★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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15.レジェンドギャンブラー・ケージ

 ◆

 

 衛星NS66-5、通称「ハイ・クラス」。

 

 そこは、惑星C66の掃き溜めから見上げれば、文字通り「高み」にある場所だった。重力制御は完璧で、空気は濾過されすぎて少し甘ったるい匂いさえする。下層居住区の埃と油の匂いに慣れ親しんだ君には、どうにも落ち着かない空間だ。

 

 そして、君の新しい職場である巨大リゾートカジノ、「セレスティアル・ガーデン」。

 

 支給されたばかりの黒い制服は、君の体には少し窮屈だった。それなりに仕立ては良いのだろうが、着慣れない服というのはどうにも肩が凝る。

 

 ──まるで借りてきた猫だな

 

 モニターに映る自分の姿を見て、君は内心で毒づいた。だがこれも仕事だ。心の炉に火を入れるための第一歩だ。

 

 メインフロアは、眩いばかりの光と、狂騒に満ちていた。

 

 天井からは巨大なクリスタルのシャンデリアが吊り下げられ、フロア全体を幻想的に照らし出している。床は磨き上げられた漆黒の素材で、それが光を反射して、まるで星空の上を歩いているような錯覚を覚えさせた。

 

 行き交う客たちは皆、着飾っている。アースタイプの上流階級、他星系の貴族、成り上がりの企業家。中には、全身をホログラムでコーティングした、歩く電飾看板みたいな奴もいる。

 

 ルーレットの回る音、カードが配られる音、スロットマシンの派手な電子音。そして、勝ち鬨と悲鳴。

 

 欲望の坩堝(るつぼ)。それがカジノだ。

 

 君はこの空気が懐かしかった。血が騒ぐ、というわけではない。だが、心の奥底にある何かが、微かに共鳴するのを感じる。

 

「よう、新入り。初日から大変そうだな」

 

 隣から声がかかった。

 

 見ると、そこには君と同じ制服を着た、トカゲのような顔をした外星人が立っていた。黄色い目が、縦長の瞳孔で君を捉えている。

 

「ああ、まあな。凄い熱気だと思ってさ」

 

 君は適当に答えた。

 

「そりゃそうさ。ここはセレスティアル・ガーデンだぜ? 一晩で国家予算並みの金が動くこともある。ああ、俺はバズだ。B.U.Z.Z、バズ」

 

 バズと名乗った漢は、自慢げに鱗のある胸を張った。

 

「お前、ギャンブルはやるのか?」

 

「昔はな。今はもうやめたよ」

 

「賢明な判断だ。ここの客を見てると、つくづくそう思うぜ。あいつら、みんな正気を失ってる。まるで餌に群がるピランニ.アル・フィシューだ」

 

 バズはそう言って、フロアの一角を顎でしゃくった。

 

 そこでは神経接続型のカードゲームが行われていた。プレイヤーはテーブルに座り、頭部に接続されたデバイスを通じて、思考だけでゲームを進める。

 

 ・

 ・

 ・

 

 神経接続型インターフェース。元々は、四肢を失った者や、極限環境下での作業効率を向上させるために開発された技術である。脳波を電気信号に変換し、それを機械やコンピューターに伝達する。

 

 この技術がエンターテイメント分野に応用されるのは必然の流れだった。特にカジノ業界はこの技術にいち早く目をつけた。

 

 思考だけで操作できるゲームはプレイヤーに究極の没入感を与える。そして何より、物理的なイカサマを完全に排除できる。カードを隠し持つことも、ダイスをすり替えることもできない。

 

 だがそれは新たな形のイカサマを生み出した。「ニューロ・ハック」と呼ばれる、相手の思考を盗み見たり、あるいは偽の信号を送って混乱させたりする技術だ。

 

 もちろん、カジノ側も対策は講じている。高度な暗号化技術と脳波の異常を検知するシステムによって不正行為を監視している。

 

