クラシックロード~グラスの血を継ぐ者たち   作:かける×かける

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モーリス四天王

 長距離屋内坂路頂上。

 ゴール側の展望室では厩舎長らが横一列に並べられた大型モニター前に陣取り、坂路を駆け上がってくる馬たちの動きに目を光らせていた。

 

「なあ、あんなのいたか?」

 

 登坂する予定になかった育成馬二頭がモニターに映し出されて。

 異変に気がついたスタッフが定点カメラの映像を見てくれと指さす。

 するとそこにはウッドチップを豪快に跳ね上げながら、我先にと競うように坂路を上がってくる航とヴィエリの姿が。

 

「どこの馬だ?」

「六畝さんとこのじゃないか。あのでっかいのは昨日今日と坂路で軽く乗ってたろ」

「坂路二本目――にしては飛ばしすぎのように見えるが……」

 

 哲弥に意見を聞こうしたが、どこを探してもみても責任者はおろか厩舎スタッフの姿すら見当たらない。

 本来、調教に立ち会うはずの人間が一人もいないとわかり。

 

「今しがた、青鹿毛馬と栗毛馬の二頭が併せる形で坂路に進入した。走行中の乗り手は特に用心するように」

 

 場長の菅井がマイクを手に注意喚起を行い、暴走している育成馬の挙動をモニター越しに監視しつつ、1ハロンごとに自動計測されたタイムに目をやる。

 

「菅井さんこれ……」

「ああ。この時期にしてはなかなかだなこれは」

 

 最初の入りこそ16秒台であったが、その後は難なく15秒台に突入。

 正巳がモーリス産駒の将来性を高く買っている件を抜きにしても、坂路初登坂でこれは目を見張るものがあった。

 

「最後までこれを維持できるようなら、ウチでも能力上位だろうな」

 

 菅井はどこかでバテるだろうと高を括りながらも、他馬の間を加速していくサンリヨンの2018の走りに一喜一憂していた。

 

 

 600mを過ぎ。ゴールまで残り300mを切る。

 

(これは恐れ入った。想像以上だ)

 

 約60kgの人間を背にしているというのに、航の脚色は鈍るどころか、じわじわ脚を伸ばしていた。

 

「はぁ、はあっ! 初めてでも案外やれるもんだな」

 

 程よい勾配の上り坂を躍動感あふれるフットワークで疾走する二つの影。

 どこまでもしつこく追いかけて来る相手との我慢比べはまだ続いていた。

 

「ちったあ根性あるじゃねえか! 認めてやるぜ! だがなァァァァ――!!」

 

 ヴィエリがグッと首を下げ、うなるような動きを見せると。

 それまで首の上げ下げだった均衡が崩れる。

 

「お前に俺は倒せねえ!」

 

 頭二つ分前に出て。

 欧州血統馬特有のスピードの持続力で、航との差を徐々に広げていく。

 ひとたびスピードに乗ったら最後、誰にも止められない。

 重戦車と呼ぶにふさわしい走りの前に、航はこれ以上離されまいと、必死についていくのがやっとの有様だった。

 

(あの時と同じだ……ディープやハーツの時と……)

 

 最後の直線。突き放したと思ったら、一完歩ずつ詰め寄り差し切られた、思い出したくもない記憶が脳裏をよぎる。

 航は歯を食いしばり、折れそうになる心を奮い起こす。

 

「こんなんじゃ! こんなもんじゃない! ディープなら、ディープならもっと、もっと前にいるはずだ!!」

 

 ぶっ倒れてもいいからと。

 身体中のありったけの力を振り絞って、ディープインパクトの幻影を追いかけた。

 

 

 勝負はラスト1ハロンを残すのみ。

 抜きつ抜かれつの攻防もいよいよ佳境を迎える。

 

(この相手によくやった方か……)

 

 坂路コースを熟知している菅井は達観していた。

 750mから先は斜度が7%になり、負荷がさらにきつくなる。遅れ始めた航がここから差し返すのは不可能に近い。

 すでに大勢は決したと、ヴィエリですらも自分の勝利を信じて疑っていなかったというのに。

 急坂区間に入った直後――航が息を吹き返したかのように、急坂をフルスロットルで駆け上がり、ヴィエリとの距離を瞬時に詰めた。

 

「どんべえ! ひっくり返すならここしかねえぞ!」

「イエッサァァァァァーーーーーーーーっ!!」

 

 口や鼻からは水が垂れ流しで。

 鬼の形相になった航はどこまでも加速し続ける。

 

(まさか急坂をまったく苦にしねえとはな。勾配がきつけりゃきついほど力を発揮するってんなら、ここからがどんべえの真骨頂だ!)

