茶々丸さんがネギ先生に襲撃された翌日の土曜日。
「さて、刹那君には少々聞きたいことがあるんじゃがな」
「私に答えられる事でしたら」
私は、学園長室に呼び出された。
連絡があった時は驚いた。仕事の依頼で呼び出される事は結構頻繁にあるが、それ以外の理由で呼び出されることは少ない。というより、殆ど無いと言っていい。
机に腕を組んで話す学園長の隣には、高畑先生もいた。今日は出張では無いらしい。
「なぜ、あんなことをしたんじゃ?」
「と、言われましても」
抽象的すぎて、どのことを言っているのか全く分からない。
首を傾げた私に、学園長は一つ頷いて見せた。
「……そうじゃな、では、先日の事から聞かせてもらいたいのぉ。どうして茶々丸君を助けたんじゃ?」
「目の前で友人が殺されかけるのを、むざむざと見過ごすことも出来ませんでしたので」
「しかし、あの場で飛び出すのはいささか早急だったんじゃないかの? ネギ君に、刹那君が魔法の関係者だと知られる恐れもあったじゃろう?」
「たしかにその可能性はありましたが、ネギ先生には私が関係者であるという明確な証拠も根拠もありませんでした。魔法の秘匿する関係上、その状態で話を振ってくる事は無いでしょうし、こちらが何も知らぬと言えば追及してくる事も出来ません」
「気づかれる事は無かった、と?」
「はい」
現に明日菜さんは私に話を合わせてきた。ネギ先生は驚いて固まったままだったが、少なくとも日常の様子を見れば秘匿の意識が皆無というわけでもない……できているかはともかくとして。
だから、昨日の件で私の正体を知られる可能性は限りなく低かった。疑いはしても、踏み込んで聞くことは出来ないのだから。
「……ここ最近、やけにエヴァンジェリンと親しくしておるようじゃが、彼女も茶々丸君も友人かの?」
「ええ」
「彼女も魔法使いじゃが、いいのかの?」
「問題ありません。エヴァンジェリンさんは、あくまで普通の友人ですから」
「ふむ、そうか……」
事実無根の嘘を吐いた。なれ初めからして、彼女と普通の友人であるとは言い難い……友達であることに違いは無いが。
ただ、微かに納得している様子を見せる事から、おそらくは私とエヴァンジェリンさんの戦闘については知らないんだろう。この態度が嘘という可能性もあるが……どちらにしろ、私と彼女の関係を疑っているようだし、警戒はしておくべきだな。
「木乃香とも随分と一緒にいるようじゃな。お前さんはあまり、木乃香に近づかないようにしていると聞いていたが……どういう心境の変化かのぉ?」
「……私が、木乃香お嬢様の友人であるのは、いけませんか?」
「そういう意味じゃないよ、刹那君」
学園長の言葉にムッとなって聞くと、今まで黙っていた高畑先生が苦笑いを浮かべて言う。
「木乃香君には、魔法の存在を知られてはいけないだろう? 君もそれを警戒して離れているんだと思っていたから、どうして急に行動を変えたのかと思ってね」
「木乃香お嬢様の周りには、ここ最近になって危険が多くなりましたので。離れて護衛するよりも、お傍にいた方が良いと判断したまでです。それに、これ以上お嬢様に寂しい思いをさせるわけにもいきませんでしたから」
「しかし、危険とな……」
「身に覚えがあるのではありませんか?」
たとえば同室者の魔法先生とか、図書館島とか。
「はて、無いのぉ……じゃが、そういう事なら、こちらでも気をつけるようにしようかの」
「いえ、必要ありません」
「ふぉ?」
学園長の言葉を両断する。
ここで、お願いしますなんて言ったらどうなるか。おそらくは、魔法先生や魔法生徒に辺りをうろつかせるだろう……適任を考えればネギ先生か。