 だが、その網をかいくぐろうとする者も後を絶たない。技術の進歩は常に新たな欲望と、それを満たすための新たな手段を生み出すのだ。

 

 ・

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 ・

 

「ま、俺たちの仕事は、あいつらが暴走しないように見張ることさ。楽な商売だよ」

 

 バズはそう言って欠伸を噛み殺した。

 

 確かに、仕事自体は楽だったが退屈だった。フロアを巡回し、不審な動きがないか監視するだけ。

 

 君はそんな退屈な時間を、ひたすらギャンブラーたちの観察に費やしていた。

 

 あいつは勝ちが込んでいるな。あいつは負けが続いている。あいつはそろそろ限界だな。

 

 そんな風に、彼らの運命を傍観する。

 

 それはまるで、水槽の中の魚を眺めているような気分だった。

 

 ◆

 

 シフトが始まって数時間。

 

 君の退屈が頂点に達しようとしていた時だった。

 

「ガギグ・ゾルダ・バ=クラァァァッ!!」

 

 フロアの一角から、甲高い、金属を引っ掻くような絶叫が響き渡った。

 

 見ると、カードゲームのテーブルで一人の外星人が立ち上がり、テーブルをひっくり返そうとしていた。

 

「おいおい、またかよ」

 

 バズが面倒くさそうに呟いた。

 

「行くぞ、新人」

 

 君たちは騒ぎの中心へと向かった。

 

 そこには、異様な姿の外星人がいた。

 

 全身がまるで水晶のような、ゴツゴツとした半透明の物質で覆われている。身長は2メートルを超え、その巨体は威圧的だ。頭部には角のような突起がいくつもあり、目は複眼のように無数に分かれている。

 

「クリスタリアン」と呼ばれる珪素生命体だ。

 

 そのクリスタリアンが、ディーラーに向かって何かを叫んでいた。

 

「ギシャアアア! フラグマ・ノン・エスト! ウ・ヴォ・ス・タ・リ・ア!」

 

 言葉は全く分からない。翻訳機も機能していないようだ。感情が高ぶりすぎると、言語野がバグる種族もいる。

 

 クリスタリアンは興奮すると体温が上昇し、体表が赤く発光する。今は怒りを表すかのように、全身が真っ赤に燃え上がっていた。

 

「おい、落ち着け! 何があった!」

 

 バズが制止しようとするが、クリスタリアンは聞く耳を持たない。

 

「グルルルル……!」

 

 クリスタリアンはバズを睨みつけると、その岩のような腕を振り上げた。ハンマーのような拳がバズに迫る。

 

「危ねえ!」

 

 君は咄嗟にバズを突き飛ばし、代わりにクリスタリアンの拳を受け止めた。

 

 ガキンッ! 

 

 硬質な衝撃音が響く。

 

 クリスタリアンの拳は硬い。だが、君のサイバネボディはそれ以上に硬かった。

 

「……!?」

 

 クリスタリアンは驚いたように複眼を見開いた。自分の渾身の一撃が、いとも簡単に受け止められたことに動揺しているようだ。

 

 君はその隙を見逃さなかった。

 

 クリスタリアンの腕を掴み、そのまま床にねじ伏せる。圧倒的なパワー差だ。

 

「大人しくしろ」

 

 君の声は低く、静かだった。

 

 だが、クリスタリアンはなおも抵抗しようとする。

 

「ガギグ! ゾルダ!」

 

 相変わらず言葉は分からない。

 

 だが、君には彼が何を言いたいのか、手に取るように分かった。

 

 ──ああ、これな

 

 君はクリスタリアンの目を見た。

 

 そこには、怒りと、そしてそれ以上に深い絶望が宿っていた。

 

 負け犬の目だ。

 

 全てを失い、その現実を受け入れられず、八つ当たりするしかない哀れなギャンブラーの目。

 

