空夜/企画短編集   作:雪の細道

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※非夢


とある猫の独り言(モノローグ)

『吾輩は猫である。名前はまだない。』

(──夏目漱石 1906年,青空文庫)

 

人間界でこの様な出だしから始まる小説があるらしい。

 

実際の中身とはまるで関係ないが、この通り吾輩も猫である。

 

そして件の小説に則って変えていたが、一人称は吾輩ではなく私だ。

 

以降、吾輩あらため私のティータイムにお付き合いいただく。

 

 

まず、私の簡単な見目から紹介しよう。

 

先ほど軽く引用したが、この世界における肉体として猫の姿かたちを取っている。

理由は後ほど述べるので暫し待たれよ。

 

”この世界における肉体”と表現したのは、つまるところ私はこの世界の生命体ではない。

 

人間の言葉で表すならば《観測者》というのが限りなく近い表現になる。

 

私はこの世界における、ありとあらゆる”流れ”を観測し、”出来事”を観測し、”生命の生き死に”を観測している。

 

他にもまあ色々あるが、一旦はこんなところだ。

 

それとは別の話をしよう。

 

世界というものは複数存在する。

 

先ほどと同じく人間の言葉で表すならば「パラレルワールド」というものがまさにそれだろう。

 

パラレルワールドは同じ時間軸で同時に複数の世界が存在する、という仮説だが、本来はそんなものではない。

 

言うなればこの世界は無数に寄せ集められた毛糸の束のようなものだ。

 

その糸一本でも、また無数の繊維によって細い糸が集まった集合体でもある。

 

生命体とはその細い糸を構成する無数の繊維と近しい構造をしている。

 

さて、ここで私の目の前にいる少女の話をしようか。

 

この少女も一見すると何の変哲もないただの人間だ。

 

しかしこの少女にはおいてはちょっとばかりイレギュラーな存在となっている。

 

この世界ではごくまれに一本の糸からほつれて迷子のようになる魂が発生する。

 

糸が構成する螺旋の理のように、死した魂は輪廻に入り次の肉体を待つ。

 

しかしこの少女のように、肉体が死す前に何らかの異常で魂が肉体からはぐれてしまい、輪廻にも入らず世界から零れてしまうことがある。

 

そんな魂を観測するのも私の務めであるため、こうして彼女の好きな猫という肉体を借りて時々様子を見るのだ。ちなみに冒頭に述べた理由はこれのことだ。

 

──そしてこの少女に関しては、さらに稀なはぐれ方をしていた。

 

通常、魂がはぐれたとしても行き着くのは近しい別世界であり、その魂が元々いた世界とほとんど変わらない構成をしている。

 

しかしこの少女の魂は元いた世界から大きく外れ、虚構の世界、すなわち人間が創作したフィクションの世界へと迷い込んでしまった。

 

虚構の世界、とは言ったが決して幻のようなものではなく、実際に存在する世界ではある。

 

それでも、フィクションと呼ばれる世界と少女が元々いたような世界か相容れるというのは本来あってはならないことだ。

 

現にこの少女は肉体が滅んでいないままの状態ゆえに、元いた世界の記憶のまま行動してしまっている。

 

パラレルワールドという概念を以てしても、彼女の行動は危うい可能性を引き起こしかねない。

 

あくまでも私は観測者という仕事でしかないために、彼女がどんな行動を起こしたとしても咎めることはできない。

 

しかし彼女としても自らの記憶から本来あるべき道筋を歪めてしまうことは気にかけているらしい。

 

ちなみに補足だが、私のような観測者と呼ばれるような生命体の他にも流れを操作する者や、彼女のようなはぐれた魂を判定したり裁いたりする者もいる。

 

彼らには感情が無いが、私にはある程度の感情が備わっているため、平和を願う彼女にはぜひとも温情ある判断を願いたいところだ。

 

新たな肉体に生まれ変わり日々成長する彼女は、あろうことかマフィアなどという裏社会に巻き込まれ平穏な日本の生活から引き剥がされてしまった。

 

殺し屋という道を選んだものの、幼い子が荒んだ生活を送っているとは思えないほどに暖かい眼差しで私を迎え入れてくれる。

 

私はこれからもこの子の成長を見守り、たまにミルクを馳走になるとしよう。

 

 

 

そんな穏やかなティータイムは、彼女が8歳も間近に迫ったところで唐突に終わりを告げた。

 

「判定を下す。緊急特例として、彼の者には課された罰の通達をした後、今現在いる架空世界の記憶と存在の消去に処し、彼の者の魂は強制転環とする」

 

感情のない彼らは冷静に冷徹に判断を下す。

 

転環とは人間の言葉で言えば輪廻転生の意味を指す。

 

強制、それはすなわち肉体の自然劣化を待たず魂を無理やり引き抜いて輪廻に送還することだ。

 

いくつかの管に繋がれて眠る彼女に起きたことは、どうやらこのための必然だったらしい。

 

しかし彼女にこれを知らせて奪い取るなど理不尽極まりないだろう。

 

フィクションとはいえ、想像と希望により造られた紛うことなき現実で、その世界に今生きている彼女が謂れなき罪で絶望してしまうことは容易に予想できることだ。

 

感情なき彼らは愛する者を消去させてしまう絶望など全く想像できないだろう。

 

観測者として、こんな日がいつか来るかと用意しておいた切り札を使う時が来たようだ。

 

彼らが特例と言うならば、こちらも特例とさせていただこう。

 

こういうのを人間の言葉で目には目を歯には歯を、と言うのだろう。

 

お咎めはあるかもしれんが、馳走の礼をするだけなのだから多少くらい大目に見てほしいものだ。

 

 

 

──さて、少々長かったティータイムも終わりとしよう。

 

私はしばらく表に出ることはないだろう。

 

前途多難な彼女の旅路に幸多からんことを願う。

 

 

 

 

 

 




*後書き*
アンケートにてリクエストいただいた黒猫にまつわるお話でした。
今回は夢小説ではなかったのでちょっとイレギュラーでしたが楽しんでいただけたでしょうか。
謎の黒猫に関して今回のお話で「思ってたんと違うな( •᷄ὤ•᷅)?」と思われた方もいるかとは思いますが、そういう場合はまあとりあえず空でも眺めて見なかったことにしてください。

なおネップリイラストは当日に間に合いませんでした。さすがに2日目の日曜日には間に合うかと思うので、興味があったらこの企画短編集の概要欄をご覧下さい。そこでサンプル画像と登録番号を載せる予定です。
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