思えば1人になったのはいつからだろう……。
台所に目を向ければ
暗がりに夕日が差している気がする。
鈴虫の鳴く庭を見れば
鼻歌にも聞こえる気がする。
ふと後ろで足音が聞こえた気がして振り向いた。
誰もいない。
耳が痛いほどの静寂。
これ程までに一人って辛いんだと再認識した。
あぁ、俺はこんなにも……。
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「あら、おかえりなさい。」
顔を上げれば祖母が台所で夕飯の準備をしていた。
「怪我しているの?何かあった?」
そう聞いてくるので、自分の姿に目をやると所々汚れていたり、酷いところだと服が裂けていたりする。
思い出した、放課後に同級生からイジメを受けたのだった。
「大丈夫、何も無いよ。」
無意識に出てしまった『大丈夫』と『愛想笑い』
コレが最近は口癖になっている。
「そう……、今救急箱持ってくるわね。」
祖母がどんな顔をしてたか確認する前に寝室に救急箱を取りに行った。
また心配をかけてしまった。
本当に『嫌』になる。
「健か?」
すると廊下の方から祖父の声が聞こえた。
「ただいま、爺ちゃん。」
「あぁ、おかえり。」
靴を脱いで廊下に出ると縁側に腰を下ろした祖父が居た。
ちらっとこっちを見たが、直ぐに目を庭の桜の木に戻して日向ぼっこを再開した。
それを確認した俺は、一度部屋に行き着替えを取って風呂場に向かった。
着替えを持って廊下を歩いていると祖父が気になり目を向けた。
ヨレヨレの白Tシャツに雑巾みたいになった下着、骨みたいになった腕には血管が浮き上がっている。
腰も膝も悪いのに必ず夕方には縁側にいる。
下着姿は夏とは言え風邪ひくぞ。
昔、何を眺めているのか質問した時には「世界だよ」っと意味不明なことを言ってたし。
多分何も考えてないか狂ってしまったかだと思う。
「(でも受け答えはしてるから多分大丈夫かな。)」
脱衣所に着いた時に洗面台の横に救急箱があった。
多分、風呂上がりに傷があるところに自分で処理するように祖母が置いたと思う。
風呂を貰い脱衣所の扉を開けると美味しそうな香りが廊下を覆っていた。
腹から夕飯の鐘がなったので早めに洗濯機を回して台所に向かった。
「お夕飯出来てるわよ、食べるわよね?」
そう聞いてきたので「貰う」と伝えようとしたところ、夕飯の鐘が轟音を響かせた。
「あら、元気な返事。直ぐに盛り付けるからコタツで待っていなさい。」
今世紀最大の赤っ恥である。
顔を見られたくなくて後ろの冷蔵庫から牛乳の入ったコップを取りだして膜も一緒に一気飲みした。
祖父が朝にホットミルクを作る過程で発生した膜は、俺の風呂上がりに飲む楽しみの一つだった。
空のコップを流しに置いてコタツへ向かうと祖父はテレビで水戸黄門を見ていた。
やることがないのでコタツに置いてあった今日の新聞を開いた。
暇潰しに見ているだけなので流し読みで見ていくと、少しだけ気になることが書いてあった。
『熱中症での緊急搬送、過去最多』
そういえば最近熱中症が話題になるくらいには夜も暑い。
それどころか昼間外に出るだけで汗をかく位である。
「おまたせ。お爺さんも食べましょう。」
考えていた間に祖母が3人分の夕飯を用意し終わっていた。
「じゃあ頂きましょう。」
夕飯を軽い談話しつつ終えたところで片付けをしようと立ち上がりかけた時に祖母が話をしてきた。
「健は今日はどうするの?」
どうする、とは『ここ』に泊まるか『あそこ』に戻るかであろう。
「一応向こうに戻るよ。」
「そう、辛いことあったらこっちに泊まっても良いからね?」
「あぁ、健のやりたい事をしろ。」
暖かい、その一言でこの家、祖父母は表せない程である。
「大丈夫、その時が来たら泊まっても良い?」
『当たり前だ(じゃない)』
「……。」
恥ずかしくて『ありがとう』が言えず、勝手口に急いで行き靴を履いた。
「……ご馳走様でした、また明日来ます。おやすみなさい。」
返事も聞かず家を飛び出した。
何か言っていたような気がするけど思い出せない。
郵便ポストの下に置いた荷物を抱えて家が見えなくなる曲がり角に来た。
家の見えない街頭の下に蹲り荷物を開けた。
鉛筆で刺されハサミで切られ肩に掛けられないボロボロのランドセル。
祖母に貰ったお守りは墨汁で濡れていた。
祖父に褒めて貰えた物語の切れ端。
ランドセルで顔を隠した。
誰も通らない道なので聴こえるのは啜り鳴き声だけ。
どれだけ蹲っていたか分からないけど足が痺れてきたので解すついでに荷物を纏めた。
そして歩き出した。