昨日のオコジョ、カモさんはネギ先生のペットとして、このちゃんたちの部屋で飼うことになったようだ。
そういえば、寮はペット可なのを思い出した。うちのクラスには他に飼っている人っていないのかな?
「でも、下着で寝るって……いいの?このちゃん」
「気持ちいいんやろ~、きっと」
学校に向かって走りながら、そんな会話。
このちゃんはあまり気にして無いみたいだけど、良くないと思うよこのちゃん。長がそれを知ったらどうなるか……長は、結構な親馬鹿なのだ。
「それより、ネギ先生たちを置いて来ても良かったの?」
「んー、たぶん大丈夫やろ。でも、なんやネギ君、エヴァちゃんのこと恐がってるみたいなんよ」
「そうなんだ」
「どうしたんやろね~」
さあ、とそれだけを返した。
エヴァンジェリンさんは、今日もまたサボりだろう。そう思いつつ、騒がしい教室の扉を開けた。
やっぱり、エヴァンジェリンさんはいなかった。
放課後、私はこのちゃんと千雨さんと共に街に遊びに来ていた。
私を間に挟んで、このちゃんと千雨さんも仲良くなった。千雨さんは時折、このちゃんの天然っぷりに眩暈を覚えているようだが、それでも楽しんでくれているみたいだ。
「かわえぇ~! なあちーちゃん、この服着てみん? 絶対ちーちゃんに似合うえ~」
「あ、ああ……」
今、私たちがいるのは麻帆良の街にある服屋だ。
所狭しと並んだ服は、やけにフリルやレースで飾ったものが多い。たしか、ロリータとか言ったかな?
このちゃんが千雨さんに渡したのは、そんな服の中の一つ。ピンク色のワンピースで、やっぱりフリルやレースがたくさんだ。
麻帆良にこんな店があったことにも驚いたけど、何よりもこのちゃんがこの店を知ってることに驚いた。
「せっちゃんも、これ着てみや~」
千雨さんに服を渡したこのちゃんの矛先が、私に向けられる。その手に持って差し出された服を見た瞬間、口元が引き攣った。
「わ、私は止めとくよ……」
「え~! なんでなんで?」
「おい刹那、テメェだけずりぃぞ!」
試着室に入る寸前、千雨さんが不満げにこちらを睨んで言って来る。
いやだって私にそんな服、似合わないし。
「このちゃんは着ないの?」
「うちか? んー、どないしよ~」
さりげなく服を取り上げて棚に戻す。このちゃんの目が別の場所に行ったことに、ほっと息を吐いたら、
「せっちゃん、これこれ~!」
「私はいいってばー!!」
別の服を持って突進してくるこのちゃんを避けた。
いや、本当に無理だって。そんなひらひらふりふりしたの着たら、私の中の何かが壊れる、絶対に壊れるから、勘弁してこのちゃん。
「っお、おい、木乃香。やっぱこれは……」
「あ、着替え終わったん?」
戸惑いがちな声と共に、千雨さんが試着室から顔を覗かせた。
カーテンで首から下を隠している彼女に、このちゃんは容赦なくそのカーテンを開けた。
「ふわぁあ、ちーちゃんかわえぇな~」
「ええ。とてもよくお似合いです、千雨さん」
「っ……」
顔を真っ赤にした千雨さんに、思わず見惚れた。
髪も眼鏡もいつも通りだけど、服一つでこうも変わるのか。このままでも可愛いけどきっと、眼鏡を外したらもっと可愛い……いや、綺麗になるんだろうなぁ。
「なあ、ちーちゃん。眼鏡外さへん? あと、髪もおろそ」
「なっ……無茶言うなよ!?」
「でも、勿体ないぇ。一回だけでいいから、な?」
「無理だって!!」
眼鏡は伊達なのだとこの前教えてもらったが、外してくれるにはまだ時間が必要そうだ。
「(ゆっくりと、慣れてもらうしかないか)」
でもそのうち外してもらおう、と密かに決意して、私はこのちゃんと千雨さんのやり取りを眺めていた。