 君はその目をよく知っている。鏡の中で何度も見たことがあるからだ。

 

 こいつは、俺と同じだ。

 

 そう思った瞬間、君の中で何かがストンと落ちた。

 

 怒りではない。同情でもない。

 

 それは、同じ穴の狢(むじな)に対する、奇妙な共感だった。

 

「なあ、お前さん」

 

 君はクリスタリアンに語りかけた。勿論、言葉は通じないだろう。

 

 だが、それでも君は話さずにはいられなかった。

 

「イカサマだと思いたい気持ちは分かるぜ。俺もそうだったからな」

 

 君は自分の過去を思い返していた。

 

 あの薄汚れた賭博場で、全てを失ったあの日のことを。

 

「でもな、大抵の場合、イカサマなんてのはないんだよ。ただ単にツキがなかっただけさ」

 

 君はクリスタリアンの肩をポンと叩いた。

 

「お前、今日のラッキーカラーは何色だった?」

 

「……?」

 

 クリスタリアンは怪訝な顔をする。

 

「もしかしてラッキーカラーのチェックをしていないのか? だから負けたんだ。ギャンブルの結果ってのは必然だ。卓につく前の準備で決まる。運気を引き寄せる為にあらゆる準備をして卓につかなきゃならねえ」

 

 滅茶苦茶な理屈だ。何の根拠もない、ギャンブル屑特有の馬鹿理論。

 

 だが、君はそれを本気で信じていた時期があった。そして今も半分くらいは信じている。

 

 まあラッキーカラーのチェックをして挑んだ一世一代の賭けでは盛大に負け散らかしたのだが。

 

 ──それは、俺の準備が足りなかったからだ。思えば当日、俺は勝負パンツを履いていなかった

 

 君はそんな事を思いながら立ち上がり、床に蹲(うずくま)るクリスタリアンを見下ろした。

 

 クリスタリアンは呆然とした様子で君を見上げ──

 

 君に向かって一度だけ深く頷いた。

 

「……ガギグ」

 

 それは、感謝の言葉のようにも聞こえた。

 

 クリスタリアンはそのまま、駆けつけた他の警備員たちに連れられていった。

 

 その背中を見送りながら、君は呟いた。

 

「分かってくれたか」

 

 ◆

 

「おい、お前、凄えな」

 

 事態が収束した後、バズが感嘆した様子で君に言った。

 

「あのクリスタリアンを力でねじ伏せるなんて、お前、只者じゃねえな」

 

「まあ、ちょっと体が丈夫なだけさ」

 

 君は肩をすくめた。

 

「それにしても、お前、あいつに何を言ってたんだ? 随分と熱心に語ってたみたいだが」

 

 君が自身のギャンブル論をバズに教えると、バズは目を見開いて驚嘆する。

 

「お前、まさか名うてのギャンブラーなのか?」

 

「よせよ、それほどじゃない」

 

 君はシニカルな笑みを浮かべて答える。

 

 バズは感心したようにしばらく君を眺めていたが、突然何かを思い出したように、フロアの端にあるルーレット台を指さした。

 

「そうだ、お前の実力を見込んで聞きたいんだが」

 

 バズの黄色い瞳が細められる。

 

「あの台を見てくれ」

 

 君が視線を向けると、そこには尋常ではない量のチップを積み上げた客がいた。

 

 身なりは上等だが、どこか成金臭い。金色のホログラムタトゥーが首筋から顎にかけて脈打つように明滅している。最新型の神経増幅器だ。一つ二千万クレジットはする代物。

 

 そして何より目を引くのは、その積み上げられたチップの山だった。

 

 赤、青、緑、金。色とりどりの光を放つチップが、まるでバベルの塔のように天を衝く勢いで積み上がっている。控えめに見積もっても、小型宇宙船が一隻買えるほどの額だ。

 

「あの客の腕、どう見る?」

 

 バズの質問に、君は内心で舌打ちした。

 

