逆行した日   作:恵猫

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吸血鬼事件の日

 少し静かだった寮内も騒がしさを取り戻した頃。

 春休みが終わって、今日から新学期が始まり私たちは三年生となった。

 

「せっちゃん、おはよーさん」

「おはよ、桜咲さん」

「おはようございます」

「おはよう、このちゃん。神楽坂さんに、ネギ先生も」

 

 今日もこのちゃんたちと一緒に学校に行く。このちゃんと一緒に行くことが増えると、自然と明日菜さんとネギ先生とも一緒に行くようになった。

 春休みに三人で遊びに行ったりして、前よりも仲良くなったと思う。あくまで、普通の友人としてだけど。

 ただ困るのが、ふとしたときに私を見る視線だ。たぶん、図書館島の一件にまだ納得できていないんだろう。私が魔法を使えるのか疑っているのかもしれないが、どうしよう。このちゃんの前で迂闊な行動はとらないでくれるよう祈るしかない。

 

「そういや聞いた? あの噂」

「噂?」

 

 時間は過ぎて、今はクラスの人全員が教室で着替え中。新学期早々にまずは身体測定が行われるのでその為だった。

 

「あ、知ってる。桜通りの吸血鬼ってやつでしょ」

「えーっ、何それ何それ?」

 

 興味津々で話に食いつく人たちに、えっと……柿崎さんが説明する。

 

「なんかねー、夜になると出るんだって。寮の桜並木に……真っ黒なボロ布に包まれた、血まみれの吸血鬼が……!!」

「キ、キャーッ!!」

「ひぃいいいい!!」

 

 恐がりの人は、この話を聞いた時点で涙目だ。でも、このちゃんは恐いというよりどこか面白がっているように見える。

 

「せっちゃん、知ってた?」

「う、うん。一応」

 

 吸血鬼……知ってるも何も既に友達ですとは、言えないよなぁ。

 でも、そんなに噂になっていたんだ。春休みが終われば早々に噂になるだろうとは思ってたけど、さすがに初日からとは思わなかった。学園側がどの程度までこの噂を把握しているかは、今はまだ分からないが。

 

「こんなんかな!?」

「いや、このちゃん……違うと思うよ……」

 

 チュパカブラって、なに?

 

「先生、大変やーっ! まき絵が、まき絵が!!」

「何!? まき絵がどーしたの!?」

 

 外で待っていたネギ先生に向けられた声に反応して、全員がそろって騒ぎ出す。

 ちらりとエヴァンジェリンさんを見ると、にやりと笑い返されて……ああ、やっぱり貴女が原因ですか。

 

 

 

 その夜、私たちは少し買い物に行き、宮崎さんだけが先に寮に帰ると分かれた矢先、桜通りの噂に心配になった明日菜さんが送って来ると、宮崎さんを追いかけて行った。

 

「んー、うちも心配やし……ちょっと行って来る~」

「あ、待ってこのちゃん。私も一緒に行くよ」

「ほな、行って来るわ」

 

 綾瀬さんたちと別れて道を戻る。

 騒ぎになって早々に、エヴァンジェリンさんが動くかどうかは分からないけど……でも、そういえばここ最近は、頻繁に外に出てるようだった。

 なら、もしかして遭遇しちゃったり、

 

「(しますよねぇ……)」

 

 明日菜さんに追いついたところで、服がボロボロになった宮崎さんを抱えてるネギ先生を見つけた。宮崎さんに怪我は無さそうだ。

 というより宮崎さん、ほぼ裸……このちゃんは訳が分からない状態みたいだし、どうにか誤魔化しておかないと。

 

「すみません、宮崎さんをお願いします!」

「あ、ネギくん!?」

 

 慌てた様子のネギ先生から宮崎さんを任され、当の本人は止める間もなく走り始めてしまう。

参ったな、そう思いながらもネギ先生から任された宮崎さんに、急いでベストを脱いだ。

 

「とりあえずこのちゃん、宮崎さんにこれ着せてあげて。何も無いよりはマシだと思うから」

「う、うん」

 

 上はまあこれでいいとして、下はどうしよう。着せるより、上にかけた方が良かったかな。

 ものすごい速さで走っていくネギ先生は、とりあえず足が速いだけってことにして、今は明日菜さんも連れて寮へ―――、

 

