クラシックロード~グラスの血を継ぐ者たち   作:かける×かける

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手荒い歓迎

「おーよしよし残さず平らげてるな。馴染めてるようで安心した」

 

 翌朝、サンリヨンの2018が飼葉をきちんと食べているか、環境の変化に戸惑っていないか、哲弥が確認しに来る。

 航の鼻づらを撫で、スキンシップもそこそこに、心身共に問題ないことがわかると、スタッフに対して調教メニューの指示を出した。

 航はウォーキングマシンでの準備運動後、コースに出る前の最終確認のために、ロンギ場と呼ばれる周囲を高い壁に囲われた円形の馬場に移り、乗り運動を開始する。

 脇に人が付き添った状態で周回を重ね、頃合いを見て、騎乗者だけの指示で走らせてみる。

 

「どんな感じ? 多頭数で調教してもよさそうな感じするけど」

 

 丸馬場騎乗の様子を見守る哲弥から質問が飛ぶ。

 

「ハミ受けもいいですし、一度、前と後ろに馬を置いて、どうなるか見てみたいですね」

「OK。少し試してみようか」

 

 ハミをしっかり取って走りに集中している姿を目にし、久保田が言っていたやり方を踏襲すると決めた哲弥。

 すでにロンギ場で複数頭の騎乗を経験している育成馬二頭を連れてくるよう手配した。

 ややあって二頭がロンギ場に到着。

 複数頭で運動させ、前後に馬がいることに慣れさせる段階に進めてみた。

 するとどうだろう、サンリヨンの2018は物見することもなく、平然とした顔でリズム良く運動をこなしている。

 

「これもういつでも馬場に出れる状態じゃないか……」

 

 右回りでも、左回りでも、さらには走る位置を変えてみても、頭を低く下げ体全身で走ってみせるものだから、哲弥は予定を大幅に変更せざるを得ない。

 調教初日はロンギ場で軽く運動させるつもりでいたが、馬場入り直前の馬と同じメニューを課して、本日の調教を終えた。

 

 

(師匠様様だな)

 

 サウザースタッフの驚いたような顔を思い出しながら、航は意気揚々と引き上げる。

 育成の進み具合が他とは違うと言われるサウザーの人間ですら、航の完成度の高さに腰を抜かしていた。これもすべて八肋の指導のおかげだ。

 いよいよ明日から馬場入り。

 初めて見るコースに出て調教が行われるということで、周回コースへ下見に向かう。

 天候に左右されずに調教ができるよう作られた完全屋根付きの大きな施設の中に入っていくと――

 

「うわー、金かかってんなあ」

 

 そう思わず口に出るほど立派な1000mの周回ダートコースがお目見えする。

 柔らかい砂の上を隊列を組んで走る育成馬たち。

 曜日によって周る方向を変えることで、バランスよく脚腰を鍛えられるよう工夫を凝らしている。

 航は砂の感触を確かめるように馬場入りすると、ゆったりとしたスピードでトラックを一周して回った。

 

            ☆            ☆

 

「What? どうして君が?!」

 

 調教開始の時刻。

 周回コースに向かう集団の中に航の姿を見つけ、キッドは声を弾ませた。

 

「今日から俺もコースに出るんだ。この分だといっしょの組になりそうだな」

「そ、そそ、それ本当なのかい!」

 

 キッドの表情が一段と明るくなる。

 空港では航が来るまで気を許せる相手がいなくて何かと心細かったのだろう。

 妙にべたべたしてくるキッドのされるがままになりながら航は後ろを振り返ると、

 

「そういうわけで、お前もよろしくな。エージ」

「……んあ~~」

 

 エージは気の抜けそうな返事を一つして後をついてくる。

 人見知りが激しいキッドに、マイペースを崩さないのんびり屋のエージ。航たちはお隣さん同士、三頭仲良く揃って調教に向かった。

 

 

 周回コースに移動し、四頭一組になって順番待ちをしていたら、見知らぬ黒鹿毛馬と目が合った。

 

「お。見ない顔発見。なになに? その頭に乗っけてるの」

 

 胴が長くシュッとした馬体。小顔で整った顔のグッドルッキングホースが興味津々といった様子で近寄ってくる。

 航はどぎまぎしながらいくつか質問に答えると、最後に「お手柔らかに」と愛想笑いした。

 

「まっ、お互いほどほどにやろうぜ」

 

 遠回しに飛ばさないよう言って、黒鹿毛の育成馬は微かに笑う。

 

「案外適当なんだな」

「強くするためにビシバシ鍛えるなんてナンセンスだって」

 

 と、調教は自ら進んでやるものだと言い張る。

 爽やかな見た目とは裏腹に、優等生タイプではないようだ。

 

「シャルルと言ったか。気をつけろ、あいつはディープ産だ」

 

 八肋が口にした「ディープ産」という台詞。

 航は目を見開き、元いた場所に戻っていった黒鹿毛馬に視線を向ける。

 

「ディープインパクト産駒……」

 

 ディープインパクト産駒の全部が全部活躍するわけではないとわかってはいても、ディープインパクトの子供と聞けば、嫌でも意識してしまう。それがサウザーF生産のディープ産駒ならなおのこと。

 

(負けてらんねえ!)