 ──知るかよ、そんなもん

 

 だが「分かりません」では格好がつかない。

 

 君は腕を組み、したり顔で客を観察するフリをした。

 

「ふむ……」

 

 実際のところ、ルーレットなんて完全に運のゲームだ。腕もクソもない。球がどこに落ちるかなんて、神のみぞ知る。いや、神だって知らないだろう。

 

 だが、ギャンブラーというものは常に何かしらの法則を見出そうとする生き物だ。

 

「見ろよ、あのチップの積み方」

 

 君は適当に口を開いた。

 

「あれは典型的な『逆マーチンゲール法』の変形だな。勝ったら倍プッシュ、負けたら最小ベットに戻す。ただし、あいつのは少し違う」

 

「ほう?」

 

 バズが身を乗り出す。

 

「チップの色の配置を見てみろ。赤が下、青が中段、緑が上部、そして頂点に金。これは『虹の架け橋理論』だ」

 

「虹の架け橋理論?」

 

「ああ、知らないのか?」

 

 君は驚いたような顔を作った。勿論、今この場で思いついた造語である。

 

「チップの色には波長がある。赤は長波長、青は中波長、緑は短波長。これを適切に配置することで、ルーレットの球に微細な重力場の歪みを与えることができるんだ」

 

「……本当か?」

 

「勿論さ。量子もつれの原理を応用した最先端のギャンブル理論だ。俺も惑星ケンタウリの地下カジノで見たことがある」

 

 バズの縦長の瞳孔が疑わしげに細められた。

 

「でも、チップはただのプラスチックと金属の合金だろ? 重力場なんて……」

 

「甘いな、バズ」

 

 君は首を振った。

 

「最近のチップには微量のダークマターが混入されている。これはカジノ側の不正防止策なんだが、逆にこれを利用する奴らがいるんだ」

 

 君はさらに声を潜めた。

 

「あいつ、よく見てみろ。左手の薬指に銀色のリングをしてるだろ?」

 

「ああ、してるな」

 

「あれは『ニュートリノ・レゾネーター』だ。チップのダークマターと共鳴して、確率論的な揺らぎを自分に有利な方向へ傾ける」

 

 バズは目を丸くした。完全に騙されている。

 

「す、すげえ……お前、やっぱり只者じゃねえな」

 

 その時、問題の客が大きく息を吸い込み、全チップを「赤の17」に賭けた。

 

 ルーレットが回転する。

 

 銀色の球が円を描きながら踊る。

 

 カラカラカラカラ……

 

 フロア中の視線が、その一点に集まった。

 

 そして──

 

 カタン。

 

「黒の22」

 

 ディーラーの無感情な声が響く。

 

 客のチップの山がまるで砂の城のように崩れ落ちた──要するに負けたのだ。

 

 一瞬の静寂。

 

 その客は立ち上がり、いかにも苛立たし気な風情で立ち去っていく。

 

「……」

 

「……」

 

 バズと君は顔を見合わせた。

 

「虹の架け橋理論は?」

 

「ああ、あれか」

 

 君は咳払いをした。

 

「あいつ、致命的なミスを犯したんだ。見たか? 賭ける直前に鼻を掻いただろ?」

 

「掻いてたか?」

 

「掻いてた。あれで電磁場のバランスが崩れた。基本中の基本だ。賭ける前の37秒間は、絶対に体を動かしちゃいけない」

 

 バズは感嘆のため息をついた。

 

「なるほど……ギャンブルの世界は奥が深いな」

 

「ああ、深すぎて底が見えないさ」

 

 君は真顔で答えた。

 

 実際、底なんてない。あるのはただの穴だけだ。

 

 落ちていくだけの、暗くて深い穴。

 

 ──這い上がってやるけどな

 

 君は内心でそんな事を思いながら、崩れ落ちたチップを回収するディーラーを眺めた。

 

 

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