佐々木さんと明石さんを退けたネギ先生を、エヴァンジェリンさんと茶々丸さんが追う。空中での魔法の応酬が続いていて、エヴァンジェリンさんは手を抜いているようだけど、ネギ先生は精いっぱいの応戦のようだ。でも、やっぱり強いなネギ先生……この時点でのネギ先生の実力というのを私はあまり知らなかったけれど、さすがというところか。
「氷瀑!」
「うわぁああああああ!!」
……ただ時々、本当に危ないと思うときがある。たぶんエヴァンジェリンさん、茶々丸さんのことを未だ怒っているのだろうけど、ネギ先生がひどいダメージを負わない事を祈るほかない。私は、三人の攻防を頭上から眺める事に徹しよう。
「そろそろ決着をつけようか、坊や」
やがてネギ先生は追い詰められて橋の上、エヴァンジェリンさんと茶々丸さんはまだまだ余裕があるといった様子で近づいて行く。対して、ネギ先生は杖からも落とされ倒れたまま動けないようだった。
一歩、二歩と焦らす様に近づいて行く様は、何かしらの抵抗をネギ先生に期待しているようにも見えた。彼女なりにこの戦いを楽しんでいるのかもしれないが、実際のところは分からない。
「―――!!」
あと少し、ネギ先生を直前にしてエヴァンジェリンさんと茶々丸さんの動きが止まった。驚愕に声をあげるエヴァンジェリンさんと茶々丸さんの足元が強く光っている。空から見下ろしている私には、その光の全容がよく見えた。
「結界か」
西洋の捕縛結界なのだろう、魔法陣から光の縄のようなものが伸び彼女たちを拘束している。私が使う東洋のものとはまた違うものだ。
さすがに予想していなかったらしいエヴァンジェリンさんが素直にその仕掛けを称え、勝利を確信して喜んでいるネギ先生に話しかけたがその態度は一変しておかしそうに笑い出した。
「本来ならまあ、貴様の勝ちだろうが―――茶々丸!」
「はい、マスター。結界解除プログラムを始動します」
「えっ!?」
強固に見えた光の縄が、茶々丸さんが言うやいなやピキリパキリと音をたてはじめる。次第に罅が増え、それはやがて縄を砕くに至った。
「凄い……」
「西洋の結界ならこの通りさ。まあ、東洋の結界は時間が必要だったが」
チラリとエヴァンジェリンさんがこちらを見上げたのが気まずくて、すっと彼女の視界から移動する。にしても、茶々丸さんがこちらの結界まで対応していなくてよかった、もし対応されていたら、桜通りでの戦いの時どうなっていたか……。
ネギ先生の勝利に思われた戦いは、けれどそれで決着がつかずこれで形勢逆転、ピンチは未だネギ先生のままだ。
「ぅうっ……ラス・テル・マ・スキっああ!!」
呪文を唱えようとしたネギ先生だが、抵抗虚しく彼の持っていた杖は茶々丸さんに奪われエヴァンジェリンさんに投げ捨てられ湖へと落ちる……はずだったが、空中でそれを掴み川岸に置いておく。水の中に落ちるよりは探しやすいだろう。
「っひどいですよエヴァンジェリンさん! 本当だったら僕が勝ってたはずなのに!!」
「―――甘ったれるな!!」
エヴァンジェリンさんの平手が、喚きたてるネギ先生の頬を打つ。
「一度戦いを挑んだ男がキャンキャン泣き喚くんじゃない! この程度でもう負けを認めるつもりか!? ―――お前の親父ならば、この程度の苦境は笑って乗り越えたものだぞ!」
「う……」
打たれた頬を押さえて、ネギ先生はエヴァンジェリンさんの説教にも似た怒鳴りに呆然としている。それにも構わず、エヴァンジェリンさんはどうやらこのまま、当初の目的通りネギ先生の血を吸うつもりのようだ。
これで勝負がついたのなら、それも仕方ないだろう。敗者が勝者に何をされようと文句をいえないのがこの世界で、それはネギ先生も重々承知の筈。ここでただこうして見ているだけの私が助けに入るのも、また違うことだ。
「(まあ、エヴァンジェリンさんもあまり酷い事はしないだろう……)」
いくら茶々丸さんのことで怒っていたとしても、それはさっきまでの攻防で十分に報復しただろうし。彼女自身も少なからずネギ先生のことは興味を持っているようではあるし……まずもって、殺したりはしないだろう。さすがにそこまでいったら止めに入るつもりだ。
「……ん?」
橋の上に人影が見えた。目を凝らしよくよく見ると、それは―――
「コラーッ! 待ちなさーい!!」
明日菜さん。エヴァンジェリンさんも気づいて、ネギ先生に近づけていた顔を離して振り返った。