「ま、待ちなさいよ!!」

「神楽坂さん!?」

 

 え、あ、追いかけてしまった……どうしよう。もしかして明日菜さん、もう十分に関わってしまってるんだろうか。

 自分から向かってしまうんじゃ、私にはどうしようも無い、よな……。

 

「あ、明日菜ー!?」

「このちゃん、今は宮崎さんを寮に連れて行こう。服、着せてあげないと」

「う、うん……でも……」

「ネギ先生は、神楽坂さんが連れてくるよ。たぶん」

 

 宮崎さんを背負い、見えなくなった二人を心配するこのちゃんの手を握って歩き出した。

 

「ほい」

「ありがとうございますー」

 

 宮崎さんの同室者がまだ帰っていなかったので、仕方なしにこのちゃんたちの部屋に連れてきた。

 ベストは既に回収してある。今は応急処置に、バスタオルを巻いてもらっていた。

 

「なにがあったんや?」

「それが、私もよく覚えてなくて……凄く恐かったのは、覚えてるんですけどー……」

「……怪我が無くて、良かったですね」

「はいー。ありがとうございますー」

 

 おそらく、エヴァンジェリンさんが血を吸う前にネギ先生が駆けつけたんだろう。

 宮崎さんにすれば運が良かったと言うしかないし、エヴァンジェリンさんにとっては運が悪かったと言うしかない。

 

「(でも、こんなに早く……)」

 

 エヴァンジェリンさんとしては、まだ暫くは魔力を溜めたかっただろうに……たぶん、昨日の佐々木さんが原因だろう。生徒が被害にあって、それが魔法の仕業となればネギ先生が黙っている可能性は低い。

 

「にしても、明日菜たち遅いなー。大丈夫やろか」

「どうだろう。もう少し待って戻らなかったら、私が探しに行って来るよ」

「駄目や。それやと、せっちゃんも危ない目に会うかもしれんやろ」

「でも、このちゃん……」

「駄目や」

 

 ……図書館島の一件以来、このちゃんが頑固だ。

 

「(何も言わずに飛び出したのは、拙かったかな……)」

 

 結局、泣いているネギ先生を明日菜さんが連れ帰ったのは、それから一時間が経った頃だった。

 

 

 

 翌日、ネギ先生は授業中も常にぼんやりとした様子だった。

 おそらく昨夜のエヴァンジェリンさんとの戦闘が相当に堪えているのだろう。そのエヴァンジェリンさんは、悠々と今日の授業をサボることにしたらしい。

 完全に舐められてるなぁ、ネギ先生。でも、いくら弱体化してるとはいえ相手はエヴァンジェリさん、勝てないのも無理はないと思う。

 

「あの……つかぬ事をお尋ねしますが、和泉さんは十歳の年下の男の子がパートナーなんて、嫌ですよね……?」

「えっ……」

 

 そのネギ先生が、唐突に何を言い出すのかと思えば……少しばかり顔を顰めてしまった。

 直接的に魔法に関する情報は言っていないが、今の彼の言うパートナーとは即ち、魔法使いの従者を意味するのだろう……大丈夫なんだろうか、一般人に対しての今の発言は。

 ネギ先生自身は色々と頑張っているのだろうし、魔法使いというのを抜きにしたならばその心根は敬意を表するに値するが……魔法使いとしては、あまりにもお粗末な部分が目立つ。

 これは、このちゃんに魔法の存在が知られぬように更に警戒した方が良いかな。

 そのうちにチャイムが鳴ってネギ先生が出て行くと、何故かパートナーに立候補する人が多数現れ出した。

 

「刹那さん」

「はい?」

 

 騒ぎの中で飛び交う、ネギ先生が王子様という噂にどういうことだろうと思いながら騒ぎを遠巻きに眺めていたら、声をかけられた。

 振り向いた先には茶々丸さんがいて、いつも一緒のエヴァンジェリンさんはサボりなのでいなかった。

 

「放課後、マスターが来るようにと」

「そうですか。エヴァンジェリンさんの家に行けば?」

「いえ、私が直接ご案内しますので、放課後は教室でお待ちください」

「分かりました」

 

