旅に出るはずだった。 作:タビビトモドキ
行方不明になった兄を探す。
兄を奪い去った、見覚えのない『神』を探す。
それだけが私の存在意義であり、使命であり、運命であるはずだ。
──気付いた時から私は『旅人』であった。
見知らぬ世界をただ二人、唯一の肉親である兄と旅してきた私は、そのような生活に至る前から自らがそういった存在であることを誰に教わるでもなく識っていた。
あの日『天理』の神に襲われ、奪われ、この世界に落ち、仮初の『相棒』を得てからその違和感の正体を漸く理解した。
私は『前世』でプレイしていたゲームの主人公である『旅人』になっていたのだ。もっと早く気付いていれば、敬愛する兄を運命に奪われることも無かっただろうに。
「蛍、また考え事か?」
相棒──パイモンの心配そうな声で私の顔を覗き込む。パイモンはこの『世界』におけるナビゲーターであり『旅人』の相棒だ。いや、『旅人』的には釣り上げた非常食、と呼ぶのが相応しいだろうか。
悪魔の一柱の名前を冠している癖に性格は基本的に善良で、お宝と食べ物に目がないポンコツだ。
改めてその、小さくフヨフヨと浮遊している姿を見る。不思議そうな顔でコテンと首を傾げる姿は愛らしくも感じるが、宙を浮く能力を持っているのに何故溺れていたんだ? という疑問は解消されていない。
「ううん、パイモンは美味しそうだなって」
「お、お前はまた人の事を食べようとしてるのか!?」
「うん、だって私が釣り上げたから」
「オイラは魚でも非常食でもないぞ!」
既に
実は『前世』の記憶は殆どない。ハッキリと覚えているのは『旅人』の願いと、『兄』が自らの意思で『旅人』から離れていったこと。
そして、私は物語の終焉を見届けることなく命を落とし、この世界に滑り堕ちてしまったことだけだ。
この世界に来て早数週間、私はまだ自分の存在を受け入れられず、最初の都であるモンド城へ足を踏み入れられずにいる。
幸い食料に困ることは無い。豊かなこの世界は魚や果物も豊富にあるし、『兄』と旅をしていた頃もベッドで眠ることなんて殆どなかったため野宿もさして問題は無かったから。それに、この身体になってから余り眠れていない。
パイモンは器用なことに浮いたまま睡眠をとることができるようだが、私の身体を気遣って宿を取ろうと言ってくれる。私がモンド城へ向かうのを躊躇っているのは分かっているようで、強引に連れて行こうとはしないのだけれど。
私の記憶でのパイモンは絶妙に空気を読むのが下手というか、割と能天気なタイプだと思っていたからこの気遣いは有難い。
パイモンは私が思っていたよりもずっと大人で、良い奴だ。当時、彼女の存在を少し煩わしく思っていた自分が情けなくなる程に。
「……オイラはお前が一番大事なんだ。だから悩んでることがあるならいつでも相談してくれよ?」
「あはは、悩み事なんてないよパイモン。でも、ありがとう」
「おう! オイラとお前は親友で相棒だからな!」
いつまでもパイモンに甘えているわけにはいかない。恐れているだけでは前に進むことは出来ない。私が私である為に──いや、私が私に成る為に、一歩を踏み出す時が来たのだ。
これ以上、この世界を否定し続けてはいけないのだ。
「パイモン。今日こそはモンド城へ行ってみようと思うの」
「ほ、本当か? 別に無理しなくてもいいんだぞ! なんせ時間はたっぷりあるからな、まずは清泉町に行ってみたって」
「ううん。もう逃げるのはお終い! 何にも話せてないのに付き合わせちゃってごめんね」
私が何をそんなに恐れているのか。私が何者なのか。パイモンには何一つ話せていないのに。パイモンは嫌な顔一つせず、こんな
溺れている所を助けた、というただ一点の理由だけで。自由自在に浮けるのだから、私が居なくても助かっていただろうに。
あの時はパニックになっていてそれどころじゃなかった、とは言っていたけれど、それでも。
「……分かった。お前がそう言うなら、信じるぞ。それに、オイラだって──」
「え?」
「いや、何でもない。そうと決まったら善は急げだ、早く行こう蛍!」
そういえば、パイモンはいつから
※※※
▶モンド城
「蛍!」
城門で私を出迎えたのは兎耳のような赤いバンダナと大きなゴーグルが特徴的な少女だった。
旅人になってから出会ったはずなのに、何故私の名前を知っているのだろう。覚えていないだけで、どこかで会話でもしたことがあるのだろうか。それとも、パイモンが伝えたのか。
パイモンとは四六時中一緒にいる訳では無いし、たまにフラフラと何処かへ飛んでいってしまうこともあるから気を利かせて伝えておいてくれたのかもしれない。
素性不明の旅人がいつモンド城を訪れてもいいように。
「貴女は……?」
とはいえ
もしパイモンが理由で私のことを知っているのなら、私にも彼女のことを教えてくれていたって良かったのに。
「……そう、だよね。うん。わたしはアンバー! 西風騎士団所属の偵察騎士! モンド城の飛行チャンピオンとはわたしのことだよ!」
「私と変わらないくらいに見えるのに騎士なんて凄いね。よろしく、アンバー。私は蛍。行方不明の兄を探す旅をしているの。街に入ってもいいかな?」
気さくな笑顔で自己紹介をしてくれるアンバー。その笑顔の裏に重たい設定を背負っているのだが、そんな事は露ほども感じさせない気丈な態度は私には到底真似できるものでは無い。ゲーム内で確認できる設定集を確認した時にはコロっと好きになってしまったものだった。
「勿論! あ、アナタはこの街のことを知らないんだよね? だったらわたしが案内してあげるよ!」
「む、モンドの案内ならおいらだって出来るぞ! おいらは蛍の案内役なんだから!」
「ここはわたしに譲ってよ、パイモン!」
「むむむ〜」
騎士としての本分か、或いは彼女自身の人柄故か、知らぬ者への道案内等という面倒な仕事を積極的に引き受けようと言うのだから恐れ入る。
……何故か、パイモンまで対抗意識を燃やしているのは驚きだけれど。自らナビゲーターを名乗っているだけあって、パイモンはこの街について詳しいらしい。
そしてやはり、パイモンとアンバーは旧知の仲のようだった。紹介せずとも名前を知っていたことは勿論、そもそも初対面であればその奇怪な有様に一言くらい言及があるはずだから。不思議な生物が多いこの世界に於いても、未だパイモンの同類はお目にかかったことがない。
二人が何も言ってこないのであれば、わざわざ聞くことでもないのかもしれないけれど。私には彼女達の交友関係を逐一問い質す資格は無いのだし。
二人が少し離れた場所で何か交渉──もといジャンケンをしたあと、アンバーがガッツポーズをしたと思うと方や満面の笑み、方や酷く落ち込んだ様子で帰ってきた。
「てことで蛍! この街の案内はわたしがすることに決まったから、着いてきてよ」
「あ、うん。お手数おかけします」
私が頭を下げると少しだけ困ったように笑ってから、アンバーは歩き出した。