クラシックロード~グラスの血を継ぐ者たち   作:かける×かける

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場外バトル

 圧に押されて、馬込みから逃げなければ合格。

 そう高みの見物を決め込んだシャルルを、八肋が恨みがましげに見る。「してやられた」と半分諦めの境地に入っていた。

 が、それもわずかなことで。

 次の場面では両者が予想もつかない行動に航が出た。

 航は迷いなくエージに接近すると、走りのリズムを相手に合わせるようにして走り始める。

 自分でペースを作るよりも、誰かについていった方が精神的負担が少ない。

 人間であった頃の知恵を用い、シャルルの目論みをいとも容易く粉砕した。

 

「おいおいマジかよ」

 

 どれだけプレッシャーをかけようが、もう二度と航の走りが乱れることはない。

 シャルルの頬に冷や汗が伝う。

 格下だと侮っていた相手の実力の一端に触れたことで、シャルルは航に対する認識を改めた。いっそう目を鋭くして、次に状況が動くタイミングを虎視眈々と待つ。

 

(考えたな。これなら余計なことに気を取られる心配はねえ)

 

 エージの走りをトレースすることに集中している航。八肋に頼らずとも、苦境を乗り越え、一安心と思われたが、

 

(エージどうしたよ?)

 

 今度は航からマークされる形になったエージが、「ふがふが」言い始めたではないか。

 首を外側に向けてイヤイヤし、気持ちよく走れないことに苛立っているのがこちらにも伝わってくる。

 

「エージ! こら! エージ!」

 

 鞍上が手綱を通して制御しようと試みるが、エージはまるで言うことを聞かない。

 先頭集団を追いかける気もなく、呑気に走っていたのが嘘のように、それまで纏っていた空気が不穏なものに変わる。

 なだめようとした騎乗者の思惑から外れて、突然ペースを無視して走り出した。

 

「フヒーーーーーーッ」

 

 と、頓狂な声を上げてキッドめがけて突進するエージ。

 ペースメーカーもろとも抜き去り、たちどころに先頭に躍り出た。

 

「あいつ、あんな脚を持ってたのか……!?」

 

 早々と抜け出した脚の鋭さは、航が今までに会った育成馬の中で一番と言っていい。

 空港では決して評価が高いわけではない、日陰の存在のエージでこれだ。

 これがもしシャルルだったら――

 

「雑念は厳禁だぜ、どんべえ。出し抜かれるぞ。今みたいにな」

 

 八肋が目を逸らして、シャルルの姿を確認しろと暗に言う。

 言われるがままにその先へ視線をやると、後ろにいたはずのシャルルがいつしか自分の前方を走っていた。

 そこでようやくエージが暴走したのと同時に、シャルルも飛び出したのだと理解した。

 

「くそっ」

 

 相手が相手だけにそのままにはしておけず、航は急いで前を追いかける格好になってしまう。

 

「マルシェ! エージを追うんだ!」

 

 抑えのきかないエージを見かねて、横につけるようリードホースに指示が出される。

 普段はサウザーホースパークで乗馬として活躍している元競走馬のマルシェ。

 騎乗運動を始めて日が浅い育成馬が不安にならないよう一緒に走るのが彼の役目だ。

 馬上から促されたマルシェはペースアップすると、エージの隣をぴたっと併走する。

 

(この坊主。並ばれると嫌がって前に出ようとするが、先頭に立つと満足してソラを使うタイプらしい)

 

 それならば、このままエージと併せながら、だんだんとスピードを落とし、こちらでペースをコントロールしてしまえばいい――と考えていたその時。

 

「ブヒヒヒヒヒィ~~~~ン!」

 

 いったんは落ち着きかけたエージが甲高い唸り声を響かせる。

 どうしてこのタイミングで。

 不思議がるマルシェの耳に複数の脚音が近づいてくる。

 

「お前ら……」

 

 外からキッドを煽るようにじわじわ上がってくるシャルルと、前の二頭に追いつこうとする航。

 ハロン20~25秒のペースを守る気など欠片もなく、三頭団子状態で競り合いながら伸びてくる。

 シンガリから進出を開始したシャルルに釣られた航とキッドのせいで、追い切りに近いペースが作り出される。

 

「まったく……今年の入厩組は血の気の多いやつばかりじゃねえか」

 

 横目で航をチラ見するシャルルを視界に捉えながら。

 マルシェはどちらが上かハッキリするまでは手を出さないと心に決めた。

 

