はそいつらのもので間違いないだろう。
「師匠が戦うまでもない相手でしたよ」
「いや結構強そうだけどね。特に女の方」
「強くても力を発揮させる前に死んだら意味が無いって、いつも師匠が言っているでしょう」
「そりゃそれが一番安全だからね」
「不意打ちで何度も上手くいってたんでしょう。成功体験に酔いすぎてたのか、自分を弱く見せることに躍起になりすぎていました。臨戦態勢に入るまでがあまりに遅かった。あれなら俺じゃなくても間に合いますよ」
冷静に自分が殺した相手を分析する少年の姿を見て、なんとなく変わったなぁと思ってしまった。
昔は殺す度に相手のことをあれこれ考えていたのだが、今は違う。
ある意味では昔よりも考えているかもしれないが、あくまでそれは思慮ではなく分析だ。
人間の心とは逆の場所にある、獣の思考。それが良いことなのか悪いことなのか、人間では無い私には判断しかねる問題だ。
「西に近づく度に、魔剣持ちが増えていますね」
「じゃあやっぱり西進かぁ。嫌なんだよね西。悪魔が多くて何度死にかけたか覚えてないもの」
「悪魔はもうほぼ絶滅してますよ、これのせいで」
そう言いながら少年は手の甲で魔剣の柄を叩いた。
ちゃんと私に敬語を使うようになったのはいいが、節々で明らかに私をバカにしている態度を隠さないのは昔から変わらない。人間はすぐに変わる生き物だと聞いたのに、話が違うぞまったく。
「悪魔なんて九割滅んでも、残り一割が上位一割なら何も問題ない。そういう存在だ。警戒するに越したことはない」
「正直、俺は興味無いですけどね。邪魔なら殺しますけど」
この悪魔への無関心さ、これだから魔剣以後に生まれた子供達は。
私自身、なぜ悪魔がここまで嫌いで強大な存在だと思っているきっかけは思い出せないが、それでも数多の戦闘経験から悪魔の恐ろしさは知っている。
かつて魔剣によってほぼ根絶されたからといって、絶対にこんな風に舐めてはいけない相手なのに。これがジェネレーションギャップと言うやつだろうか。
「まぁ、実戦でべそかいてからじゃ遅いからね。少年が悪魔にビビって小便漏らしながら私に泣きついてくるのが楽しみだよ」
「泣きつくって……発想が子供ですね。実戦ならそんなことする暇もなく俺が殺すか、殺されるでしょう」
「魔獣相手に怖くて泣いてたことあるだろう」
「何年前の話してるんですか?」
何年前って、結構最近だと思うんだけどなぁ。
あの頃はクソ生意気に私に対してタメ口で話してきてたし、私の呼び方はアイラさんだったなぁ。
あれはあれで可愛げがあって悪くないが、しかしやはりタメ口は良くない。でも呼び方は今の『師匠』よりも『アイラさん』の方が好きだな。私は、自分でも思っている以上に私の名前が好きだったらしい。
そんなことを考えながら歩いていたせいか、普段なら絶対にそんなことはありえないのに、足元への注意が疎かになる。
地面から飛び出していた木の根に足が引っかかり、体勢が崩れた。
だが伊達に何百年も鍛えている訳では無い。
こんな状態からでも転ばずに体勢を立て直すことも、指一本で体勢を元に戻すことも出来るようにちゃんと鍛えてあるから、焦ったりせずただ冷静に対処を……。
「っと、何やってるんですか師匠」
しようとしたところで、先に少年が私の腕を掴んで自分の方へと引き寄せた。
「木の根に躓くなんて、珍しいですね。何を真剣に考えてたんですか」
幾ら半端な体勢だったからと言って、まさか少年に力で負けるなんて。
反射的に手を振りほどこうとしたが、想像よりもずっと力が強い。そして、至近距離にいる彼の顔を
「背、いつの間にか抜かされてたんだね」
「また何年前の話してるんですか。もう俺は十七歳なんですよ。二年前にはもう抜かしてましたし」
少年と出会ってから八年。
もう少年と呼ぶのも似合わない青年という風貌に彼はなっていた。
背も伸び筋肉も付いて、剣術も随分と磨きがかかっている。
私が想像した通りに少年は貪欲に強さを吸収していき、驚く程早くに人を殺すことに慣れてしまっていた。
レノンの一件があったあの日から、もうすぐ六年。
あの日から少年は更に強さに貪欲になり、同時に私も魔剣持ちと少年の戦闘を止めることをしなくなった。