その時、ふと私を襲った妙な感覚。首を傾げるよりも早く、頭の中に声が響いてくる。
『おい、刹那』
『……エヴァンジェリンさん?』
『ああ』
……なるほど、これがエヴァンジェリンさんから受け取ったネックレスの効果か。実際に話すのは初めてだな。
念話、という事で口に出さずとも思うだけで相手に伝わるようだ。なんとなく、仮契約カードを使って話すときに近い感覚を覚える。
『どうかしましたか?』
『悪いが、茶々丸についていてやってくれ。今あいつを一人にするのは、少々心許ない』
『……何か拙い事でも?』
『坊やにアドバイザーがついたみたいでな。まあ、心許ないと言ってもそう心配することは無いだろうが……念のためだ』
『分かりました。茶々丸さんは、今どこに?』
『少し待て、辿ってみる』
『お願いします』
ぷつりと、何かが切れる感覚。エヴァンジェリンさんの声が聞こえなくなった。
おそらくは、彼女の繋いだ回線が切れたんだろうけど……これって、私の方からも繋げるんだろうか? 今度、試してみようかな。
「このちゃん、千雨さん」
「ん? どうしたん、せっちゃん」
試着室から、制服に着替えた千雨さんが出てくる。首を傾げたこのちゃんに申し訳なくなりながら言った。
「ごめんなさい、実はこの後、用事があったのを思い出して……悪いんだけど、先に帰っててもらえるかな?」
「そうなん? うぅ、残念やね……」
「本当にごめんね」
しょんぼりするこのちゃん。嘘では無いとはいえ、罪悪感に胸が締め付けられる。
「今度、駅前のクレープ奢るから、それで許して?」
「……約束な?」
「うん。千雨さんも、埋め合わせは必ずしますから」
「ん? ああ。でも、あんま気にすんな」
「いえ。それじゃ、すみませんが私はこれで」
「……んじゃな」
千雨さんは、詳しくは知らないけどあるということを知っている。たぶん、私に急に用事が出来たのも、何かあったのだと気づいているだろう。
だから、何も言わずただ見送ってくれた。千雨さんの事だから、この後はあまり長居せずにこのちゃんと共に寮に帰るだろうけど、念のために式を放っておく。もしもすぐに動けないような事態に陥ったら困るからな。
『刹那』
『場所は分かりましたか?』
『ああ。今は―――』
『―――分かりました。では、そちらに行ってみます』
『頼む』
店を出たところで、エヴァンジェリンから念話が繋がって茶々丸さんの場所を把握する。
教えられた場所に向かって走り、街の中心から離れて行く。向かう方向には、エヴァンジェリンさんの家がある。
「(この辺だと思うんだが……)」
人気の殆ど無い道で辺りを見回したが、茶々丸さんの姿は無い。早く見つけようと足を踏み出したら、猫の鳴き声が聞こえた。
……そういえば茶々丸さんが、たまに家で猫缶の用意をしていたのを見たことがある。ここはエヴァンジェリンさんの家からそれほど遠くないし、もしかして野良猫の世話をしていたりするんだろうか。
なんにしても他に手がかりが無くて、とりあえずはと思い鳴き声の方に足を向けると、幸運にも茶々丸さんの姿があった。
そして同時に、彼女と対峙するネギ先生と明日菜さんの姿も。
「まさか……」
遠目から見ても、彼らが戦っているらしいことはすぐに分かった。
茶々丸さんはエヴァンジェリンさんの従者。ネギ先生たちがエヴァンジェリさんと戦うにあたって、その従者を先に狙うというのは戦法としては可笑しくない。
可笑しくないどころか、むしろ正しいとも言えて、だけど。
「魔法の射手 連弾・光の11矢!!」
「………!!」
明日菜さんの攻撃を躱した茶々丸さんに、ネギ先生の魔法が迫る。
「追尾型魔法接近弾多数、よけきれません―――すいませんマスター…もし、私が動かなくなったら猫の餌を――」
