逆行した日   作:恵猫

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護られる人の日

 投函されていた手紙に無言で目を通す。それは長からの手紙だった。

 

「……」

 

 昨日は大変だった。停電に乗じてのエヴァンジェリンさんとネギ先生の対決、ネギ先生と明日菜さんの仮契約。エヴァンジェリンさんに姿を変えられたせいで、昨日一晩は寮に戻れなかったし。

 真名に話を聞けば、停電によって学園を守っていた結界が解除されたりもしたようで、学園側から依頼があったそうだ。いなかった私のことは、このちゃんを護っていると誤魔化してくれたようで頭が下がる。

 

「……」

 

 読み終えた手紙をまた封筒へと戻した。長からの手紙は、主にこのちゃんへ魔法を話すかどうかを重役たちと話しあったことの結果だった。

 このちゃんに魔法の存在を知らせ、ただし現時点では魔法に深く関わらせないこと。

 他だと、麻帆良学園の修学旅行で京都行きを打診されていること、強硬派に不穏な動きがあること。そして、このちゃんに一度、京都へ戻ってもらいたいことがあった。このちゃんが京都に戻るのは、強硬派が落ち着かなければ危険であることからすぐには無理だということも。

 

「話す、か」

 

 長はこのちゃんに、全てを話すことを決めた。

 

「……」

 

 このちゃんの内に、あれほどの魔力が無ければこのまま、平穏に暮らしてもらえたのに。

 覚悟していたこととはいえ、全てを話すことでその平穏を壊さなければならないのは、少し……悲しかった。

 

 

 

「おじゃましまーす」

 

 放課後になって、このちゃんを私の部屋へと誘った。朝からずっと、いつ話そうかと考えていたけれど、結局は放課後が一番無難であることに気づいた。

 

「好きに座って待ってて」

「りょーかいや」

 

 テーブルの傍にこのちゃんが座るのを確認しながらお茶を用意する。こうしてる間も、何から話そう、どう話そうと頭の中で考えがぐるぐる回る。

 お茶を差し出しながらテーブルを挟んだ真向かいに座れば、楽しそうに笑っているこのちゃんが視界の中心に存在して、私はさらに言葉を喉に詰まらせた。どう切り出せばいいのか、あれだけ考えていた筈なのに一つも言葉は出てこない。

 大切な話がある、それだけでいい。たった一言を口に出すだけで、このちゃんに全てを話すことが出来るのに。話すべきだと分かっていながら、その言葉が出てこない。

 

「(知りたがってることを、話すからって……約束したのにな)」

 

 そういえば、その約束をしたのは昨日の朝だった。言ったそばから話す事になるなんて、すごい偶然だな。急すぎて、このちゃん驚かないといいけど。

 

「せっちゃん?」

「……あ、ごめん」

 

 思考に沈んでいた私を、このちゃんはいつの間にかひどく心配そうな顔で見つめていた。

 

「どうかしたん?」

「……ううん」

 

 なんでもないよ、少しでも安心してほしくて小さく笑って見せる。このちゃんはまだ首を傾げて心配そうに瞳を揺らしていた。

 また心配させてしまった、そう思ったけどこれから私が話そうとしてることを考えれば、今更だろうと思った。驚かないといいけどなんて、驚かない方が無理に決まってる。

 きっとこれから話すことで、私はこのちゃんをもっと心配させてしまう。驚かせてしまう。そう思ったら、なんだかむしろ落ち着いてきて、気づかれないように小さく深呼吸した。

 

「ねえ、このちゃん」

 

 なに? 首を傾げたこのちゃんにゆっくりと言葉を紡ぐ。

 大丈夫、覚悟なら決めた。護り抜く為に通らなければならない道だと言うのなら、どれだけ困難な道だろうと進んで見せる。

 

「話せなかったことを、話すよ」

 

 無知は罪だ。ならば知り過ぎる事は罪なのか、私には分からない。

 それでも、変わり続ける未来がより良い方向へ……このちゃんの生きる未来へと繋がることを、私は願う。

 

 

 

******

 

 

 

 せっちゃんがウチに話してくれたのは、まるで子どもの頃に読んだ絵本の話のようだった。

 普通じゃ無い力、魔法が実はあって、ウチの中にもでっかい魔力がある。お父様は関西呪術協会ていう魔法とはまた違う呪術の力を使う人たちの集まりの長で、麻帆良とは仲良くない。なのにウチがここにいるのは、お父様がウチに魔法のことを知らされずに生きてほしいと思ったからで、あのまま家にいたらウチは何や強硬派とか恐い人に利用されていたかもしれなくて、それから守る為にウチは麻帆良に来た。