妙な情報を流して、ネギ先生にこのちゃんの周りをうろつかせる。そうしたらなし崩し的に魔法の存在を知られる可能性もあるし、他にもそうなるよう密かに手を打ってくることだって考えられた。
―――そんなの、許してたまるものか。
意外とばかりに目を見開いた学園長に、私は言った。
「私がお嬢様と以前の関係に戻り、お傍にいるのは、様々な危険からお嬢様をお守りするためです。この件について、そちらは必要以上の干渉をしないでいただきたい」
「しかしのぉ、木乃香は儂の孫娘でもあるわけだし、可愛い孫娘の為にもこれくらいは……」
「学園長は、それと同時に関東魔法協会の会長でもあるのです。必要以上の手出しは、ご自分のお立場を悪くする恐れもあります。どうかおやめください」
「……仕方ないのぉ」
不承不承といった様子で頷いた学園長に、警戒は怠れないなと心中で溜息。
もしも手出ししてきたなら、長への報告内容が増える事になるし、関係の悪化だって免れないだろう。学園長は知らぬことであるが、西の長の娘であるこのちゃんへの対応などから、現時点で既に西の東に対する印象は悪くなっている。和平を望むなら、何もこれ以上悪くなるような事はしなくていいのに。
「して、図書館島での事はどういう事じゃ?」
「図書館島?」
「あの言葉の意味を知りたくてのぉ」
「……学園長」
「ふぉ?」
どうにも先ほどから気になっていた事があって、私はそれについて聞いてみる事にした。
「先ほどの茶々丸さんの一件から、お聞きしたいと思っていたのですが―――ご自分の学園の生徒の危機を、ただ見ていらしたのですか?」
「ふぉふぉっ!?」
「刹那君?」
思わぬ切り返しに驚いた様子の学園長と高畑先生をよそに、私は言葉を続ける。
「図書館島ではクラスの数名とネギ先生が石像に襲われ、茶々丸さんはネギ先生と神楽坂さん二人に襲われ命の危険に晒されています。図書館島も茶々丸さんの件も、私の行動は一個人のものとしてですので、報告の義務はありません。なのに、それらに私が関わっている事を知っていたということは、学園長はそれを見ていらしたんですよね?」
「そ、それは、そのぉ……」
報告の義務が無いから、学園長は私がそれらに関わっている事を本来なら知っているはずが無い。
一緒にいた人たちの中に、学園長にそれを報告するような人がいたとは思えないし……そうなると、やはり学園長自身がその様子を見ていたと考えるしかない。
「そちらがどういうつもりで、不干渉に徹したかは知りませんが……友人の危機を捨て置けるほど、私は冷酷にもなれませんので。残念ながら、あの石像の正体や茶々丸さんがネギ先生たちに襲われていた理由などは、私の知るところではありませんのでお答えできませんが」
「そ、そうか……刹那君は、何も知らないんじゃな?」
「詳しいことは。ただ、学園長、一つお聞きしたいことが」
「なんじゃ?」
「先ほどの質問の、図書館島でのあの言葉の意味、というのは……私には、石像に対して言った言葉くらいしか、思い当たるものが無いのですが」
「う、うむ……それがどうしたんじゃ?」
「あの場には私と石像しかいませんでしたし、私はそれほど大きな声で話したつもりはありません。なのになぜ、石像に対する言葉を学園長が知っているんですか?」
「ふぉふぉふぉっ!?」
あからさまにギクリとした学園長。この反応から察するに、やはり石像の正体は学園長で間違いなかったみたいだ。
そう思ったから、釘を刺す意味でもああして言ったんだが……少しでも動きを抑えられればと思ったが、どうやら私の意思は伝わらなかったらしい。いや、もしかすれば伝わっていないふりをしている可能性もあるが、まあどちらでもいい…………よくないか。