どうやら寮にいたところをカモさんが連れてきたようだ。もしもこのまま、明日菜さんがネギ先生と組んで戦うというのなら、また勝負は変わってくるのだろうけど。
「(……明日菜さん)」
それを私は止めるべきなのか、それともこのまま見ているべきなのか。分からなかった。
「オコジョフラーッシュ!!」
「てりゃぁあああ!!」
「へぶっ」
カモさんの目くらましに乗じた明日菜さんの渾身の蹴りが、エヴァンジェリンさんに見事命中する。かなりの威力に数メートル軽々と吹き飛んだエヴァンジェリンさんが気づいたころには、既にネギ先生と明日菜さんは姿を隠していた。
「あいつら、どこへ行った!」
「見失いました」
エヴァンジェリンさんに見つかる前に、私もまた姿を隠す。空から見下ろす私には目くらましもあまり効果が無く、ネギ先生たちが隠れた場所はまるわかりだった。
「……すみません、明日菜さん。僕、明日菜さんに迷惑かけないように一人で戦おうと思ったのに……」
「まったく、無理するんじゃないわよ」
橋からほど近い建物の陰にネギ先生たちはいた。落ち込み涙ぐむネギ先生に、明日菜さんが仕方なさそうに笑っている。
「それに、ここには私が来たくて来たんだから、迷惑なんかじゃないの。それで、あんたはどうしたいのさ、ネギ」
「僕は……僕は、エヴァンジェリンに勝ちたいです」
ネギ先生は、明日菜さんに会えたことで気持ちが持ち直したらしい。前向きに強気に明日菜さんを見上げて、エヴァンジェリンさんとの勝負を諦めていない。
「お願いします明日菜さん。僕に、力を貸してください」
そして明日菜さんの手を望む。彼女もまたそのつもりだったようで、頷きながらけれどどこか恥ずかしそうに頬を染めていたのが不思議で、何を思っているのだろうと首を傾げる。
「それじゃあ姐さん! 頼みますぜ!!」
「う、うん」
「え? え?」
明日菜さんの肩を飛び降りたカモさんが地面に何か、陣を描いている。見覚えのあるそれは、もしかしなくとも。
「(仮契約)」
「この前みたいなおでこにチューじゃ駄目ですぜ!」
「分かってるわよ!」
犯してはならない間違い、忘れる筈も無い。
……明日菜さんはまだ、ネギ先生ときちんとした仮契約を結んだわけじゃないのだろう。それならまだ、間に合う? 明日菜さんは、まだ戻れるかもしれない? ああ、でも正式ではなくとも結んでいる事に変わりは無くて、だけど正式なものではなくて。
「(でも、だけど、もしかして、まだ、でも、でもでもでもでも)」
明日菜さんの歩んだ道は決して楽なものではなくて、だけど彼女にとってとても大切な道ではあった。それならきっと間違いでは無いのかもしれなくて、だけどそれは私が知るこの先の明日菜さんで。
今の明日菜さんはまだ何も知らない女の子でしかなくて、そんな彼女に何も知らせぬまま全てを捨てさせてもいいのか。まずもって平穏を失うという代償は発生して、彼女の生活は今までと同じではいかなくなるのに。
「それで、いいのか?」
気づかぬうちに、間違いと思わないまま間違いを犯すことがあるのを私は知っている。そしてたった一つの間違いが、全てを壊してしまうことを……私は、知っている。
「待ってください」
私は、彼らの前に降り立った。
「だ、誰!」
「あなたは……エヴァンジェリンさんと一緒にいた!?」
「嘘っ、それじゃあ、敵……?」
「……違います」
驚き、警戒するネギ先生たちに私は首を振る。敵では無いと言っても、警戒を解くことなど出来る筈も無い。それでもよかった、今はただ私の言葉を聞いてくれさえすれば。
「それをすることが、どれだけ危険な事か。本当に分かっていますか?」
「え?」
「仮契約を結ぶことが、魔法使いの従者になることが、どれだけ危険な事か、貴女は分かっていますか?」
ジッと見つめて問いかければ、明日菜さんは言葉を詰まらせてたじろいだ。今の私はどれだけ冷めた目をしているのか、少しばかり疑問に思った。
「何も知らなかった頃には戻れない。無関係でいたくても、望まないままに巻き込まれる。今まで通りに過ごそうと思っても、思い通りにいかない。平穏な日常に戻れなくなる。それでも、構わないですか?」
「な、なによ、それ……」
「魔法の世界では、命のやり取りが普通に行われるんですよ。命を狙わなくとも、戦えば怪我をするし相手を傷つける。常識が通用しない、それが魔法です。貴女には、今までの平穏を捨ててその危険な世界へと飛び込む、覚悟がありますか?」
「ッ……それは……」
「君もですよ、少年」