 せっちゃんはそれでもウチを利用しようと目論む人や、何や麻帆良に寄ってくる妖怪とか、他にもいろんな危険なこととか……魔法から、ウチを守る為に麻帆良に来てた。

 最初に再会した時そっけなかったんは、立場とか色々考えてたからやったんやね。近くにいて魔法のことがウチに気づかれても困るからって、せっちゃんは考えてくれたみたい。

 ……ウチはそれでも、一緒にいたかったなぁ。今が凄く楽しいから、もっと早く今みたいに仲良う出来てたらって思ってしまうのは、我儘なんかな。

 

「このちゃん、大丈夫?」

「……ん、平気や」

 

 正直、難しい話とか思いもよらない話があって驚いてるけど、大丈夫や。

 

「……とてもじゃなけど、信じられないとは思う。でも、本当のことなんだ」

「うん、わかる。信じるえ」

 

 せっちゃんの言葉を、ウチは信じる。せっちゃんは今も昔も変わらず、真面目で、不器用なくらいまっすぐで、それで凄く優しいから。ウチは、信じるから。

 

「(やから、そんな泣きそうな顔、しないで)」

 

 話してる間、せっちゃんはずっと泣きそうやった。泣きそうで、苦しそうで、悲しそうで、辛そうで……話したくなかった、そう思ってるのがようわかる。

 それでもこうして話してくれたのは、ウチとの約束もあったんやろうけどきっと、話さなければならなくなったからなんやろう。

 話さないでいることが出来なくなった、だからせっちゃんはウチに話すことを決めてくれたんやろう。お父様からの手紙もあった言うけど、それでも今、この時に話すと決めたのはせっちゃんや。

 

「……魔法がな、凄い力いうのは分かったえ」

 

 立ち上がって、泣きそうな顔をするせっちゃんの隣に座った。立った瞬間に一瞬、せっちゃんの体がビクッて震えたのを見て、悲しくなる。

 

「凄い力で、でも危ない力なんやってこと、よう分かった」

「……このちゃん」

「せっちゃんは、そんな恐いもんから、ウチを守ってくれてたんやね」

 

 ウチの声は、震えてた。頬を涙が伝うのを感じながらせっちゃんを抱きしめて、背中に回した腕に力を篭めた。

 

「ありがとう、せっちゃん……ほんとに、ありがとな」

「……泣かないで、このちゃん」

 

 せっちゃんの手は、少しだけ躊躇したように彷徨ってから、ウチの背中に添えられた。

 ……どうしてやろな、こういう時のせっちゃんは、ウチに触るのを躊躇ってるみたいに思う。それがどうしてなのか、ウチには分からん。

 

「なあ、せっちゃん」

「なに?」

「ウチにな、凄い力があるのもわかった。立場とかも、難しいけどわかった。その魔法が凄くて、でも凄く危ないのもわかった」

「……」

「それでもな、ウチに出来ることって、ないんかな?」

「駄目だよ、このちゃん」

 

 せっちゃんはウチの言葉に、すぐに返してきた。まるでウチが言おうとしてたことが分かってたみたいに。

 

「まだ、駄目なんだよ」

「……ウチだけの問題やないのは、わかってる。でも……」

「そうじゃない」

 

 抱き締めてたせっちゃんが、ウチの腕から離れてスッとウチを見つめてくる。どこまでもまっすぐで、何一つと譲らないていう想いが、その瞳から伝わってきた。

 

「まだ、早すぎるよ。もっとゆっくりでいい」

「ゆっくり?」

「……このちゃんの力は確かに大きいし、このちゃん一人で決められる問題でも無いかもしれない。それでも、一番尊重されるべきはこのちゃんの意思」

「やったら」

「だからこそ、今、話を聞いたばかりの今、決めていい問題じゃない」

 

 言い募ろうとしたウチの頭を、せっちゃんは目を細めて優しく撫でた。

 

「ゆっくりでいいよ。私が話したことだけじゃない、それを踏まえて色々なものを見て、私以外の人の話も聞いて。それから、このちゃんがどうしたいのか考えればいい、決めればいい。大丈夫、このちゃんが考えられるだけの時間は、私が用意するよ」

「……それでも、ウチは……」

 

 せっちゃんが、何からウチを護ってくれてるのか知った今、ウチは、

 

「ウチは、ただ護られるだけなんて、嫌なんや」

「うん、知ってるよ」

 

 また、せっちゃんはウチが言いたいことを分かってたみたいに頷いた。細めた目も撫でる手も変わらない、ただ瞳の奥がどことなく泣きそうに見えた。

 

