★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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13.友達③

 ◆

 

 ジミー・ラットという男はこの惑星C66の下層居住区で生まれ、掃き溜めの中で育ったアースタイプの若造だ。二十歳そこそこの、どこにでもいるチンピラ。

 

 だが性根は腐りきっている。

 

 彼は自分が特別な存在だと信じて疑わなかった。いつかはこの下層を抜け出し、中層、いや、上層居住区で贅沢な暮らしをするのだと。

 

 そのための才覚も努力する根性もなかったが、肥大化した自尊心と他人の成功を妬むドス黒い感情だけは人一倍持っていた。

 

 ジミーはドックの荷運びの仕事をしていたが、そんなもので満足できるはずがない。もっと楽に、もっと手っ取り早く稼ぎたい。そして、自分を見下す連中を見返してやりたい。

 

 そんな折、ジミーが潜り込んだのがルード・ファミリーだった。

 

 新興のならず者集団。荒っぽいが勢いはある。ジミーは持ち前の調子の良さと弱い者に対する残忍さで、少しずつ頭角を現していった。

 

 ファミリーの幹部連中はジミーのことを便利な道具としか見ていない。使い捨ての鉄砲玉にでも出来ればいいだろう、そのくらいの事を思っていた。

 

 だがジミーはそのことに薄々気づいていた。だからこそ、焦っていたのだ。

 

 何か大きな手柄を立てなければ。自分の価値を証明しなければ。

 

 そんな時だ。ペイシェンスに出会ったのは。

 

 ──薄汚いピギー星人が真新しいジャケットを着て、高い酒を飲んでいる。自分と同じ荷運びの仕事をしていたはずの奴が、だ

 

 ジミーはペイシェンスの話を聞きながら、腹の底でどす黒い感情が渦巻くのを感じていた。

 

 虹色の鉱石。一攫千金。

 

 ──なんでこいつが。なんで俺じゃなくて、この豚野郎が

 

 それは本来、自分が手にするべき幸運だったはずだ。

 

 ジミーはペイシェンスを言葉巧みに誘い出し、人気のない路地裏に連れ込んだ。

 

 そして、仲間と共に彼を襲った。

 

 金を奪うだけでは気が済まなかった。

 

 彼の幸運そのものを、彼の未来そのものを、徹底的に破壊したかった。

 

 だからあんな殺し方をした。

 

 手足を千切り、胴体を引き裂き、顔の原型も留めないほどに。

 

 それはジミーなりの、不公平な世界に対する復讐だった。

 

 彼は自分がまた一つ、上に上がったのだと満足していた。

 

 君に出会うまでは。

 

 ◆

 

 埃と錆と、そして古い油の匂いが充満する廃倉庫。

 

 天井のトタン板の隙間から差し込む僅かな光が、床に転がる男の姿を照らし出していた。

 

 ジミー・ラットだ。

 

 彼は両手両足を拘束され、床に無様に転がされていた。

 

 昨夜は仲間と祝杯をあげていたはずだ。奪った金で、安い酒と女を買って、朝まで騒いでいた。

 

 なのに、気がついたらここにいた。

 

 目の前にはパイプ椅子に座り、足を組んで彼を見下ろす男がいる。

 

 君だ。

 

 君の表情は凪いでいる。

 

 怒りも、憎しみも、そこにはない。

 

 ただ、静かに彼を見つめている。

 

 ジミーは君の姿を見て、心臓が凍りつくような恐怖を感じた。

 

 殴られたわけではない。蹴られたわけでもない。拷問器具を見せつけられたわけでもない。

 

 だが、ジミーは生きた心地がしなかった。

 

 なぜなら、君の目が──

 

 その目は何も映していなかった。

 

 まるで深海の底のように暗く、そして冷たい。光を一切反射しない、虚無の瞳。

 

 在りし日の下層居住区(スラム)で、ろくでなし共の首を掻っ切っていた頃の君の目。

 

 ジミーはこれまで多くの修羅場をくぐってきた。だが、こんなにも恐ろしい目を向けられたのは初めてだった。

 

 君はゆっくりと立ち上がり、ジミーに近づいた。

 

 そして口に貼られていたガムテープを剥がした。

 

 乱暴にではない。むしろ丁寧な手つきで。

 

「……っ! てめえ、誰だ! 何しやがる!」

 

 ジミーは虚勢を張って叫んだ。だが、その声は震えていた。

 

 君は答えない。

 

 ただ、ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。

 

 そして、ゆっくりと煙を吐き出しながら言った。

 

「なあ、俺はよくわからねぇんだが……」

 

 君の声は低く、静かだった。

 

「なんでペイシェンスをああいう風に殺したんだ?」

 

 ジミーの体がびくりと震える。

 

「まず、理由を聞きたいとおもったんだよ」

 

 君は淡々と続けた。

 

「ペイシェンスの奴がああされるだけの理由があるなら、俺はあんたに何もしない。詫びの金も払うよ」

 

 ジミーは混乱した。

 

 こいつは何を言っているんだ? 詫びの金? 