時たまに助けにこそ入ってやったが、彼は魔剣持ちの剣士を殺し続けた。
こと魔剣持ちの剣士相手に置いてならば、彼は既に私よりも経験豊富であり、その戦い方を熟知している。
まさに魔剣狩りと言っていいだろう。
悪魔を滅ぼし、最強の兵器として名を馳せる魔剣の天敵。
「たった八年で、こんなに変わるなんてね」
「師匠。この際だから言っておきますが、たった八年じゃありませんよ。八年も、です」
「たっただろう。少年の人生の半分にも満たない時間だ」
「俺の人生の半分に近い時間です。そして、その時間の殆どを、俺は師匠と過ごしています」
「……だから何?」
「感謝してるってことです。たった、なんて言わないでください。俺は貴方に八年も時間を貰えたからこそここにいるんですから」
あぁ、変わるものだ。
ここまで真っ直ぐ感謝してくるなんて、昔の弄れてた少年はどこに行ってしまったのか。
返答に困るし、なんだか妙に心音が跳ねている。
感謝を言われること自体は慣れているし、どうせそんな言葉は私の長い人生から考えればすぐに忘れられてしまうし、忘れてしまうようなものでしかないのに。
前にも私は、こんな風にこの言葉を忘れたくないと思ったことがあったのだろうか。
それが思い出せないことが少し悲しくて、同時に今そう思えることが少し嬉しい。
……ええい、私より弱い奴のセリフに何真剣に悩んでいるんだ私は。
大きく、大きく息を吸い込んでどうにか思考を落ち着かせようとする。深呼吸は脳に酸素を回し、周囲の香りを一気に取り込んで色々な情報を取り込めるから良い。混乱した思考をリセットしてくれる。
木の匂い、土の匂い、嗅ぎなれた少年の香り。
そして、血の匂い。
少年は今、二人殺したのだ。
剣で斬られれば血が飛ぶ。首を切り落とされた死体と心臓を貫かれた死体。両者ともに大量の血を流して死んでいるのだから、血の匂いがするのなんて当たり前。
少年の香りなんかよりもよっぽど嗅ぎなれたその匂いが、今はどうにも鼻につく。脳の奥に突き刺さり、感情を削ぎ落としてくるような冷たさだ。
「……少年。二人殺した気分はどうだい?」
「今更思うことなんてありませんよ。魔剣も、それを持つ者も。俺は殺し尽くすつもりなんですから」
本当に、変わってしまったんだな。
私も、少年も、変わり続けてしまう。
それが良いことなのか、悪いことなのかは分からない。
背が追い越されたのは悔しい。
強くなってくれたのは嬉しい。
敬語を使うようになったのは喜ばしい。
名前を呼んでくれなくなったのは寂しい。
私も少年も望んだ道のはずなのに。
なんで私は素直にこの変化を喜ぶことが出来ないのだろうか。
八年でこの答えが出せないことが当たり前なのか、それとも遅いのか。エルフの私にはそれさえも分からない。
◆
大陸西方は、今までいた東方諸国と大きな差がある。
一言で言ってしまえば、当然であるが法律が違う。
その最も大きな差とは、魔剣の所有権だ。
東方諸国では魔剣は所有するだけでも違法だった。故に少年の父親が使っていた魔剣の反応を消す封印が手放せなかったし、封を解くことにはそれなりのリスクが伴っていた。
だが、西方諸国の多くでは魔剣の所有が違法ではない。
元々悪魔の多発地帯であった西方諸国にとって、魔剣はたとえ殺した悪魔の数を殺した人間の数が上回ろうとも英雄の武器なのだ。
もちろん、魔剣を使い人を殺すことは違法ではあるが、魔剣の所有、研究、解明などが許可されている分魔剣についての知識や情報を持つものも多い。
そして、魔剣を使い悪を成す者達も多くが西方諸国を根城にしている。
西に向かう理由なんてそれだけだ。
私は魔剣を持つ強者を、少年は魔剣を振るう悪鬼を殺すため。
私達は魔剣の巣窟へと足を踏み入れた。
・リューガ
現在十七歳。少年と言うより青年。アイラより20cmくらい背が高い。
・アイラ
年齢不詳。と言うより覚えていない。ちなみに最初にゲットした風の魔剣は未だに壊せないので餌に使うために持ち歩いているが正直重いので捨てたい。
感想見て反応を読み取ってるので思ったことは感想として書いていただけるとすごくありがたいです。今からでも前話の感想とか言ってくれると本当にすごく嬉しかったりします。