★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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4. 惑星G112、顛末

 

 ◆

 

 君が惑星G-112から持ち帰ったサンプルとデータが、どれほどの価値を持つものだったか。

 

 この時点の君はまだ何も知らない。

 

 君の関心はと言えば依頼の成功報酬がいくらになるかと、こっそり持ち帰った“サンプル”がどれほどの“品質”なのか、ただそれだけだ。

 

 だが君が持ち帰った情報は、惑星開拓事業団の上層部を経由して、すぐさま連合政府の一部の耳へと届いていた。

 

 そしてそれは水面下で燻る権力争いの新たな火種となる。

 

 君は知らないだろうが、連合政府というのは決して一枚岩の組織ではないのだ。

 

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 連合政府とは、地球を中心とした既知の有人宙域における最高行政機関である。

 

 その母体となっているのは旧地球連邦と、経済的に成功したいくつかの有力なコロニー国家だ。

 

 超光速航行技術と超光速通信技術が一般化した後、人類の活動領域は爆発的に拡大した。

 

 それに伴い、未開拓惑星の利権やテラフォーミングの主導権を巡る争いが頻発したのである。

 

 際限のない星間戦争や、野放図な奴隷売買が横行する無秩序な未来。

 

 それを危惧した各勢力が最低限の法秩序を維持するために結んだ、比較的ゆるやかな連邦条約こそが連合政府の始まりであった。

 

 故にその内情は複雑怪奇だ。

 

 出身母体も違えば掲げる思想も異なる様々な派閥が、常に互いの足を引っ張り合い、隙あらば蹴落とそうと画策している。

 

 さながら見栄えの良い服を着たインテリヤクザの集まりである。

 

 しかし、彼らが表立って武力衝突を起こすことはない。

 

 なぜなら、それは連合政府という組織の存在意義そのものを揺るがす行為だからだ。

 

 法秩序の維持を掲げる者たちが自ら大規模な戦争を始めれば、それこそ笑い話にもならない。

 

 そこで彼らが好んで用いるのが、もっと静かでそれでいて陰湿な闘争手段であった。

 

 そう──違法薬物である。

 

 毒物でも媚薬でも何でもよい。

 

 毒は人類にとってこの時代になってもなお心強い相棒であると同時に、恐るべき刺客なのであった。

 

 ◆

 

 惑星G-112の植物から精製される向精神薬は、既存のあらゆる薬物を過去の遺物へと変えてしまうほどの可能性を秘めていた。

 

 それは単なる快楽をもたらすドラッグではない。

 

 どんな石頭の原理主義者だろうとこれを脳に流し込んでやれば、翌日には敬虔な自派閥の信者に生まれ変わる。

 

 貞淑で知られる政敵の奥方を一夜で陥落させ、枕元で国家機密を囁かせることだって夢ではなかった。

 

 まあそんな下品な使い方をするかどうかは別として、だ。

 

 標的の精神に直接作用し、思考を誘導し、偽りの記憶を植え付け、そして絶対的な忠誠心を刻み込むことすら可能にする──まさに“魂のハッキングツール”だったのである。

 

 毒は大気に流し込んだってかまわない。

 

 摂取させる手段は一つではない。

 

 これを手にした派閥が政敵の重要人物を意のままに操り、内部から組織を崩壊させることがどれほど容易か想像に難くないだろう。

 

 君が品質チェックと称して嗜んだあの葉っぱやキノコは、連合政府のパワーバランスを根底から覆しかねないとんでもない代物だったのである。

 

 この情報に連合政府内で野心を燻らせていた急進派が飛びつかないはずがなかった。

 

 ◆

 

 そうしてさっそくとある勢力が行動を開始した。

 

 彼らは惑星開拓事業団に圧力をかけ、極秘裏に無人機を主力とした大規模な採集船団を組織させる。

 

 表向きは「生態系保護のための追加調査」という名目だ。

 

 しかしその実態は、惑星G-112に存在する有用植物の独占的乱獲に他ならない。

 

 最新鋭のステルス機能を搭載した輸送艦。

 

 自律思考AIによって制御される数百機の採集ドローン。

 

 そして万が一の事態に備え、ごく少数の研究員と護衛兵が同乗した。

 

 彼らは意気揚々と宝の山へと向かったのである。

 

 誰もが成功を疑わなかった。

 

 君という先行調査員のおかげで、惑星の危険性も、植物の分布も、全て把握しているつもりだったからだ。

 

 彼らが唯一知らなかったこと──それは君という男が歩くバイオハザードであるという事実だけだった。

 

 ◆

 

 惑星G-112に到着した採集船団は、すぐさま異変に気づいた。

 

 君が訪れた時あれほど生命力に満ち溢れていた緑の楽園は、見る影もなく変貌していたのだ。

 

 鬱蒼と茂っていたはずの森はまるで病に侵されたかのように枯れ果て、灰色に変色している。

 

 大地は黒くひび割れ、川の水は淀み、生命の気配がどこにも感じられない。

 

 美しいエメラルドの輝きを放っていた星は、不気味な静寂に包まれた死の惑星と化していた。

 

『原因不明の生態系崩壊を確認。ドローンによるサンプル採取を開始します』

 

 研究員からの報告を受け、船団司令は予定通り採集ドローンを発進させた。

 

 数百機のドローンが枯れた森の上空を編隊飛行していく。

 

