「そういえば刹那、テスト勉強はしてるのか?」
「テスト?」
夜、仕事も無く自由に時間を過ごしていたところで、銃の整備をしていた真名が唐突に聞いてきた。
読んでいた本から顔をあげ、そういえばそんなものがあったなと思い出す。
「拙いな、すっかり忘れてた……」
「大丈夫なのか? バカレンジャーとまではいかないが、お前も結構悪かっただろう」
「………」
本を閉じて、机に置いていた鞄から教科書を引っ張り出した。最近の授業については真面目に受けていたが、実際のところどれほどのものか。
国語、数学、英語……一通りの教科書に目を通してテスト範囲を確認。パタリと閉じて、ほっと息を吐いた。
「大丈夫だ。上位とまではいかないが、ある程度は分かる」
「……それもそうか。少なくとも、私たちよりは勉強をしている筈だしな」
「昔の話さ」
このちゃんと共に、大学まで進んだ身だ。さすがに中学生レベルの問題なら、最後に勉強したのが随分と昔でも、授業で再度教えられれば思い出せるし、理解も出来る。
「……まあ、一応は勉強しとくか」
間違ってもバカレンジャーの一員にはなりたくないと、強く思った。
テストが近づこうと変わらず騒がしいクラスだが、ネギ先生は何やら色々と大変らしい。誰かが言い出した英単語野球拳は、明日菜さんたちが悲惨な目に合う結果で終わった。
そして、その日の夜。
「図書館島?」
『そうや~』
エヴァンジェリンさんの自宅にお邪魔していた私に、このちゃんから電話がかかってきた。
なんでも、図書館島にある魔法の本を探しに行くとか……そういえば、テストが近づいた時期に、このちゃんが行方不明になった筈だ。それで授業をサボって随分と探し回ったような…………まさか、これが原因か?
「このちゃんも参加するの?」
『うん。のどかとパルが地上で連絡係やるから、うちと夕映は地下からの連絡係や。せっちゃんこの前、探検に行くときは一緒に行く言うてたやろ? どうかな~思ったんやけど』
「そっか。うん、私も行きたい。待ち合わせは?」
『七時に図書館島の入口や。必要な物はうちが持ってくから、せっちゃんは手ぶらでええよ~』
「うん。絶対、先に入らないでね?」
『了解や』
さて、図書館島か……あそこ、地上はともかく地下には色々と仕掛けがあった筈だが、魔法関係とは違うのだったか?
どちらにしろ、このちゃんだけで行かせるには不安が多い場所であることに間違い無さそうだ。
「近衛木乃香か?」
「ええ。図書館島の奥にある、魔法の本を探しに行くそうですよ」
「魔法の本ねぇ……」
くつくつと、喉を鳴らしてエヴァンジェリンさんが笑う。
「本当にあるんでしょうか?」
「さぁな。だが、そんな物があったとしたら、間違いなくあの爺の仕業だろうな」
「学園長ですか……」
「知らず知らずに、魔法に関わらせるつもりなんだろうよ。じゃなきゃ、あんな偏ったクラス編成は有り得ん」
「それは、そうですね」
昔の私は、とくに不思議に思う事も無かったが……こうしてみると、たしかに可笑しな編成だ。
英雄と呼ばれた魔法使いの息子が担任になったクラスは、学園きっての強者、曲者揃い。エヴァンジェリンさんが改めて調べてみた結果を聞いたが、うちのクラスの人間の潜在魔力や身体能力は、どうやら他の人間よりも桁違いらしい。
優秀な従者になれる、そう言ったのは彼女だ。
「(このちゃんも、その一人か)」
