クラシックロード~グラスの血を継ぐ者たち   作:かける×かける

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第68回毎日杯①

 小雨まじりの雲天模様となった阪神競馬場。

 11Rの本馬場では。

 ヴァイスの返し馬を阻むように、ドングラスが勢いよく前に立ち、

 

「まさかこんなところでお前に会えるとはな」

 

 航は目角を立て怒りに声を震わせる。

 

「なんとか言ったらどうだ!」

「……ちっ。返し馬の邪魔だ。そこをどいてくれないか?」

 

 気だるげに舌打ちし、うんざりした様子のハヤテ。航の神経を逆撫でするように悪態をつく。

 

「だいたいな、あんな自分の生死に関わる重大なとこで、隙を見せるやつが悪いんだろうが」

「言うに事欠いて――」

「どんべえ、やめとけ。気に入らねえならレースで白黒つけろ。ここはそういう世界だ」

 

 八肋に言われて。

 ここでハヤテとやりあっても無意味なことに、航は気づかされた。

 

「じゃあな糞漏らし。今度はせいぜい完走くらいはしてくれよ」

 

 ハヤテは鼻先でふんと笑うと、自信満々の態度でキャンターに入っていった。

 

(決めた決めたぞ。このレース、もう皐月賞出走がどうとか関係なく、あいつにだけは何が何でも勝つ! あの野郎を徹底マークしてやる!)

 

 標的は鼻持ちならない栃栗毛馬、ただ一頭。

 両耳をピンと立てて前方へと向け、戦闘モードになった航は、打倒ハヤテの思いを胸にたぎらせる。

 

 

 皐月賞の挑戦権をかけた東上最終便、毎日杯。

 皐月賞に出走したい馬、日本ダービーを最大目標に定めた馬、どちらにとってもステップレースに相当する中距離重賞は3歳牡馬10頭によって争われる。

 断然の一番人気は④ヴァイス。

 きさらぎ賞をソエで回避した影響が気になるところではあるが、東スポ杯を除いた2戦すべてで、ラスト3ハロンを11秒台前半でまとめ上がり最速をマーク。スピードとスタミナの豊富さを裏付けるレース内容で、力通りなら勝ち負け必至だ。

 まだ底を見せていないドゥラメンテ産駒勝利の見方が大勢を占めるなか、⑤ドングラスは8番人気の低評価。馬体重は490kgを切ったといえど、太め残りなことは否めず、前走一番人気で見せ場なく終わったことも尾を引いていた。

 

「人気なんざ気にするこたあねえ。ここを叩き仕様で勝てないようなら、クラシック勝利なんざ夢のまた夢。春3つ走ることを考えりゃ、このくらいでちょうどいいんだ」

 

 レース直前。

 緊張と不安を和らげようと、八肋が航を鼓舞する。

 余裕残しなのはハヤテも同じ。条件は五分と五分。

 持てる能力が高い馬ほど全力仕上げでは来ない。ボヤンスが予見したとおりだった。

 

「さあいっしょに皐月賞の切符を取りにいこう、ドングラス」

 

 裕一は馬の気持ちに寄り添い、ささやくように言った。

 するとどうだろう、不思議なことに航の体から余計な力みがスッと抜ける。

 騎手とともに――いろんな人の思いを背負って走る。

 イシノサンデーの声が聞こえたような気がした。

 そして――

 皐月賞を目指す航にとって事実上最後のチャンスとなる毎日杯の戦いの火蓋は切られた。

 

 

 まずは無難なスタートを決めた⑤ドングラス。

 隣馬の⑥ラピッドダッシュが好ダッシュを見せ先行したのとは対照的に、裕一は周りの馬たちの動きを確認するだけにとどめておき、位置取りはドングラスの行きたいように任せた。

 

(ドングラスを他の若駒と同じように扱っていたんじゃ、人馬一体の走りはできない。競馬を教えるのではなく、同じ視点に立っていっしょに考える。ドングラス――これが俺のお前に対する信頼の証だ)