明日菜さんの隣で、呆然と聞いているネギ先生を見た。思わぬ矛先に目を見開いて、
「ぼ、僕ですか?」
そう呟くように言った。
「誰かをパートナーにするということは、その人を己の戦いに巻き込むこと。エヴァンジェリンさんたちのような人との戦いに、巻き込むことになるんですよ。貴方に、その覚悟がありますか?」
「覚悟……?」
「隣に立つその人を護り抜く覚悟」
「ッ!!」
言って、心中で何を言っているのかと自嘲する。全く、どの口が偉そうな事を言えるんだろうな。
「(逃げているくせに)」
話すと決めて、話さなければと思うのに。護りたいなら、絶対に避けては通れぬ道だというのに。
未だに私はその道を遠ざけ、逃げ続けている。このちゃんに全てを話す事から、このちゃんの平穏を壊してしまうことから、私は逃げている。
「(詭弁だな)」
その心はもっと単純で明快なのに、私は未だにそれに続く最初の一歩を踏み出せずただ立ち止まるばかりだ。
「平穏を捨てて共に戦う覚悟、手を掴んだその人を最後まで護り抜く覚悟。あなたたちに、それがありますか?」
だけど、放っておけなかった。立ち止まりながら、その横で何も知らぬままに歩いて行く二人を見たら、黙っていることも出来なくて。
何も知らぬままに平穏を捨ててしまったら、何も知らぬままに危険へと巻き込んでしまったら。気づいた時には全て遅かった、取り返しがつかなかった。そんな後悔を、二人にはしてほしくなかった。
「覚悟が無いのなら、ここは引いてください。後は私が何とかします」
「で、でもっ!」
「戦う覚悟も、護る覚悟も無いまま魔法に関わったら―――死んでしまいますよ」
私は、神では無い。エヴァンジェリンさんの言うとおりだな。私はただ、人が知らない事を少し知っているだけに過ぎない。けれどそれも、日々変わり行く今を前にすればひどく曖昧なものだ。
本当なら、私の知る時では私はこの場にいない筈だった。なら今の私は何なのだろう、彼らの前に現れて問いかける私は、ただ悪戯に彼らの前に立ちはだかる壁ということか。問いかけるだけで、その答えを彼らに任せるなんて愉快犯もいいところだ。
「(それに、私が手を出さずとも……)」
最初は、そんなつもり無かったのかもしれないけど。ネギ先生は従者となった私たちを護り、支え合い、戦えるだけの強さと覚悟を手にしていた。明日菜さんだって、共に戦う力と覚悟を持っていた。
だからここで私が何もしなくとも、ネギ先生と明日菜さんなら乗り越えることが出来たのだろう。もしかすれば私の今の行動は、そんな二人の可能性を潰そうとするものなのかもしれない。
彼らが数々の戦いを経て手にしてきた覚悟を、何も知らない彼らに求めているのだから―――それは、とても残酷なことなのではないだろうか。
「どうしますか?」
「……僕、は……」
答えを聞くのが恐い、問いかけたのは私なのに。もしも私の知る二人が消えてしまったら、そう思うと恐怖で体が震えそうで、私はそれを必死に抑えた。
「僕は……」
どうしますか、ネギ先生?
「ッ僕は―――エヴァンジェリンさんと戦います!」
強い意志の篭った瞳が私を見る。そうですか、答えた私の声から震えが消えていた。
「でも」
ネギ先生は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出してから明日菜さんを見上げた。
「仮契約は、しません」
「ネギ……」
「ちょっ、どうしてだよ! アニキ!!」
見上げて来るネギ先生を未だ迷いのある瞳で見つめ返す明日菜さんの足元で、カモさんが彼の言葉にひどく驚き狼狽えたように叫んだ。
「……考えたんだ。今の僕に、明日菜さんを護るだけの力があるのか……自信が無いんだ。護りたいと思うのに、エヴァンジェリンさんとの戦いで、僕が明日菜さんを護れるのか……護り切れるとは、思えないんだ」
「ネギ、あんた……」
「だからって、エヴァンジェリンさんを放っておくことも出来ないんです。彼女は僕の生徒だし、それに……父さんのことで、聞きたいこともあるから」
だから戦う、逃げない。敗北に折れかけたネギ先生の心は、傷一つついていない。
「……貴方がそうと決めたのなら、私は止めません」
もとよりそんな資格は無いのだ。キラキラと強い意志に輝くネギ先生の瞳に密かに安堵しながら、私は一歩その場から退いた。
「ちょっと、待ちなさいよ!!」
踏み出そうとしたネギ先生の腕を明日菜さんが掴む。引き留められたネギ先生が戸惑いがちに彼女を見上げ、明日菜さんは未だ困惑し、迷い、戸惑う瞳を揺らしながら、彼を見つめていた。
