逆行した日   作:恵猫

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注目を集めた日

 中学二年の頃まで記憶が戻ったのが、昨日の夜。このちゃんに再会したのが、その翌日の今日、つい先ほど。

 耐え切れない衝動のままに連れ出したこのちゃんと色々と話していた結果、一限目をサボってしまう事となった。

 

「なんや、授業サボるのって初めてで、楽しいな~」

「す、すみません、お嬢様」

「なんも謝らんでいいのに。うち、せっちゃんとこうやってお話出来て嬉しかったんやで?あと」

 

 ピッと指を一本立てて、このちゃんはムッと不満げな顔をする。

 

「敬語、嫌や言うたやろ?」

「う……ごめん、このちゃん。気をつけるね」

「うん。せっちゃんがうちのボディーガードいうのは分かったけど、友達なんやから、な?」

「……うん。そうだね、このちゃん」

 

 このちゃんには、私が長より遣わされた護衛であると説明した。考えたが、未だ魔法については教えていない。教えてしまうのが一番いいのだろうけど、長の考えも聞いた上で行動しないと、今後に差し障りがあるかもしれない。だからこのちゃんは、私が何から彼女を護るのか知らないのだけれど、今はそれでいい。

 

「にしても、お父様も心配性やね~」

 

 うちは大丈夫なのに、と軽い溜息を吐いたこのちゃんに、私は苦く笑った。

 

「離れて暮らしてるから、心配なんだよ。それに、危険はどこに潜んでいるか分からないよ、このちゃん。もしもどこか探検するときは、私に言ってからにしてね?」

「オーケーや。あ、それならせっちゃんも図書館探検部入り~。楽しいえ~?」

「ん……部活は、ちょっと。ああ、でも探検するときはつき合わせてもらいたいんだけど……いいかな?」

「もちろん、大歓迎や!」

 

 図書館探検部、結構危険な場所も探索するらしいし、用心した方が良いだろうな。まあ、今後はこのちゃん一人で行かせないで済むと思えば、少し安心する。

 よかった、と笑うとこのちゃんが瞬きをして私を見ていて、それに首を傾げて問いかけた。なにか、拙い事を言ったかな。

 

「どうしたの?」

「ん~……せっちゃん、話し方変えたん?」

「え?」

「ずっと標準語なんやもん……それに…」

 

 少し考えるようにして、それからこのちゃんが言葉を続ける。

 

「落ち着いてる、いうんかなぁ。なんや、凄い大人っぽく見えるんよ」

「ああ……」

 

 まあ、中身はプラスされてるわけで。けれどそんなことを正直に言えるはずも無く、私は笑って言葉を返した。

 

「師匠がたまに使ってるのを真似して、練習してたらこれに慣れちゃって。大人っぽいかは、分からないけど……変、かな?」

「ううん、なんもおかしないよ。どんな話し方でも、せっちゃんはせっちゃんやしな」

「……うん」

 

『せっちゃんらしいなぁ。でも、無理は駄目やからな?』

 

 ………同じような事を、言われた。今も昔も未来も、このちゃんは変わらない。変わらず、私が私であれる言葉を言ってくれるから、私はそれが嬉しくて。

 泣きそうだな、なんて思ったのは、きっとまだ記憶の混乱が続いているせいだ。私の涙腺は、なんだかとても緩くなってしまったらしい。

 

「さて、と。それじゃせっちゃん、いくえ?」

「うん、いつでもいいよ」

 

 教室の扉を前に、二人で顔を見合わせる。今は休み時間、朝に教室を飛び出してからまるまる一時間は行方不明だった計算になる………そうなって、このクラスが騒がない筈が無いと思うのは、昨日までの私の見解か。

 戦闘とはまた違った緊張感を抱きながら、私とこのちゃんは覚悟を決める。少しでも被害を減らそうと、選んだのは後ろの扉だ。その扉を、このちゃんは慎重に、音を立てないようにして開けていって―――

 

「このちゃん、ちょっと待って」

「え?」

 

 言うが早いか、私はこのちゃんを追い越して教室の中へ。

 どう細工したのか、頭上から落ちてきた金ダライを誰もいない方向へと弾き、足元に張られた細い糸は足に気を流して踏み抜く。左右から互い違いに飛んできた矢は上体を後ろに逸らして躱し、最後になぜか、目を輝かせて襲って来たクーフェイと長瀬は、二人の間を擦り抜けざまに足をかけてさよならした。

