クラシックロード~グラスの血を継ぐ者たち   作:かける×かける

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敵か味方かマンノユー

 最も速い馬が勝つ牡馬クラシック第一弾・皐月賞。

 仕上がりの早さとスピードが求められる大舞台へと駒を進めたドングラス陣営であったが、

 

「どんべえの枠は7枠13番。枠だけ見りゃあ、内過ぎず外過ぎず、絶好枠に入ったと言えるんだろうがなぁ……」

 

 枠順確定を受けて、八肋が嘆息する。

 ①コターシャンと⑱ハインケス。レース展開の鍵を握る二強が極端な枠に入ったせいで、展開を読むことが難しくなってしまった。

 シャルルはどの位置からでも競馬ができるとはいえ、好発できなければ馬郡に包まれてしまう最内枠。

 逃げて差す競馬を体現してきたハインケスも、大外枠という悪条件の中で過去2戦のようなレース運びをすれば、先行馬が多い分、外を回るロスが大きくなる。

 

「俺が天栄の場長なら、東スポ杯から皐月賞までの5ヶ月の間、ハインケスには控える形を徹底させる。あんな競馬を続けてたら、いつ競走能力を喪失する怪我をしてもおかしくねえんだから」

 

 若駒の時期に無理をさせれば、卓越した能力を持った馬だろうと、後で必ずそのツケが回ってくる。

 2歳(旧3歳)で7戦。

 数を使うことが当たり前だった当時ですら「使いすぎだ」と批判されたナリタブライアンは、古馬初戦の阪神大賞典を圧勝後に右股関節炎を発症。

 秋に復帰するも、全盛期にはほど遠く、最後まで暴力的な強さとまで言われた走りが戻ることはなかった。

 

「いくら競馬は前有利。逃げの勝率が最も高いっつっても、GⅠで逃げ馬が残れるのは稀だ。サニーブライアンみたいにノーマークで楽逃げさせてもらえないかぎりは、皐月賞を大外枠から逃げ切るのは不可能だろうよ」

 

 東スポ杯からぶっつけという不安要素はあるが。

 ハインケスがマークされる立場であることに変わりない。

 

「師匠の読みではシャルルが先行して、ハインケスは中団以下に構えると?」

「事はそう単純な話じゃねえ」

 

 結論を急ぐ航を目で制し、八肋は逆に質問し返す。

 

「皐月賞が中山開催の何日に行われるか今ここで言えるか?」

「いえ……でも、例年最終週にやってますよね」

「そうだ。正確には第3回中山競馬8日目。開催最終週で肉眼でもわかるほど馬場の内が荒れてくる。そうなると、ロスなく内を回るより、馬場の傷みが少ない外目を走った方が有利なのは明白」

 

 開催が進んでいくにつれて、内前有利から外差し有利の馬場へと変化する。

 スタートから出たなりに外を走れる外枠の馬とは違い、最内を引いたシャルルが馬場の状態が良い外目を走ろうと思ったら、テンから行って馬場が荒れてないところを強引に確保するか、あえて後方に控えるか、極端な策を選択しなければならない。

 

「レースの格、実力差関係なく、トラックバイアスだけで勝てちまうこともあるんだ。速めの時計が出る前残りの馬場傾向なら先行してくるだろうが、いかんせんやつは脚質自在だ。何をしてくるかわかったもんじゃねえ」

 

 当日、強烈なトラックバイアスが発生していた場合、馬場状態や天候に逆らって勝つのは至難の技。それを踏まえると、逃げもあるし、追い込みだって当然選択肢の中に入ってくる。

 

「ただ、前走毎日杯ハマったからって、同じように『決め打ち』するのはおすすめできねえな」

「つまりシャルルとハインケス、両者の出方を見ながらレースを進める……」

「それかいっそのこと自分の競馬に徹するかだな。気にせず走った方が結果が出るなんてことすらありえる」

「――というと」

 

 思いもしない言葉にいささか驚きながら、航が理由を尋ねようとした時、

 

「どんべえいるか! 手前にお客さんだぜ!」

 

 無遠慮にこちらへとやって来るボヤンス。その後ろには懐かしい面々が。

 

「兄さま!」

 

 真っ先に航の胸に飛び込んで来たねねに続いて、

 

「よう邪魔するぜ」

「久しぶりだね。元気にしてた?」

 

 千場スタッド生まれのキズナ産駒二頭が姿を見せた。

 

「やっちん! ギンナン!」

 

 航はたまらず声を上げた。

 

「なんだよお前ら、揃いも揃って……うれしいじゃねえか」

 

 基本的にフォースヒルズグループのトレーニング施設――大山ヒルズで調整をするやっちん、ギンナンとは、ねね以上に顔を合わせる機会がない。そのため、久方ぶりの再会を果たした喜びはひとしおだった。

