クラシックロード~グラスの血を継ぐ者たち   作:かける×かける

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Lesson

 翌日から八肋のマンツーマンによる指導が始まった。

 

「もっと首を使って。それじゃあ力が伝わらないぞ」

「こっ、こうですか?」

「それでいい。頭を下げ、トモが入るようにするんだ」

 

 八肋が師匠らしく適切な指示と激を飛ばす。

 額で押すようにして、前へ出ていく力を脚に伝えるようアドバイスを送る。

 

「どうだ、初日の感想は?」

「けっこう体に来ますね」

 

 軽く息を切らせながら答える航。自己流でやっていた時とは比べものにならないくらいの疲労と達成感に確かな手ごたえを感じていた。

 

「きちんとしたフォームで走れば効率よく筋肉がつくからな。がむしゃらに走ればいいってもんじゃねえ」

「耳が痛いです……」

 

 速く走れるかどうかなんてのは全部生まれつきのもので、特に意識する必要はないと航は考えていた。体の動かし方一つでパフォーマンスが向上するのだと知って目から鱗だ。

 

(んなこと陸上やってたやつ以外、普通わかんないだろ……)

 

 授業で正しい走り方を習ったりはしなかった。

 前世では未体験の分野への挑戦に不安がないと言ったら嘘になる。

 

「馬の数だけ生まれ持ったフォームがあるのに、俺に合ったフォームを探し当てることができますかね?」

「おいおい、もう臆病風に吹かれてちまったのか?」

「……正直言うと」

 

 デビューまでに残された時間がそうあるわけではない。

 自分の特徴を活かしきれずに引退を迎えても何らおかしくないのだ。

 

「ディープインパクトだって走りが完成したのは古馬になってからなんだぞ。誰もすぐできるなんて思っちゃいねえよ」

 

 最初からうまくいかなくて当然だと、八肋が諭すような口調で続ける。

 

「骨格や筋肉に違いはあっても、理想のフォームを作るための基本原則はみな同じだかんな。だから今は基礎固めしといて、最終的にどんべえに合った走りを見つけりゃいい」

「どうすれば速く走れるか。負担をかけずに走れるか。考えながら走るってのはカロリー使うなあ」

 

 本能で走るだけでいいならどれだけ楽だったか。ただ走るという単純な行為にも、技術だの理論だの求められることに滅入っていると、

 

「あら、もういいのかしら?」

 

 二人がいる牧場の柵に、航の母サンリヨンが近づいてくる。

 

「大変すまねえな。あんたの大事な息子を借りちゃって」

「いえいえ。ぼくちゃんにお友達ができたんですもの。母親としてこれ以上嬉しいことはないですわ」

 

 見た目と同じく、おっとりとした声でサンリヨンは答える。

 

「これからもこの子のこと、どうかよろしくお願いしますね」

「…………任せときな。男・八肋、約束は必ず守る。だから安心してくれい」

 

 サンリヨンの言葉に込められた意味を考える八肋。

 一拍の間を置いてから、我が子を思う母の思いをしかと受け止めた。

 

「あ、そうだ。母さんは自分の走りをどうやって見つけたの? 何かコツとかあったら教えて欲しいんだけど」

「え? 自分の走り……?」

 

 突然脈絡なくそんなことを訊くものだからサンリヨンも困ってしまう。どういうことなのかと八肋に視線を向ける。

 

「それはだな――」

 

 と、八肋が航に代わって理由を説明する。

 それでようやく納得したサンリヨンは正面に向き直り言う。

 

「同期にきれいなフォームで走る子がいたから、その子の走る姿をイメージしながら、少しずつ自分に合うようにカスタマイズしていったわ」

「その手があったか。手本があるのとないのでは大違いだもんな」

「参考になったかしら?」

「もちろんだよ。ありがとう母さん!」

 

 これならいけそうな気がする。

 航はさっそく理想形となる馬の走りを頭の中で思い描く。

 

(俺の理想――それはディープ。ディープインパクトのように走るんだ)

 

 「空を飛ぶ」と評された超ストライド走法。体全身を使って弾むような軽やかな走りをイメージし、鮮明に映像化できるまでじっくり思い浮かべる。

 脚の運びや筋肉の動かし方をトレースし終えたところで航が静かに背中を向けた。

 

「どんべえ……おめえまさか……」

 

 見れば、航から何かしでかしそうな空気が醸し出されているではないか。

 やな予感がして、やめるよう言おうとしたが、八肋が止める間もなく、航は勢いよく飛び出してしまった。

 

「ふっ、ふっ、ふっ」

 

 ディープインパクトの走りをイメージし、どんどん加速していく航。

 四本脚の接地時間を限界まで短くすることによって、文字どおり跳ぶようにターフを駆けていく。

 小気味よいフットワークで、バネのように馬体を伸縮させれば、一完歩が長いディープ走りの出来上がりだ。

 

「ディ~~~プ! ナンバーワ~~~ン!!」

 

 馬体の上下動を抑えた重心の低い走行フォームこそ至高。

 この走り方以外にありえない。

 

「俺こそ――この俺こそがっ、ディープインパクトの後継者だあああああああ」

 

 口にしたことが現実となるよう、航が魂を込めて叫んだ直後に、

 

 ――ピキッ

 

 そんな異音が背中ら辺から聞こえた。

 

「ぎゃああああああああ」

 

 航は体ごと芝生に倒れ込み、背中が吊るような痛みに苦悶の表情をみせる。

 

「ぼくちゃん!?」

「どんべえ! どうした!!」

 

 どこか痛めた様子の航を心配したサンリヨンと、航の世話を担当している牧場スタッフの久保田が血相を変えて現場へ急行した。

 

「言わんこっちゃない」

 

 危惧していたとおりの展開に八肋はぼやきながら手で顔を覆った。

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