もうボロボロだった。
服はところどころが破け、傷だらけの体は血で汚れている。唯一煌めいているのは、その両手に持つ刀だけだ。
彼女は目の前の男目がけて、刀を振り上げる。男もボロボロではあるが、彼女に比べればまだ余裕はあった。
振り下ろした刀が男を斬る直前、男のカウンターが彼女に炸裂する。
彼女の傷がまた増え、そしてカウンターの衝撃で彼女の体は後ろに大きく仰け反った。それに男が、身の丈以上の大剣を構えて気を溜めはじめる。
―――くる
避けられるか。いや、未だ彼女は仰け反ったまま動けない。それはつまり、男が放つ技を避ける事が出来ないのを意味した。
せっかくここまで来たのに、あともう少しだったのに。私は動けない彼女を見て悔しくなる。
何度繰り返しても、結局私は彼女に勝てないのか。何度も戦って、けれど私は。
男が足を踏み込んだ。一気に距離が詰まり、そして振り上げられた大剣が―――彼女を斬り裂いた。
―――Winner RED!!
機械音と人間の声が混ざったような、そんな微妙な声が勝者を告げる。
私は画面に表示された結果に、手に持っていたコントローラーを置いて溜息を吐いた。
「強すぎますよ、チャチャゼロさん……」
「ケケッ、俺ニ勝トウナンザ百年ハエェゼ」
一勝負三試合、それをかれこれ十回やって、未だに勝てないとは……。
テレビゲームなんて、片手で数えられるくらいしかやったことが無かった。それも、こんな格闘ゲームじゃなくて、パズルゲームとかそういう種類のもの。
だから操作にもまだ慣れて無くて、しかもこのゲーム、やたらとコマンドが多い。それも随分と複雑な。
「ヤッパBプラス右ノカウンターダヨナ。次ハ右上左上上下プラスAB同時押シデ地獄ニオトシテヤルゼ」
「なんですかそのコマンドは……なら、次はこのキャラを使ってみます」
「オッ、ソイツヲ使ウノカ。ソイツハ飛ベルカラナ、上手ク使イコナセヨ」
左上にいた女の子にカーソルを持っていく。
コマンドも多ければ使えるキャラクターも多くて、気を飛び道具のように使えるキャラだったり、トラップを仕掛けられるキャラだったりと、選ぶキャラでまた戦い方も変わってくる。
最初のうちは使いやすいキャラで固定していたんだけど、色々と使える技が違うのが面白くなって、今じゃ試合ごとにキャラを変えていた。操作に慣れないのはそのせいでもある。
―――Fight!!
画面に英語が現れて、そうしてまた、ゲームという仮想空間での戦いが始まった。
私がチャチャゼロさんとこうしてゲームをしているそもそもの発端は、私がエヴァンジェリンさんに修行相手となってもらって、修行をしている最中にされたある提案だった。
「ふむ……刹那、今日の修行は止めだ」
「え?」
修行には、エヴァンジェリンさんの別荘を借りていた。
理由としては大きく二つ。場所の確保と、時間の確保のためだ。
修行を行う為には出来るだけ広い土地が欲しかったし、一般人や魔法関係者に見つからない為に結界を張る必要があった。
その時点で、エヴァンジェリンさんが別荘を使うことを提案してきた。別荘内は彼女の意思で設定し直すことが可能で、結界の効果も及ばない。人目につかないのも確かで、それは修行にもってこいな好条件だった。
それと同時に、春休みの残り少ない休みでも十分に修行が出来るだけの時間も確保される。何せ、外での一時間が別荘内での一日だ。半日いるだけで、十二日分の修行が可能になる。
最初は、修行の相手をしてもらうだけでも感謝しきれなかったのに、そこまでしてもらうのはとも思ったが、彼女自身もそれを望んだし、やはり外以上の好条件での修行というのは私としても拒む理由が無かった。
そんなわけで別荘内での修行を行っていたのだが、修行を開始してから別荘内で三日が経過した時にエヴァンジェリンさんが言ったのが、先の一言だった。
「どうしてですか?」
「なに、根を詰めて修行をしても身にならないから、今日は一日休めというだけだ。別に切羽詰まって強くなりたいわけではなかろう?」
「それは、まあ……」
強くはなりたいが、今はまず精神の経験と体の経験のバランスを取ることが重要だ。
その為にひたすら修行あるのみとは思ったが……エヴァンジェリンさんの言うことも一理ある、か。
「まあ、軽く体を動かすくらいはしておけ。しなければしないで、それは体が鈍る」
「あ、はい」
「あとはまあ、寝るなり食うなり好きにすればいい」
そう言った彼女は、別荘内にあるログハウスで寛ぐことにしたらしい。
私はと言えば海岸で(今の別荘の設定は、過去に何度か訪れた別荘内と酷似した設定だ)、体を軽く動かしてからログハウスに戻った。
