「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 食べないでください! 私は見ての通りまだ齢十六のか弱い美少女で、食べ頃の成熟した美女になるにはあと五……いや十年! 十年後には必ず肉付きの良い美女になっているのでそれまで生暖かな目で見守って貰えると助かりますぅぅぅぅ!!!」
西方諸国に入るための山道の途中。
いつものように食料用の罠を張ってからしばらく。
そろそろなにかかかったかと戻ってみたら、何やらとてもユニークな悲鳴が聞こえてきて、そこには獣用の罠に引っかかってる女の子がいた。
足を縄で吊られ、必死になって地面に手を伸ばしている。
彼女の視線の先には一振りの剣……しかも魔剣が落ちている。つまり彼女は魔剣を持つ剣士だということだ。
「すごいね。こんなユニークな命乞いをする生物は今まで見た事ないよ。記念に生かしておいてあげない?」
「魔剣を持っている以上見過ごせませんね。殺っておきましょう」
「待って待って! 生かす方向で話進めよう!? 貴方たち見るからに旅人でしょ!? 案内とかもするから殺さないでください〜!」
泣き叫びながら命乞いをする女の子を見て、さすがに気が引けてくる。
もう何人も殺している自分が人を殺す事に躊躇するなんて、寿命を縮めるだけだとわかっている。それでも、やはり人を殺すことに抵抗が無いわけじゃない。
……そして、目の前の女の子にはそれとはまた違うやりにくさがある。
「逆に考えて欲しいんだけど、君たちが私と同じ立場になったらどう思う? こんな初歩的な罠に引っかかって、武器落として、こんな格好で殺されるんだよ? スカートめくれてパンツ丸見えで殺されるとか末代までの恥だよ?」
「自分で言うんだな……」
「口に出さなきゃ伝わらないでしょうが!」
なんだか本当にやりにくくて困る。
「師匠、どうしましょう」
「魔剣持ちなのは不安だけど、ナビゲーターが欲しいのも事実。少年に任せるよ」
「……また無茶ぶりを」
丸投げ、にも思えたが正直言って生かしておく理由があまりない。
故意ではないとはいえ罠にかけてしまった上に、彼女の衣服には腕に見慣れない紋章のようなものが刻まれている。
なにかの組織への所属を示すならば、組織に情報を持ち帰られる前にしっかり殺しておくのがいいだろう。
だが、師匠はわざわざナビゲーターと言う、彼女を
「……わかった。魔剣はこちらで預からせてもらうし、手は拘束させてもらう。だからアンタの所属と知る限りのこの辺りの情報を全て話す。それでどうだ?」
「話のわかる人で助かります〜! 命が助かるなら靴だって舐めますし内臓までなら渡しますからね! 魔剣なんて幾らでもくれてやりますよ!」
……この人、解放しても大丈夫そうな気がするけど念には念を入れてだ。
剣を収め、警戒しながらゆっくりと、まずは魔剣を回収する。
まだ彼女が捕まったふりをしていて、接近した瞬間になにかしてくる可能性は消えていない。
そして無事に魔剣は回収出来た。
細剣型という珍しいタイプの魔剣で、効果は軽く握ってみたが分からない。俺とは相性が悪いのだろう。
正直ここで破壊してしまうのが1番手っ取り早いが、信頼関係を築くためにも今は破壊しないで師匠に渡しておく。
さて、次は拘束だ。
足も拘束しておきたいがまずは手。
暗器や体術の類に警戒しながら距離を詰め、縄で手を固く拘束する為、ゆっくりと近づく俺の姿を見て、女の子は口を開く。
「あの……もう魔剣も手が届かない場所にあるので、さっさと解放させていただけると幸いというか」
「悪いがまだ信頼できない。我慢してくれ」
「いやもうずっと我慢してるんですよ」
「命に比べたら多少の時間、安いもんだろ」
「それは……そうなんですけど……」
女の子は顔を赤くして何やら言うのか言わないのか、曖昧な態度を取っている。
「………………トイレ」
「は?」
「その、ずっと我慢してて……もう限界というか……」
師匠の方に目を向ける。
「解放してあげれば? 匂いからして嘘はついてないし、ちょっと漏らし」
