逆行した日   作:恵猫

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地底図書室の日

 さて、どうしたものか。

 石像によって地下の更に地下へと落とされた私たちだが、幸いにも下は柔らかな砂浜で怪我をせずに済んだ。といっても、結構な高さから落ちたんだし、下手をすれば骨折、最悪死んでいた可能性だってあるだろう。

 

「無茶をするな……」

 

 とにかく、誰も大きな怪我をしていなくて良かった。

 気絶しているこのちゃんを横たえて、私は立ち上がる。全員とも気絶してるし、暫くは起きないだろう。

 

「(特に危ない様子は無いし)」

 

 滝や光る木、水に浸かった本棚と光景としては異様だが、危険というものでは無い。

 少し周りを見てみようと、その場を離れて歩き出す。地上に戻ろうにも、登れるような場所は無いか。あったとしても、この高さを普通に上るのは難しいだろうな。

 

「ん、ぅ……」

 

 ぐるりと落ちた浜辺を見たところで、呻き声が聞こえてこのちゃんたちに駆け寄る。

 ゆっくりと目を開けたこのちゃんの傍らに膝をついて、安堵の息を吐いた。

 

「このちゃん、大丈夫?」

「せっちゃん……」

「痛いところは無い? 気分は?」

「あはは……大丈夫やって、せっちゃん。心配性やな~」

 

 目覚めたばかりで意識はまだはっきりしてないのか、力なく笑ってこのちゃんが言う。怪我は無いようだし、この分ならもう少しすれば起き上がれるか。

 それからすぐに他の人たちも起き出して、一様にこの空間に驚きを露わにした。

 綾瀬さんの話だと、ここは幻と言われた地底図書室なんだとか。ここに入って生きて帰れた人はいないらしいが………なら、どうして綾瀬さんがその話を知っているんだろう。

 まあ、その話自体は佐々木さんに恐怖を与えるには十分だったみたいだが。

 

「大丈夫ですよ、皆さん! 絶対に脱出できますから!」

 

 力強く励ますネギ先生。とりあえず、落ち込んでいても仕方が無いからと勉強することになった。

 都合よく用意されていた全教科のテキストに、食料。キッチンやトイレといったものまであるのを見ると、学園側が一枚噛んでいると考えた方が良いかな。

 

「幸せや~」

「このちゃん……」

 

 バカレンジャーが勉強をする傍ら、このちゃんは綾瀬さんと共にのんびりと読書に勤しんでいる。二人とも、頭が良いからなぁ。

 私は私で、勉強しながらこの地底図書室を探索していた。

 水に浸かった本棚から、本を一冊抜き取る。本来なら水浸しの筈の本は、どういうわけかどこも濡れていない。開いてみたが、どうやら外国の本らしく全く読めなかった。

 おそらくは何かしらの魔法によるものなんだろうが、今はとりあえず、あからさまに魔法を示唆する本が無い事に安心する。

 ……今回の事も、長には報告すべきだろうな。この空間全体もそうだが、先ほどの石像についても、残念ながら東に魔法を秘匿する意思が無いのは明らかだ。

 それに、今回の事を抜きにしても報告すべきことはたくさんあるし、この後にある修学旅行で送られた親書も、強硬派を随分と刺激するものだった。

 春休みまでに、報告事項を纏めておいた方が良いな。なるべく荒れないように……でも、荒れそうだなぁ。

 

「せっちゃん、何してるん?」

「っ、なんでもないよ」

 

 気づけば、のちゃんが後ろから私を覗き込んでいた。いけない、考え事に集中し過ぎてたかな……。

 

「ご飯の準備が出来たんや。食べよ~」

「うん」

 

 食事はこれで四回目。ここに落ちてから、外では更に一日が経っている筈だ。

 テストは明日だし、そろそろ脱出の手段を考えた方が良いかな……。

 

「あれ、他の人たちは?」

「みんなで水浴び行くって言ってたえ。呼んで来るから、先に食べててな」

「うん」

 

 今度の食事はサンドイッチ。手近な一つを手に取って食べながら、他の人たちを呼びに行ったこのちゃんが戻るのを待つ。

 すると、何やら遠くで悲鳴のような声が聞こえて顔を顰めた。耳を澄ませると、悲鳴や水の跳ねる大きな音がする。どうやら、何か問題が起こったようだ。

 最後の一口を口に放り込み、立ち上がる。このちゃんに危険が迫った様子は無いけど、いい状況でも無さそうだ。

 

「せっちゃん、大変や!」

 

 そう思ったところで、このちゃんが戻ってきた。慌てたように走ってくるこのちゃんに駆け寄って問いかける。

 

「このちゃん、何かあったの?」

「そ、それがな……」

 