 サッと周りを見回せば、ポカンと口を開けて固まるクラスの方たち。罠の類がもう無さそうであると確認して、教室の外で事の成り行きを見ていたこのちゃんに声をかけた。

 

「もういいよ、このちゃん」

「ふわぁ……せっちゃん、凄いなぁ。うち、吃驚したわ」

「私も驚いた」

 

 特に最後のクーフェイと長瀬。あれは確実に二人の独断だろう、このちゃんに対してもやっていたなら、一発ずつ殴らないと気が済まない。

 

「え、えーっと……」

「あの~……桜咲さん?」

「はい?」

 

 戸惑いがちに名前を呼ばれて、とりあえず振り向く。するとやけに注目されている事に気づいて―――クラスメイトの垣根の向こう、真名と目が合うと、声も無く諦めろと言われた。

 何を諦めろというのか。それは分からなかったが、ただ現状が、どう見ても良い状況と言えないのは分かって、私は一歩後ずさる。

 

「せっちゃん?」

「……このちゃん、私もう少し外に出てようかな」

「え、なんで?」

「皆さんの視線が、恐い」

 

 向けられる多数の視線は、何故か嫌な予感しかしなかった。

 

「んー、なあ、せっちゃん」

「このちゃん?」

「諦めや」

「………え?」

 

 このちゃんまで、何を―――!?

 

 思った瞬間、押し寄せてきたのは人の波、基、クラスメイトの波。待って、意味が分からない。

 大体どうして皆さん揃って、そんなキラキラした目を向けてくるんですか。お願いですから教えてください。

 

「すごいすごい、ねぇさっきの何!?」

「桜咲さんって運動神経凄いんだね! うちの部活入らない?」

「このかとどこに行ってたの?」

「ってか二人はどういう関係なのさ!?」

「二人とも目が赤いけど、いったい何があったの? もしかしてあんな事やこんな事とか!?」

「美少女二人の絡み合い……うふふふふふ」

「運動とかが得意なだけで、部活は遠慮します! このちゃんとは普通の友達でちょっと話したいことがあっただけで、別に何も想像しているような変な事はこれっぽっちもありません!!」

「あはは、せっちゃん頑張れ~」

 

 人波の向こうでこのちゃんが手を振っている。どうしてこのちゃんだけ無傷なのか凄く不思議だった。

 と、とにかく私もどうにかして、この波から抜け出さないと……。

 

「はーい、はい。ちょっと失礼~」

 

 考えていた私の前に、人の波を抜けて来た朝倉さんがやって来る。

 

「いやぁ、凄い人気者だね、桜咲さん」

「嬉しくありませんよ」

「まあそう言いなさんなって。でさ、ちょっと付き合ってもらえる?」

「お断りします」

「まあまあ」

 

 マイクを片手に構えた朝倉さんに首を振る。けれど私の反応などまるで意に介さず、彼女はそのマイクをズイッと私に差し出してきた。

 

「桜咲さんってさ、いっつも一人だし、あんまり話してくれないからさ。このかとの関係といい、いったいどういう心境の変化があったのか知りたいんだけど?」

 

 ………なるほど、それが原因か。

 つまり、昨日までの私からは考えがたい行動を、今日の私はとっているということだ。このちゃんの件しかり、先ほどの罠の回避しかり。

 護衛という立場上、なるべく目立たぬようにしていたが、それが裏目に出たか。もしくは今日の私の行動自体が問題か。

 どちらにしろ、もう少し考えて行動するべきだったと思わざるを得なかった。

 

「黙秘権を行使します!」

「いやいや、それは勘弁してよ。私だけじゃなくて、皆気になってるんだしさ」

「それでも話せる事はありません」

 

 だいたい、私に何を話せというのか。質問に答えるというのなら、先ほどの質問に全て答えたのだからもういいだろう。

 

「ん~、ガードは堅いかぁ……しょうがない。このかー」

「なんや~?」

 

 ぼやいた朝倉さんは、人波の向こうにいるこのちゃんへと声を投げかけた。

 

「桜咲さんとあんたってさー、どういう関係?」

「うちとせっちゃんか? せやなぁ」

 

 このちゃんが私の隣までやって来る。

 ニコニコと楽しそうに笑っているのを見て、私は何やら嫌な予感を抱いていた。

 

「このちゃん……?」

「せっちゃんはな、うちの大切な人なんよ」

『おおおおお~~~!!!』

「こ、このちゃん!?」

 

 どうしてそんな、あえて彼女たちに誤解を招きかねない言い方を―――!?

