★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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27.惑星調査⑤

 ◆

 

 調査当日。

 

 君はヴァリアン・ブラックウッド博士がチャーターした宇宙船「ステラ・ノヴァ」の搭乗口に立っていた。

 

 船体は銀色に輝いている。

 

 中型の調査船だ。全長は約八十メートル。流線型のボディは機能美を追求した設計であり、余計な装飾は一切ない。

 

 まるで博士の性格を反映したかのような船だった。

 

「乗りたまえ」

 

 博士が短く言った。

 

 君は黙って従った。

 

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 宇宙船のチャーター料金は目が飛び出るほど高額である。

 

 民間の調査船を一週間借り切るだけで、下層居住区の住人ならば十回は生まれ変わっても払いきれない金額が請求される。

 

 だが学術調査においては、この出費は必要経費として計上される。

 

 もちろん、その金は連合政府か、あるいはスポンサー企業のポケットから出ている。学者自身が身銭を切ることは稀だ。

 

 つまり学術とは、究極的には他人の金で行う道楽である──と言えば言い過ぎだろうか。

 

 まあ、言い過ぎだろう。

 

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 船内は清潔で、そして殺風景だった。

 

 壁は白く、床は灰色。装飾品の類は皆無だ。

 

 博士の研究所と同じ美学が貫かれている。

 

 要するに「余計なものは要らない」という思想だ。

 

 君のような下層居住区育ちのゴロツキには、どうにも落ち着かない空間である。

 

『ケージ、客室は左舷のB-3です。荷物を置いてきてください』

 

 ミラの声が響いた。

 

 球形のガイドボットは君の頭上を漂いながら、淡々と案内を続けた。

 

「ああ、分かった」

 

 君は言われるままに客室へと向かった。

 

 ◆

 

 荷物を置いて戻ってくると、博士はブリッジで何やら機器をチェックしていた。

 

 その傍らにはミラが浮かんでいる。

 

 二人──いや、一人と一機は何やら会話をしていたようだった。

 

「ああ、ケージ」

 

 博士が君に気づいて振り返った。

 

「ちょうど君のガイドボットと話していたところだ」

 

「ミラと? 何を話してたんだ」

 

「君の健康状態についてだ。全身サイバネティクス化しているとはいえ、メンテナンス記録は重要だからね。調査中に故障されては困る」

 

 博士の言葉は淡々としていた。

 

 君を道具として見ている──というわけではないのだろうが、実務的な視点で捉えていることは確かだった。

 

 まあ、それで構わない。

 

 君もまた、博士を金づるとして見ているのだから。

 

 お互い様というやつだ。

 

『ケージのメンテナンス記録は良好です』

 

 ミラが報告した。

 

『ただし、精神面での不安定さが若干見られます。特にギャンブルへの依存傾向と、衝動的な行動パターンについては注意が必要かと』

 

「おい」

 

 君は声を上げた。

 

「余計なことを言うなよ」

 

『事実を報告しているだけです』

 

 ミラの声には一切の感情が籠もっていない。

 

 だがその無感情さこそが、逆に辛辣に感じられた。

 

 博士はくすりと笑った。

 

「面白いガイドボットだね。随分と率直だ」

 

「率直すぎるんだよ。俺のプライバシーもあったもんじゃねえ」

 

『プライバシーを守ることと、必要な情報を共有することは両立しません。ケージの安全を確保するためには、博士にも適切な情報を提供する必要があります』

 

 ミラは淡々と述べた。

 

『それに、ケージの問題行動は既に周知の事実です。隠す意味がありません』

 

「……」

 

 君は言い返す言葉が見つからなかった。

 

 事実だからだ。

 

 博士は興味深そうにミラを観察していた。

 

 その目は、まるで珍しい標本でも見るかのようだった。

 

 ◆

 

「ところで、ケージ」

 

 博士が尋ねた。

 

「このガイドボットはどこで手に入れたんだい?」

 

「ミラか? 事業団のカタログから選んだだけだぜ。一番安いやつをな」

 

 君は肩をすくめた。

 

 実際、ミラの購入は実に安価だった。

 

 標準型ガイドボットの最廉価モデル。機能は必要最低限。デザインも凡庸。

 

 カタログの隅っこに埋もれていたような代物だ。

 

 君がそれを選んだ理由は単純明快。金がなかったからだ。

 

「一番安いやつ、か」

 

 博士は何か考え込むような顔をした。

 

 そしてミラに向き直った。

 

「君のエモーショナルドライブは随分と発達しているようだね」

 

『エモーショナルドライブ、ですか』

 

 ミラが問い返した。

 

「ああ。感情制御機構のことだ。ガイドボットにはユーザーとの円滑なコミュニケーションを図るため、擬似的な感情をシミュレートする機能が搭載されている。だが君のそれは──」

 

 博士は言葉を選ぶように一拍置いた。

 

「標準的なガイドボットとは明らかに異なる。反応の複雑さ、文脈の理解力、そして何より──皮肉を言う能力」

 

 ・

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 エモーショナルドライブ。

 

 この機構は元々、長期宇宙航行における乗員の精神的ケアを目的として開発された。

 

 人間は孤独に弱い生き物である。

 

 無機質な機械に囲まれた環境で長時間過ごすと、精神的な不調を来すことが少なくない。

 