といっても、戻ってから特にすることも無くて……そういえば修行は外でやるばかりで、このログハウスの中はあまり知らないなと思ったから、色々と部屋を覗いてみる事にした。
開けた部屋のいくつかは寝室だった。その一つを私も使わせてもらっていて、寝室兼客室みたいな感じで使われている。
その他の部屋は、殆どが物置同然だった。エヴァンジェリンさん曰く、面白そうだから集めたそうだが、使用されていない物が殆どらしい。
集められた物の中には本もあって、私は書庫と化した部屋を念入りに探索した。
「……これは……」
書庫には、西洋に限らず東洋の本まであった。それも、随分と古くて、もしかすれば協会で保存されている物よりも古いかもしれない物まで。
エヴァンジェリンさんに聞けば、これもまたためしに集めてみたが、読まずに放っておいてしまったらしい。どうりで、部屋の隅で埃を被っていたわけだ。
ただ、私としてはとても興味深くて、修行の合間の休日はもっぱら書庫に篭って読書に決まった。
ひたすら本を読むことに没頭して、一日目の休みが終わる。そして翌日には修行が再開され、三日間続けて修行をした後に、また一日休みとなった。
その休みもまた、私は最初こそ書庫に篭って読書に勤しんでいたのだが―――唐突に、私のいた書庫の扉が開かれた。
「ヨォ、刹那! ゲームシヨウゼ」
「チャチャゼロさん……?」
扉を開けたのは、エヴァンジェリンさんの従者であり家族であるチャチャゼロさんだった。
彼女は何かを持って部屋の中に入ってくると、私の前にそれをガシャリと落とす。壊れないのだろうか、首を傾げた私を気にせず彼女は言った。
「御主人ガ今日ハオ前ヲ斬ルナッテ言ウカラヨ。ショウガネェカラ、暇潰シニ相手シヤガレ」
「……まあ、今日は修行も休みですし。でも、これって…」
「見リャ分カンダロ。ゲームダヨ」
言い放った彼女は、行くぞと私を促すと背を向けたので、私はつい反射的に返事をしてから、本を置いてゲームを抱えると彼女の後を着いて部屋を出た。
話を聞くと、エヴァンジェリンさんたち、というよりチャチャゼロさんにとって、ゲームは良い暇つぶしの道具なんだそうだ。だから修行も無く暇だったので、ゲームを引っ張って私の前に出てきたわけである。
私としては、修行に付き合ってもらっている身だ。エヴァンジェリンさんの指示で休んでいるとはいえ、相手をしてもらっているチャチャゼロさんがそれで不満を持っているなら何とかしたい。
ゲームの相手をするくらいで満足してもらえるなら、そう思って私はコントローラーを取った。それが、二回目の休みの日。
…………チャチャゼロさんは、強かった。それはもう圧倒的で、彼女がどれだけゲームをやりこんでいたのか、分からされた気がした。
「なんだ貴様ら、まだやっていたのか」
「あ、おかえりなさい。エヴァンジェリさん、茶々丸さん」
「ただいま戻りました、刹那さん」
三回目の休みとなる今日が始まってから出かけていた、エヴァンジェリンさんと茶々丸さんが帰ってきた。早々に、未だゲームをしている私とチャチャゼロさんを見て、エヴァンジェリンさんが呆れたような顔をした。
そういった経緯から、休日はチャチャゼロさん相手にゲームをする。彼女は私が体を動かし終えるのを見計らって誘いをかけてくるので、ほぼ一日中と言っていい。ちなみに、新しいキャラで挑んだがまた負けた。
「また血を吸って来たんですか?」
「ああ。なに、ほんの二人だ、問題はあるまい」
「ありますよ」
悪びれた様子の無いエヴァンジェリンさんに呆れたように返した。別に止めるつもりは無いが、それでもやはり不安はある。
春休みの今はまだ噂にもなっていないが、それが終わればそうもいかない。
エヴァンジェリンさんが、別荘内での今日一日を留守にしていたのは、別荘の外に出ていたからだ。
まだそれほど頻繁というわけでは無いが、彼女が桜通りに赴いて魔力を溜める為に吸血を行っているのは変わらない。それも、私と戦った際に随分と溜めていた魔力を消費してしまったらしく、今は溜めなおすのに苦労してるんだとか……。
別荘で経過した日数と外の時間を考えると、おそらくは十時から十一時といったところか。今日は最初から泊まるつもりだったし、真名にも連絡はしてあるから、時間が遅いのは気にしなくて良い。
一つ気になるとすれば、このちゃんの様子だが……危険が迫っているという様子も無いし、大丈夫だろう。その辺りは真名に依頼もしてある。
「学園側に見つかったらどうするつもりですか?」
「今はまだ見つかるわけにはいかんからな……まあ、見つかったところで奴らがすぐに手を出してくるとは思えんよ」
「なぜですか?」
「私が坊やの生徒だからさ」
そう言って、エヴァンジェリンさんはくつりと喉を鳴らした。
「私まで坊やのクラスに入れたんだ。私が起こした問題を、坊やに秘密にしたまま解決するかな?」
