★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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17.二日目

 

 ◆

 

 二日目の勤務が始まった。

 

 君は昨日と同じ制服に着替えている。もちろん新品だ。贅沢な事に、制服は毎回新品のものを貸与されるのである。下層居住区育ちのチンピラにはもったいない待遇であった。

 

 ロッカールームの前でバズと合流する。

 

 彼は少し眠そうな顔をしていた。

 

「ようケージ。昨日は楽しかったぜ」

 

「ああ。だがお前飲み過ぎじゃないか?顔色が悪いぜ」

 

 君は彼の黄色い肌が少しだけくすんでいるのに気づいた。

 

「へっ大丈夫さ。俺の種族は肝臓が三つあるんだ。二日酔いなんて知らねえよ」

 

 バズはそう言って強がったが、その声は少し掠れていた。

 

 君はそんな彼を見て少しだけ羨ましくなった。

 

 二日酔いの苦しみ。

 

 寝不足の倦怠感。

 

 そういった生身の感覚が君にはもうない。

 

 この機械の体は便利だが、ひどく味気なくもある。

 

 そうして君たちはペアを組んでメインフロアの巡回を開始した。

 

 相変わらずの狂騒と欲望の渦だ。

 

 だが初日ほどの圧倒される感じはない。

 

 少しはこの空気に慣れてきたのかもしれない。

 

 ◆

 

 セレスティアル・ガーデンは銀河中のあらゆる種族を受け入れるために設計されている。

 

 そのためフロアのあちこちには様々な異形の姿があった。

 

 君の視線の先では、半透明のガス状生命体が専用のブースでポーカーに興じていた。

 

 彼らは実体を持たないため、思考波を読み取る特殊なデバイスを使ってゲームを進めている。

 

 時折彼らの体が激しく明滅するのは興奮している証拠だ。

 

 その隣のテーブルでは、小さな甲虫のような生物が集まってルーレットを囲んでいた。

 

 群体生物だ。

 

 彼らは集合意識を持ち、個々の個体は一つの大きな意思に従って行動する。

 

 ディーラーが球を投げ入れると、彼らは一斉に触覚を震わせその結果を予測しようとしていた。

 

 そしてフロアの中央には身長5メートルを超える巨人が鎮座していた。

 

 全身が岩石のような物質で覆われた珪素生命体である。先日のクリスタリアンに似ているが、これはまた違う色合いを帯びている。まあアースタイプで言うならコーカソイドだとかモンゴロイドだとか、そんな違いだ。

 

 彼は専用の巨大なスロットマシンをプレイしていた。

 

 これだけ多様な種族が一堂に会するのは驚異的なことだ。

 

 それぞれの種族にはそれぞれの快適な環境がある。

 

 気温。湿度。重力。大気組成。

 

 それらが少しでも異なれば彼らは生存することすら困難になるはずだ。

 

 だがこのカジノではその問題は完全にクリアされていた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 「アトモスフィア・シンクロナイザー」。

 

 それはこのカジノの根幹を支える環境制御技術である。

 

 フロア全体には目に見えない微細なエネルギーフィールドが展開されており、それが個々の客の周囲の環境を最適化する。

 

 例えば高温多湿な環境を好む種族の周囲では気温と湿度が上昇し、逆に低温乾燥な環境を好む種族の周囲ではそれが下降する。

 

 大気組成も同様だ。

 

 酸素濃度が高い環境を必要とする種族には酸素が供給され、逆にメタンガスを必要とする種族にはメタンガスが供給される。

 

 これらの制御は全てリアルタイムで行われ、しかも隣接する個体には影響を与えない。

 

 それはまるで個々の客が自分専用の小さな生態系を持ち歩いているようなものだ。

 

 この技術は元々異星間外交のために開発されたものだが、その莫大なコストと維持管理の難しさから広く普及はしていない。

 

 それを惜しげもなく導入しているあたりこのカジノの底知れなさが窺える。

 

 ・

 ・

 ・

 

「しかし本当に凄い技術だよな」

 

 君は感嘆の声を漏らした。

 

「ああそうだな。これのおかげで俺たちは防護服を着なくても済むんだからな」

 