疑いたくはないが、こうして見ると学園長は私にとっていささか危険な存在だな。あちらにも考えがあるのだろうが、このちゃんの意思を無視して密かに巻き込もうなどと……。
「なんだ、随分といい顔をするな」
「……?」
「鏡でも見たらどうだ? なかなかに悪の顔だ」
「………嫌ですね、そんな顔は」
そんなにひどい顔をしていたかな。そう思って苦笑いしたところで、エヴァンジェリンさんが立ち上がった。
「さて、お前が行くなら、私は久々に桜通りに顔を出すとするか」
「止めるつもりはありませんが、テスト前ですから程々にしてあげてくださいよ? 勉強もしないといけないでしょうし」
「分かっているさ。まったく、お前のせいで溜めていた魔力も消費してしまったし、暫くはまたばれないように溜めなおしだ」
「……私のせいじゃないですよ」
最初に喧嘩を売ってきたのは、そっちなんだから。
待ち合わせの七時まであまり時間は無かったので、エヴァンジェリンさんの家を出てそのまま真っ直ぐ図書館島に向かった。ジャージで来ていたのは幸いだな、さすがに探検となると、制服では動きづらかっただろう。
「せっちゃーん」
「このちゃん」
図書館島の入口で、このちゃんが手を振っていた。
「他の人たちは?」
「皆、先に侵入口に行ってるえ~」
「(侵入口……?)」
どういうことか、案内されるままに着いて行けば言葉の意味はすぐに理解できた。
図書館島探検部しか知らない秘密の入口……つまり、普通なら入ってはいけない場所に入る為の入口、ということだ。まあ、仮にも魔法の本などと言われているんだ。さすがに普通の場所には無いか。
「あ、桜咲さんだ!」
「なになに? 桜咲さんも一緒に行くの?」
「え、ええ、まあ……」
侵入口まで行くと、明日菜さんと佐々木さんが声をかけてきた。
そういえば、魔法の本を探すのはバカレンジャーの為とか、このちゃんが言ってた気がするけど……嫌な予感がした。
「おおっ、刹那! こんなところで会えるとはラッキーアル、勝負するアルヨ!!」
「今日は逃がさないでござるよ」
やっぱり、とがっくりと肩を落とす。嫌な予感は当たった。
バカレンジャーも参加するという事は、当然のようにクーフェイと長瀬もいるわけで、顔を会せればそのたびに勝負を求める二人だ。こうなるのは目に見えていた。
今は相手をしてる場合じゃないって言うのに……。
「これから侵入するんだろ? 騒いだら見つかるぞ」
「そう言って、また逃げるアル!」
「でもな…………分かった。テストが終わったら手合わせするから、今は大人しくしてくれ」
「約束でござるよ?」
「ああ」
仕方なしに約束を取り交わして、この場は二人を治める。
いつまでも逃げ切れない、か。まあ、体の動きを慣らすには修行しかないし、どちらにしろいつかは手合わせをしなければならなかっただろう。それなら、全力でやるだけだ。
………それから、
「(なんで、ネギ先生がいるんだろう)」
さっきから気になっていたが、どうしてネギ先生まで?
たしかこの時期、行方不明になったのはこのちゃんを含めて数人……ネギ先生も、いなくなった筈だ。まさか、それもこれが原因だったとはな。
「このちゃん、どうしてネギ先生が……?」
「んー? あんな、明日菜が連れて来たんよ」
「そう……」
明日菜さんが……もしかして、ネギ先生と明日菜さんは、既に仮契約を?
