空夜/企画短編集   作:雪の細道

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こちらはTwitterにて2023年11月17日〜18日まで開催された復活夢webオンリーイベントの展示作品です。
また当短編は本連載「大空の影になりたい夜の子の話」の番外編でもあります。雲雀さんとヒロインの未来ifなのでこちらからでもすぐ読めますが、もし機会があればそちらもぜひお読みいただければ嬉しいです。



追憶サマーリスタート

6月、初夏──。

 

つい先日まで並盛の地をしっとりと濡らした梅雨が明け、熱を帯びた涼しい風が吹き抜ける。

 

ここ並盛中学校でも、衣替えにすっかり慣れた半袖の生徒が行き交っていた。

 

エアコンをつけるまでもない気温のためか、並盛中では有名な天下の応接室もここ数日は窓を開けて初夏の新鮮な空気を取り込んでいた。

 

その静かな室内に、ふわりと入り込んだ風でパラパラと紙のめくれる音が静かに響く。

 

「……あ」

 

書類整理をしていた桜の手元から数枚の書類が軽やかに舞い踊った。

 

「……ねえ、やっぱりエアコン「だめですよ」

 

走らせていたペンを止め提案する雲雀恭弥の言葉を遮り、桜は静かに言い放つ。

 

「わざわざエアコンつけるほどの気温じゃないでしょう」

 

「でもさっきから何回書類飛ばしてるの?」

 

「うーん、じゃあ文鎮とか」

 

「ひっきりなしにチェックする書類にいちいちそんなもの乗せるなんて非効率すぎ。ほらエアコン」

 

ぴしゃりと雲雀にそう言われ、桜はうーんとしばし悩んだ後ため息を小さく吐いた。

 

「しょうがないですね、まあ天気予報ではそろそろ本格的に暑くなるそうですし」

 

よっこいしょ、と立ち上がり雲雀の後ろにある窓を閉めようと何気なく外を見やると、敷地内のプールでデッキブラシを片手に掃除をする生徒が目に入る。

 

湿り気を帯びた初夏の風に吹かれ、桜はふと幼い頃の記憶を脳裏に蘇らせた。

 

「そういえばもうすぐプール開きの時期ですねぇ……」

 

「ふーんそう。まあ僕はそんな群れたところ行かないし、邪魔だったら咬み殺すだけだからどうでもいいんだけど」

 

淡々と書類整理をしながら呟く雲雀に桜は本日2度目のため息を零す。

 

「もしかして雲雀さん、あの時もそうやって周りを蹴散らしてたんですか?」

 

ある日の記憶を思い起こしながら問いかける。

 

「あの時?」

 

「ほら、幼稚園でプール開きをした6月の上旬頃の。私と雲雀さん、その時も会ったじゃないですか」

 

過去を振り返らないタイプの雲雀は何のことかと視線を逸らした。

 

「みんなのプール開きが一通り終わって、私が後片付けしてる先生を呼びにまたプールサイドに戻ってきた時ですよ」

 

何とか思い出して貰おうと桜は昔を懐かしむようにあの日のことを語り始めた。

 

───…………

────…………

 

 

6月も上旬を入った頃──

 

並盛幼稚園では、この日この年初のプール開きが行われようとしていた。

 

広めに作られたプールサイドには幼稚園の園長や職員、園児達が一同に集められていた。

 

「つな、たのしみだね!」

 

「うん!」

 

4歳児クラスと5歳児クラス合同での開催のため、プールサイドにはそれなりの人数が出揃う。

 

ひとつ上の園児達もいるとはいえ、密かに危惧する雲雀恭弥がこんな群れたところに当然いるはずもなく、桜は純粋に数年ぶりとなるプールを心待ちにしていたのだ。

 

笑い合う双子の頬を、初夏のほんのり蒸し暑い風が静かに撫でる。

 

 

そしてゆるやかに時間が流れる中、プールサイドでは園児たちに紙芝居や絵本を使った説明がされ、その後園長先生が安全を祈願するお清めの儀式が執り行われた。

 

「それでは準備体操をしましょう~!音楽に合わせて楽しく身体を動かそうね!」

 

先生の掛け声に合わせてスピーカーから明るい曲が流れる。

 

その音楽に乗せられるように、園内では園児たちの楽しげにはしゃぐ声で賑わせた。

 

 

やがて、東寄りに白く輝いていた太陽はいつの間にか西寄りへと歩を進め、その照りつけが収まった頃だろうか。

 

幼稚園の周辺をささやかに賑わせた声はぷつりと止み、あたりは静寂に包まれる。

 

「さく、きょうはたのしかったね!」

 

