★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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24.惑星調査②

 

 ◆

 

 君は深呼吸をひとつして、研究所の正面玄関に足を踏み入れた。

 

 内部は外観から想像したよりも清潔に保たれていた。ただし、その清潔さは「金をかけて磨き上げた」類のものではなく、「余計なものを徹底的に排除した」結果の清潔さだ。壁も床も灰色一色。装飾は皆無。まるで色彩というものに対して個人的な恨みでもあるかのような殺風景さである。

 

 受付らしきカウンターには誰もいなかった。

 

 代わりに、古びたホログラム端末が「ご用件をお申し付けください」と無機質に点滅している。

 

「護衛の面接で来た。ケージだ」

 

 端末に向かって名乗ると、数秒の沈黙の後、奥へと続く扉が開いた。

 

 案内もなしに入れということらしい。

 

 ──愛想のねえ研究所だな

 

 君はそう思いながら、長い廊下を歩いた。

 

 廊下の両側には様々な標本が陳列されていた。

 

 ホルマリン漬けの異形の生物。骨格標本。干からびた植物。そのどれもが、君の見たことのない形状をしている。

 

 中でも目を引いたのは、廊下の突き当たりに鎮座する巨大な頭蓋骨だった。

 

 その形状は地球のティラノサウルスに似ているが、眼窩が四つある。そして頭頂部には、螺旋状の角のようなものが生えていた痕跡がある。

 

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「四眼竜」。正式名称はテトラオキュロサウルス・ヴァリアンティス。

 

 惑星ケプラー442bで発見された大型爬虫類の化石であり、発見者であるヴァリアン・ブラックウッド博士にちなんで命名された。

 

 四つの眼窩は、その惑星特有の薄暮環境に適応した結果と推測されている。前方の二つは通常の視覚を、後方の二つは赤外線感知に特化していたらしい。

 

 つまり、こいつは前も後ろも同時に見ることができた。

 

 獲物から逃げることも、捕食者から身を守ることも、同時にこなせる完璧な生存機械だったわけだ。

 

 それでも絶滅したのだから、進化というのは皮肉なものである。

 

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 君がその頭蓋骨に見入っていると、背後から声がかかった。

 

「気に入ったかい?」

 

 振り返ると、そこに一人の女が立っていた。

 

 年の頃は四十前後だろうか。

 

 白衣を羽織り、その下には飾り気のないグレーのシャツとスラックス。髪は肩までの長さで、無造作に後ろで束ねられている。

 

 化粧っ気は皆無だ。

 

 だが、その顔立ちは整っていた。鋭い眼光と、薄い唇。そして、どこか疲労の色を滲ませた目元。

 

 美人、というのとは少し違う。

 

「知性的」という形容が最もしっくり来る顔だった。

 

 そして何より印象的だったのは、その視線だ。

 

 彼女は君を見ていた。

 

 いや、正確に言えば「観察」していた。

 

 まるで新種の標本でも品定めするかのような、冷徹で分析的な眼差し。

 

 君はその視線に、背筋がぞわりとするのを感じた。

 

 ──こいつ、俺を値踏みしてやがる

 

「あんたがブラックウッド博士か?」

 

 君は努めて平静を装いながら尋ねた。

 

「そうだ。ヴァリアン・ブラックウッド。君がケージだね」

 

 博士は君の全身を上から下まで一瞥し、僅かに眉を上げた。

 

「サイバネボディか。全身?」

 

「ああ、まあな」

 

「興味深い。どこのメーカーだ? カスタムか?」

 

 博士の質問は矢継ぎ早だった。

 

 まるで面接というよりは、尋問のようだ。

 

「さあな。俺が選んだわけじゃないから詳しくは知らねえよ」

 

 君は肩をすくめた。

 

 博士はその答えに満足したのかどうか、表情からは読み取れない。

 

「まあいい。こっちへ来たまえ」

 

 博士はそう言って踵を返し、廊下の奥へと歩き出した。

 

 君は黙ってその後に続いた。

 

 ◆

 

 案内されたのは、研究所の最奥部にある小さな応接室だった。

 

 部屋の中央には古びた革張りのソファが向かい合わせに置かれ、その間には低いテーブルがある。壁一面には本棚が設えられ、紙の書籍がぎっしりと詰め込まれていた。

 

 紙の本。

 

 この時代において、それは一種の贅沢品だ。

 

 データとして保存すれば場所も取らず劣化もしない。だがそれでも、紙の手触りと匂いを好む者は一定数存在する。

 

 博士もその一人らしい。

 

「座りたまえ」

 

 博士はソファの一方を示し、自分はその向かいに腰を下ろした。

 

 君も言われるままに座った。

 

 革が軋む音がした。

 

 博士は暫くの間、君をじっと見つめていた。

 

 居心地の悪い沈黙だ。

 

 まるで、こちらの反応を試しているかのような。

 

 やがて、博士が口を開いた。

 

「率直に聞こう。君は、科学に興味があるか?」

 

 予想外の質問だった。

 

 君は一瞬、何と答えるべきか迷った。

 

 正直に言えば、興味などない。

 

 科学だの学問だのは、君のような路地裏の鼠には縁遠い世界だ。

 

 だが、ここで「興味ねえよ」と答えるのは得策ではないだろう。

 

 君は慎重に言葉を選んだ。

 

「……正直に言やあ、よく分からねえな。ただ、知らないことを知るのは嫌いじゃない」

 

 それは嘘ではなかった。

 

 君は無学だが、好奇心がないわけではない。

 

 下層居住区で生き延びるためには、常に周囲の情報を収集し、学習し続ける必要があった。

 

 それは学問とは呼べないかもしれないが、広い意味では「知ること」への欲求だ。

 

 博士は君の答えを聞いて、僅かに目を細めた。

 

「悪くない答えだ」

 

 博士はそう言って、テーブルの上に一枚のホログラムカードを置いた。

 

 空中に映像が展開される。

 

 そこに映し出されたのは、薄暮に沈む荒涼とした大地だった。

 

 空は赤紫色に染まり、地平線には巨大な太陽──いや、赤色矮星が半分だけ顔を覗かせている。

 

 永遠の夕暮れ。

 

 それがペルセポネ・プライムの「明暗境界線」の光景だった。

 

「ここに、私が見たいものがある」

 

 博士の声は静かだが、その奥には抑えきれない熱が宿っていた。

 

「生命だ。あらゆる常識を覆す、未知の生命体。それを、この目で見たい」

 

 君は博士の横顔を見た。

 

 その目は、まるで恋焦がれる者のそれだった。

 

 対象が異性ではなく、未知の惑星だというだけで。

 

「俺は護衛だぜ。学問のことは分からねえよ」

 

 君は正直に言った。

 

「それでいい」

 

 博士は即答した。

 

「私が求めているのは知識ではない。あの星で、私の背中を守ってくれる者だ。君のサイバネボディなら、フレアの放射線にも耐えられるだろう?」

 

「まあ、多分な」

 

「それで十分だ」

 

 博士は立ち上がり、君に手を差し出した。

 

「よろしく頼む、ケージ」

 

 君はその手を握り返した。

 

 細い指だった。だが、その握力は意外なほど強い。

 

 フィールドワークで鍛えられた手だ、と君は思った。

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