 しかしドローンが地表に降下した瞬間、惨劇は始まった。

 

 黒くひび割れた大地から無数の黒い粒子が霧のように湧き上がり、ドローンにまとわりついたのだ。

 

 それは君がこの星に無意識にばらまいてしまった捕食性のナノマシンだった。

 

 君の体内で様々な細胞群と奇妙な共生関係を築いていたあの居候たちが君の体から零れ落ち、この星の豊かな有機物を餌として爆発的に増殖していたのである。

 

 ナノマシンはドローンの装甲に付着すると、金属を原子レベルで分解し、エネルギーとして吸収し始めた。

 

 最新鋭のドローンがまるで砂糖菓子のように溶けていく。

 

『ドローンからの信号、ロスト! 次々と応答が途絶えていきます!』

 

 艦内にオペレーターの悲鳴が響く。

 

 モニターに映し出されていたドローンの映像は次々と砂嵐に変わっていった。

 

 ナノマシンの群れは獲物を食い尽くすと、次なる標的を求めて空を見上げる。

 

 そう、母船である輸送艦だ。

 

 黒い霧は巨大な竜巻となって空へと舞い上がり、輸送艦へと殺到した。

 

『船体に異常! 外壁が……外壁が侵食されています!』

 

『ダメだ、シールドがもたない!』

 

『うわああああああ!』

 

 船団から送られてきた最後の通信記録は、乗組員たちの断末魔の叫びと、金属が引き裂かれる耳障りなノイズだけだった。

 

 無人機も、有人艦も、そしてそれに乗っていた人間たちも。

 

 全てが黒いナノマシンの群れに飲み込まれ、惑星G-112の新たな養分となった。

 

 ◆

 

 当然ながら連合政府の急進派は激怒した。

 

 貴重な船団と派閥にとって重要な人材を一度に失ったのだ。

 

 怒りの矛先は即座に惑星開拓事業団へと向けられた。

 

 惑星C66にある事業団の幹部オフィス。

 

 そこに設置された大型ホログラムモニターに、急進派の代表者が苦虫を噛み潰したような顔で映し出されている。

 

 男の名はタイザー・ゴルマシオといって、実家の太さだけが取り柄の、まあ言ってみれば無能である。

 

 その前に座るのは、幹部職員のローレン・ナイツだ。(『27.惑星U101⑧』、『8.遊星X015⑧』参照)

 

 毒を浸したナイフを思わせる細身の青年。

 

 艶やかな黒髪のボブヘアが、その白い肌を際立たせている。

 

 そんな彼は面白そうに口の端を吊り上げ、相手の怒声に耳を傾けていた。

 

 彼自身もまた君と同じ下層居住区の住人──であった。

 

 しかしその泥濘から幹部にまで登り詰めた男だ。

 

 だからこそ、生まれながらの特権階級が焦燥に駆られる様を見るのは何よりの娯楽なのだった。

 

『お前たちの提供した情報が不正確だったせいだ! 危険なのは精神感応能力を持つ植物だけではなかったのか!』

 

『これは明確な契約不履行だ! どう責任を取るつもりだ!』

 

 一通り相手に喚かせた後、ローレンは優雅に足を組み替えた。

 

 その切れ長の赤い瞳は、獲物をもてあそぶ捕食者のように愉悦の色を浮かべている。

 

「おやおや。契約書も交わさずに事を進めておいて、今更責任問題ですか? ずいぶんと面白い冗談ですね」

 

 その一言で派閥の代表者は言葉に詰まる。

 

 そうなのだ。

 

 今回の派遣は、公式な依頼ルートを通していない。

 

 政治的な圧力を背景とした、非公式な協力要請に過ぎなかった。

 

 惑星開拓事業団はこのクレームを黙殺した。

 

 そもそも惑星開拓事業団は連合政府の官僚たちが考えるような、ただの便利な下部組織ではない。

 

 彼らは自らを人類の未来を切り拓く最前線の実行部隊であると考えている。

 

 そこにはある種の選民思想にも似た強烈な自負とプライドがあった。

 

 安全なオフィスで繰り広げられる小賢しい権力争いなど、彼らにとっては宇宙の塵ほどにも価値がないのだ。

 

 彼らは開拓者であり官僚ではない。

 

 ゆえに事業団は相手の弱みを完全に握っている以上、下手に出る理由がどこにもなかった。

 

「ところで」とローレンは続ける。

 

「あなた方が血眼で探していた“お薬”のこと、倫理委員会の方々もさぞ興味を持つでしょうね。報告して差し上げましょうか?」

 

 それは脅しですらなかった。

 

 ただの事実確認だ。

 

 しかしその言葉はどんな暴力よりも重く相手にのしかかる。

 

 急進派はもはや何も言えなかった。

 

 事業団は君が持ち帰った報告書から彼らの真の目的を正確に推察していたのだ。

 

 挙句の果てにこう付け加えた。

 

「そもそも我々の団員は問題なく調査を完了し、生還しております。その後の調査で壊滅的な被害が出たのは、あなた方の部隊運用に問題があったからではないのですか?」

 

 ローレンは通信を切ると、満足げに微笑んだ。

 

 連合政府の一部勢力が夢見た宝の山は、一瞬にして地獄の墓場へと変わったのである。

 

 そしてその地獄を作り出した元凶が、今頃下層居住区の安酒場でくだらない昔話に花を咲かせていることなど誰も知らない。

 

 

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