クラシックロード~グラスの血を継ぐ者たち   作:かける×かける

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歓迎会

「ブエナ!? ブエナビスタの2018……っ?!」

「そんな風に呼ばれとった時期もあったな」

 

 名牝ブエナビスタの5番仔なのに。

 ベントゥーヤはそれを鼻にかけたりはせず、さばさばとした口調で言った。

 

「えらいドライだな。親がサンズレーシングの勝負服でGⅠを勝ちまくった馬だってのに」

「そらそうやで。名牝から名馬が生まれることなんて稀なんやから」

 

 競走馬の能力は父系よりも母系からの遺伝によるところが大きい。

 しかし、母馬は2本持つX染色体のうちどちらか1本を産駒に伝えるため、受け継がれたX染色体の質が悪ければ、競争能力は伝わりにくくなる。

 名牝から名馬が生まれないと言われるのはこのためだ。

 競走馬は人間社会と違って、コネや家柄などいっさい通用しない。

 完全実力主義の世界だと。

 まさかサウザーのエリート馬からそんな言葉を聞かされるとは思いもしなかった。

 

「それで俺に何の用だ?」

「まーまちーな」

 

 まだ話の途中だというのに、ベントゥーヤは何かを探すように、キョロキョロと辺りを見回すと。

 

「あーおったおった。ジラルニーニャ! ジラルの言うたとおりドングラスやったわ」

 

 同じくモーリス産駒であろう2歳馬を呼び迎えた。

 

「ほな紹介するで。こいつはジラルニーニャ。ちょい男勝りなとこがたまにきずやけど、性格はワイが保証する。仲良くしたってや」

 

 イタリア代表FWみたいな馬名であるが。

 ジラルニーニャは牝馬らしく小柄で、遅生まれのせいか、だいぶ細身に見える。

 母ジェンティルドンナ譲りの毛色と流星が入った利発そうな顔立ち。

 ベントゥーヤが言うように、可愛いよりボーイッシュと形容した方が適切であろう。

 

「やあ久しぶり。空港牧場以来だね」

「…………うぇっ!?」

 

 航は必死に記憶の糸を手繰り寄せるが、ジラルニーニャのことは残念ながら記憶にない。

 

「まあ、わたしが一方的に知ってるだけだから。あんたとヴィエリ――空港牧場の問題児はグループ内で有名だったし」

「も、問題児……」

「毎日のように喧嘩して。周りに迷惑かけ放題だったじゃんあんたら。そりゃ野蛮だって白い目で見られるよ。もしかして自覚なかったの?」

 

 ジラルニーニャがからかうように笑う。

 

「こっちは元々あんたに興味があったからね。一度会って話してみたかったんだ。わたしのことはジラルとでも呼んでくれ」

 

 よろしく! こちらこそ!

 定型の挨拶を口にする航とジラル。

 ベントゥーヤは二頭が打ち解けたのを見計らうと。

 

「っしゃ。なら話を元に戻すでドングラス」

 

 ジラルもモーリス産駒だと伝えた上でこう提案してきた。

 

「モーリス産駒同士で協定を結ばへんか?」

 

 それまで野心など欠片も見えなかったベントゥーヤの目が鋭く光る。

 

(まさかそうくるとは……)

 

 友好的に近づいてきたからには裏があると思ってはいたが。

 これはさすがに意表を突かれた。

 勝つための裏取引を持ちかけられた航は返答に窮する。

 

「……内容にもよる」

 

 と、なんとかそれだけ返した。

 

「親分子分の関係。星のやり取りはないから安心せえ」

 

 レースに関しては、基本正々堂々勝負するとベントゥーヤ。

 

「ワイらが協力し合うのは主にレース以外のところ。コースや馬場状態、対戦相手の情報なんかを逐一共有するんや」

 

 例えば、今日は前残りなのか、外差しが決まる馬場なのか、それを予め知っているか知らないかでは、パフォーマンスが大きく変わってくる。

 馬場展開コース不問で勝てるのは、名馬と呼ばれるような真に強い馬だけだ。

 

「その言い方だと、俺以外のモーリス産駒にも声をかけているのか?」

「せや。ここ栗東以外にも美浦でもサウザー、非サウザー関係なく、ワイらの仲間が片っ端から声かけとるで」

「お前ら……いったいどういうつもりなんだ……?!」

 

 いくらなんでも規模がでかすぎる。

 主犯格のベントゥーヤやジラルが好成績を残すためだけなら、そこまで大がかりなことをする必要はないはずだ。

 

「それはな。モーリス産駒全体が市場から高い評価を受けなあかんからや」

 

