空夜/企画短編集   作:雪の細道

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おかえり、ステラ・ミラ

”雲雀恭弥”。

 

この並盛町においてその名を知らぬ者はほとんどいない。

 

並盛中学を拠点とし、まだ中学生でありながらこの町のあらゆるところを支配下に置いていた。

 

群れることを嫌い、一人孤高に戦う彼を並盛町の住民は畏怖し、または尊敬する者もいる。

 

その中の一人、草壁哲矢。

 

中学三年生という齢で頭髪はリーゼントに仕上げ、口には草を咥えた雲雀の側近だ。

 

風紀委員長として並盛の治安を守る彼を、草壁は幼い頃より傍で仕えていた。

 

仕えていた、と言っても、群れを嫌う雲雀にとっては勝手に着いて来る子分のような存在だ。

 

あまり歓迎されているわけでもなかった草壁だったが、それでも幼い頃からずっと傍にいた影響もあり多少の変化も感じ取れるようになっていた。

 

草壁が感じた違和感は、当初は気づきそうであまり気づかない些細なことだった。

 

(「物の配置が微妙にずれている……」)

 

雲雀が普段から使う机に置かれたペン立てや書類が、いつもと微妙にずれていたのだ。

 

うっすらと見える、日焼けのしていないテーブルの色が窓からの光に柔らかく反射し、物事の機微に聡いわけでもない草壁の目にもそれは分かりやすく目立っていた。

 

ちらりと本棚を見れば保管してあるファイルの順番も一つだけ違っている。

 

(「これは……相当珍しいことだ。何かあったのだろうか」)

 

完璧主義かと思うほどに完璧に仕事を遂行する雲雀にしてはあまりにも尋常ではない出来事だ。

 

体調でも悪いのかと思考を巡らせるが、雲雀に朝の時点で会った時はそんな兆しは見られなかった。

 

そして校内の見回りに出ていくところを見送った際も、特に普段と変わらない様子だった。

 

ならば別の何かだろうか。

 

十年近い付き合いがあるにもかかわらず、初めての出来事で草壁は戸惑いを隠せない。

 

しかし動揺を表に見せたままでは、見回りに戻ってきた雲雀と鉢合わせして何を言われるかは明白だ。

 

(「十年も付き従ってきて分からないことがまだあるとは……いや、”十年”……?」)

 

ふと、草壁の脳裏に幼い頃の記憶が蘇る。

 

まだ幼稚園に通っていた頃、既に群れを嫌い孤高を貫いていた雲雀の唯一の気がかりだ。

 

(「確か名前は……」)

 

”ガラッ”

 

名前を思い出そうとしたところで、応接室の扉が開かれた。

 

「何してるの、君」

 

「委員長……」

 

両手に何も持たず、ただ立ち尽くす草壁を鋭い眼光が射抜く。

 

「仕事もしないでこんなところで何してるわけ?」

 

今にも愛用の武器であるトンファーを構えそうな威圧感に、草壁は負けじと雲雀を見つめ返した。

 

「委員長、最近の貴方は様子がおかしい。普段なら絶対にしないはずのミスをしている」

 

「何が言いたいの?」

 

「……思い出したんですよ。ちょうど今頃の時期でしたよね、十年前に貴方とあの少女が会ったのは」

 

盾突くような態度に苛立ちを見せていた雲雀だったが、草壁のその台詞でピクリと眉を動かす。

 

「貴方らしくもないんですよ。十年も前に会った少女のことなど忘れて、いつもの委員長に戻ってください!」

 

「何の話か全く分からないね。僕は誰か一人の人間に固執することなんてない。過去のことなら尚更だ」

 

熱く語る草壁も他所に、雲雀は飄々と学ランをひるがえしていつもの定位置へ向かった。

 

「委員長──!!」

 

全く意に介さない雲雀に納得がいかないのか、草壁は食いつくように一歩足を踏み出す。

 

「しつこい」

 

その小さな変化も見逃さず、雲雀はいつものようにトンファーの一撃で地に沈めた。

 

そして、邪魔だとでも言うかのように廊下に草壁を投げ出すとそのままピシャリと応接室を閉ざすのだった。

 

室内は再び静寂に包まれ、窓から射し込む光がほのかに柔らかく雲雀を暖める。

 

あまり過去にこだわらない雲雀だが、最近の自身の挙動には確かに不快に感じるところがあった。

 

物憂げに外を見つめる雲雀の脳裏にかつての記憶が蘇る。

 

