春休みに入る数日前に、長から手紙が来た。
以前に長に電話で報告した際に言われた、春休みに一度、京都に戻る事についてだった。誰の目があるとも分からないので、詳細はあまり書かれず日程や僅かな連絡だけが書かれていた。それにしても、覗き見防止の術をかけてある。
戻る間、寮にこのちゃんを一人残していくことに不安はあったが、その間は別の護衛を寄越すとの事だし、安心していいだろう。
そうして、私は今―――、
「お久しぶりですね、刹那君」
「はい、長。お久しぶりです」
長と、数名の重役たち。
それぞれが穏健派と強硬派の代表格だろうが、もとより聞いていたとはいえまさか、私がこのような場で話すことになるとはな。
「君からの報告を聞く限り、木乃香の現状は思わしくないようですね」
「はい。東側には、木乃香お嬢様に魔法を知られぬようにと伝えてありますが、あちらにその意思があるとは考えにくいです。あちらは、子どもとはいえ魔法使いを同じ部屋に住まわせています。また、その子どもも日常的に魔法の恩恵を得て生活してる様子です。その魔法使い自身には多少なりとも秘匿の意思はあるようですが……東全体としては、少々お嬢様への配慮が欠けているとしか言えないでしょう」
「それは、なんと……」
「だから奴らに任せるのは反対したんじゃ!!」
穏健派が頭を抱え、強硬派が憤った。長もまた、苦い顔をしている。
報告したのが私自身とはいえ、これは……。
「(荒れるか)」
「長、どうするつもりです?」
「即刻、お嬢様を連れ戻してこちらで教育をすべきです! 東になど任せておけません!!」
強硬派が長に詰め寄り、怒鳴る様に言った。それに対して、穏健派が慌てだす。
「い、いや! ここは早急に、東との和解の場を設けるべきだ」
「お嬢様への配慮を、しっかりしてもらわんと」
「なぜこちらが下らなければならない! 和解など、認められるか!」
意見のぶつかり合い。
穏健派は、東と争うのを恐れて、早急な和解を主張する。
一方で強硬派は、和解などせずに、このちゃんを連れ戻しこちらで教育すべきと主張する、か。
正直なところ、どちらにも賛成しがたいな。穏健派の言うとおり和解はすべきだと思うが、強硬派の言うとおりこちらが下る必要は無い。だが、だからといって強硬派の言う、このちゃんを連れ戻して教育するというのはいただけない。それでは、このちゃんの意思を無視して振り回すことになってしまう。
こちらの都合で振り回すような事はしたくない。そう静かに思考した。
「長、どうするのですか!?」
「………」
双方が長に決断を迫った。
長は穏健派だ。となると、賛成するとなれば穏健派の意見、早急な和解ということになるだろうか……けれど、今そちらに賛成されては困る。もし本当に和解が成立したとなれば、不満を抱えたままの強硬派が爆発して、西が崩壊してしまう。
それだけは、絶対に避けなければならない。
「…………刹那君」
「はい」
下げていた頭を僅かにあげて、長を見る。長は無表情を装いながら、けれどその瞳を曇らせて、私に聞いてきた。
「君の見解は、どうですか?」
「長……」
「かような護衛如きの意見が必要か!?」
「そもそも、そやつは西の裏切り者であろう! このような場にいること自体が可笑しいのじゃ!!」
風当たりはひどい、か。まあ、当然だろう。
所詮、どんなに長が信頼してくれようと私は一介の護衛に過ぎず、また彼らから見れば西を捨てて東へ赴いた裏切り者。
だからどんな言葉も仕方ない。ただ、それくらいの事で私が、何もせずにただ黙って見ているわけにはいかなかった。
「皆様方、どうか私の発言をお許しいただけませんか」
「許します。君の意見を聞かせてください」
穏健派と強硬派が口を開くより早く、長が許しの言葉を告げる。
どれだけ憤ろうと、この場に置いて最上格にある長の意思を無視することなど出来ない。
「では、失礼して―――長の考えでは、木乃香お嬢様に対する東の対応を見るために、お嬢様をあちらへ預けたのでしたよね?」
「っ……」
無言ながら長が戸惑った。けれど、私の言葉に驚いた穏健派と強硬派の面々にはその反応に気づく者はおらず、私に視線が集中する。
意識が私に向いているうちに、私は言葉を続けた。
「あくまでも、お嬢様には魔法を知らせず一般人として。そのお嬢様に対する東の対応を、そして、お嬢様が生活していくうえで、東にどのような印象を持つのか。長はそれを、確かめたかったのでしたよね?」
「なんと……では、全て考えがあっての事だったと?」
「はい。敵を騙すにはまず味方から、という言葉もありますし……長も、ご自分の愛娘を危険かどうかも判断しかねる場所に送るのは、さぞお心を痛めたことでしょう。せめてもの想いで、長は私をお嬢様の護衛と、その様子を報告させる要員としてお選び下さいました」
「むぅ、そういうことであったか……」
各々が勝手に納得して、一先ずは場の空気が治まりを見せる。
この様子なら、少なくとも今すぐに結論を出す必要は無くなるだろう。多少なりとも、議論をする余裕は互いにあるはずだ。
「刹那君……」