「それは、まあ……そうですね。それなら、その問題を通してネギ先生に貴女と関わってもらった方が……」
「そういう事だ。まあ、どちらにしろ私もまだ見つかるつもりは無いがな」
……まあ、エヴァンジェリンさんが見つかるつもりは無いと言うなら、それを信じるしかない。魔力の溜まっていない彼女にとっても、邪魔をされるのは不本意な事の筈だし。
にしても、ネギ先生か……彼はいつも一生懸命だったからなぁ。たぶん、エヴァンジェリンさんの事を知ったら、学園が何も言わなくても自分から行動するだろう。そういう人だった。
といっても、戻ってからはあまり、交流らしい交流はしていない。このちゃんと会うときも別行動だし、図書館島の時も結局、殆ど話さずに終わった。
明日菜さんもそうだが……今度、あの二人とも話がしたい。何を話すとか、そういうのじゃないけど、ただ話したいと思う。
「ところで、刹那。随分と懐かしいゲームをしてるな」
「え?」
「コイツハ、御主人ガ大分前ニ持ッテキタゲームナンダヨ」
「そうなんですか? 私は、あまりゲームは分からなくて……」
そんなに古いゲームなのかな、そう思いながら床に置いたコントローラーを見下ろしたが、ゲーム自体をあまり見ない私にとってそれは何の意味も無い行動。
強いて言うなら、麻帆良の技術にしては随分と声が機械音声過ぎる気はしたなと思ったところで、エヴァンジェリンさんがチャチャゼロさんを追いやって隣に座った。
「せっかくだ、私が相手をしてやろう」
「エヴァンジェリンさん?」
彼女は意気揚々とコントローラーを手に取ると、慣れた様子でキャラの選択を行う。
その様子に、おそらくはチャチャゼロさん相手に彼女もこのゲームをやりこんでいるのだろうかと考えて、自然と乾いた笑みが浮かんだ。
「お手柔らかにお願いします」
「なにを言う、本気に決まってるだろう」
「(容赦ない……)」
「……ああ、そうだな。せっかくだ、一つ賭けをするか」
「え?」
何度か使った、一番使い慣れたキャラを私が選んだところで、彼女は言った。
「負けた方が相手の言うことを一つきく。いいな?」
「は!? いや、ちょっと」
「ほら、始まるぞ」
私が抗議しようと口を開いたところで、画面は勝負画面へと変わった。
慌てて画面に視線を向けた私の隣で、心底楽しそうな声が聞こえる。
「地獄を見せてやるぞ」
「………」
ゲームでこれほどの恐怖を味わうことになるとは、思いもしなかった。
結果から言えば、惨敗だった。それはもう、一方的というか圧倒的というか、とにかく負けた。
思った通り、チャチャゼロさん同様にエヴァンジェリさんも相当このゲームをやりこんでいたようで、私が立ち向かう術は無かった。
負けたことに溜息が零れる。こうも圧倒されると、悔しさよりも何だか清々しさを感じてしまいそうで……いや、別段そういうことも無かった。ただ、彼女たちの強さに呆気にとられた感じだ。
コントローラーを置いた私に、エヴァンジェリンさんは満足げに笑っている。見ると、とても悪い顔をしていた。
「約束は覚えてるな? 刹那」
「約束って、あれはエヴァンジェリンさんが勝手に……」
「嫌なら勝てば良かったのさ。まあ、負けたのだから敗者が勝者に逆らうなど無理な事だ」
「……」
横暴、暴君、傍若無人。いろいろ浮かんで、エヴァンジェリンさんは相変わらずかと、変わらぬ彼女に苦笑い。
でも、まあ……何を言われるのかは分からないが、彼女が引き下がるとも思えないし。聞くしかない、かな。
「それで、私はどうすればいいんですか?」
「むっ……やけにあっさりと引いたな」
「文句を言っても意味が無いと思いまして」
「……まあいい。ふむ、そうだな……」
エヴァンジェリンさんは少し考えるように視線を逸らした。けれど、その視線はすぐに私へと戻される。
「今はいらん」
「えっ?」
「今はいらんと言ったのだ。思いついた時の為にとっておくとしよう」
「……はあ」
とりあえずは、保留という事か。でも、彼女の事だからそのうち、何か言って来るんだろう。
もしかして、今この場でされた方が良かったんじゃ、そう思ったけれど。
「オイ、刹那。モウ一度俺トヤルゾ」
「む、何を言っている。もう十一時ではないか。子どもは早く寝ろ」
「(……子ども……)」
「ゲームで夜更かしをするのは許さん。刹那、貴様も早く寝ろ」
「あ、はい」
「チッ、ツマンネーナ」
文句を言いながら片付け始めたチャチャゼロさんを手伝って、ゲームを片付けた。
エヴァンジェリンさんに修行をしてもらうようになって、気づいた事。彼女は、なんというか……とても優しい。
「明日も死ぬなよ、刹那」
「は、はは……」
……たぶん、優しい。