 

「えへっ」

 

 抱いた嫌な予感は、これが原因だったとすぐに分かった。

 このちゃんは、昔から……今も未来も変わらず、人が困るのを――とりわけ、私が困るのを楽しんでいる節があった。もちろん限度は考えているが、悪ふざけ程度に人を困らせるのは日常的だったと言ってもいい。

 そして今、このちゃんが浮かべているこの笑みは、困っている私を見て楽しんでいる笑みだ。つまり全てが計算されてのこと。

 

「(何も今じゃなくても!!)」

 

 距離を詰めてきた朝倉さんを前に、心底から叫びたくなった。

 

「桜咲さん、どういうこと!?」

「誤解です!! 私とこのちゃんは、ただの友達でしかありません!」

 

 次の授業の先生が来るまで、私はこのちゃんとクラスメイトの方たちに振り回される事になるのだった。

 

 

 

 麻帆良の中、というのは魔法以外にも危険が多く存在する。

 発達した科学技術は、時に悪用される事もあるらしい。それらは厳正に取り締まられるが、危険というのはその発達した技術だ。

 麻帆良の中は盗聴される危険がある。それを考えると、私は外と連絡を取るのに、一度麻帆良から出なければならない。盗聴される危険性が無いとは言わないが、麻帆良の中よりはその可能性も下がり、防止が容易になる。

 

「報告は以上です。つきましては、長のご意見をお聞かせいただきたく思います」

 

 電話越しの失礼を承知で、私は長に事の顛末を報告した。主にこのちゃんに関する事、そしてそれに付随して、現在は教育実習生として着任しているネギ先生の事。

 魔法という存在がより一層、近くなったことによって、このちゃんに魔法の存在を教えるか否かという、その意見を長にお聞きしたかった。

 ……本来なら、私から連絡を取るのはよくない。西の裏切り者とされる私が長に連絡を取ることで、長に何か不利益があったら困るからだ。

 けれど、この問題に関して報告しないわけにはいかなかった。このちゃんに魔法を教えるか否かは、このちゃんの今後を大きく左右するし、早めに伝えるべきだと判断した。

 

『ネギ・スプリングフィールド、ですか』

「はい」

『………木乃香の様子は、どうですか?』

「今のところは、麻帆良に貼られている認識阻害の結界の効果もあり、魔法の存在に気づいていません。ただ、度重なる不可思議な現象に疑問を持つのも、時間の問題かと思います」

『刹那君は、木乃香の傍にいるんですね?』

「はい。私は、木乃香お嬢様の……友人として、お傍にいます」

『ならば、今しばらく苦労はかけますが、そのまま木乃香の傍にいてください。魔法については―――』

 

 長は一度、言葉を切った。それから少しの沈黙の後、

 

『未だ、教えぬように』

 

 そう答えを出した。

 

『危険もあるでしょうが、今はまだ木乃香に魔法の存在を教えるわけにはいきません。こちらの方でも、少々意見のぶつかりがありますから』

「………強硬派の方たちでしょうか?」

『ええ。木乃香の力は大きい、私の独断で決めてしまえば、余計な争いを生みます。こちらでも話し合いを行いましょう。そして、それについてですが……刹那君に、お願いがあります』

「はい」

 

 お願い、そう言われて心臓がどきりと跳ねた。

 長からの頼みとはいったい何なのか、緊張しながら言葉を聞く。

 

『こちらでも話は進めていきたいと思いますが、春休みに一度、こちらに戻って来てもらいたいのです。そして、木乃香の現状と君の見解を、私たちに話してもらいたい』

「長、お嬢様の現状はともかく、私の見解というのは……」

 

 さすがにそれは、そう思い声を潜めて言えば、長はいえ、と言葉を続けた。

 

『木乃香の護衛として、そして友人として最も近くにいるのは君です。その君の立場から見て、木乃香の現状をどう思うのか……木乃香に魔法を教える事について、どう考えるのか。私は、それを聞きたいんですよ』

「………承知しました」

 

 はっきりとそう言われては、私に断る術は無く。

 細かな日時等については文を出すとの事で、これで今回の報告は終了となった。

 