降園時間が近づき、綱吉は帰り支度を進める隣の桜に声をかけた。

 

「そうだね!まださいしょだからすぐおしまいになっちゃったけど、こんどはボールとかもあったらいいね~」

 

使い終わった水着入れとタオルをプールバッグに押し込んだところで、桜は小さな違和感に気づく。

 

水分を含んで重たいはずの水着入れがうっすら軽く感じるのだ。

 

使っていた水着本体に加え、スイムキャップやビーチサンダルもあるため、重さはそれなりになっている。

 

そんなはずはない、と思いながらも、桜はじめじめとした匂いの放つ水着入れをそっと覗き込んだ。

 

「水着、ビーチサンダル、キャップ……あれ?」

 

静かに呟いた言葉は、隣にいる綱吉に聞かれることもなく水着入れへと吸い込まれ消えていく。

 

水着とひとまとめに入れたと思っていたスイムキャップは、桜の目に映ることなく何処へと失せていた。

 

「ごめんつな、わすれものしたからちょっとまってて」

 

きょとんとした顔の綱吉を横目に、桜は足早にプールの方へと向かう。

 

「あら、桜ちゃんどうしたの?」

 

唐突に声をかけられ振り向くと、そこには園長先生が不思議そうにこちらを見ていた。

 

「えっと……さっきプールでつかったぼうしをわすれちゃって」

 

「あらそうだったのね!それなら一緒にゆかり先生も呼んでもらえないかしら?たぶんまだ後片付けしてるから」

 

呼んでも出ないのよねぇ、と職員用のPHSを眺めながら独りごちる園長先生は、どこか困ったような雰囲気だ。

 

「うんわかった!」

 

すぐさま踵を返して小走りに向かうと、後ろの方で園長先生は"気をつけるのよー"と声をかける。

 

ゆかり先生、というのは桜や綱吉のクラスを受け持つ先生のことだ。

 

園長先生が言うように、きっと後片付けに夢中で連絡に気づいていないのであろう。

 

スイムキャップ忘れて良かったかな、などとぼんやり考えながらプールサイドに出ると、そこにはゆかり先生のしゃがむ後ろ姿が見えた。

 

「ゆかりせんせー!……ん?」

 

近づいたその後ろから姿を現したのは、小さなリクライニングタイプの木製ビーチチェアで優雅に寛ぐ少年だった。

 

なだめているかのような様子のゆかり先生と、その見覚えのある特徴的な黒髪の少年に桜は小さくため息をこぼす。

 

「だからね雲雀くん、それは先生が返しておくから渡してほしいの。ね?」

 

「いやだ。先生はやることやって早く戻りなよ」

 

フン、とそっぽを向く少年に次は先生がため息をこぼす。

 

「あの、ゆかりせんせー?」

 

先生の羽織るパーカーを控えめに引っ張ると、ようやく桜の存在に気づいたようでゆかり先生はやや驚いた表情を浮かべた。

 

困ったように眉尻を下げて笑うゆかり先生に、桜はうっすらと悪予感を抱く。

 

「桜ちゃんのスイムキャップがね、落ちてたから返そうとしたんだけど……」

 

ちらりと向けた視線の先では、これまた見覚えのあるキャップが腕組みをした少年の脇からお目見えしている。

 

どうやら桜のスイムキャップを回収しようとした矢先に僅かな差でこの少年に奪われてしまったらしい。

 

「ほら雲雀くん、桜ちゃん来たしそれ返そう?」

 

はい、と手を差し出すものの、少年はわずかに顔を向けて見やるだけで、またも反対側に向いてしまう。

 

「困ったなぁ……ごめんね桜ちゃん、これ取りに来たんでしょう?」

 

「う、うん……あと、えんちょうせんせいがゆかりせんせいよんでたよ」

 

「えっ!?ほんとだー……でも桜ちゃん置いてくわけにもいかないし」

 

やはり連絡に気づいていなかったのか、PHSの画面を確認してゆかり先生は困ったように頭を掻きむしる。

 

「せんせい、さきにいってていいよ?わたしのものだし、じぶんでどうにかするから」

 

促すように建物内へと服を引っ張る桜に先生は根負けしてしまう。

 

「わかったありがとう。でも終わったらすぐここに戻るからね!」

 

「うん!」

 

急くように走る先生の後ろ姿を見送り、桜は雲雀の横顔を静かに見つめた。

 

「あの……それ、かえしてもらえるかな」

 

2人きりとなった桜にやっと雲雀は寝ていた体を起こす。

 

おずおずと手を差し出す桜を、何か探るような目つきで見つめる雲雀。

 