 ベントゥーヤはすべてのモーリス産駒の利害が一致している。生存競争を勝ち抜くための方法だと言う。

 

「今の時代、サンデーもキンカメも持たない馬は、繁殖面でめっちゃ重宝されるのはわかるやろ? ディープ系やキンカメ系が飽和状態やからこそ、ワイらにはチャンスやねん」

 

 非主流派血統だからこそ生きる道がある。

 サンデーサイレンス、キングカメハメハの初期産駒たちのように。

 

「モーリス産駒の勝ち上がり率が高く、なおかつ大レースを勝つ馬が早い段階で複数出れば、おこぼれにあずかれるという読みか?」

「話が早くて助かるわー」

 

 代用種牡馬的な扱いであるが。

 サンデーウェル、ローゼンカバリー、ビッグサンデー、ロサード、サイレントハンターといったサンデーサイレンス初期の活躍馬は、GⅠを勝っていなくても比較的容易に繁殖入りできた。

 種牡馬としての需要さえあれば、重賞勝ち程度でも種牡馬になれるのだから、モーリス産駒全部が結託していこうぜということらしい。

 

「無理強いはしないけどね。でも、ヴィエリやシャルルとタメを張る、あんたみたいな破天荒なやつが切り込み隊長になってくれれば、皆が勢いづくとわたしは思う」

 

 ジラルは深呼吸をして。

 少し不安げに窺うような視線を航に向ける。

 

「……そこまで言われて断ることなんてできないよなあ」

「ほんまか!」

「ああ男に二言はない。ご期待通りモーリス軍団の急先鋒になってやるよ」

 

 航が競馬を生で見ていた当時は、中長距離路線では、牝馬は重賞ですらほとんど勝つことができなかった。

 それが今ではどうだ。

 春の天皇賞を除いた主要GⅠを牝馬が総なめにしかねない状況になっているではないか。

 馬場の改良、調教施設や調教技術の進歩、生産と育成の一体化と。

 あの頃とは競馬を取り巻く環境が何もかも変わってしまっていて、どこまでベントゥーヤたちの力になれるのか、心配の種はつきない。

 それでも――

 同じ目標を目指す仲間がいるというだけで、心が和らぎ、なりより心強かった。

 

            ☆            ☆

 

 その日の夜。

 厩舎では、モーリス産駒が食べ物を持ち寄って、航の歓迎会が開かれていた。

 

「今日は競馬のことなんか忘れて楽しもうや。遠慮せずじゃんじゃん食い」

 

 ベントゥーヤはみかんをパクつきながら、航にも食べるよう勧めてくる。

 

「りんごバナナ角砂糖、それにこれは……サウザーホースパークで売ってるにんじんクッキーまであるのかよ。これだけのもの、お前らどこから調達したんだ?」

「しがらき歩いとった時、小さな女の子みーへんかったか?」

「おんなのこ? それって智代ちゃん?」

「おーそうやそうや。もう知り合っとるとは、手が早いなドングラスは」

 

 ベントゥーヤがニヤついた。

 

「茶化すなよ。こっちは真面目に話してんだから」

「からかいがいのないやっちゃな」

 

 そうつまらなそうに言った後、ベントゥーヤはおやつを潤沢に用意できた、そのからくりを教える。

 

「ええ子にしとったら、あの子がワイらの好きなものくれんねん。差し入れだ言うて」

「ほー」

 

 それはいいことを聞いた。

 次に智代と会う機会があれば、彼女の機嫌をみて、それとなくねだってみよう。

 

「せやから飼葉と水だけの食生活をしたくなけりゃ、嫌われるようなことしたらあかんで」

 

 先にしがらきに入厩した先輩としてベントゥーヤからここで快適に過ごすためのアドバイスが送られる。

 

(今日くらいはゆっくり羽を伸ばしますか)

 

 レース出走日が近づくにつれ、調教強度が増し、プレッシャーも強くなる。

 こんな風にみなでワイワイ騒げるのも、これが最後になるかもしれない。

 航も他のモーリス産駒といっしょに、ほんのり甘いにんじんクッキーを、太ることなどおかまいなしにガツガツ食べていく。

 

「ええ食いっぷりやないけ。モーザリオもそんなとこおらんと、ドングラスと話しいな」

 

 周囲にうまく溶け込めていない大型の鹿毛馬をフォローしようと声をかけるベントゥーヤ。

 モーザリオことルペルガリアはしばらく無言でいたが、

 

「その呼び方は好きじゃない」

 

 それだけ言って、そっぽを向いてしまった。

 