「(分からない)」
今はまだ、様子を見るしかないか。それとも、二人を切り離すか?私が手を出してもいい問題なのか―――、
「それじゃみなさん、行くですよ」
『おー』
……今はまず、こちらに集中するか。
地上から地下へフロアを移動して、つくづく思う。
「(千雨さんに注意しておいて良かった)」
まともなのは地上の図書館だけで、地下は本当に罠だらけだ。それも、階を下りるごとにその危険度を増していくのだから、もしも千雨さんが足を踏み入れたらひとたまりも無い。
後方から放たれた矢を払い、左右から振り子のように向かって来た斧を、他の人が自分の事で殆ど精いっぱいでこちらを見ていないのをいいことに、左手に気を集めて両断する。
予想以上の罠の数と危険さに、溜息を吐いた。
「このちゃん、足元にトラップがあるよ」
「ふぇ、わ! 本当や。ありがとな、せっちゃん」
「物騒だし、気をつけないとね」
「せやね~」
ここまでの道中で分かったのは、どうやらネギ先生が魔法を使えないらしい事と、明日菜さんが仮契約はしていないが、魔法について知っている事。
図書館島には危険な場所があるということは、わりと知られている事だ。おそらくはその対策にネギ先生を連れて来たんだろうが………生憎と、魔法の使えないネギ先生はただの子どもと同じ。足手纏いにしかならない。
幸い、クーフェイや長瀬もいることだし、他は任せて私は、このちゃんを護ることを優先しながら着いて行くとしよう。
「では、ここで一度休むです」
「わーい!」
「お弁当食べよー」
「ポテチもあるよ!」
一際大きな本棚の上で、休憩となった。大きな本棚の上に更に小さな本棚があるとは、異様な光景だ。
「………」
食事を始める人たちからこっそりと離れて、細かく周辺を見て回る。途中で何個か罠を見つけて、それを破壊しながらぐるりと本棚を一周した。
休憩できる広さはあるが、確実に安全とは言えない。この分だと、この先もまた物騒な罠が続くんだろう。
「(大丈夫かな……)」
今後も、探索には一緒に行かせてもらおう。このちゃんだけを行かせるには、ここは危険が多すぎる。
小さな本棚に寄りかかって思考していると、このちゃんがサンドイッチを片手に駆け寄ってきた。
「せっちゃん、食べへんの?」
「あ……」
「はい。これな、うちが作ったんよ」
「……ありがとう」
差し出されたサンドイッチを受け取って、口に運んだ。そういえば、このちゃんの料理は久々に食べたような気がする………!?
一口、口に入った瞬間に感じた舌を刺激する何かに、口元を押えて吐き出すのを耐えた。
「こ、このちゃん……?」
「なんや~?」
「これ、これ何、入れたの………」
「えへへ」
どうにか見上げたこのちゃんは、にこにことそれは楽しそうに笑っていて―――その後ろに、さっきまでは騒がしく食事をしていた筈の明日菜さんたちが、一様に口を押えて悶え転がっているのを見た。
「辛い辛い辛いーーー!!!」
「これは何アルかー!?」
「むぅ……さすがにこれは…」
「ちょっと木乃香! いったい何を入れたのよ!?」
「………」
ギャンギャンと悲鳴にも似た叫びを聞きながら、私は手に持ったままのサンドイッチを見てみた。
パンとパンに挟まれたレタスと、トマト………の中に、黄色と黄緑色の何かを見つけて、この刺激の正体を知る。
「わさび&からしたっぷりの特製サンドや。ほら、夜やし皆眠くなるかな~思ったから、眠気覚ましにしよう思って」
「それでも限度ってもんがあるでしょーが!!」
明日菜さんに肩を掴まれて揺さぶられるこのちゃんを、長瀬から受け取った水を飲みながら眺めていた。
眠くは無かったけれど、今の刺激で暫くは眠くならなそうだ。それは他の人たちも同じだろう。
「(このちゃん……)」
思いもよらないところで仕掛けられた悪戯とこの騒がしさに、変わらないなぁと、笑みが浮かんだ。
「着いたー!!」
「わっ、なにこれすごーい!!」
それから、このちゃんが普通に作ってきたサンドイッチを食べて探検は再開された。
ジャージで来てよかった。奥へ入れば入るほど、通る道の殆どが道なき道となったのだから。本棚を登るは水の中を進むはで、随分と汚れてしまった。