 呼び出し、か。いったい何の用だろう。

 でも、昨日の事を聞くにはちょうどいいか。いったい、ネギ先生と何があったのかは気になるところだし……。

 

「なあなあ、せっちゃん」

「ん? なに、このちゃん」

 

 静かに茶々丸さんが席に戻ったところで、騒ぎに混じってたこのちゃんが私に聞いてくる。

 

「せっちゃんは、ネギ君のパートナーってどう思う?」

「……そうだね」

 

 パートナー、東の従者、仮契約。

 

「遠慮しておくよ」

 

 私は笑みを浮かべて、このちゃんの質問に答えた。

 

 

 

 約束の放課後、私は茶々丸さんと共に教室を出た。

 このちゃんはどうやら用事があるらしく、聞けば、クラスの方たちと何やら企んでいるそうで、それを手伝うんだとか。

 

「ん……来たか、刹那」

「こんにちは、エヴァンジェリンさん。ずっとここでサボってたんですか?」

「いいや? 屋上で日向ぼっこもしていたぞ」

「……つくづく、物語の吸血鬼からは想像できませんね」

「不老不死が日光如きでやられて堪るか」

 

 案内された先で、エヴァンジェリンさんは退屈そうにしていた。彼女にとって、授業も同様に退屈なものでしかないのかもしれないが。

 

「それで、どうしたんですか?」

「あの坊やに、私の正体が知られたんでな。少々騒がしくなると、教えてやろうと思っただけだ」

「もう十分に騒がしいですよ。とりあえず、このちゃんだけは巻き込まないでください」

「なら、お前を巻き込むのは良いのか?」

「……私、ですか?」

 

 どうしてそこで私が出てくるんだろう。

 

「巻き込むも何も、私はこのちゃんを護るのに忙しいですよ」

「その割に、長谷川千雨の相手をしてやっているようじゃないか。余裕はありそうだが?」

「……なんで知ってるんですか?」

「さあな」

 

 エヴァンジェリンさんの言うとおり、たしかに千雨さんと話したり出かけたりと、お守りの効果とも関係の無い交流を持ってたりする。

 今までは話せる相手もいなかったようだし、時間があれば話し相手をしているが……基本は寮の部屋だ。出かけるのだってほんの数回、買い物に行っただけなのに―――どうやってそれを知ったんだろう。

 

「……巻き込むって、具体的にどうするつもりですか?」

「そうだな、私と仮契約でもしてみるか」

「怒りますよ?」

「くくっ、冗談だよ」

 

 このちゃんに仮契約をさせないようにと思っている私が、仮契約をしてどうするんですか。

 エヴァンジェリンさんの場合、彼女が本気になればそれも出来そうだから困る。冗談が本当になりそうで冷や汗どころじゃない。

 そう思って、悪戯が成功したように笑う彼女に溜息を飲み込んだら、その彼女から何かを投げられる。

 反射的にそれを受け止めると、それはチェーンの先に赤い石のついたネックレスだった。

 

「念話用の魔法具だ。私が呼んだらすぐに来い」

「魔法具? ……なんで、私に?」

「私がお前を気に入ってるからだ。常にそれを身に着けておけ、いいな?」

「は、ぁ……分かりました」

 

 気に入っている、か。いくら特殊な経験をしているとはいえ、私にそこまでの価値は無いと思うんだけどなぁ。

 受け取ったネックレスを首にかけ、制服の下に隠したところで、何やら聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「ネギー!!」

「ん?」

「あ」

 

 叫びながら、明日菜さんが現れた。

 彼女はこちらが気づくと同時に私たちの存在に気付いたようで、バッと身構えてきた。

 

「ほう、神楽坂明日菜か」

「あんた達! ……って、え? 桜咲さん?」

「どうも、神楽坂さん」

 

 一緒にいた私に気づいて神楽坂さんは戸惑ったようだったけど、すぐに首を振ってエヴァンジェリンさんを睨んだ。

 

「ネギをどこへやったのよ!」

「ん? 知らんぞ」

「えっ」

 

 明日菜さんはネギ先生を探しているらしい。最初に考えていたエヴァンジェリンさんが犯人という予想は外れたみたいだが。

 昨日の一件から、明日菜さんはエヴァンジェリンさんを警戒しているんだろう。それに対して、エヴァンジェリンさんが自分に力が無い事を説明してる。

 ……いいのかな、私の前で魔力とか満月とかそんなに説明して……明日菜さん、疑うんじゃないかなぁ。

 