「その仮契約ってのをしないで、本当にエヴァちゃんに勝てるの?」
「……分かりません」
「じゃあ、どうして」
「逃げたくないんです。勝てないからって、ここで逃げてしまったら……僕は一生、父さんに会えない気がするんです」
「……止めても、聞かないのね?」
「はい」
明日菜さんは、「そう」と静かに呟いて―――不意に、ネギ先生に口づけた。
「―――!?」
目を見開くネギ先生と目を閉じる明日菜さんの足元で、魔法陣が強く光り輝いた。仮契約が結ばれた瞬間だった。
「あ、明日菜さん! どうして!?」
「あんたみたいなガキを放っておけるわけないでしょ。一人で勝手に無茶するし、危なっかしくて見てらんないわよ」
「でも聞いたじゃないですか! 明日菜さんだって危ないんですよ!?」
「護りたい気持ちはあるんでしょ?」
「え……」
必死に言い募るネギ先生の頭を、明日菜さんがポンッと軽く手を置いてぐしゃぐしゃと撫でまわした。
「なら、強くなって私を護りなさいよ。それまでは私が、あんたを護ってあげるから」
「明日菜さん……」
「死ぬかもしれないってのは、正直まだ実感ないけど……危ないってのは、十分わかったから。それでも、私はあんたを一人にしておきたくないの。護りたいっていうなら、強くなりなさい。いいわね?」
「―――はいっ!!」
危険を承知で、明日菜さんはネギ先生の隣を選んだ。ネギ先生はそんな明日菜さんを、護りたいと想っている。
「(結局、私は何が出来たのだろう)」
仮契約は結ばれて、二人はこれからエヴァンジェリンさんと戦いに行く。何一つと変わっていない、私がいてもいなくても変わらなかっただろう結末。
顔を見合わせた二人が強く頷き合って走り出す、その直前で私を見た二人が立ち止まり笑いかけた。
「ありがとうございます」
ネギ先生の言葉に首を傾げた。お礼を言われるような事を私はしていない、むしろ邪魔をしたようなものなのに。
「あんたの言う覚悟とか、たぶん私はまだちゃんと持ってないんだと思うけど……教えてくれてありがとう」
「僕、強くなって明日菜さんを護ります。護り抜く覚悟、忘れません」
二人がエヴァンジェリンさんとの決戦に向けて走り出す。振り返り、見送った後ろ姿に私は羽根を広げた。
「―――頑張ってください」
ネギ先生。明日菜さん。
「(何も変わらない)」
けれど、二人の瞳だけは―――違う色を秘めていた気がした。
「まったく、適当な仕事をしよって」
「大丈夫ですか? エヴァンジェリンさん」
平気だ、エヴァンジェリンさんは不満を露わにしながら忌々しげに明るい空を睨み付けた。停電が予定時刻よりも早く終わってしまい、結果としてエヴァンジェリンさんの力を封印していた学園結界が復活、彼女は力を抑えこまれ浮いていた空から湖へと落とされた。
明日菜さんという従者を得てエヴァンジェリンさんとの戦いに臨んだネギ先生は、それは見事な戦いっぷりだった。もっとも、復旧直前の彼女にもまだ余力はあり、勝負はどう転ぶか分からなかったのだが……湖へ落ちかけた彼女を、寸でのところで受け止めれたのは幸いだろう。
「にしてもお前、坊やたちに何を言った?」
「え?」
「なかなかいい顔をしていたぞ。私と戦うには相応しい覚悟を持った顔だ。お前が何か言ったんじゃないのか?」
「……少し、聞いてみただけです」
橋に降り立ち、エヴァンジェリンさんを茶々丸さんに任せて私は再度、空へと飛び立つ。駆け寄ってくるネギ先生と明日菜さんが何か言いたそうに口を開いていたけれど、私はそのままエヴァンジェリンさんの家に向かって飛び始めた。
「……このちゃん」
何も知らないこのちゃん。知らなければいけないこのちゃん。知りたがってるこのちゃん。
危険を承知で、ネギ先生の隣にいることを選んだ明日菜さん。護りたいと、護る為に強くなると決めたネギ先生。二人は、今の二人なりに覚悟を決めたのに……私は。
「護りたい……」
今度こそ、このちゃんを護りたい。このちゃんを死なせたくない―――だから、このちゃんを護り抜きたいというこの想いが、私の覚悟。
護る為に、このちゃんに全てを話さなければならないなら、私は。
「護るよ、絶対に」
たとえ嫌われようと、悲しませようと、それがこのちゃんを生かす未来に繋がるなら。護り抜く為に私は、より強い覚悟を。
「(たとえ、この命に代えても)」
私はこのちゃんを護り抜く。