他人への興味が今よりほんの少し色濃かった十年前、夕暮れに染まる路地裏で出会った一人の少女を思い出していた。

 

───……

────…………

 

 

その日、彼の一日は今までと同じような、変わり映えのないいつも通りの日常で終わるかと思われた。

 

人嫌いの彼は幼稚園に通う日はあまりなく、それ故に週末の休日というのは平日と変わらないような、特に何の変哲もない日である。

 

朝は六時に起床し、決められた時間に朝食をとり決められた時間にルーティンをこなす。

 

昼食をとった後は並盛の治安維持という、幼子には到底似合わない名目で町へと繰り出し不届き者がいないか目を光らせていた。

 

そんな並盛を愛してやまない彼が、一日も終わろうかという夕暮れ時に出会ったのがその少女だ。

 

小学生と思われる少年たちに囲まれ、少女は手負いの片割れを抱きしめ瞳に小さな闘志を宿していたのだ。

 

少年たちの手に握られたお菓子と少女が持つ物から、おそらくカツアゲされたのだろうと容易に想像がつく状況だった。

 

周りに大人はおらず、八方塞がりな状態にあるにも関わらず、少女はまるで我が子を守る母ライオンのように少年たちを睨みつけていた。

 

その静かな覇気に、雲雀は興味をそそられた。

 

「ねぇ、通行の邪魔なんだけど」

 

あとはいつも通りの流れだ。

 

まだ愛用の武器も持たされず、素手のままで鍛えられていた雲雀は難なく少年たちをねじ伏せ、ついでに”年下にやられる”という精神的なダメージも植え付け退散させた。

 

半泣きで逃げおおせる少年たちに見向きもせず、雲雀は興味の向くままに少女を見つめる。

 

先ほどの闘志はすっかり消え失せ、突如現れた人間に驚きの表情を浮かべる少女はさっきとはまるで空気が違う。

 

その表情の中には、驚きとは別にわずかな怯えとも取れる緊張が含まれている。

 

強いのかと思えば弱さを見せる、まるで万華鏡のような少女に雲雀はことさらに興味が湧くのだった。

 

「……なるほどね」

 

思わず漏れ出た笑みと台詞に少女はぱちくりと目を瞬かせた。

 

少女が見せた強さは何なのか。

 

小動物のような見た目をしながら、不思議と内にひっそりと秘めた闘志。

 

それが後に、”覚悟”という名のつくものだと知ることになるのだった。

 

少女に別れを告げ、雲雀は有意義な一日になったことに満足したように藍色の闇へと消えていった。

 

 

───***───

 

 

雲雀が二度目に少女と会ったのはプール日和な初夏頃のことだった。

 

群れることを嫌う雲雀は当然ながらプール開きには参加しなかったが、他の園児達が撤収した昼すぎには一人堪能するためプールサイドへと繰り出していた。

 

そんな中で彼はとある物を発見する。

 

それは園児達の中の誰かが落としたスイムキャップだった。

 

裏返して見れば、白地に綺麗な黒の書体で”さわだ さくら”と刺繍が施してある。

 

「あの、雲雀くん?」

 

「……なに?」

 

どうやらこの先生も同じタイミングでスイムキャップを見つけたのだろう、回収しようとした矢先に雲雀に取られてしまったというわけだ。

 

「それ、さくらちゃんのでしょう?先生が返しておくから渡してもらえる?」

 

園児の落し物を回収して返すのは当然ながら幼稚園教諭の仕事だ。

 

この先生も自分の責務を全うしようとしているのだからこの台詞は至極当然である。

 

「やだ」

 

しかし雲雀はあろうことか先生の申し出を却下してプイとそっぽを向いてしまった。

 

別に、彼がまだ幼いゆえに先生の仕事が分からずわがままを言っているというわけではない。

 

それが雲雀には関係のないことで、本来その仕事は先生がやるものだと彼は理解していた。

 

それでも何故か雲雀は返す気にはなれなかった。

 

「やだ……ってねぇ。雲雀くん、さくらちゃんの顔知らないでしょ?先生が返すからちょうだい?」

 

困ったように笑みを浮かべ右手を差し出されるが、雲雀の首は縦に振られるどころか全く動かない。

 

「先生は他の仕事があるでしょ。その”さくら”って子も取りに戻ると思うから仕事に戻りなよ」

 