 このちゃんの話によると、地下で私たちを落とした石像が現れたのだという。

 それで、このちゃんは逃げるために皆の荷物を取りに来たところ。確かに、ここには服とかもあるから置いて行くわけにもいかない。

 

「急いだ方が良さそうだね。このちゃん、背中に乗って」

「え?」

「私の方が足速いから。急ぐんだよね?」

「う、うん!」

 

 ただ逃げるだけなら、このちゃんを背負って行った方が楽だし速い。これが戦いながらとなると、また違うけど。

 荷物を持ったこのちゃんを背負って、水辺へと走る。他の人たちと合流して、あとは逃げるだけだ。

 

『ま、待つんじゃー!!』

「やだよー!」

「ありました、非常口です!」

「……え?」

 

 逃げた先、滝の裏側に非常口。まさか、そんな危険から逃れるためのものが用意されているとは思わなくて、本気で驚いてしまった。

 扉には鍵となる問題が書かれていてそれを解かないと開かない仕組みだったが、石版と一緒に落ちてきた魔法の本を持ったクーフェイが答える。扉の先の部屋では、長い螺旋階段が上へと続いていた。

 

「せっちゃん、うち一人で行けるえ」

「大丈夫?」

「問題なしや!」

 

 任せて、と笑顔を見せたこのちゃんを下す。追いつかれた場合の事を考えると、このちゃんを先に行かせて私は後ろを行った方が良い。

 壁を壊しながら追いかけてくる石像を眼下に捉えながら、途中途中の壁に書かれた問題を解いて上を目指した。

 

「あった! 地上への直通エレベーターです!!」

「これで地上へ帰れるの?」

 

 ネギ先生の言葉通り、前方にはエレベーター。これに乗ることが出来れば、逃げ切れるか。

 そう思ったが、雪崩れ込むように大急ぎで全員がエレベーターに乗り込んだ瞬間、ブーッとブザーの音が鳴った。

 

『―――重量オーバーです』

『うっそぉおおおおお!?』

 

 悲痛な叫びをあげて、皆が服を脱いで外に放り出したりして重さを軽くしようとする中、もしかしてと思う。

 もしも、過去にこのちゃんたちがこのエレベーターを使って、脱出したのなら―――その時と違って、一人多い。

 それはつまり、どれだけ頑張ろうと誰か一人が降りなければ、助からないという事だ。

 

「ぼ、僕が降ります!!」

 

 私の思考の答えを出すかのように、ネギ先生がエレベーターを降りる。

 魔法を使えないにも関わらず、生徒を守る為に飛び出す姿は称賛にも尊敬にも値しますが―――それは、明日菜さんが許さない。

 

「あんたを置いていけるわけないでしょ! こーすんのよっ!!」

 

 ネギ先生をエレベーターに引き戻し、魔法の本を力いっぱいに投げつける。かなりの速度でぶつかったそれに、石像がぐらついた。

 さすがに落とすことは出来なかったが、今エレベーターが動いたなら助かっただろう。

 

『―――重量オーバーです』

「なんでぇええええ!?」

『ふぉっふぉ、逃がさんぞー』

 

 無情な機械音が告げ、石像の手が伸びてくる。

 

「や、やっぱり僕が―――」

 

 立ち上がり、再度、盾となる為に飛び出そうとしたネギ先生の襟首を掴んで、明日菜さんに押し付けた。

 

「えっ」

「せっちゃん?」

 

 呆然とするこのちゃんやネギ先生たちを置いて、エレベーターを降りた。降りる直前に、扉を閉めるボタンを押す。

 扉が閉まり始めるその向こうで、このちゃんが我に帰ったようでハッとなって慌てて手を伸ばしてきた。

 

「せっちゃ―――!!」

 

 チンッ、と何とも軽い音を立てて、扉が閉まる。

 ガコンと後ろでエレベーターが動き出す音を聞いて、笑みが浮かんだ。

 

「よかった」

『自分を犠牲にして他を逃がすか。じゃが、儂に勝てると思っておるのかのぉ?』

 

 石像が話しかけてくる。伸ばされた手をひらりと躱して、勾玉を夕凪に戻した。

 

「貴方の思い通りにはさせませんよ―――学園長」

『ふぉっ!?』

 

 気づいていないと思ったんだろうか。なんにせよ、真正面から相手をする必要は無い。

 夕凪を一閃して、斬ったのは階段だった。崩れた足場ごと落ちて行く石像に背を向けて、閉じたエレベーターの扉を切り刻む。

 上へと続く長い暗闇を見上げた。これを上って行けば、地上に出られるのか。

 

「行くか」

 

 夕凪は勾玉へと戻して、意識を集中させる。背中の翼を広げて、私は地上へと飛びあがった。

 