「ルぺなんちゃら言うすかした名よりよっぽどええわ。モーザリオの何が気にくわんねん」

 

 ノリの悪いやつめ。

 ベントゥーヤはやれやれと肩をすくめる。

 

「気を悪くしたらごめんね。ガリアも悪気があったわけじゃないから許してあげて」

 

 同じスターホースを母に持つもの同士。

 色々と苦労を知るジラルがそっと耳打ちしてくる。

 

「シーザリオの2018……あいつが……」

 

 上の兄3頭がGⅠホースで。

 生まれた時から何かにつけて優秀な兄たちと比べられ、活躍して当たり前の扱いを受けていれば、擦れた性格になるのは仕方のない面もある。

 スーパーエリートにはスーパーエリートにしかわからない悩みがあるみたいだ。

 モーリス大将格ともいえる存在を前にした航。

 しかし、意外にも敵対意識のような感情は湧いてこない。

 つっぱった態度の中に見え隠れする脆さと強さ。

 落ちこぼれでもないのに、背中を押してやりたくなるような、人を惹きつける魅力が不思議とあった。

 

「ここは俺が一肌脱ぐ番だな」

 

 航は宴会部長を買って出ると。

 自分の歓迎会だというのに、盛り上げ役に徹し、ツッコミいじられ、どの馬にも等しくスポットライトが当たるよう宴会を取り仕切った。

 

 

 この宴会を通じて一致団結するムードを作ろうと、スベろうがウケなかろうが、航は鋼のメンタルで場を温める。

 当初はよそよそしかったモーリス産駒たちも、今ではリラックスしてくれたようで、各自思い思いに親睦を深めていた。

 中でも航とベントゥーヤは、今日初めて会ったのが嘘のように、すっかり意気投合し、

 

「か~~~っ、んなことが! それは災難やったな」

 

 公開調教で何があったか聞き。

 ベントゥーヤは航の心中を察して慰める。

 

「周りからの評価なんかくそ食らえや。何言われても気にしちゃあかんで」

「そうだよな。そうだよな」

 

 今の自分にはなんでも話せる相手がいる。

 それがどれだけ幸運なことか、いまさらながら、八肋のありがたみを噛み締める。

 

「せや! ワイが特別に力のつくもん食わせたる」

「なにそれ」

「それは見てからのお楽しみや」

 

 ベントゥーヤは口元に笑みを携えると、航についてくるよう手招きした。

 手慣れた様子で馬房の中に入っていくベントゥーヤに続いて、そろそろと足を踏み入れる航。

 馬房内は特に変わった様子もなく、航にあてがわれた馬房と違う点があるとすれば、飼葉桶の中身がやけに豪勢なことくらいだ。

 

「俺が普段食べてるのとこれだいぶ違うぞ」

 

 千場スタッドでも空港牧場でも。

 乾草とえん麦、塩、それにとうもろこしやひまわりの種などをミックスした配合飼料が、それぞれ馬の状態に合わせて与えられていた。

 

「ワイの場合、もうすぐレースやさかい。えん麦を増やして、栄養価の高い大豆粕やあまに煮なんかもプラスするんや」

 

 6月、東京2歳新馬戦に出走予定のベントゥーヤ。

 追い切りの本数が増え、運動量が多くなる時期には、消化に時間がかかる粗飼料から、エネルギーを取り込みやすい穀物主体の濃厚飼料へと切り替える。

 

「騙された思うて食うてみ。ごっつうまいから」

 

 航はベントゥーヤのために作られた特製飼い葉をまじまじと見る。いったいどんな味がするのか。口の中によだれが溜まる。

 

(今日だけ! 今日だけだから!)

 

 嫌なことは食べて忘れるにかぎる。

 最近は少し過食ぎみだというのに、高カロリー食につられて試しに一口。

 

「うめええええええ! ブエナ弁当めっちゃうめえええええ!」

 

 外がカリッとした大豆粕の上にかけられたあまに煮を同時に頬張ると、焼いた肉をタレにつけて食べた時のような、ジューシーな味わいが口いっぱいに広がる。

 コクのある甘さが口の中に残っているうちに、今度は白飯を食べるようにえん麦をかきこんだ。

 こんなうまいもの、一口だけで終わるはずがない。

 脳が勝手に糖と脂質の塊を求め、二つ三つと箸が進んでしまう。

 

「さすがにちょい食いすぎとちゃうかな~」

「うめえ! これうめえよ弁当屋!」

「…………さよか」

 

 ベントゥーヤの声もむなしく。

 航はベントゥーヤの分まで残さず全部平らげてしまった。

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