 

「もし、あいつがとんでもねえ外道で、あんたの大事な人を傷つけたとか、そういう理由があるならな。俺は納得するさ」

 

 君は煙草の灰を床に落とした。

 

「正直いって、俺がペイシェンスの、なんというか、仇討ち? みたいなことをするのはどうなのかな、と思わなくもないんだ」

 

 君は少しだけ視線を逸らした。

 

「だって俺たちは単なる同僚にすぎねえんだからな」

 

 それは本心だった。

 

 君も自分のペイシェンスに対する感情がよくわかっていなかったのだ。

 

「でも」

 

 君は語を継ぐ。

 

「でも、あいつが俺を()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 君の声に、初めて僅かな感情が滲んだ。

 

 それは、後悔のような、あるいは諦めのようなそんな色をしていた。

 

「俺はそれが嫌じゃあなかった。俺はさ、余り人を信じられないタチなんだ」

 

 君は自分の過去を思い返していた。

 

「だから」

 

 君はいって、かがみこんだ。

 

 そしてジミーの耳をそっとつまむ。

 

 優しく、まるで壊れ物を扱うように。

 

 あの死体安置所で、ペイシェンスの耳を撫でた時と同じ手つきで。

 

「だからよ、いつか──あいつを友達だって思えたらいいなと思ってたんだ」

 

 ジミーは君の指先から伝わる冷たさに、悲鳴を上げそうになった。

 

 君はペイシェンスがどんなやつだったかを語り始めた。

 

 あの襤褸(ぼろ)ホテルでの会話を思い出す。

 

 身請けしたい女がいると語るペイシェンス。

 

 そのために危険な仕事に手を出したペイシェンス。

 

「あいつは夢を見てたんだ。好きな女と一緒になって、幸せに暮らすって夢をさ。馬鹿みたいな夢だけど、あいつは本気だった」

 

 そして、君の船での会話。

 

 宝を掘り当てたと喜ぶペイシェンス。

 

「女のことしか頭にねえような奴だったけどな。ま、別に悪い事じゃねえし、俺も女は好きだからな。なんとなく、気が合うかもと思った」

 

 君はジミーの耳から手を離し、立ち上がった。

 

「だからな、俺は少しムカついている。もしかしたら友達になれたかもしれない奴があんな風に殺されたんだ」

 

 君の瞳の奥で炎が揺らめいた。

 

 赫怒の赤ではない。

 

 青だ──青い炎だ。

 

 少し?

 

 ムカついている?

 

 とんでもない、とジミーは慄いた。

 

 憎悪という言葉では言い足りないほどに、この男は俺を憎んでいる──ジミーはそう思う。

 

「なあ、教えてくれよ」

 

 君は再び問いかけた。

 

「なんでああいう風に殺したんだ?」

 

 ジミーはもう限界だった。それなりに荒事を経験してきた彼だからこそ分かる──目の前の男が、すぐにでも自分をぶち殺したいと思っている事が。

 

「……嫉妬だ」

 

 ジミーは掠れた声で言った。

 

「あいつが、急に大金を手に入れたのが、許せなかったんだ……あんな豚野郎が、俺より先に成功するのが許せなかった……!」

 

 ジミーは涙を流しながら懇願した。

 

「た、頼む、助けてくれ! 金ならある! あいつから奪った金だ! 全部やるから、だから……!」

 

 君はしばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「へ、嫉妬かよ」

 

 君は乾いた凄絶な笑みを浮かべた。

 

 いや、それを笑みと呼んでいいものか。

 

 君の内側に降り積もった黒い何かが、皮膚を突き破って外に漏れ出したような──そんな歪な表情だった。

 

 あまりにもくだらない理由。あまりにも陳腐な動機。

 

 そんなもののために、ペイシェンスはバラバラにされたのか。

 

 そう思った君の中で何かが弾けた。

 

 だが、それは激情となって表に出ることはなかった。

 

 代わりに君の表情から一切の感情が消え失せる。

 

 ジミーは君の笑みを見て、自分の死を悟った。

 

 ──こいつは、俺を殺す。何の躊躇もなく、何の感情もなく。まるで、虫けらを踏み潰すように

 

 君はジミーに近づいた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 その日の晩。

 

 君が帰宅すると、ミラは何も言わなかった。

 

 君の服に付着した僅かな血痕にも、君の瞳の奥に宿る暗い炎にもミラは気づいていたはずだ。

 

 だが、ミラは何も尋ねなかった。

 

 君は無言でベッドに横たわり、思う。

 

 ──結局、俺は何をしたかったんだろうな

 

 ペイシェンスの仇を討った? 

 

 違う。

 

 君はただ、自分の感情を発散させたかっただけだ。

 

 降り積もった黒い何かを、吐き出したかっただけ。

 

 ──俺は、クズだな

 

 改めてそう思った。

 

 体が機械になっても、中身はあの頃のまま。どうしようもないろくでなし。

 

 君がそんな風に横たわっていると、ミラがふわりとういた。

 

 そして君の横に鎮座する。

 

 ただそれだけ。

 

 何かを言うわけでもなく、何かをするわけでもなく。

 

 ただそこにいる。

 

 君は黙ってミラの丸いボディを軽く撫でた。

 

 金属の冷たい感触が、少しだけ心地よかった。

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