「―――ッ」
気づいたら、私は茶々丸さんの前に飛び出していた。
「(気での相殺は無傷では無理。回避も遅い。夕凪はネギ先生たちに気づかれる)」
向かいくる魔法を見据えて思考する。一瞬の後、私は懐からお札を取り出し、二本の指に挟んで突き出した。
「防御結界―――透壁」
見えない壁の結界が、私と茶々丸さんを囲む。直後に魔法が壁にぶち当たって、強い光が視界を覆った。
じりじりと、指に挟んだお札が端から焼け焦げはじめる。さすがはネギ先生、なかなかの威力だ。この結界は発動までの時間が短い分、強度は劣る。耐えきれるかどうか。
「……っ……」
結界が限界を迎えると同時に、魔法も消滅した。どうにか守り切れたと、息を吐く。
それと同時にお札が炎に包まれ灰と化し、風に運ばれて飛んで行った。
「刹那さん……」
「茶々丸さん、エヴァンジェリンさんが心配していましたよ。早く帰ってあげてください……いいですか?」
「はい……ありがとうございます」
「いえ、それじゃ」
ぺこりと頭を下げた茶々丸さんが、ジェット噴射で飛んでいく。土埃が目に染みて痛い。
「さ、桜咲さん……」
恐々と声をかけられて振り向いた。さて、問題はこちらだろうな。驚愕しているネギ先生と明日菜さんに、とりあえず会釈を返す。
「こんにちは、ネギ先生、神楽坂さん」
二人は依然、驚いて何も言えないようだった。そんな二人の後ろからカモさんの走ってくる姿を見つけて、ややこしくなる前に更に口を開く。
「今の、凄かったですね。晴れてますけど、雷でも落ちたんでしょうか?」
「へっ!? あ、えっと、う、うん! そうかもね!」
明日菜さんが頻りに頷いて話を合わせてきた。ネギ先生は未だ驚愕から動けないでいる。
まあ、この分ならネギ先生の事は明日菜さんに任せても良いだろうと思って、私はそのままどうやってこの場を離れようかと考えた。
「エヴァンジェリンさんから、用事があるので茶々丸さんに早く帰るように伝えてほしいって頼まれて、探してたんですよ。茶々丸さん、よく寄り道するらしくて」
「ふ、ふ~ん。そうなんだ……」
「ええ。では、私もこれで―――」
「やいやいテメェ!」
立ち去ろうとした私に、タタタッと走って来たカモさんがネギ先生の肩によじ登って叫んだ。
「テメェもエヴァンジェリンの仲間か!?」
「うえっ! カモくん!?」
どうやら私はすんなりとは帰してもらえないらしい。
カモさんの叫びに我に返ったネギ先生が慌てだして、明日菜さんもどうしようといった焦った顔をしている。
「アニキ、こいつもエヴァンジェリンの従者に違いないですぜ!」
「えぇっ!?」
「ちょっと、何言い出してんのよエロオコジョ!!」
騒ぎ出した三人に、私は困ったように笑うしかない。
どうやらカモさんは妙な勘違いをしているようで、私を敵だと思っているみたいだ。そういえば、修学旅行の時も最初は敵だと勘違いされてたような……参ったな。
今はまだ、私の事をネギ先生たちに知らせるつもりは無い。それによる利点は私に無いし、知られてこのちゃんにまで情報が洩れては困る。
だから事無きを得て終わりたい私は、多少の強引さを感じつつも誤魔化す事にした。
「凄いですね、そのオコジョ。腹話術ですか?」
「へっ!?」
「結構難しいと思ってたんですよ。そんなに上手にしゃべれるなんて、驚きました」
「…………あ、あああっ、そうなの! そうなのよ!」
「ぶぎゃ!!」
何も知らぬふりをして笑って言うと、明日菜さんもまた笑ってカモさんの首を絞めた。絞められたところから上が真っ青に染まってるが、それに気づいているのかいないのか。
