クラシックロード~グラスの血を継ぐ者たち   作:かける×かける

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ジャンプアウト

 勝負はお預け。消化不良に終わった航の気持ちをよそに、育成馬たちは周回ダートコースを後にすると、その足で練習用ゲートへ向かう。

 

「ゲート馴致って今の時期からやるものなのか」

 

 入厩後のゲート試験に合格しなければ、競走馬としてデビューすることはできない。

 そのため、サウザーに限らず育成牧場では、毎日のトレーニングと並行して、ゲートをくぐることを日課としている。

 

「あれ? 幅が違ってるけどどゆこと?」

 

 4枠ある練習用ゲート。

 レース用ゲートと同じ幅で作られた1・2枠とは異なり、3枠と4枠はこれよりも幅が広くなっている。

 不思議に思いながら、リードホースの後についていく航。

 ゲート練習と言うからには、4頭ゲートに入れた状態でスタートの練習をするのだろうと、輪乗りしている集団から外れ、さも当たり前のように1番ゲートに入っていった。

 

「え!?」

「え?!」

 

 突飛な行動に度肝を抜かれた鞍上と、もしかしていけなかったのかと焦る航。

 驚くスタッフと航の声が面白いくらいに重なる。

 

「お前……ひょっとして、何やるかわかってるのか?」

 

 閉所でも静かに駐立している航に興味を抱いたマルシェが訊いてくる。

 

「ええまあ。牧場にいる時、母さんから聞いてたんで」

 

 まさか前世では人間だったんですなんて言うわけにもいかず、航はそれらしいことを言って誤魔化した。

 

「慣れてるやつでも好き好んで狭いところに入りたがらないのに。まったくどういう神経してんだか」

 

 マルシェはゲートをまったく怖がらないおかしな馬がいたものだと呆れながらも、先輩馬らしい一面をのぞかせる。

 

「まあいい。物は試しだ、そのまま発馬してみろ」

「自分一頭だけでです?」

 

 他の馬たちは4枠の一番枠幅があるゲートを通り抜け、帰ってしまっている。

 残っているのは航とマルシェだけだ。

 

「なんだ。枠入りは嫌がらないくせに、ぼっちは嫌ってか。なら俺が付き合ってやるよ」

 

 隣の2枠にゲート入りしたマルシェ。お手本を見せるように枠内駐立してみせた。

 

「発進の仕方はわかるな? 両後肢を同時に蹴って飛び出すんだ」

 

 『ハーフバウンド』でゲートを飛び出し、『回転襲歩』でダッシュをつけたら、『交叉襲歩』に切り替えて走る。スタート直後から数完歩までの一連の流れをおさらいすると、

 

「間違っても後ろにタメを作るなよ。出遅れる原因になるから」

 

 最後に注意点を一つだけ加えた。

 

(これはこれでいい経験になるだろうよ)

 

 種牡馬になれずとも、サウザーホースパークで余生を送ってる馬は、功労馬扱いされるくらいには賞金を稼いでいる。

 重賞クラスの馬直々に指導してもらえる機会などそうそうありはしない。

 俯瞰できる位置でゲート出しを見るために、八肋は発馬機をよじ登った。

 

「扉、開けっ放しなんで、スタートの合図、お願いできますか師匠」

「お安い御用だ。321でいくからな」

「ああ、それで構わない」

 

 二頭に確認を入れたのち、八肋がカウントダウンを始める。

 

「3、2、1――」

 

 ゴーーーーッ!!

 合図と同時に、両後肢を揃えて飛び出す航。

 マルシェからのアドバイスに従って、とにかく早く一歩目を出すことを意識した。

 スタートはほぼ横一線。

 五分のスタートを切った両馬はハーフバウンドから回転襲歩へ。獲物を見つけた肉食動物のような走りで加速していくが。

 

「くっ。置いてかれる……っ」

 

 同じことをしているはずなのに、一完歩ごとにマルシェとの差が広がっていく。

 双方ダッシュをつけ、スピードに乗った頃には、約四馬身の差をつけられていた。

 

「ま、そうなるわな」

 

 八肋に驚きはない。

 マルシェの実績を考えれば妥当な結果と言えた。

 

「これでも短距離路線でならしてたんだ。いくら現役から遠ざかったと言えど、デビュー前のひよっこ相手に遅れを取りゃしねえよ」

 