「まさかとは思いますが、学園長自らが生徒を危険に晒したんですか? さすがにそれはお嬢様の護衛としての立場からしても、何かしら対処を取らせてもらわなければならないのですが」
「対処、とな?」
「当然ながら、長へは報告させていただきます。東は西の長の娘に危害を加えようとしたと―――」
「せ、刹那君!!」
「はい?」
強く呼ばれて言葉を止めると、学園長はひどく狼狽した様子で言った。
「儂は、あれかの? 何か質問をしたかのぉ?」
「……………いいえ」
どうやら、今の話は無かった事にされるようだ。変わり身の早さに少々驚いたが、まあ私としても釘を刺せたと考えれば十分か。
でも、あれだろうか。今の私の行動は、脅しになるんじゃ………早まったかもしれない。
まあ、あちらから取り消してきたんだし、取り立てて問題にはならないようで一安心。
「お話は以上でしょうか?」
「い、いや。もう一つあるんじゃ」
「なんでしょう?」
「今回の……ネギ君とエヴァンジェリンの一件には、関わらんでほしい」
「それは、先日の茶々丸さんのような事態を目撃しても、手を出してはならないということですか?」
「うむ」
「……分かりました。お話が以上なら、私はこれで失礼します」
了承して、学園長室を出た。
別に、好きで今回の事件に介入しようとは思っていない。昨日の事も、エヴァンジェリンさんから茶々丸さんを頼まれた結果の行動だし……そりゃ、助けられたのは良かったと思っているが。
あくまでエヴァンジェリンさんとネギ先生の問題のようだし、私が間に入ってどうこうする問題では無い。ならば、大人しくこのちゃんが巻き込まれないように注意を払うのが、私の仕事だろう。
「(エヴァンジェリンさん、待ってるかな……)」
それとは別に、今日は彼女の家でお茶会に呼ばれていた。
廊下の時計を見上げれば、もうすぐお昼になる。あまり待たせても怒られてしまうし、急いで行かなければと思って、足を速めた。
エヴァンジェリンさんの家へ向かう途中で、茶々丸さんを見つけた。
「こんにちは茶々丸さん。何をしてるんですか?」
「刹那さん」
道端でしゃがみ込んだ彼女の横には、ビニール袋が一つ置かれている。
よくよく考えると、ここは昨日彼女がネギ先生たちに襲われた場所だった。ここを通ってもエヴァンジェリンさんの家に行けるが、私が気になったのは彼女が一人でここにいる事だ。
「一人でいて、大丈夫なんですか?」
「マスターには、一時間ほどで帰る様にと言われていますので。それと、何かあればすぐに連絡するとも」
「はあ……それで、いったい何を?」
エヴァンジェリンさんの許可を取っているなら、まあ大丈夫なんだろう。
昨日の今日で、ネギ先生たちがまた襲ってくる可能性もあるが、昨日邪魔が入ったから様子を見る可能性もある。それは考えたところで分からない事だ。
茶々丸さんは、しゃがみ込んだ足元に目を向けた。私は後ろからそれを覗き込む。
「この猫たちに餌を、と思いまして」
「ああ、昨日の……」
数匹の猫たちが、彼女の足に擦り寄って鳴いていた。どうやら昨日、私が聞いた鳴き声はこの子たちのものらしい。
ビニール袋の中にはふたの空いた猫缶があった。それは彼女がエヴァンジェリンさんの家で準備している物と同じだった。
「いつも、ここで餌を?」
「はい」
おそらくは毎日のように来ているんだろう、猫たちの懐きようも納得がいく。
餌を食べ終えて満足したらしい猫たちの一匹が、茶々丸さんの体によじ登ろうとしていた。それを抱き上げた彼女を、私は微笑ましく思って見つめる。
「……先にマスターの元へ向かってくださっても構いませんが」
「あ、お邪魔でしたか? すみません、それなら」
「いえ、そういうわけではありませんが……一緒にいても、お暇なだけかと思いまして」