「(にしても……)」
魔法の本は、メルキセデクの書というらしい。でもネギ先生、珍しいのは分かりましたから少し黙ってください。このちゃんに魔法の存在がばれます。
封印しているのかどうかは分からないけど、せっかく魔法は使えなくなってるのに、口を滑らせていてはばれないものもばれてしまう。
「一番ノリあるー!」
「待って、私も!!」
考えている間に、本に向かって次々の走り出していく人たちを追おうとして、瞬間に感じた嫌な予感。
私は咄嗟に、橋を渡ろうとしているこのちゃんの腕を掴んだ。
「待って、このちゃん!」
「ふぇ? せっちゃん、どうし―――」
「きゃぁああああ!?」
悲鳴が上がった。ガコン、と橋が二つに割れて落ちて行く明日菜さんたちを見る。
このちゃんを引っ張ったおかげで、その落下に私たちは巻き込まれずに済んだ。
「あ、ありがと、せっちゃん」
「ううん……それより、これって」
「ツイスター、ゲーム……?」
橋の下に石版があって、その上に落ちた明日菜さんたち。見下ろした石版にはツイスターゲームと書かれていて、首を傾げた私たちに答える声。
『その通りじゃ!!』
ハンマーを持った石像が、そう言ってゆっくりと動き出した………え、どうしようこの状況。
敵意は感じないが、あまりの事態に呆然となった。
『この本が欲しくば、儂の質問に答えてもらおう―――ただし!』
悲鳴を上げてパニックに陥った佐々木さんを筆頭とした落ちた人たちを無視して、石像が私とこのちゃんを指差す。
『そちらの二人にもゲームの舞台に下りてもらうのじゃ。じゃないと、ゲームへの挑戦も認めんぞ』
「えっ!? ど、どないしよ、せっちゃん……」
「罠だと分かっている場所に、わざわざ下りるつもりなどない」
『ふぉふぉっ! ならば永久にこの地下を彷徨うんじゃな。勝負に勝ったなら、本と地上への近道を教えてやるぞい』
……どうやら、この石像はなんとしても私たちを、いや、このちゃんを石版の上に下したいらしいな。
このままこのちゃんを連れて脱出するのは簡単だが、そうすると他の人たちを見捨てる事になる……。
「下りよ、せっちゃん」
「このちゃん……」
「大丈夫やって。ゲームに勝てばええんやから」
「……うん」
大丈夫だ、どういうわけか石像自体から敵意は感じない。すぐに命が危うくなることは無い筈だ……そう、自分を納得させて、このちゃんを抱き上げて石版へと下り立った。
『ふぉふぉ。それでは、ゲームを始めるぞい』
満足げに笑う石像に、腹が立った。
『第一問』
ゲームは、英語を日本語に訳したものを、ツイスターゲームの要領で踏むだけ。
回答者がバカレンジャーのみということで、多少の苦戦はありながらネギ先生のヒントもあって順調に答えて行ったのだが―――、
「お、さ―――る!?」
『ハズレじゃな』
間違えた瞬間、石像の持っていたハンマーが振り下ろされる。
石版が割れ、暗闇がぽっかりと口をあけた。落ち始めた体に、私はこのちゃんを庇うように抱きしめる。
「せっちゃ――」
「大丈夫」
後から落ちてくる瓦礫に当たらぬように気をつけながら、私たちは暗闇へと落ちて行った。
******
「ふぅむ、どうしたもんかのぉ……」
まさか、刹那君が一緒におるとはのぉ。まあ、彼女の成績も著しくないし、一緒に勉強してもらうのはありじゃが……。
「もう少し影から守ってると、思っておったんじゃがな」
今回の目的は、ネギ君と生徒たちを地下に落とすことで、そこで集中して勉強してもらい2-Aを最下位から脱出させること。
それと同時に、パートナー候補でもある彼女たちとネギ君に交流を深めてもらうつもりだったんじゃが……いやはや、まさか刹那君までいるとは。これは困ったぞい。
「ん……? でも刹那君もパートナー候補の一人じゃし、むしろ良かったかのぉ」
彼女がネギ君の味方、パートナーになったとなればとても心強い仲間になることじゃろう。
そう考えると、予想以上の成果だったと言えるかもしれん。
「ふぉっふぉ」
まあともかく、テストまでの残り三日間、みっちり勉強してもらうとしようかの。