「ふぅ………」

 

 少なくとも、今必要な報告は出来た筈だ。これで、長たちの方でもこのちゃんの現状について考えてくれるだろう。

 それが争いに発展しないとも限らないが、こちらで事が大きくなってから報告するよりは良い筈だ。少なくともこれについては、早めに手を打っておいて損は無い。

 

「せっちゃ~ん」

「あ、今行くよ! このちゃん」

 

 用事があるから、と出てきた麻帆良の外。このちゃんまで一緒に行くと言い出したのは予想外だったけれど。

 道路を挟んだ反対側の歩道に並ぶお店の前で、私の名前を呼んで手を振るこのちゃんに、私は携帯を鞄にしまって走り出した。

 

 

 

 それから、寮へと戻ってきたのは太陽も残りわずかとなった頃。

 このちゃんと別れて部屋へ向かっていた私の携帯には、このちゃんとお揃いで買ったストラップが揺れている。

 

「変わったものだな、私も」

 

 可愛らしくデフォルメされた猫のストラップ。これを買ったお店もまた、とても可愛らしい雰囲気のお店で、店内には多くの女の子がいた。

 昔の私なら、場違いな気がして入るのも戸惑っただろうお店。今となっては、あまり抵抗というものは感じない。可愛い物は昔から嫌いでは無かったし、何かを可愛いと思う事が悪い事では無いと教えられた。

 

『好きなものは好きって言っていいんよ? 別に、せっちゃんが何を好きでもうちはそんなせっちゃんが好きなんやからな!』

 

 それからだろう、素直に可愛いと口に出来るようになったのは。入り辛かったお店も、少しくらいならと立ち寄れるようになったのは。

 たしかに、一人で入るにはどうしても多少の抵抗感を抱きはするが、今日のようにこのちゃんと一緒になって、色々なものを見るのは楽しかった。

 それに、ストラップをお揃いで買うというだけでこのちゃんはひどく喜んでくれた。それだけで今日は私にとって十分に満足できる日だったと言える。

 

「………?」

 

 そんな満足感を胸に歩いて、私と真名の部屋が見えた時、扉の前には一人の生徒がいた。

 絡繰茶々丸。クラスメイトで、エヴァンジェリンさんのパートナーである茶々丸さんがいたことに、私は驚いて足を止めた。

 

「………こんばんは、桜咲さん」

「こんばんは……あの、真名に何か用事でも?」

 

 私の部屋の前にいたという事は、私か真名のどちらかに用事があったと考えていいだろう。

 ある種の期待を持って問いかけたが、残念ながら茶々丸さんは首を横に振って私に近づいてきた。

 

「私がお待ちしていたのは、桜咲さんです」

「私、ですか」

「はい。これを」

 

 スッと差し出されたのは、白い封筒だった。縦長ではなく、横長のタイプ。

 封筒を私が受け取ると、茶々丸さんはそれで役目は果たしたのか、軽く頭を下げるとそのまま廊下を歩いて行ってしまった。

 

「………」

 

 取り残されて、とりあえず部屋に戻った。真名は出ているようで、部屋には誰もいない。

 机に鞄を置いて封筒を確認する。表面には何も書かれておらず、裏面を見ると右下の所に名前があった。

 

『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』

 

 差出人は、思った通りの人物だった。茶々丸さんからこれを受け取った時点で、そうじゃないかとは思っていた。

 続けて封筒を開き、中身を確認する。中には一枚のカードが入っていて、カードもまた白というシンプルなもので、たった一文だけが書かれていた。

 

「今日の十時、桜通りに……参ったな」

 

 理由は何か分からないが、私はエヴァンジェリンさんに呼び出されてしまったようだ。

 エヴァンジェリンさんからの呼び出しとなると、嫌な予感しかしない。ふと思い出したが、ネギ先生とエヴァンジェリンさんが最初に対決した事件というのが、桜通りの吸血鬼と噂になった事件だった筈だ。

 私はその時の詳しい話を聞いていないのでよく分からないが、とりあえず言えるのは一つだけ。

 

「行くしかないか」

 

 手紙を受け取り、呼び出しを確認してしまった以上、行かないというわけにもいかず。

 カードを封筒に戻して、引き出しにしまった私は、覚悟を決めるように手首の勾玉を撫でた。

 

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