「まだセーフ! まだセーフです! でも事態は一刻を争うので出来るならば早めに、いや今すぐに解放していただけると!」
「えー……」
いや、さすがにダメだろ。
本当だったとしても、流石に良くない。俺一人ならまだしも、師匠にまで危険が及ぶとなれば話は別だ。
正直、知らない女の子の尊厳よりも俺は師匠の方が大切だし、やっぱり嘘の可能性は捨てきれない。
「…………ダメだ。こちらのペースでやらせてもら」
「あっ」
小さな悲鳴の後、なんとも言えない異臭が周囲に充満していく。
服が濡れていくのに合わせて女の子の目尻には涙が溜まっていき、師匠は顔を顰めながら俺の肩を叩いてくる。
「流石にやりすぎなんじゃない?」
「まぁ……流石になんか可哀想ですね」
それはそれとして、拘束はゆっくりやらせてもらった。
後で謝ったが、しばらく何も答えてはくれなかった。
「うぅ……もう誰も私を愛してくれない……こんな小便まみれの便所臭いガキなんて誰も見向きしないんだぁ……」
「おーよしよし。可哀想にね。ごめんね、うちの弟子が鬼畜で」
近くの川で体を洗ってきて、毛布でくるまりながら泣いている女の子を師匠が慰めていた。
一応手を拘束させてもらい、服を洗う為師匠が服も切ってしまったが、暗器の類は見当たらなかった。
師匠に体を洗って貰う間も特に抵抗はしなかったらしいし、ひとまずは安心していいのだろうが……。
「……聖剣教会だったか? アンタが所属してるらしい組織」
「そうですね。まぁ巷じゃ魔剣教会って呼ばれてるので、分かりやすく『教会』とでもお呼びください」
「一応アンタの所属組織だよな?」
「私は金と安全が欲しいから働いているだけなので。今日死にかけたので私はこの仕事も職場も今すごく嫌いです」
情報を話すくらいなら死んでやる、とか言うような覚悟の決まっている奴が出てくるよりは全然有難いのだが、それはそれとしてここまで口が軽いとなるとどうかと思わなくもない。
聖剣教会。
五百年前、魔剣が生み出された頃に発足した宗教団体。
当時恐れられていた悪魔を次々と葬った魔剣達そのものを信仰対象にし、その力を悪魔以外に向けることや私利私欲の為に使うことを固く禁じる、西方諸国でもかなりの規模と権力を持つ組織だそうだ。
「私達のように魔剣を使うことが許された聖騎士という役職の人間が、魔剣を不当に使うやつらから奪って封印、または管理するのがお仕事ですね。こっちでは結構有名なんですが、やっぱり知らない感じですか?」
「あぁ、魔剣を信仰するなんて、そんな考え微塵も浮かんでこなかったよ」
「そうですよね。こんなものあるからいつまでも平和にならないのに。見つけ次第壊しちゃえればいいんですけどねぇ」
そして、魔剣については詳しそうな彼女達でも
やはり俺の持つこの魔剣の、『魔剣を破壊できる』という力は特別な力であることは間違いない。
情報は力だ。
このまま出来るだけこちらは情報を明かさず、向こうから情報を搾り取りたい。
全ての魔剣を破壊する上で、いずれ魔剣を信仰対象にしているなんて言う巫山戯た宗教団体は敵にしかならないのだから。
「そういえば、キミは名前なんて言うんだい?」
「私ですか? ソーフィリスって言いますね。歳は十六で、六歳の頃から教会で聖騎士やってます。階級は第三階で、好きな物はお金とお父さん、嫌いなものは暴力と人前で尿を漏らすこととかですね。あ、名前は長いので良ければソフィとでもお呼びください」
思わず頭を抱えてしまう。
なんだ、この子もしかして馬鹿なのか?
聞いてもいないことを全部ペラペラと喋っているし、その階級とやらは結構重要な情報の気がする。
いや、俺達はまだ教会について何も知らないし、ギリギリ教えても言い情報なのか? 言う必要は全くないとは思うがまだ……。
「第三階ってどれくらい強いの?」
「普通に上から三番目ですね。でもうちって強さより成果至上主義だし、それ含めても上から三番目なんて大したことないですよ。十年も現場に出てたらみんな第二階になれるものらしいですし」
頭痛がしてきた。
この子はほぼ間違いなく、少しだけ頭が残念なタイプだ。まだ俺達を信用していい段階じゃ絶対無いのに、なんでここまでペラペラ情報を喋れてしまうんだ?