 

 勝手にライバル認定したシャルルに対し、航は人知れず対抗心を燃やした。

 

 

 調教を終えた前の組と入れ替わるようにして、航、キッド、エージ、シャルルの四頭が一列に並んで周回コースに入っていく。

 航にとって初の馬場入り。

 ハミをかけられると、右前脚―左後脚、左前脚―右後脚と対角線上の肢を交互に動かし、二拍子の上下運動を行う。

 四頭はリードホースとともに隊列を組んだ状態のまま、半周ほど速歩《ダク》を踏んで身体をほぐした。

 

(新入りクンのお手並み拝見といきますか)

 

 意味ありげに航を盗み見るシャルル。

 コーナーを回りきると、全馬、ダクから軽めのキャンターに移行した。

 

「へえ。やるじゃん」

 

 シャルルが感心したような声をあげる。

 地面がやわらかく、脚を取られやすいダートコースでフラつかないのは足腰がしっかりしている証拠。

 コースに慣れるまで右に左にふらふら走っていた同期の馬たちと違い、初日から歩様が乱れることない航に称賛を送る。

 

(こいつは面白いのがやってきたな。これなら退屈せずにすみそうだ)

 

 獲物を見つけたとばかりにシャルルはすっと目を細めた。

 

「どんべえ、気がついてるか? やつにマークされてるぞ」

 

 航の後ろをぴったり張り付いてくるシャルルに視線を向けたままで八肋が言う。

 

「師匠はあいつのこと何か知ってる様子ですけど……」

「昨日のうちにC‐1厩舎の育成馬を見て回ったから、ある程度はな」

「そっ、それで!?」

「近親馬にGⅠホースがいるサンズレーシングの高額募集馬だ」

 

 徐々に強い敵に挑んでいく形式美というものをすっ飛ばして、いきなりのクラシック級。途端に航が前のめりになる。

 

「ダート馬という可能性は?」

 

 ディープインパクトの父サンデーサイレンスは芝・ダート・距離を問わず、さまざまなタイプの産駒を世に送り出した。ディープもそうであってくれと、シャルルがダート路線に進む可能性に望みをかけるが、

 

「残念ながらディープは芝専用の種牡馬だ。血統的に見てもディープに米国血統のクラシック狙いの配合なんだから、勝ち続けてれば嫌でもかち合うだろうよ」

 

 90年代までは珍しがられたクラブ馬のGⅠ出走も、個人馬主の衰退と一口馬主の台頭によって、当たり前のようにクラブ馬がGⅠを勝つ図が出来上がっている。

 活躍が期待できる幼駒を積極的にクラブに回す。

 そういうビジネスモデルが出来てしまっている以上、シャルルが未来のダービー馬だったとしても、なんらおかしなことではない。

 

(べらぼうに強い馬ってのはキャンターだけで、これはモノが違うとわかるみてえだが)

 

 ディープインパクト産駒らしいバネのある走りに、八肋は目を光らせる。

 どこかに欠点はないかと、観察している間にも直線区間を終え、各馬コーナーへ差し掛かる。

 先頭を走るペースメーカー役のリードホースに続いてキッド、その二馬身後方にエージ、それを航とシャルルが後を追う展開。

 

「やろう……。嫌な位置にいやがるな」

 

 八肋が小さく舌打ちする。

 キャンターに入った直後から航の斜め後ろにつけたシャルル。わざと死角になる位置からプレッシャーをかけてくる。

 レースさながらの徹底マークを受けた航は、徐々にペースが乱れ始め、気がつくとエージのすぐ傍まで来ていた。

 

「とにかくとにかくだ。一度落ち着いて息を整えるんだ!」

 

 背後から迫り来る気配、聞こえてくる脚音と息づかいがストレスとなり、単走で走るよりも体力を奪われてしまう。

 馬群へのトラウマを抱えてしまうと、レース自体が嫌になって走らなくなったり、極端な競馬しかできなくなったりする。

 八肋は急ぎ景色を見るなり、走るフォームを意識したりして意識を別のところに向けろと指示する一方で、完全に航を潰しにきているシャルルに対する怒りが収まらない。敵対心剥き出しで睨みつけた。

 

「おーこわ」

 

 シャルルが涼しい顔でこれを受け流す。

 反省の色が見えない態度がまた八肋の怒りに油を注ぐ。

 

「これくらいでへこたれてたんじゃ、ここではやってけねーっての」

 

 馬込みの苦しいところでの競馬。

 嫌がらずに我慢するか、引っかかって前に行くか、最後方まで下げるか。

 航の競走馬としての資質が試される。

 

「がっかりさせないでくれよ新入りクン」

 

 と、シャルルは余裕の表情で爽やかに笑った。

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