「このちゃんがそう思うのもわかってる。でも、ね」

 

 頭を撫でるせっちゃんの手がウチからゆっくりと離れて、片膝立てたせっちゃんは頭を下げた。

 

「それでも、今はまだ私に、木乃香お嬢様をお護りさせてください」

 

 ウチは何も言えない。何も言えないまま、どれだけそれが悔しくても、悲しくても、ただ護られる事しか、出来ない。

 

 

 

******

 

 

 

『そうですか、木乃香がそんなことを……』

「お嬢様の心境には、早くも変化が出ているようです。これは私の見解ですが、今はまだそれを踏まえた上で、お嬢様にはどうするのか考えていただくべきかと」

『私もそう思いますよ、刹那君。木乃香はまだまだ、知らない事の方が多い』

 

 夜、私は麻帆良を抜け出した。大きな川を挟んだ魔法の及ばない外で、長へ今日のこのちゃんのことについてお伝えしたかったからだ。

 伝えるのは手早く最低限に、私の方もそうだが長の方もどこに敵がいるのか分からない、それが今の西の状況。本来であればこうして連絡を取るのも控えるべきなのだ。

 

『木乃香については、刹那君には負担をかけますがそのまま、これまで通りお願いします』

「わかりました。それと、修学旅行の件ですが」

『おそらく京都に来るのは確定している事と見ていいでしょう。どうなるかはわかりませんが……それまでに、強硬派の方が落ち着ければよかったのですが』

「……難しい、ですか」

『ええ。正直、手詰まりと言ってもいいかもしれませんね。強硬派の中でも、その時に動く者がいるのかいないのかすら……』

「……長、差し出がましいのですが、一つお願いがあります」

『なんでしょう?』

 

 私は電話を耳に当てたまま、川の向こう岸に目をやった。凸凹な二つの人影がこちらを見ている。

 

「長は、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルをご存知ですか?」

『ええ、知っています。今は麻帆良にいるそうですね、私の昔の戦友が何かしたとか』

「その彼女なのですが……修学旅行の際、私のクラスメイトとして京都に入るのを許してはいただけないでしょうか?」

『それは……それはまた、難しいところですね』

「彼女自身は、東とは関係を持たない魔法使いです。また彼女には、有事の際の一般人である生徒たちの護衛をお願いしたいと思っています」

『ふむ……たしかに、人手は必要となるでしょうね』

 

 おそらく、私の記憶通りとなるならば間違いなく……この先にある修学旅行が、大きな切欠となる。このちゃんがこの先、進んで行く未来を決める切欠に。

 私自身はきっと、そちらに精いっぱいで他に手が回らないだろう。このちゃんを護ることに専念しようと思ったら、他の生徒たちに危険が迫っても間に合わない可能性がある。強硬派がこのちゃんを狙う際に、生徒を巻き込まない保証は無いのだ。

 だから、そんな彼女たちを護れる人が必要だった。それにエヴァンジェリンさんは、恐ろしいほどに適任と思えたのだ。実力は言うまでもない、ただ一つの問題は、魔法使いである彼女を西が受け入れるか否か。

 

「一般人を巻き込まないようにとは思いますが、私の力が及ばなかった時のことを考えると、必要になるかと」

『そうですね。こちらでも、誰が強硬派と繋がっているのか調べてはいますが、情けない話、先ほど言った通り手詰まり状態……今回に限っては、むしろこちらと繋がりの無いそちらの人間の方が、信用できるのかもしれません』

「では」

『刹那君がエヴァンジェリンを信用しているならば、何も問題は無いでしょう。こちらは、私が説得しておきます』

「ご迷惑をおかけします」

『なに、組織的な繋がりが無い分、まだ納得しやすいでしょう……それでは、また何かあれば報告してください』

「はい」

『……木乃香のことを、よろしく頼みます』

 

 その言葉を最後に電話は切られた。長に言われるまでも無く、このちゃんのことは私の最優先事項だ。

 

「……ふぅ」

 

 何はともあれ、これでエヴァンジェリンさんの京都入りに対する準備は整った。あとは私が彼女にお願いするだけか。

 私は対岸にいる二人の人影―――エヴァンジェリンさんと茶々丸さんの元に戻るべく、強く地面を蹴った。

 

 

 

 話しを終えてこのちゃんを部屋に送った後、私はエヴァンジェリンさんの家を訪ねていた。時間は遅く、外を出歩く人も少なくなっていた頃だ。

 

「近衛木乃香に話したか」

「はい」

「それで? お前はどうするんだ?」

「これまでと変わりませんよ。このちゃんの傍で、今まで通りこのちゃんを護るだけです」

「そうじゃない」

 