いや、まだだ。
まだ嘘の情報を与えてこちらを油断させようとしている可能性だって……。
「そういえばこんな山奥に何をしに来たの?」
「仕事ですね。今回はとある傭兵団が魔剣を奪ったとのことなのでその回収に来てるんですが、私の魔剣の能力はきっと相性がいいから一人で行けとか言われたんですよ? 酷くないですか? あ、私の魔剣の能力は……」
「あー! もういいから! もうわかったから!」
急に怒鳴ったのでソフィは驚いた顔をしているが、その顔をしたいのはこちらなんだよ。
「ソフィって言ったか? 喋り過ぎだろ。幾ら俺たちが西側の情勢に無知だからって、情報は小出しにしないとさっさと処分するかもしれないとか考えないのか?」
「他がどうか知りませんけど、西側では
地獄なんて俺が見えている範囲がそうなだけで、この世のどこかには平和というものがちゃんとあるんだと思っていた。
だが、所詮この世はどこまで行ってもこんなものらしい。
俺よりも年下の子が、こんなにもあっさりと死ぬことを受け入れて……。
「さっきめちゃくちゃ命乞いしてなかった?」
「それはそれとして死にたくないので。でも情報出し渋って死んだら後悔しそうじゃないですか。やれたことあったのに死ぬのは嫌ですからね」
そう言っていい笑顔を浮かべるソフィは、味方には欲しくは無いが少なくとも信頼はできると感じた。
彼女のような笑みは、俺はこれまで何度も見てきた。
自分のことが一番大切で、その為ならば他人がどれだけ苦しんでもその痛みを考えることをしない。
戦場で、そして鏡の中に何度も見てきた。
魔剣使い達の利己的な笑みだ。
「ひとまず、今は利用できるから殺さない。だから生き残れるように情報は小出しにした方が身の為だ」
「……私、信頼できないと思うんだけどなぁ。君ってもしかして優しい?」
「いや、ただの人殺しだよ」
「殺した場合も状況によってはこっちじゃ罪じゃないよ。第一、罪の有無で優しさは測れるものじゃないでしょ」
ソフィは下手に出ていた態度を捨て、慰めにも煽りにも思える口振りで俺の表情を値踏みするように見つめてくる。
「あんたは、自分が優しい人間だと思うか?」
「思わないけど、君は優しいよ」
甘さや弱さを優しさと形容できる人間は、きっと優しくて良い人だ。
いつでも剣を抜けるように構えていた腕から、ゆっくりと力が抜けていく。
師匠に目を向けると、彼女は指を特定の順番で折り曲げてから手を開く。
少なくとも、ここまでのソフィの話に嘘は無い、という事だ。
嘘を吐くつもりが無い、と考えるのは早いにしても、ここまでの話に嘘は無いのならば一定の信頼は置くことが出来る。
「そう言えば、任務がどうとか言ってたな。あんたの仕事は魔剣の回収なんだろ?」
「そうそう。とある傭兵団が魔剣を奪ってね、その力を悪用して
「は、いや、待て。何言ってんだ?」
なにかの聞き間違いかと耳を疑った。
いや、聞き間違いに決まっている。国って、そんな簡単に更地になるようなもじゃないだろ。
「もしかして、そっちじゃ珍しいんですか?
さも当然のようにそう言うソフィの口ぶりは、それがなんの冗談でもないことを暗に示していた。
「なん、にん」
「ん?」
「何人、死んだんだ……?」
「さぁ分かりません。ただ、指折り数えていられるような次元じゃないことだけは確かです」
師匠に目を向けると、彼女は少し憂鬱そうな顔をして溜息を吐いた後、小さく首肯した。
「ソフィ、事情が変わった。お前を解放する」
「えっ、いいんですか?」
「代わりに、その傭兵団を殺すのに協力しろ」
「怖い怖い! 私にデメリットが無さすぎて怖すぎるんですけど!?」
◆
正直殺してしまうのが一番だと思った。
だが、少年の顔はずっと「殺したくない」と言っているようで、ついつい殺さなくていい理由を並べてあげてしまった。
毎度毎度、人を殺す度にそんな顔をするのだから、いちいち見せ付けられるこっちの身にもなって欲しい。
殺して、死体を処理してしまうのが早いだろうに。
あの子はそういうやり方を考えられる。考えた上で、躊躇うことができる。それが一番だと教えてやった上で、私の言葉を疑っている。
本当になんでこんなに向かないことをやっているんだろう。
まだまだ甘いと言ってやりたいが、私は少年がそういう選択をしてくれることを心のどこかで望んでいた、ような気がする。
私は人間の心の機微に疎い。
考えようとしても、根本的に思考回路が違うのだ。どうやったって私は少年の考えていることが理解出来ない。
そして、自分の気持ちも分からない。
今私は嬉しいのか腹立っているのか、そんなことすら分からない。
一つ言えるのは、少し厄介なことになったということだけだ。
何せ国を一つ滅ぼした魔剣と、
少年は少し気を許しているようだったが、あの女はかなりマズイ。
今の少年は勿論のこと、下手したら私よりも強いだろう。
加えて目標も今回は本当に油断ならないと考えるのが妥当。
最悪少年は死ぬ。だがソフィと、更には国を滅ぼしたという剣士と戦えるというのは悪くない。
強い剣士と戦えるなら止める理由はない。
少年には少し悪い気もするが、今回は最悪私一人で楽しませてもらうとしよう。
……しかし、どうしてこう、彼の周りには厄介な女が集まって来るのだろうか。