「申し訳ありません、長。話した方が良いかと思いまして……勝手な真似を致しました」
「…………いえ、君の判断に間違いは無かったでしょう。ありがとうございました」
困惑する長に頭を下げる。まあ、私が話したのは全て―――嘘だけれど。
そのまま会合は一度お開きとなり、部屋を出たその足で私は、長の私室へと向かっている。
先ほどの事について、話さなければならない。
「長、刹那です」
「どうぞ、入ってください」
「失礼します」
襖を開ければ、当然ながら部屋には長一人。
部屋に入り襖を閉めると同時に、盗み聞き防止に防音のお札を貼った。
「………先ほどは、申し訳ありませんでした」
「いえ、むしろ助かりました。刹那君の言葉が無ければ、あの場を治める為に私は何かしらの決断を必要としたでしょう」
全てが考えあっての事となれば、その報告を聞いてから議論して決断することが出来る。
もちろん、双方が議論の余地ありと判断した場合に限るが……思惑がどうあれ、今回については上手くいって良かったと思うべきだろう。
「しかし、参りましたね。刹那君の報告を聞いてから、こちらでも木乃香に魔法を教えるか否かについては触れてきましたが……未だ平行線のままです」
「そうですか……」
「木乃香の様子にしても、お義父さんからは何も問題は無いと聞いていたのですが……」
「あちらの考えの全てが、こちらに伝わるわけではありませんから……ですが、勝手な推測から言わせてもらいますと、おそらくは木乃香お嬢様を、ネギ・スプリングフィールドの従者にと、考えているのではないでしょうか」
「……ナギの息子、ですか」
長の呟きは、聞こえなかった事にしよう。そうしよう。
私にとって、ネギ先生が誰の息子かというのは問題にはならない。問題なのは、ネギ先生が魔法使いか否かで、このちゃんに害があるかどうかだ。
「麻帆良の認識阻害もあって、現状はお嬢様も魔法の存在に気づいていません。ですが、お嬢様の周りに危険が蔓延っているのも事実です。結界を越えて侵入してくる妖怪の他に、強硬派の中には既にお嬢様を狙って学園へ侵入を試みる者もいます」
「……護衛は、難しいですか?」
「いえ。現状では私で対処できます。ですが……今後の事を考えれば、長にも早急にご決断いただきたいところです」
「そう、ですか……」
襲ってくる輩なら、いくらでも斬り捨てられる。それだけで護れるなら安いものだ。
「木乃香お嬢様に、魔法を教える事はなりませんか?」
「………」
言って、すぐには無理なんだろうなと思う。
報告してから少なくとも半月近くは経過した。けれど未だ穏健派と強硬派で意見はぶつかり合うままで、結論は見えない。
それに何より、長が未だ結論を出せていない。
長の願いは、このちゃんに平和な世界で生きてもらうことで。その為に、このちゃんを麻帆良に逃がしたのだから。
このちゃんの魔力が、利用されない為に―――誤算は、敵がこちらだけでなく、向こうにもいた事だったけど。
「魔法の存在を知っているのと知らないのでは、対処の仕方が変わります。逃げやすくも避けやすくもなりますし、何より、知らずうちに巻き込まれる事は防げます」
「巻き込まれる可能性が、あるのですか?」
「はい。現に、木乃香お嬢様の同室である少女は、ネギ・スプリングフィールドが魔法使いであることを知っている様子でした」
どんな流れで、明日菜さんが魔法の存在を知ったのか私は知らないが、そのまま魔法に関わっているのは事実。おそらくは、その本当の危険性も知らないままなんだろう。
それは一歩間違えれば、このちゃんだったかもしれない。
「これは、私の考えになるのですが」
「……ええ、聞かせてください」
「はい。お嬢様には、魔法の存在を知ったうえで、選択してもらうべきなのではないでしょうか?関わるのも、関わらないのも―――私は、お嬢様の望みを叶えるために、全力を尽くすつもりです」
このちゃんの為なら、茨の道を切り開く剣となり、どんな外敵からも護る盾となろう。
どんな手段になろうとも、私は―――このちゃんの生きる未来を、掴んでみせる。
「刹那君……」
長は静かに息を吐いて、やがてゆっくりと言葉を紡いだ。
「私も、このままではいけないのでしょうね」
……私には、長が何を思ったのかは分からない。でも、その心に何かしらの変化があったのだけは分かる。
そして長は一度、情けないと呟いて力の抜けた笑みを浮かべた。
「決断しなければならないと分かってなお、木乃香のことをすぐに決める事が出来ない。けれど、結論は必ず出しましょう……僕の方にも、改めて考える時間をください」
「……はい」
私はその言葉にしっかりと頷いた。
目の前に今いるこの人は、長ではなく―――詠春様。このちゃんの父親に見えた。
「今しばらく、木乃香をお願いします。まだあの子には、普通の生活をしてもらいたいんです」
「承知しました」
過去は、私の知らない未来へと進んでいる。これもきっとその一つで、でも私にはこれが、良い事なのかは分からない。
『せっちゃぁああん!!』
…………あんなにも泣いたこのちゃんを見たのは、いつ以来の事だっただろう。