「そ、そういえば桜咲さん! なんでここにいるの?」

 

 ネギ先生の事を言われた明日菜さんが、顔を赤くしてその矛先を私に向けた。

 

「ああ、それは……」

 

 呼び出されたからです、と言えるはずも無く。どうしようかと考えを巡らせる。

 チラリとエヴァンジェリンさんを見ると、彼女の楽しそうな瞳と目が合った。何も言わず、私がどう返すか見ているつもりなんだろう。

 そうえいば、彼女も茶々丸さんも茶道部だったよな。それなら、話を合わせてくれるだろうか。

 

「茶道部で使う、お茶菓子の相談をしてたんです。この前、一緒に学校に来たときに話をして……少しくらいなら和菓子も作れるので、試作品をいつ食べてもらおうか話してたんですよ」

「お茶菓子?」

「ええ。まあ、簡単なものですけど……」

 

 一番いいのは、この辺でエヴァンジェリンさんが肯定してくれることなんだが……彼女は興味深そうに笑っていた。

 

「出来たら持って来い。楽しみにしてるぞ」

「……はい」

 

 ほっと密かに胸を撫で下ろす。これで明日菜さんは誤魔化せた、かな。

 ただ、ありもしない約束をする羽目になったけど。でも、そのうち作ってみようと思っていたのは本当だし、別にいいか。

 

「そ、そっか! ごめんね、邪魔しちゃって」

「いえ、お気になさらず………ん?」

 

 ピクッと眉が跳ね上がる。ほんの僅かにだが、反応があった。

 私の変化に気づいたエヴァンジェリンさんが訝しげに見上げてくる。それに笑って、それじゃ、と声をかけた。

 

「私はもう行きますね、ちょっと用事もありますので」

「ああ」

「お気をつけて」

「神楽坂さんも、それじゃ」

「えっ、あ、桜咲さん?」

 

 タッと走り出す。この反応は、命に危険があるようなものじゃない。

 

「(というより、この反応って早々無い筈なんだけど……)」

 

 このちゃんに渡したお札。それが知らせてくれるこのちゃんに迫る危険だが、こんな反応は珍しい。

 

「(場所は……お風呂? ……だからか。でも、なんでそんな場所に……)」

 

 伝わってきた場所に少しの納得と、それ以上の疑問を抱えつつ、飛び込むようにして中に入った。

 中の騒ぎ声は外まで聞こえていたが、それ以上の音量が耳を貫いて顔を顰める。

 

「このちゃん!」

「あ、せっちゃん! 大変や、ネズミやネズミ!!」

「……ネズミ?」

 

 危険の正体はそれか? このちゃんを背中に庇いつつ、視線を巡らせる。

 素早く動き回る細長い生き物が、どういうわけかクラスの方たちの水着を脱がして回っていた。

 

「(なんで水着、というよりこの生き物、絶対にカモさんだよな)」

 

 エロオコジョ、と呼ばれていたあのカモさんが、まさかこんな騒動を起こしていたとは―――正直、カモさんの株がガタ落ちだ。元からそんなに高くなかったけど。

 そう思ってたら、そのカモさんがこっちに向かって来た。キランと目を輝かせたように見えたけど、飛びかかってきたそれを片手で弾き飛ばす。

 

「ギャン!!」

 

 壁にベシャッと叩き付けられたカモさんが、素早い動きでお風呂場から出て行く。

 私が来た時点で反応は無くなっていたが、やはり危険の正体はカモさんだったらしい。

 

「(面倒な……)」

 

 お札が知らせてくれる危険は、命にかかわるものだけじゃなく、こういったものも含まれる。

 つまりは……持ち主に破廉恥な行い等をしようとする輩が迫った場合。持ち主の意思と関係なくそれを行う輩が出た場合、私にとってそれは等しく害である。

 

「なにやってんのよー!!」

 

 後ろから明日菜さんが怒鳴り込んできた。

 さて、参ったな。これからは、カモさんがこのちゃんを巻き込まないように、さらなる警戒をしないといけないらしい。

 

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