「それじゃあ、私はこれで。お二人とも、お気をつけて」
「う、うん! じゃあねー」
「さようなら、刹那さん」
戸惑いと焦りと困惑とを抱えた二人に背を向けて、私は来た時とは反対にゆっくりとした足取りでその場を立ち去った。
ネギ先生が茶々丸さんを襲撃したにあたって、懸念していたことがある。
茶々丸さんが襲われたと聞いた時のエヴァンジェリンさんの反応だ。それが気になって、私は急いで彼女の家を訪ねたのだが……対峙して、息を呑んだ。
「坊やの分際で、頭の回る事だ……くくくっ」
ソファーにふんぞり返った彼女は、明らかに怒っていた。
茶々丸さんにこうなった経緯を聞くと、最初は明日菜さんがネギ先生の従者となっていた事を面倒くさそうな、面白そうな様子で聞いていたそうだが、どうやら私が間に入ったことまで聞いてしまったらしい。
「刹那さんがいなければ、機能停止していたかもしれません」
そう茶々丸さんが説明した。私がエヴァンジェリンさんの家に着いたのは、その直後だった。
「ただ血を貰うだけで済ませてやろうと思ったんだがな……それだけでは足りん」
「っ恐いです、エヴァンジェリンさん…………茶々丸さん、どうにかなりませんか?」
「無理です。今のマスターは、過去に類を見ない程にお怒りです」
「どう甚振ってくれようか。腕を引きちぎるのも面白そうだ」
「お、落ち着いてください、エヴァンジェリンさん」
あまりに物騒な発言が飛び出したので、慌てて声をかけた。
「茶々丸さんを傷つけられたお怒りはよく分かりますが、とにかく今は落ち着いて……」
といっても、あまり強く言うことは出来なかった。
今のエヴァンジェリンさんは、私にとってはこのちゃんを殺されかけたも同然だ。このちゃんがそうなったら、私も同様に怒りを示すだろう。
でも、だからといってこのまま放っておけば、ネギ先生が本当に殺されてしまうかもしれない……そう思うと、困り果てはしても無視するわけにいかない。
「刹那さん」
彼女をどうすれば宥められるかと考えていた私に、茶々丸さんが聞いてくる。
「マスターは、何故あれほどのお怒りなのでしょうか」
「……それは、茶々丸さんが傷つけられたからですよ」
「私が?」
分かり切った事を聞いてきた茶々丸さんに一瞬言葉を無くしたがすぐに、ああ、と納得した。
今の茶々丸さんは、ネギ先生と交流する前の茶々丸さんだ……まだ、感情とかそういうのを、理解していないんだ。
だから、エヴァンジェリンさんがどうして、何に対して怒っているのか理解できないんだろう。
「茶々丸さんが大切だから、傷つけたネギ先生を許せないんです」
「私が、大切……ですか?」
「はい」
まだ理解できていないようで、茶々丸さんは首を傾げた。心底分からない、そんな風に見えて、私はそれが微笑ましく思える。
よく考えれば、ロボットとはいえ茶々丸さんって、生まれたばかりなんだよなぁ。こんな動作を見ていると、何だかとても子どもらしいというか……本当に子どもを見ている気分になってくる。まあ、私も見た目は子どもだが。
「―――刹那」
「……落ち着きましたか? エヴァンジェリンさん」
「ああ。刹那、礼を言うぞ。茶々丸を助けてくれて、ありがとう」
「気にしないでください。私が、勝手にやったことです」
「だとしても、私の家族を守ってくれた事に変わりは無いさ」
言葉の端々から、茶々丸さんが大切だという気持ちが伝わってくる。
そもそも、そうでなければ彼女が私に茶々丸さんの事をお願いするはずが無いし、こうして私に礼を言うはずが無い。
「どうですか、茶々丸さん。私の言った通りでしょう?」
「……はい。そのようです」
そう呟くように言った茶々丸さんは、どこか嬉しそうな顔をしていた。