 

「なんなんだ!? なんなんだよてめーーはァァァア」

 

 現実離れしたでたらめな走りを目にしたヴィエリは生まれて初めて狼狽える。

 ハインケスのような純粋な速さではない。

 執念が煮詰まった恐るべき意思の強さを航の中に見た。

 

「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!」

 

 ヴィエリの声が蒼穹に轟いてる間に。

 航は屈強な好敵手を鮮やかに抜き去り、坂路全体で1番の時計を叩き出したのだった。

 

            ☆            ☆

 

 空港の坂路モニターに数字が映し出されるや、室内にどよめきが広がる。

 坂路一番時計をマークし、早くも頭角を現したサンリヨンの2018。

 モーリス産駒は全体的にトモが緩く、緩さが解消された古馬になってからと見ていた一同をあっと言わせた。

 

「末恐ろしいな」

 

 今の時期でこれだけ動くなら、完成したらどうなるのか。

 菅井は言葉を呑んだ。

 日高のモーリス産駒がフランケル産駒を負かしたことは、一夜のうちに空港内すべての人間が知るところとなり、航の存在感は日を追うごとに高くなっていった。

 

 

 年が明け――

 いよいよデビューの年。

 今年はどの種牡馬から走る馬が出てくるのか、2020年2歳馬のラインナップに注目が集まる中。

 

『モーリスの産駒で、(6月の)東京阪神3つずつは勝ちます』と。

 

 早来・下平文博《しもひらふみひろ》場長の早くも勝利宣言とも思えるインタビューが掲載される。

 

「伊達や酔狂なんかじゃなく。本気らしいな」

 

 八肋は景気の良いコメントが並ぶ記事に目を通していく。

 仕上がりに時間を要すると思われていたモーリス産駒だったが、動かしてみるとどれもよく動く。2歳戦からでも活躍できるとサウザーは自信をのぞかせた。

 

「逆にドゥラメンテ産駒は晩成傾向で長めの距離に向くか……」

 

 現役時代、同じ厩舎で何かと比べられたモーリスとドゥラメンテ。

 ドゥラメンテの早期引退により、直接対決が実現しなかっただけに、一競馬ファンとしては、その子供たちの動向はやはり気になるところだ。

 スピード色の濃い馬を好む正巳に対し、兄、輝明は底力に富んだ重い血を好む。

 欧州の重厚な母系からタフさとスタミナを受け継いだドゥラメンテ産駒の大物が華台ファームから出る可能性は捨てきれない。

 

(スピード決着でも強さ見せるドゥラメンテ産駒がいたら、まちがいなく、どんべえにとって厄介な相手になる)

 

 終生のライバルの出現を予感しながら。

 次はピックアップされた有力二歳馬の確認作業に入る。

 

「お、モーリス産駒が特集されてるぞ」

「え! いや~~まいったな~~」

 

 てっきり自分が紹介されているものと。

 航は身をすり寄せるようにして横から覗き込むが。

 

「違う。俺はこんな毛色していない」

 

 該当する箇所には、鹿毛の牡馬がモーリス産駒の怪物候補として大々的に取り上げられていた。

 

「俺を差し置いて。なにが『日本のUrban Sea 名牝シーザリオが送り出す新時代のスター』だ……」

「エピファネイア、リオンディーズ、サートゥルナーリアとGⅠホースを3頭も送り出した日本最高レベルの繁殖牝馬の仔に関心が集まるのは自然な流れだ」

 

 現時点でシーザリオの2018以上に話題性のある二歳馬は存在しないと八肋。

 結果実績を積み上げることで、のちに良血と評価されるようになる。

 シーザリオも一口募集時は比較的手を出しやすい価格だった。

 

「みんな見る目がねーなー。調教で好時計を連発してるモーリス産駒がここにいるってのに」

「速さの秘訣がフランケル産駒にいびられるからですとは口が裂けても言えねーわな」

「別にいーじゃないですか! 目立ってなんぼですよ! それよりも次! 次のモーリス産駒を!」

「はいはい」

 

 はやくはやくと急かす航のご希望どおりページを切り替えてやる。

 

「ブエナビスタの2018って……またかよ……」

 

 今度こそ自分の番だと思ったら、もののみごとに肩透かしを食らってしまった。

 

「ったりめえだろ。ウオッカ、ダイワスカーレットに続き、牝馬中心の時代の主役だったんだからブエナビスタは」

 

 GⅠ6勝、そのうち着外はわずか3回という申し分ない競走能力。

 加えて重賞勝ち馬6頭を産んだビワハイジの娘という血統的裏付けもある。

 さすがにケチのつけようがないと航もわかってくれたようだ。

 

「す、スペシャルとビワハイジの孫ならしゃーない。二席の座は譲ってやる。でも、いくらなんでも次は俺じゃなきゃおかしいでしょ……」

 

 しかし――

 

「アドマイヤセプターの2018」

「……」

「シンハライトの2018」

「……」

 

 空港では誰からも目をかけられる存在になったというのに。

 サンリヨンのさの字もない。

 

「なんでやあああああああ!!」

 

 これでは正巳の秘蔵っ子っと自負していた自分がバカみたいじゃないか。

 あまりの仕打ちに航はむせび泣いた。

 

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