「ああ、いえ。大丈夫です……だから、よかったら一緒にいさせてもらってもいいですか?」
「……それなら、どうぞ」
茶々丸さんの許可も貰って、私はまた彼女と猫たちを眺めた。
猫たちは遊んでとばかりに彼女に擦り寄っていて、そんな猫たちを眺める彼女は優しく笑っていた。
「(茶々丸さん、楽しそうだなぁ)」
無表情なようでその実、彼女はよく笑う。といっても、頻繁でも無ければ微かにしか笑みを浮かべないのだけど。
だから、そんな彼女の笑みを見れたのはちょっと得した気分になる。
「どうかしましたか? 刹那さん」
「え?」
「なにやら楽しそうでしたので」
「そうですか?」
そんなに顔に出てたかな、そう思って顔に手を当てた。もしかしたら、笑ってたのかも。
「……しかし、いいのですか? 私と一緒にいても」
「いいって、えっと……何か不都合でもありましたか?」
「学園長に呼び出されたとお聞きしました」
やはり迷惑だったろうか、心配になった私に彼女はそう言った。
エヴァンジェリンさんに聞いたんだろう、少し遅くなることを伝える際に、学園長の所へ行くと言ったから。
茶々丸さんの腕の中で猫が鳴く。私は見上げてくる彼女を見つめ返した。
「推測ですが、昨日の件についてだったのではないですか?」
「それもありましたけど、他にも色々でしたよ。茶々丸さんが気にすることは無いです」
「ですが、おそらくは今回の件に関わらないよう言われたのでは無いですか? ならば、マスターと私にもあまり近づかない方が良いかと思います」
「………」
茶々丸さんの言ってることは、正しい。正しすぎて言葉も無い。
学園長たちは当然ながら、私がエヴァンジェリンさんたちに近づくのを良しとしないだろう。まあ、それはこの件とは関係なくてもそうかもしれないが。
それになにより、私の立場から考えるに私が彼女たちと親しくするのはあまり良いとは言えない。それは前にも考えた事だ……考え過ぎて動けなくなるからと、考えるのをやめたが。
それでも私が彼女たちと共にいるのは、単に私の神経が図太くなったのか、事を正しく把握していないだけか、それとも他に理由があるのか。
「今更、ですよ」
ただ一つ言えるのは、私にとって彼女たちは友達だと言う事。
そもそも、関わるつもりが無かったなら最初から、エヴァンジェリンさんからの呼び出しがあったあの時から、関わらないでいるべきだった。あれを無視すればよかった話だ……無視したら、どうなっていたんだろう。
『最近、幸せそうじゃないか。え? 刹那』
『選べ。剣か、幸福か』
『剣を捨て、人間として生きるのも悪くはないぞ』
………一つじゃない、か。
彼女は知らない、私は幸せなのだと気づかせてくれたことを。
剣と幸福、どちらも諦めないと選ばせてくれたことを。
私にまた、このちゃんを護る力を与えてくれたことを。
『仮初が崩れた時の絶望を味わうのは、お前にはまだ早い。だから、私が壊してやろう』
『お前の言う友達ごっことやらが、どういうものか……まあ、付き合ってやらんことも無い』
それでも関わったのは、友達になりたいと言ったのは私だ。
彼女が優しいことを知っている。きっと私は、エヴァンジェリンさんが好きだった。
このちゃんも明日菜さんもネギ先生も真名も千雨さんも、私は好きだった。
だから、きっと本当は理由なんていらないんだろう。
「エヴァンジェリンさんも茶々丸さんも、友達ですから……一緒にいちゃいけないなんて、無いんです」
友達だから。それだけで済ませられないのが現実だけど、きっと大丈夫だ。
だから私は、明日もまたエヴァンジェリンさんたちと共にお茶を飲むんだろう。このちゃんや千雨さんと街へ出かけるんだろう。
「(それで、良いんだよな……)」
大丈夫。言い聞かせて私は、笑みを浮かべた。