「はい」

 

納得がいったのか定かではないが、急に手の上に乗せられた雲雀の行動で桜は驚くように目を見開く。

 

「えっ!?」

 

「なに?返してほしかったんじゃないの?」

 

「えっ、だっていままでぜんぜんかえしてくれなかったし……」

 

どうしてこんな急に、とスイムキャップと雲雀を交互に見る桜。

 

「これはあくまでも風紀を守るしごとだから」

 

そう呟く彼の二の腕には、拙くひらがなで"ふうき"と書かれた腕章があった。

 

最初は謎めいた行動ではあったものの、それが彼なりの信念から来るものだと過去の記憶を思い出し、桜は納得するように小さく笑みを浮かべる。

 

「うん、ありがとう」

 

先ほどの恐怖も忘れ、桜は受け取ったスイムキャップを握りしめ建物内へと走り去った。

 

その後ろ姿を見つめ、少年はどことなく満足したように再びビーチチェアへと寝転び目を閉じた。

 

 

───…………

──…………

 

 

「……ということがあったんですよ。思い出しました?」

 

小一時間に渡る熱い思い出話を語り、桜はどうよとばかりに雲雀の方を向く。

 

しかし雲雀の視線は手元の書類へと向けられており、桜の思い出話にはまるで興味ないと言わんばかりに淡々と判子を押していた。

 

「あの、雲雀さん?」

 

「こっちの書類終わったよ。そっちはまだ終わってないの?」

 

「雲雀さん、もしかしてとは思ってましたが人の心とかありませんね?」

 

雲雀が他人に興味を抱かない人間なのは分かっていたつもりではあるが、手渡された書類の厚みがさらにそれを物語る。

 

「失礼だな、僕も一応人間だよ。強い側のね」

 

「なるほど分かりました、つまり私の大事な思い出話は特に聞いてなかったということですね」

 

ぷりぷりと怒りながらも、思い出話を片手間にしっかりと進めていた書類の最後となる1枚に判子を押すと、桜は渡された書類と一纏めにして立ち上がる。

 

「数年の空白があるとはいえね、私は雲雀さんの唯一の幼なじみと言っても過言ではないんですよ?それなら少しくらい話を聞いてくれてもいいのに、雲雀さんが興味あるのはヒバードとロールだけですもんね!」

 

暑さのせいか、普段は全く見せないイライラをぶつける桜に少なからず申し訳ないと思ったのか、はたまた別の何かか。

 

思わず雲雀は書類を抱えて出ようとする桜の肩を掴んで止めた。

 

「まあ待ちなよ。聞いてないなんて僕は一言も言ってないよ」

 

「雲雀さん……」

 

「昔のプールで会った時の話でしょ。書類整理しながら思い出話聞くなんて容易いこと、僕ができないわけがない」

 

「雲雀さん……!!」

 

「だから別にこれは詫びとかそういうのじゃないけど、プールの話が出たしプールまで涼みに行かない?」

 

「雲雀さん??」

 

これは珍しい誘いだなと思いつつ、どこか違和感のある流れに桜はやや遠い目で雲雀を見つめる。

 

「じゃあそういうことで、あそこにいたやつらに水入れさせて咬み殺してくるね」

 

「雲雀さん!!?!?」

 

颯爽と愛用の武器を携え歩き出す雲雀の後を、桜は慌てて手にしていた書類を置いて後を追いかけた。

 

 

「あいつら、相変わらず仲が良いな」

 

コーヒーを片手にしっかり一部始終を眺めていたのだろう。

 

改造した消化扉の隙間から殺し屋がニヒルな笑みを浮かべる。

 

 

 

始まったばかりの夏風が、ボルサリーノを静かに揺らした。

 

 

 

 




*後書き

Twitterにて開催中の復活夢webオンリーイベントの短編でした。
実質的には本連載の番外編です。
1年くらい、書きたい書きたいと思いつつも書けなくてしっかりじっくり温めていたものを、今回の企画でやっと書けたので大変満足です。
なにぶん久しぶりに書いたものですので、雲雀さんの性格とかセリフ回しに若干の解釈違いがあるかとは思いますが、そういった感情はちょっと無かったことにして多めに見てくださると助かります。

もし本連載をまだお読みになってない方は、ぜひともこの機会に本連載の方も読んでいただければと思います。
人生のバイブルでもある復活を私なりに愛をこめて読み解き、オリジナル設定も混じえた作りにしているので読む人を選ぶ内容ではありますが、これを機に少しでも気に入ってくださる方がいれば幸いです。

長くなりましたがこれからもよろしくお願い致します。
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