 エヴァンジェリンさんはそんなことは分かっていると、そう言って首を振った。

 

「お前のことは話したのか?」

「いえ……今回は、魔法のことを話すので私も手一杯で」

「はっ。私に偉そうに言っておきながら、随分と臆病な事だな」

「言葉もありません……」

 

 本当に、自分でも呆れるほどだ。

 

「……お前の、記憶については話さんのか?」

「話しませんよ」

「……随分と早い答えだな。なぜだ? 話しておいた方が、お前も動きやすいだろう」

「このちゃんが死ぬ未来を、このちゃん自身に話すなんてできませんよ」

 

 というよりも、したくない。それを話すことでどれだけ事が有利に進もうと、私はこれだけはこのちゃんに話さない。

 

「仮契約については話してありますから、このちゃんが自らそれをすることは無いと思いますし、私も止めます」

「……まあ、お前がそれでいいなら私は止めんさ。精々、頑張る事だな」

「はい。……ところで、エヴァンジェリンさん」

「なんだ?」

 

 このちゃんの話はこれくらいで良いとして、私はもう一つの用を済ませるとしよう。

 

「少し、付き合っていただけますか?」

 

 笑って、私は彼女を外へと連れ出した。

 

「……おい、刹那。どこまで行く気だ」

「外ですよ」

「ここはもう外だろう。私は、どこへ行くのかと聞いたんだ」

 

 エヴァンジェリンさんと茶々丸さんを連れて、森の中を移動する。だんだんと苛々してきたらしいエヴァンジェリンさんに後ろから睨まれながら、目的地目指して私は歩き続ける。

 文句を言いながらもこうしてついて来てくれるエヴァンジェリンさんは、やっぱり優しいと思う。

 

「刹那さん、これ以上は学園の外になります」

「むっ、それは拙いな。おい、刹那」

「……大丈夫です。このまま進みます」

 

 答えると、エヴァンジェリンさんは後ろから私の腕を掴み、引き留めた。剣呑に煌めく瞳を受けて、私はちらりともうそこまで見えている学園の外に目を向けてから、口を開いた。

 

「登校地獄の呪いを誤魔化せるか、試したいんです」

「……なに?」

 

 訝しむエヴァンジェリンさんの表情は険しい。何を馬鹿な、そう顔に書いてあるのがありありと分かって、それでも私は続ける。

 

「出来る可能性は低いですが、それでも試したいんです」

「……何か目的があるようだな」

「ええ、まあ。成功したなら、エヴァンジェリンさんに一つ、お願いがあるんです」

 

 エヴァンジェリンさんは未だ半信半疑の様相で、その後ろに立っていた茶々丸さんが心配そうに……いつもと変わらない気もするが、彼女に言った。

 

「マスター、試してみてはいかがでしょうか」

「茶々丸」

「刹那さんが何の可能性も無しに行動するとは思えません。もし本当なら、今後、呪いを解く足掛かりに出来る可能性も……」

「……ああ、そうだな。分かってるさ」

「それじゃあ」

「外に出られたら、それ相応に応えてやろう。行くぞ」

「……ありがとうございます」

 

 エヴァンジェリンさんが率先して歩き出し、私と茶々丸さんがその後に続く。学園の外はもう目の前だ。

 

「……」

 

 結界の外と内の境目まで、あと一歩というところでエヴァンジェリンさんは立ち止まった。ジッと見えない境界線を睨み付け、私は黙ってその様子を見守る。

 彼女にとってはこの十五年間、解ける事の無かった呪いだ。踏み出す一歩も、私が思うよりもきっと重いものなんだろう。

 

「……ふぅ」

 

 息を吐いたエヴァンジェリンさんは、スッと一歩を踏み出した。間違いなく境界を跨ぎ外へと出たエヴァンジェリンさんに、私と茶々丸さんは息を呑む。

 沈黙が流れ、小さな後ろ姿を見つめ続ける私たちの前で、彼女は、

 

「ふっ、ふふっ、あっははははははははは!!」

 

 声をあげて笑い出した。

 

「エヴァンジェリンさん……?」

「なあ、刹那。お前いったい何をしたんだ? くくっ、ああ、清々しい! 最高の気分だ!」

 

 振り返ったエヴァンジェリンさんの笑みが、私の策は成功したことを証明している。エヴァンジェリンさんを縛っていた登校地獄の呪いが、彼女に及んでいない。

 

「先ほど、エヴァンジェリンさんに魔力を篭めてもらったお札がありますよね」

「ああ、私の姿をしていたあれか。あれはいったい何だ?」

「身代わりです」

 