 

「ま。敵情視察もかねてな」

「……敵?」

 

 やっちんが何のことを言っているのかわからず、航は首を傾げる。

 やっちんやギンナンを管理する「帽子の男」こと彌重博仁《やしげひろひと》調教師は、国内外、中央、地方を問わず、積極的に遠征をするトレーナーの一人。

 同氏はサウジアラビアのダートが天然の砂とウッドチップが混じっていて、芝馬にもチャンスと見るや、自厩舎二頭のサウジカップデーの招待を受諾し。

 現地時間2月20日、キングアブドゥルアジーズ競馬場で行われたサウジダービーにおいて、やっちんは海外でダート初挑戦ながら、終始好位でレース進めると、直線抜け出し、あっさり勝利。90万米ドルの賞金を手にした。

 芝のオープンクラスでもやれているスピードと持ち前のパワーを武器に、ダート路線で一気に頭角を現したマンノユー(やっちん)。

 BCクラシック出走を目指し、次走はユニコーンステークスを予定していたはずだ。

 

「えーっと、それは……それはなんだけどね……」

「やっちんのやつも出んだよ。皐月賞に」

 

 言いにくそうに口をまごつかせるギンナンの代わりに八肋がそう答えた。

 

「出馬表をよく見ろ。ここに、コターシャンの隣に名前がちゃんとあんだろ?」

「ほんとだ。うわっ、しかも1枠2番。やっちんマジで出るのか~」

「不本意ながらな」

 

 元々出走予定はなく、手薄な3歳ダート重賞を走る気でいたやっちんは文句を並べ立てる。

 

「しかもなんで俺がヴァイスのやつのために走んなきゃならねんだよ! 上から目線で命令しやがって。あのヤロウ! 俺を手下か何かと思っていないか!!」

 

 何があったか詳しく聞けば。

 ダービーで自分の邪魔になるであろうコターシャンを疲弊させるために、スタートしたら内に閉じ込めて、いっしょに荒れた馬場を走ってこいと言われたらしい。

 

「要するに捨て石扱いされたわけだ。かわいそうに」

「だ~れのせいだ。だ~~れの!」

 

 そもそもこんなことになった原因の一端は航にある。

 毎日杯でハヤテを負かした結果、現時点でフォースヒルズから確実にダービー出走可能なのがマンノユーだけになってしまったのだから。

 

「あながちそいつの言ってるこたあ、間違いってわけでもないけどな」

「ボヤンス先輩?」

「悪りい。口をはさむつもりはなかったが、これは手前にも関係するかなり重要なことだ」

 

(……その通りだ。どんべえにとっちゃ、シャルルを内に閉じ込める形になるかどうかで、レースの難易度が変わってくる。やつを自由にさせたら、おそらく勝ち目はない)

 

 意外にもボヤンス、八肋ともに、マークした相手を道連れにするハヤテのやり方に対して、一定の評価を下していた。

 

(皐月賞勝利のためには、内目の枠を引いた連中が、外からシャルルにフタをして、インにしか進路を取れないようにすることが絶対条件)

 

 芝もダートも、どちらもこなせるやっちんなら、内目の荒れた馬場からのスタートでも容易く前目に付けられるため、スタートさえ五分に切ってくれれば、シャルルは外目に持ち出せず、苦しい立ち回りを強いられることになる。

 シャルルを抑え込める当てがあったからこそ、八肋は一見無謀とも思える正攻法を勧めたというわけだ。

 

「手前ら。敵情視察しに来たと言ったか。それにしちゃあ、手の内をペラペラしゃべるんだなオイ!」

 

 不審に思ったボヤンスが強い口調でやっちんを問いただす。

 一触即発の空気を感じ取ったギンナンは、額に脂汗を浮かべ、他意はないことを説明しようとしたが。

 

「ごたくはいい。条件を言え」

「酸いも甘いも知っている古馬にはすべてお見通しか……」

 

 素直に感服するやっちん。

 言葉巧みに航を抱き込むつもりでいたのを取り繕うともしない。

 なぜならここからが本番。これより交渉スタートになる。

 

「俺がコターシャンと同枠、すぐ隣なのはどんべえにしたら渡りに船。お前たちが俺を利用できないかと考えてるように、俺もお前たちを利用できないかと考えるのは当然ちゃ当然だよな」

 

 やっちんが手始めにお互いの置かれた状況を整理すると、

 

「こっちはこっちで動きを封じてほしいやつがいる」

 

 どこか不気味な笑みを浮かべて。

 ドングラスのアシスト役を引き受ける条件を提示した。

 

「ハインケスを抑え込め。それが条件だ」

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