押し問答を繰り返す中で先生の首から下げられたPHSが振動に震えるのを雲雀は見逃さない。

 

(やっぱり仕事あるんじゃないか。さっさと戻ればいいのに)

 

画面に映し出された”園長先生”の文字を眺めながら、それに気づかない先生を呆れるように横目で見つめる。

 

そうこうしているうちに30分ほどが過ぎ、気づけば先生の後ろには自分とあまり変わらないサイズの可愛い足が見えていた。

 

その少女が先生の呼ぶ”さくらちゃん”であり、スイムキャップの持ち主であった。

 

 

これが、雲雀が少女を沢田 桜という一個体を認識した出来事だった。

 

 

───***───

 

三度目の出会いは、それから約二ヶ月後に開かれた七夕祭りでのことだ。

 

その日、雲雀は人がほとんど来ない穴場でもある並盛神社の裏手で一人静かに七夕の夜を満喫していた。

 

お囃子や騒ぐ子供たちの声を遠くに聞きながら、花火が始まるのを待っていた頃に少女は再び現れた。

 

花火を見るのに絶好の穴場だと気づいたのだろうか、桜模様の可愛らしい浴衣に身を包んだ少女は雲雀の姿を目にして大層驚いた表情を浮かべる。

 

それとも、傍らにいる黒猫につられてやってきたのか。

 

「ん……?あぁ、君か」

 

よく似合った浴衣に暑さで頬をほんのりと赤く染めた少女を背後から花火が明るく照らす。

 

そのえも言われぬ謎めいた気持ちに多少の苛立ちを感じ、雲雀は思わず少女を睨みつけた。

 

滲み出る苛立ちを悟ったのか、少女はその場を離れようと背を向け一歩踏み出した時──。

 

「ちょっと待ちなよ」

 

思わず溢れ出た一言に、自分自身でも予想外だったのか雲雀は驚きでわずかに目を開いた。

 

普段ならここで一人きりになる方が快適のはずだった。

 

それをわざわざ引き止める理由はない。

 

だが引き止めてしまった以上、何か理由を言わねばならない。

 

一瞬のためらいもなく、雲雀は冷静に明後日の方向を向いた。

 

「君、いま1人でしょ。ここにいてもいいけど」

 

普段の行動や言動からはやや離れているものの、理論上では別に不思議なことを言っているわけではない。

 

人嫌いの雲雀でもたまにはそんなこともあるだろう。

 

しかしちらりと少女を見れば、これまた大層驚いた顔をしている。

 

そして控えめに少し離れたところに腰を下ろした少女にも雲雀は何となく苛立ちを覚えた。

 

自身のポリシーに反する感情に謎の不快感を覚えながらも、雲雀はかねてより抱いていた疑問を解消すべく少女の傍へと距離を詰める。

 

そんな彼の一挙手一投足に、少女は何度も驚愕の表情を浮かべている。

 

初めて会った時は強い瞳を持っていたのに、今はおどおどとした態度だ。

 

「君は、つよいのかよわいのか、よく分からないね」

 

少女にはよく分からなかった質問だったのだろう、呆気にとられた表情で雲雀を見つめ返す。

 

気の抜けた返事で応える少女を見て、こんな質問は早すぎたかと雲雀は自嘲気味に笑みを零した。

 

もう少し観察を続ければこの不思議な少女が持つ謎めいた強さの出処が分かるだろうか。

 

いつの間にか花火は終わり、辺りは静けさを取り戻している。

 

遠くから少女を呼ぶ声で帰りを促すと少女は立ち上がって雲雀を見つめた。

 

「ごめん、かえるね」

 

「うん、次はつよくなってね」

 

どことなく名残惜しそうにも見える彼女に、雲雀は次に会った時のためにと期待を込めて言葉をかけるのだった。

 

”また今度”──。

 

そう言って見送った彼女の背中を見るのが、まさか最後になろうとは雲雀は思いもしなかった。

 

 

 

───………

──……

 

 

それから十年もの歳月が流れた。

 

あの七夕祭りの後、雲雀が少女と会う機会は訪れず、さらに翌年の春頃には幼稚園はどことなく暗い雰囲気を漂わせていた。

 

少女が行方不明になったのだと人伝に知ったのは、それからしばらくのことだ。

 

雲雀が少女の行方を調べるほど情報網はなく、またわざわざ探そうと思えるほど入れ込んでいるわけでもなかった。

 

そうしているうちに雲雀は小学生もすぎ中学生となっていた。

 