 ゲートの出だけで、スタートが速いか遅いか決まるわけではない。

 ゲートを上手く出ても、先団に取り付けないこともあるのだと。

 引退後、大半の競走馬が殺処分される世界を勝ち抜いたマルシェに、厳しい現実を突きつけられる格好となった。

 

「もう一回! もう一回お願いします!」

「どれだけやっても結果は同じだと思うがな……」

 

 力の差は明白。マルシェに断言されるが、航はなおも諦めない。

 

「それでもどうか! どうかっ!」

「……ふっ。わかったよ。とことん付き合ってやる」

 

 マルシェは位置につくよう目配せすると、両頭スタート地点へ引き返した。

 

(ゲート出は互角。回転襲歩のとこで差がついたのなら、まだ打つ手は残ってる)

 

 スタートの差を埋めるためには何をどうすればいいか。

 打開策がある航は深く息を吸って呼吸を整える。

 

「負けん気だけで、縮められると思ったら大間違いだぜ」

「わかってます」

「ほう、何か考えがあるというわけか。それは楽しみだ」

 

 マルシェが含んだ笑みを浮かべる。

 刺激に飢えた古馬にとって、真剣勝負でしか味わうことのできないひとときを過ごせるのは、この上ない喜びだった。

 一足先にゲートに収まったマルシェは、本番同様意識を高めていく。

 

(どんべえのやつ、ああは言っていたが……)

 

 トップジョッキーですら、スタートの秘訣は馬の動きを邪魔しないことだと言う。

 つまり馬任せ。スタートの問題を騎手の力ですべて解決するのは難しいとプロの口から出ているのだ。

 劇的に改善できはしないと否定的な八肋。

 変な誤解を生まないようマルシェに願い出る。

 

「お手数かけるが、痛い目見せてやってくれ」

「無論そのつもりだ。手加減なんてするつもりはない」

 

 スターターの号令に合わせて。

 マルシェは競馬のなんたるかを知らない若駒に見せつけるようにロケットスタートを切る。

 横並びに見えたのも最初だけ。

 すぐに体半分、マルシェが前に出る。

 一馬身、二馬身、三馬身と引き離しにかかり、前と同じ展開になるかと思われたが。

 

「くおおおおおおおおッッ!」

 

 本来ならば、交叉襲歩で走る頃合いだというのに、航は回転襲歩のままで走り続ける。

 

「だ阿呆がァァァ!!」

 

 八肋は怒りに声を震わせる。

 チーターやライオンなどネコ科動物特有の走り方である回転襲歩は、加速に優れている反面、体力の消耗が激しく、長い距離を走るのには向いてない。

 今のように、スタート後、必要以上に回転襲歩で追おうとすれば、レース前半だけで脚を使い果たし、コースを周るだけになってしまう。

 

(この感じだと二馬身半くらいってとこか)

 

 じりじり詰め寄って来る航の気配を感じたマルシェ。

 さっと眼を向けると、無鉄砲な若馬が、いつまでも体に大きな負担がかかる走り方をしているではないか。

 

「なにをやってる! 潰れたいのか?!」

 

 即座に回転襲歩をやめるよう怒号を浴びせた。

 

「あんなことをしていたら競馬にならない」

 

 マルシェからダメ出しが容赦なく飛んでくる。

 

「金輪際二度とやるんじゃねえぞ」

「……はい」

 

 肩で息をする航の表情は暗い。

 ハーフバウンド、回転襲歩の上手さや速さによってスタートダッシュの上手さが変わってくる。

 スタートの課題はゲート練習を重ねることで克服できても、テンのスピード、どれだけ長く回転襲歩を使えるか、どのポイントで交叉襲歩に移行するかなんてのは、完全に持って生まれたもの。才能、センスがものを言う分野と言っていい。

 エンジンのかかりが遅い馬、成長途上でダッシュがつかない馬が、無理をして前を追いかければ、終いの脚が使えなくなってしまうのがオチだ。

 

(先行したくても先行出来ないというのはこういうことだったのか……)

 

 競馬を観戦していた時、なぜもっと前に行かないのかと思う場面に腐るほど遭遇した。

 いざ自分が競走馬になってみて、

 

 ――好スタートでも後方からの競馬になる理由が。

 ――スタート時、騎手が介入できる部分がそう多くないことが。

 

 航は改めて競馬の難しさ、奥深さを肌で感じた。

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