 

 

******

 

 

 

「せっちゃん、せっちゃん! せっちゃん!!」

「木乃香、落ち着いてってば!!」

「いやぁあああああ!! せっちゃん、せっちゃん!!」

 

 開かないエレベーターの扉を叩いて、木乃香が泣き叫ぶ。

 私はそれを抱きしめるようにして押さえつけながら、どうにか扉から木乃香を引き剥がそうとしていた。

 

「離して明日菜!! せっちゃん、せっちゃんがぁああああ!!」

「お、落ち着いてください、木乃香さん」

「やあぁあああ! いややっ、いやああああ!! せっちゃぁあああん!!!」

 

 力の限り暴れる木乃香を押さえながら、私はエレベーターの扉を見る。

 私たちを助ける為に、エレベーターを降りた桜咲さん。あまりに突然な事と、何の躊躇も無い姿に、私たちは声をかける事すら出来なかった。

 どういうわけか、無事に地上へと戻ってきたエレベーターはうんともすんとも言わず、扉は閉じたまま一向に開こうとしない。

 

「(これじゃあ、助けに行くことも出来ないじゃない)」

 

 不意にくたりと木乃香の抵抗が治まったのに気付いて、抱きしめたままの木乃香を見た。

 

「せっぢゃ、せっちゃぁあん……」

「木乃香……」

 

 泣きながら、桜咲さんを呼び続ける木乃香。幼馴染なんだと、教えてくれた。

 事情があって、中学で再会してからも話せずにいたけど、つい先日……桜咲さんと木乃香が一時間まるまるいなくなったあの日に、ようやく以前と同じ友達に戻れたんだと話していた。

 本当に嬉しそうに話していて、話を聞いたこっちまで嬉しくなった。

 ……その桜咲さんが、あんなわけの分かんない相手を前に、一人で行ってしまった。その衝撃は、私たちよりも木乃香の方が強いだろう。泣き叫ぶのも無理は無いと思う。

 

「と、とにかく助けを呼ばなきゃ」

 

 まきがそう言って、それに頷こうとした瞬間。

 ガシャンッ、とエレベーターの扉の奥で音がして、みんな揃ってビクッと体を跳ねさせる。一斉に扉を見た。

 

「まさか……」

 

 さっきの石像が、ここまで追って来た? じゃあ、桜咲さんは―――そう青ざめる私の目の前で、ガンガンと何度も扉を叩きつけるような音がした後、金属の擦れる鈍い音を立てながら、ゆっくりとエレベーターの扉が開かれた。

 

「……っはあ」

 

 扉をこじ開けて現れたのは、桜咲さんだった。

 

「せっちゃん―――っ!!」

「このちゃん! よかった、無事でうわぁああああ!?」

 

 力の抜けた私の腕から抜け出して、木乃香が桜咲さんに飛びつく。

 一瞬、安心したように顔を綻ばせた桜咲さんは、受け止め損ねた木乃香と共に地面へと転がった。

 

「せっちゃん、せっちゃん!」

 

 転がったまま桜咲さんに縋り泣く木乃香を、桜咲さんがそっと抱きしめる。

 

「……ごめんね、このちゃん。心配させて」

「ひぐっ、ほんまや、せっちゃ、せっちゃんの、あほ……」

「うん、ごめんね」

 

 謝りながら、桜咲さんは木乃香の頭を優しく撫でていた。

 とても大切そうに目を細めて木乃香を見つめる桜咲さんを、私たちはただ無言で見ている事しか出来なかった。

 

 

 

 その翌日、テストは無事に終わった。結果は2-Aがトップという快挙で、遅刻した時は慌てたけど、ネギも無事に先生になれたし最高の結果だと思う。

 ただ、テストとは別に気になるのが桜咲さんで。あの後、木乃香が落ち着いてからエレベーターの中を覗いたら、中は凄い事になってた。

 エレベーターの床に大きく穴が開いていて、扉の内側の至る所が凹んでいた。絶句する私たちをよそに、感心したのやら興奮したのやら、目を輝かせていたのは、クーフェイと長瀬さんだった。

 どうやったのか聞いても、桜咲さんは困ったように笑うだけで、結局何も教えてもらえなかった。っていうか、そもそもどうやって地上まで上って来たんだろう。エレベーターに乗ってるの、結構長かったから距離も高さもあった筈なのに。

 まさか、桜咲さんまで魔法使いとか、そんなわけないし―――ああ、もう! 分かんないなぁ。

 そして桜咲さん、言っちゃ悪いけど意外にも頭が良かったらしい。普通に上位に食い込んでいて、でも図書室では私たちと勉強しないで木乃香と一緒にいたし。

 いつの間に勉強したのか、それもちょっと気になった。

 

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