並盛町を支配下に置く今ならば調べることも容易いかもしれない。

 

しかし、別に彼女が好きだったというわけでもなく、ただ他人よりほんの少し群れることが少ない希少種で、最初に一度だけ見たあの気迫が気になっていたというだけのことだ。

 

ただ、それだけのはずだった。

 

しかし今は、草壁から指摘されるほどの腑抜けたミスをしている。

 

こんなのは普段の雲雀ではない。

 

雲雀恭弥とは、孤高で唯一絶対の人間である。

 

誰かと群れることなく、誰かにおもねることもなく、自分の強さのみを信じ、全てを自身の手で切り開き貫いて生きてきた。

 

雲雀恭弥という人間が興味を示すのは、他人とは群れず、自身と同じように強さを秘めた人間だけだ。

 

興味を持つだけのポテンシャルもない少女に、何故揺らいでしまうのか。

 

答えの見えない自分の気持ちに雲雀は唇を噛み締める。

 

今の雲雀を一般生徒が見れば、苛立ちで漏れ出た殺気に当てられ卒倒してしまうだろう。

 

初夏の気温に合わせて起動させたエアコンの冷風が空気を冷やしていく。

 

その涼し気な風に吹かれ、雲雀は徐々に落ち着きを取り戻していった。

 

「……フン」

 

こんなことで取り乱していては風紀委員長は務まらない。

 

そう言い聞かせるように、雲雀はいつも通り書類に手をつけ始めた。

 

 

 

そして四ヶ月後──。

 

夏休みがあっという間に終わり二学期へ突入した数日後、リボーンは雲雀に目をつけ応接室へと乗り込んでいた。

 

圧倒的な強さを見せつけ同行していた獄寺隼人・山本武の二人を早々に気絶させた雲雀だったが、死ぬ気弾を受けた沢田綱吉によってささやかな反撃を受けていた。

 

これまでの人生でも全くと言っていいほど稀な反撃をその身に受け、雲雀は少しばかり本気を出そうとするが唐突に乱入してきたリボーンによってそれは不発に終わってしまう。

 

自身のトンファーを難なく受け止めたこと、素早い判断で三人を連れて即時退散を決めたリボーンに雲雀は滅多に見せない感情で興味を示す。

 

「あの赤ん坊 また会いたいな」

 

思いを馳せるように窓の外を見つめる雲雀に、ふいに扉を開ける音が届いた。

 

「とても強いですよね。私も尊敬してるんですよ」

 

背後の廊下から差し込む太陽光で顔が見えないが、雲雀には覚えのない人間であることは明確だった。

 

「ワォ。今日はお客さんが多いね」

 

すぐに仕込みトンファーを手にする雲雀に訪問者は静かに笑みを浮かべる。

 

コツコツとローファーを鳴らし近づいてきたその人物に、雲雀は何となく懐かしいような錯覚を覚えた。

 

しかし、影から現したその姿を見て、それが錯覚ではないことに気づく。

 

緩やかに逆立ったハニーブラウンの髪に少しばかり気弱そうな瞳をしたその人物は、先ほどまで自身と対峙していた沢田綱吉によく似ている。

 

だが顔立ちやほんのちょっとした肩幅の違いからそれは男子ではなく女子だと雲雀には分かった。

 

記憶の中のパズルが目の前に佇む少女と合わさった時、雲雀はこれまでにない高揚感に思わず口角を上げた。

 

「初めまして、風紀委員長さん。私の名は──」

 

 

 

 

《おかえり、ステラ・ミラ》




ここまで読んでいただきありがとうございました!
ピクリエにて開催中のジュゲムジュゲ夢オンリーイベントの参加作品でした〜
こちらはテーマ企画作品でもあり、テーマは”出会いと別れ”ということで本編にてヒロインと別れた雲雀さんがその後中学生となりどんな心境になるかな、みたいな未来ifを想像して書いてみました。
本編を読んでくださってる方でも「また未来ifかよ」と思われるかもしれませんが…いずれこうなったらいいなー的なやつなので多めに見てください。

あと草壁さんそんな神経質じゃなくない?と思いますよね。私も思います()
展開の取っ掛りみたいな感じで書いてるだけなので気にしないでください。

参加料を払ってまで参加して書いたイベントは初めてなのでこういうので良いのか分かりませんが、ちょっとした番外編としてお楽しみいただければ幸いです。長めの後書きとなりましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました!
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