★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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25.惑星調査③

 ◆

 

 それにしても、とヴァリアン博士は君に微笑みかけた。

 

「あの報酬だと厳しいかと思ったのだが君みたいに場数を踏んでいそうな事業団員が応募してくれて助かるよ」

 

「相場はいくらくらいなんだ?」

 

 君が問うとヴァリアンがデスクの紙切れに今は珍しいペンシルタイプの筆記具でさらさらと数字を書く。その数字を見た君は文字通り目を丸くした。

 

「ぼったくり……いや、逆ぼったくりじゃねーか!」

 

「中々先立つものの都合がつかなくてね。かといって、募集人員の質を落として費用を節約するというわけにもいかない。なんというか、ほら、惑星開拓事業団員というのはこういってしまってはなんだがピンキリだろう?」

 

 博士の言葉は婉曲だったがその目は全てを物語っていた。

 

 君は黙って頷いた。

 

 ピンキリ。

 

 その表現は控えめすぎると言っていい。実態は「キリ」の方が圧倒的多数を占めている。「ピン」の方は希少種だ。絶滅危惧種と言い換えてもいいかもしれない。

 

「以前、予算の都合でランクDの団員を雇ったことがあってね」

 

 博士は遠い目をした。

 

 その視線は窓の外──ではなく、壁に飾られた四眼竜の頭蓋骨に向けられていた。まるで、過去の悲惨な記憶から目を逸らすように。

 

「ほう?」

 

「三人雇った。惑星グリーゼ581dでの生態調査だった」

 

 博士は淡々と語り始めた。

 

「一人目は調査初日に現地の発光キノコを食べて幻覚症状を起こした。『俺は神だ』と叫びながら崖から飛び降りようとしたので、止めるのに半日かかった」

 

「……」

 

「二人目は支給した高価な観測機器を分解して、中の希少金属だけを抜き取った。転売するつもりだったらしい。もちろん機器は使い物にならなくなった」

 

「……」

 

「三人目は比較的まともだった。ただし、彼には致命的な欠点があった」

 

「なんだ?」

 

「極度の方向音痴だった。ベースキャンプから50メートル離れた場所で迷子になり、救助に二日かかった。しかも救助された時、彼は自分が迷子だという自覚すらなかった。『ちょっと散歩してただけだ』と言い張っていた」

 

 博士は深くため息をついた。

 

 その吐息には学者としての矜持と人類への深い諦念が混じり合っていた。

 

「結局、調査は中止。予定の三分の一も進められなかった。報告書には『不可抗力による中断』と書いたが実態は人災だ。純然たる人災だ」

 

 君は何とも言えない気持ちになった。

 

 同情すべきか、笑うべきか。

 

 いや、笑ってはいけない。笑ってはいけないのだが口元が引き攣るのを止められない。

 

「気持ちは分かる。笑いたければ笑ってくれ」

 

 博士は苦笑した。

 

「今となっては笑い話だ。当時は胃に穴が開くかと思ったがね」

 

 ・

 ・

 ・

 

 惑星開拓事業団における「Dランク」の実態について補足しておこう。

 

 DランクとはEランク(社会的に機能不全を起こしている者)の一つ上、Cランク(辛うじて社会人として機能する者)の一つ下に位置する階層である。

 

 彼らの特徴は「中途半端さ」にある。

 

 Eランクのように完全に壊れているわけではない。だがCランクのように最低限の信頼を置けるわけでもない。

 

 言うなれば、「たまに正気に戻る狂人」だ。

 

 その「たまに」がいつ訪れるかは神のみぞ知る。あるいは神ですら知らないかもしれない。

 

 彼らを雇用する際の心構えとして、ある熟練の現場監督はこう述べている。

 

「Dランクを使うなら、最初から損失を計上しておけ。彼らがまともに働いたら、それは臨時収入だと思え」

 

 実に含蓄のある言葉である。

 

 ・

 ・

 ・

 

「それで君に白羽の矢が立ったわけだ」

 

 博士は君を見つめた。

 

「ランクC。事業団の中では希少な『まとも枠』だ。しかも全身サイバネティクス。フレアの放射線にも耐えられる。私の研究には打ってつけの人材だよ」

 

「買いかぶりすぎだ。俺はただの──」

 

「ろくでなし?」

 

 博士が君の言葉を先取りした。

 

 君は口をつぐんだ。

 

「調べさせてもらった。詐欺の前科あり。ギャンブル依存症。借金まみれ。なるほど、確かに立派な経歴だ」

 

 博士の声には皮肉が混じっていたが不思議と嫌味には聞こえなかった。

 

「だがそれでも君は生きている。この銀河の辺境で、何度も死にかけながら、それでも生き延びてきた。その事実こそが君の能力を証明している」

 

 君は返す言葉を見つけられなかった。

 

 褒められているのか、貶されているのか。

 

 たぶん、両方だ。

 

「私が求めているのは聖人君子じゃない」

 

 博士は立ち上がり、窓際に歩み寄った。

 

 窓の外には灰色の空が広がっている。中層居住区特有の、人工的に管理された曇天だ。

 

「生き延びる術を知っている者。それだけで十分だ。改めて、よろしく頼む。ケージ」

 

「ああ、こちらこそ」

 

「出発は三日後だ」

 

 博士は事務的な口調で告げた。

 

「それまでに必要な装備を整えておいてくれ。リストは後で送る」

 

「了解」

 

 君は頷いた。

 

 そして、ふと思い出したように付け加えた。

 

「なあ、博士」

 

「何だ?」

 

「さっきのDランクの連中、その後どうなった?」

 

 博士は一瞬、虚を突かれたような顔をした。

 

 それから、静かに答えた。

 

「一人目は精神病棟。二人目は刑務所。三人目は……」

 

「三人目は?」

 

「今も元気に迷子になっているらしい。先月、惑星間輸送船の中で行方不明になったと聞いた。船内で、だ」

 

「……それはもう才能だな」

 

「ああ。ある意味では天才かもしれない」

 

 博士は肩をすくめた。

 

 君は苦笑しながら、研究所を後にした。

 

 窮屈なスーツの襟元を緩めながら、君は空を見上げた。

 

 相変わらずの灰色。

 

 だがその向こうには赤色矮星に照らされた、永遠の黄昏の星が待っている。

 

 ──悪くない仕事かもな

 

 君はそう思いながら、家路についた。

 

 ──

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