 バズが同意した。

 

「もしこれがなかったらここは地獄絵図だぜ。あちこちで客が溶けたり凍ったり爆発したりしてるだろうよ」

 

 君はその光景を想像して少し笑った。下層居住区みたいじゃないか、というのが君の感想だ。

 

 下層居住区でも人は燃えたり溶けたり、凍ったり、もしくは刺されたりして死んでいる。

 

 ◆

 

 巡回を続けていた時だった。

 

 君たちの前にひときわ異彩を放つ存在が現れた。

 

 それは触手の塊としか形容できないような姿をしていた。

 

 無数の触手が絡み合い蠢いている。

 

 色は様々で赤青緑黄色とまるで虹のようだ。

 

 大きさは人間の子供くらいだろうか。

 

 その中心部には大きな単眼があり、ぎょろりと君たちを捉えた。

 

 ──うげっ

 

 君は内心で顔をしかめた。

 

 君は触手は好きだがそれはあくまでも美女の体の一部としてだ。

 

 こんな風に触手だけが集まったような存在は少し気味が悪い。

 

 その触手の塊が君に向かって何かを話しかけてきた。

 

「විවේකාගාරය කොහිද」

 

 全く聞き覚えのない言語であった。

 

 甲高いような低いような奇妙な音の羅列。

 

 君は一瞬どう反応していいか分からず固まった。

 

 バズも困惑した様子でカジノ支給の翻訳機を取り出そうとしている。

 

 だがその必要はなかった。

 

 君の半電脳が即座にその言語を解析し翻訳したからだ。

 

 脳内に直接意味が流れ込んでくる感覚。

 

 それはまるで外部からデータをダウンロードしているようだった。

 

 ──トイレはどこですか

 

 君は少し拍子抜けした。

 

 こんな異様な姿をしておきながら用件はそれかよと。

 

 君は冷静に対応し触手の塊に向かって右手を挙げた。

 

「あっちだ。突き当りを左に曲がるとあるぜ」

 

 君はアースタイプの共通語で答えた。

 

 触手の塊は君の言葉を理解したのかどうかは分からないが、単眼を一度だけ瞬かせるとそのまま君が指さした方向へと移動していった。

 

 その動きは滑るようで床には粘液のようなものが残っている。

 

 ◆

 

「おいケージ。お前今の言葉が分かったのか?」

 

 触手の塊が去った後バズが驚いた様子で君に尋ねた。

 

「ああまあな」

 

 君は素っ気なく答えた。

 

「すげえな。俺の翻訳機じゃ解析できなかったぜ。それに」

 

 バズは君の耳元を指さした。

 

「お前翻訳機をつけてないじゃないか。なんで分かったんだ?」

 

 しまったなと君は思った。

 

 自分のサイバネボディのことはあまり知られたくない。

 

 面倒なことになるかもしれないからだ。

 

 君は何か適当な言い訳を考えた。

 

「大したことじゃないさ。ちょっと勉強しただけだ」

 

「勉強?あんなマイナーな言語をか?」

 

 バズの黄色い瞳が疑わしげに細められる。

 

 君はニヤリと笑った。

 

 そして真顔で言った。

 

「ああ。一日28時間勉強すれば誰だって出来るようになるさ」

 

「……は?」

 

 バズは呆けた顔をした。

 

「お前は……ええと惑星C66から来たっていってたよな。あそこは一日24時間だろ?」

 

 惑星C66の自転速度は地球のそれとほぼ同等である。

 

「甘いなバズ」

 

 君は首を振った。

 

「時間はな作り出すものなんだよ。限界を決めるのは自分自身だ。俺は自分の限界を超えたのさ」

 

「なるほど……」

 

 バズは感嘆のため息をついた。

 

「お前やっぱり只者じゃねえな。見直したぜ」

 

 君は内心で笑ったが顔には出さない。

 

「まあな。俺にかかれば言語の壁なんてないさ」

 

 君はそう言って胸を張り、バズとともに再び巡回を始めた。

 

 もちろん君は生まれてこの方、勉強などただの一分もした事はない。

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