 

 エージが隊列を引っ張る形で二周目1100m地点を通過。

 前を追うのをやめたマルシェに一馬身半ほどリードを広げる。

 

「なんだかペース落ち着いてきてません?」

「おそらくはリードホースのせいだろう。抜け出すと気を抜くエージの気性面を逆手に取って、スローペースに落としたんだ。この辺はさすが経験豊富な古馬と言える」

 

 ラップタイムについて、航と八肋が話し込んでる間にも、後退してきたマルシェを、外のシャルルと内のキッドで挟み込む。

 うしろ四頭が固まり、ペースを維持したままでエージを追いかける。

 

(……おかしい。何もしてこない)

 

 シャルルの動きに目を光らせるが、航の予想に反してアクションを起こす気配はない。

 一般的にディープインパクト産駒はスローからの直線ヨーイドンを得意としている。

 瞬発力勝負を好むであろうシャルルが最も力を発揮できる展開だ。

 

「結局、やつの思惑通りになっちまったってことか」

 

 八肋が忌々しげに言葉を吐く。敵ながら見事と言うほかなかった。

 馬群の中で他馬と歩調を合わせて走る航。

 ロスなく内を回ろうとするより、なるべく前の馬が蹴り上げた砂を被らない位置で競馬を進める。

 多少の位置取り争いはあるも、先頭から一~二馬身空けた状態の第二集団に目立った動きはない。そのまま各馬、3コーナー中間を過ぎた。

 

「? 調子でも悪いのか?」

 

 航の呼吸がいくらか荒いことに八肋は気づく。

 

「とにかくなんか体感以上にきついというか……」

「このペースでか? そんなはずねえだろ」

 

 事実、エージとの差が開くわけでも詰まってるわけでもない。

 常に一定の距離を保っている。

 不審に思った八肋が周囲を見回すと、航の言葉を証明するように、キッドの顎が上がり、疲れが見え始めているのが確認できた。

 

(一体全体、何がどうなってやがる!?)

 

 すぐに鞍上のヘルメットに取り付けられたメトロノームの音を頼りに、おおよそのラップタイムを計る八肋。

 7F・8F・9Fの通過タイムを見比べ、刻まれたラップからどのような動きがあったのか、レースの全体像を把握しようとする。

 

「7Fと9Fのラップ差が2秒近い。ペースの上げ下げを繰り返しながら走ってたのか!? こりゃあ消耗するわけだ」

 

 ディープ産十八番の緩いペースと思いきや、スタミナと底力が試されるタフな展開になっていた。

 ペースメーカー役のリードホースがこんな消耗戦必死のペースを作り出すはずがない。

 では一体誰が……

 

「シャルルかっ!」

 

 ペースが緩むか流れるかは、先頭を走る逃げ馬よりもむしろ番手グループの走りが鍵を握っている。

 外から小刻みなアップダウンで競り合っていると見せかけながら、道中第二集団のペースに緩急をつけ、その実レースペースを支配していたシャルル。

 ややもすると消耗戦に弱いディープインパクト産駒が消耗戦を仕掛けてくるとは夢にも思っていなかった。

 

「も、もう無理~~」

 

 2000mを過ぎて。

 力を使い果たしたキッドが集団から脱落。

 やがてエージも一杯になり、ズルズル下がってくる。

 

「行くんだ! どんべえっ!」

 

 このタイミングで仕掛けろと八肋から声が飛ぶ。

 息が入る暇を与えずペースアップをし、このままスタミナ勝負に持ち込む。

 言わんとするところを読み取った航は、猛然とロングスパートをかけた。

 左回り3コーナー手前からまくって前に進出。マルシェもろとも追い越して一気に先頭に立つ。

 

「そうこなくっちゃ!!」

 

 シャルルはこれを喜々として受けて立ち、航に同調するようにポジションを上げる。

 番手追走のまま4コーナーを回ると、最後の直線に入った。

 

(レース運びの巧さだけでも手を焼くってのに、消耗戦でもキレる脚が出せるとなりゃ、手がつけられねえぞ)

 

 底知れない恐ろしさを感じながら、八肋は結果を見守る。

 

「抜けるもんなら抜いてみやがれ!」

 

 後は短い直線を押し切るだけだ。満を持して航が手前を変えようとした。ところで――

 

「どーどー、どーどー。どーどー! もういいんだ! どーど」

 

 これ以上はオーバーワークになると、あえなくスタッフから横やりが入ってしまった。

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