 ただし、囮用のものであるが。過去に修学旅行でネギ先生に渡したのは、姿形のみを真似するものであったが、彼女が使用したのは違う。

 使用者の名前を書き、更に魔力を篭める事でより本人に近い身代わりを作る。それこそ気配まで本人と同じになるようにし、これを使って敵に気配を誤認させるのに使われたりする。

 ただ、身代わりを実体化させられる時間は篭められた魔力の量に比例し、その上、使用者本人の魔力が強ければ強いほど、使用する魔力の量も増え実体化の時間が短くなる。

 大抵の場合、お札の限界まで魔力を篭めて精々三日……エヴァンジェリンさんの場合、学園結界に魔力を抑えられているので、おそらくは五日ほど持つだろう。

 それをエヴァンジェリンさんの家に設置することで、呪いにはエヴァンジェリンさんが敷地内にいるものと思わせようとしたわけだが、上手くいったようだ。

 

「この方法を使えば、エヴァンジェリンさんも修学旅行に参加できると思ったので」

「ああ……ははっ。だが本当に愉快だな。まさかそんな方法で、私を苦しめていた呪いを解くとは」

「もちろん、それだけで上手くいくとは思っていませんでした。なので、もう一つ手を加えてあります」

 

 言って、エヴァンジェリンさんの手首に提げられた勾玉を指差す。私が着けている赤い勾玉と同じ形だが、彼女のは青色だ。

 

「認識阻害と似た効果を持っています。それによって、呪いからはエヴァンジェリンさんの存在が不確かなものとなり、身代りを本物だとより強く誤認する仕組みです。ただ、あくまでそれは身代わりと同時に使用しないと効果がありませんので、それだけで外に出る事は出来ません。それから、近くの人間には効果は殆ど無くて……呪い限定のものと考えてください」

 

 仕組みとしてはひどく単純なもので、今の私に出来る精いっぱいの策だ。認識阻害も急いで用意したもので、効果としては未だ不完全ではあるが、呪いに対しては上手く作動しているので、今回のところはこれで我慢してもらうしかない。

 

「完全に呪いを絶つ術を、私は持っていません……一時的なもので、申し訳ありませんが」

「なに、構わんよ。これまでは一秒たりとも外に出られなかったんだ……全く、つくづくお前は興味が尽きない。ますます気に入ったよ」

「それは、有難いことですね」

「……そうだな。これからは私のことをエヴァと呼ぶがいい。これからもお前には、楽しませてもらえそうだ」

 

 ……本当に、不思議になるくらいに彼女に気に入られたようだ。どうしてこうなったのか、首を傾げるばかりだな。

 

「それで? お前が私に頼みたいこととは、いったいなんだ」

「……修学旅行での護衛です」

「護衛?」

 

 ふわりと宙に体を浮かせて腕組みするエヴァンジェリンさんを見上げて、私は続けた。

 

「修学旅行で、問題が発生すると思われます。その際に、他の生徒が巻き込まれないようにしてもらいたいんです」

「ふむ……構わんが、いったい何が起こる?」

「それは、まだ……」

「……まあ、今それを聞く必要も無いか。いいぞ、引き受けよう」

「ありがとうございます」

 

 思いのほかあっさりと、彼女は私の頼みに頷いてくれた。彼女にとって十五年ぶりの外に出る修学旅行、楽しんでもらいたいのが本音だが……私には、彼女に頼るほか無い。

 

「……少し、ここでお待ちいただけますか? 用事がありまして」

「構わん。私もしばし、ここで外の空気に触れていることにする」

「すみません」

 

 私は長へ連絡するために、川を挟んだ対岸に渡ろうと足に力を篭める。けれどその足を踏み出そうとした瞬間、エヴァンジェリンさんが私を呼びとめた。

 

「ああ、そうだ。刹那」

「はい?」

「一つ、聞きたいことがあった」

 

 思い出したように言った彼女に、私はふっと体から力を抜いて首を傾げた。

 

「坊やたちにお前のことを随分と聞かれたんだが、お前いったい何を言ったんだ?」

「……私のこと?」

「ああ。私と一緒にいた、羽根の人にまた会えないか、とな」

「そうですか……いったい、どうしたんでしょう」

 

 というより、それは今このタイミングで聞かなくてもいいことでは、そう思ったけれど口には出さず、私は今度こそ対岸へ渡る為に地面を蹴った。

 ……にしても、ネギ先生と明日菜さんが、私のことを……わからないけど、二人の様子を伺った方がいいのかもしれないな。

 


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