 

 裕一は航の考えを尊重し。

 ああしろ、こうしろと、頭ごなしに命令したりはせず、これまでとはまったく別のアプローチを取る。

 序盤の主導権争いを制したのは木田村友一《きだむらゆういち》騎乗の⑦ゲイトゲネディーズ。

 2番枠から②レヴィビショップが飛び出すが、スタートから手綱をしごいて先手を奪うと、折り合い重視で徐々にペースを落としにかかる。

 ④ヴァイスの位置はちょうど中団。それを見るようにして⑤ドングラスは中団馬群のやや後方に控えた。

 

(このコースは直線が長くても、後ろに構えすぎると上がり最速でも届かないことがままあるから、そこだけは注意しないと)

 

 ヴァイスをマークする気だと理解した裕一は、後ろの位置になりすぎないように、ドングラスの位置を微調整する。

 

「いい判断だぜユウイチ」

 

 自然と八肋の口元が緩む。

 過去3戦、ちぐはぐだったコンビネーションが、ようやく息が合い出してきた。

 

「鈍足モーリスがこの俺を後ろから抜くつもりとは笑わせてくれる」

 

 モーリス産駒の多くが持続力があってもキレないワンペース型なことは、すでに研究済みだ。

 前に行って押し切る先行策ならいざしらず。

 末脚自慢の自分を差し切る気でいる航を、ハヤテは嘲笑するしかない。

 スタートして2ハロンを24秒6(12.9‐11.7)で通過。

 最初のコーナーまで600m以上距離があるということで、忙しくポジション争いが起こることもなく、全体は6馬身差の圏内に一塊で道中ゆっくりと進む。

 稍重発表で時計のかかる馬場ということを考慮しても、想定より遅いラップが続いていた。

 

(ダービーを見据えたレースだってのに、こんなにペースが緩かったら意味ねーよ)

 

 ハヤテは極端なスローペースで進行していることに不満を抱いていた。

 本番は18頭フルゲートでペースも前哨戦のそれとは違う。

 たとえ前半ゆったりした流れであっても、残り1000mを切ったあたりからペースが一気に上がり厳しい流れになる。

 ただでさえ中盤緩むことの多い毎日杯。

 このまま直線まで同じペースで走っていては、本番にはまったく繋がらない。そこで一芝居打つことにした。

 

「オイオイ! いつまで折り合い合戦してるつもりだ雑魚ども! 本番でもこんな楽なペースになると思ってんのか? 条件戦やってんじゃねーんだぞ!」

 

 罵声を浴びせながらも、周囲に目を走らせるハヤテ。

 集団のペースに変化がないとわかるとじわじわ前に進出。自ら積極的にレースを動かしにいく。

 

「サウザーの二軍馬どもに日高の糞漏らし、よく聞け! ここを勝つことしか頭にないお前らと違って、俺にとっちゃあ毎日杯はただの通過点でしかない!」

 

 目指すレースが皐月賞であれ日本ダービーであれ。

 速い流れのレースを経験していない馬は今後GⅠレースを戦う上で不利となる。

 前哨戦特有の小頭数でスローのヨーイドンのレースはクラシックには直結しない。

 誰も彼もが緩い流れを良しとしたことをハヤテは暗に非難する。

 

「レースレベルを意識できないお前らはしょせんその程度だ!! 雑魚は雑魚らしく着拾いに徹して小銭稼ぎでもしてるんだな!」

 

 単なる挑発でないことを証明するように。

 2番手をうかがう勢いで好位に上がり、③レガッツォー、⑦ゲイトゲネディーズと交わし、800m地点手前で④ヴァイスが先頭に立つ。

 果敢にハナに立つ構えを見せた④ヴァイスの動きに対し、⑤ドングラスがすかさず反応。中団から好位列まで押し上げて一馬身半差の3番手を追走する。

 ④ヴァイスは先頭を奪った後もペースを落ち着かせたりせず、縦に伸びはじめた後続馬群を引き連れ、第3コーナーに向かう。

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