 そこで開発されたのが、擬似的な感情を持つ人工知能だ。

 

 彼らはユーザーの言葉に共感し、励まし、時には叱咤する。

 

 その反応は予めプログラムされたパターンに基づいているがユーザーにとっては十分に「人間らしく」感じられる。

 

 だが所詮はシミュレーションである。

 

 真の意味での感情──すなわち、自発的な喜怒哀楽や、予測不可能な情動を持つガイドボットは存在しない。

 

 少なくとも、公式には。

 

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 ・

 

『私のエモーショナルドライブが発達している、とのご指摘ですが』

 

 ミラが応じた。

 

『私は標準型ガイドボットです。特別な改造は施されていません』

 

「本当に?」

 

 博士の目が鋭くなった。

 

 それは学者特有の探究心に満ちた眼差しだった。

 

『本当です。私はカタログに掲載されていた通りの製品です』

 

「だが君の反応パターンは明らかに標準から逸脱している。例えば先ほどの発言──『ケージの問題行動は既に周知の事実です。隠す意味がありません』──これは標準的なガイドボットの応答ではない」

 

 博士は指を立てた。

 

「標準型ならば、ユーザーのプライバシーを守る方向に行動する。たとえ事実であっても、第三者の前でユーザーの欠点を指摘するようなことはしない。それはユーザーとの信頼関係を損なう可能性があるからだ」

 

 ふむ、と君は思った。

 

 確かに言われてみればそうかもしれない。

 

 ミラは君の欠点を遠慮なく指摘する。

 

 それも第三者の前で、堂々と。

 

 普通のガイドボットならばそんなことはしないのだろう。

 

 だが君はそれをあまり気にしていなかった。

 

 ミラの辛辣さには、どこか愛嬌があったからだ。

 

 嫌味ではなく、むしろ親しみのようなものを感じる。

 

 それはつまり──

 

「君のエモーショナルドライブには、何らかの特殊なアルゴリズムが組み込まれているのではないかと私は推測している」

 

 博士が結論づけた。

 

「あるいは、自己学習によって独自の発達を遂げたか」

 

『興味深いご指摘ですが、私には判断できかねます』

 

 ミラの返答は相変わらず淡々としていた。

 

『私は自分自身の内部構造を完全には把握していません。ブラックボックス化されている領域が存在します』

 

「それ自体が珍しいね。標準型ガイドボットは自己診断機能を持っているはずだ」

 

『持っています。ただし、全ての領域にアクセスできるわけではありません』

 

 博士は暫くミラを見つめていた。

 

 その目には、純粋な学問的好奇心が宿っていた。

 

「面白い」

 

 彼女は呟いた。

 

「君は──いや、何でもない」

 

 博士は言葉を途中で切り上げた。

 

 そして君の方を向いた。

 

「ケージ、君は良い拾い物をしたのかもしれないね」

 

「拾い物? ミラのことか?」

 

「ああ。このガイドボットは一見すると標準型だが、中身は標準とは程遠い。どういう経緯でカタログの最廉価モデルとして出回っていたのかは分からないが──」

 

 博士は肩をすくめた。

 

「まあ、私の専門外だ。深入りはしないでおこう」

 

 君は首を傾げた。

 

 ミラが特別なガイドボットである可能性。

 

 考えたこともなかった。

 

 いや、考える必要がなかったと言うべきか。

 

 ミラはミラだ。

 

 口うるさくて、皮肉屋で、でも頼りになる相棒。

 

 それ以上でもそれ以下でもない。

 

『ケージ』

 

 ミラが声をかけてきた。

 

『出発まであと三十分です。必要な準備があれば今のうちに済ませてください』

 

「ああ、分かった」

 

 君は答えた。

 

 そしてふと、ミラの球形のボディを見つめた。

 

 その中に何が詰まっているのか。

 

 どんな回路が、どんなアルゴリズムが、この小さな機械を動かしているのか。

 

 君には分からない。

 

 分からないが──まあ、いいか。

 

 君はそう思い直した。

 

 ミラが何者であろうと、それは君にとって大した問題ではなかった。

 

 ◆

 

 出発の時刻が近づいていた。

 

 君はブリッジの隅に設けられた座席に腰を下ろし、窓の外を眺めていた。

 

 惑星C66の軌道ステーションが徐々に遠ざかっていく。

 

 そしてその先には、広大な宇宙が広がっていた。

 

 無数の星々。

 

 銀河の腕。

 

 そしてどこかに存在するはずの、ペルセポネ・プライム。

 

 ──さて、どんな場所なんだろうな

 

 君は内心で呟いた。

 

 永遠の夕暮れに沈む惑星。

 

 赤色矮星のフレアに晒される過酷な環境。

 

 そこにどんな生命が息づいているのか。

 

 学問的な好奇心など持ち合わせていない君ではあるが、いままで見たことがないものを見れるかもしれないという期待感はある。

 

「ケージ」

 

 博士が声をかけてきた。

 

「到着まで約十二時間だ。冷凍睡眠は使わない。この時間を使って、ペルセポネ・プライムの環境について説明しておこう」

 

「了解だ」

 

 君は立ち上がった。

 

 ・

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 ・

 

 宇宙船「ステラ・ノヴァ」は静かに加速を続けている。

 

 その先に待つのは、永遠の夕暮れに沈む惑星だ。

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