★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版) 作:埴輪庭
◆
十二時間後。
「ステラ・ノヴァ」はペルセポネ・プライムの軌道上に達した。
窓の外に広がる光景を見た瞬間、君は息を呑んだ。
惑星の表面は二つの領域にくっきりと分かれている。片側は焼け焦げた赤褐色──恒星に永遠に炙られ続ける昼半球だ。溶岩の川が赤黒く脈打っているのが軌道上からでも見て取れる。もう片側は漆黒。凍りついた大気が白い霜となって積もり、死の静寂が支配する夜半球である。
そしてその境界線には細い帯状の領域が惑星を一周していた。
薄紫色に霞む、永遠の夕暮れ。
潮汐固定惑星において生命が存在しうる唯一の領域──ターミネーター・ゾーンだ。博士の目的地はそこだった。
「降下準備を始める」
博士の声は淡々としていたが瞳の奥には微かな高揚が宿っている。
君は装備を確認した。放射線遮蔽スーツ。予備のエネルギーセル。緊急用ビーコン。そして護身用ブラスター。普段の君ならその身一つで飛び出す所だが、ここは博士の指示に従っている。君もこう見えて社会性らしきものも備えてはいるのだ。一応は。
「いつでもいける」
君は短く答えた。
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降下ポッドが大気圏に突入した瞬間、君は己の認識を改めた。
揺れが尋常ではなかったのだ。
機体は木の葉のように翻弄され、計器類は警告音を撒き散らしている。ターミネーター・ゾーンでは昼半球と夜半球の温度差が生み出す対流が常に吹き荒れており、時として秒速百メートルを超える暴風となる。その渦の中を降下ポッドは突き進んでいた。
博士は平然とした顔で座席に座っている。彼女にとってこの程度は想定内なのだろう。
数分後、揺れは収まり、窓の外にペルセポネ・プライムの地表が現れた。
最初に目に入ったのは空の色だった。
薄紫色。だがそれは均一な紫ではない。地平線近くでは深い朱色を帯び、天頂に向かうにつれて藍色へと変化していく。大気中の塵が恒星光を散乱させているのだ。
赤色矮星ロス154は地平線上に半分だけ顔を覗かせていた。その姿は地球の太陽とは似ても似つかない。巨大で、赤黒く、視直径は太陽の約八倍に達する。まるで古い傷口のような色だった。ハビタブルゾーンが恒星の極めて近くに位置するため、惑星から見た恒星はこれほどまでに膨れ上がって見えるのである。
「着陸地点はあそこだ」
博士が指さした先には比較的平坦な岩場が広がっていた。周囲には奇妙な形をした岩塔が林立している。風化によって削られた結果だろうか、その形状は不規則で、まるで巨人の墓標のようにも見えた。
降下ポッドがゆっくりと降下し、着陸脚を展開する。鈍い音と共に機体が地表に接地した。
「到着だ」
博士は短く言い、ハッチの開放スイッチに手を伸ばした。
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ハッチが開いた瞬間、凄まじい風が君の聴覚センサーを襲った。
それは単なる強風という言葉では表現しきれない。昼半球から流れ込む熱風と夜半球から押し寄せる冷気がせめぎ合い、複雑な渦を形成しているのだ。その渦が地表を舐めるように通過するたびに砂塵が巻き上げられ、視界が霞んだ。
「フィルターを最大にしろ」
博士が指示した。君は言われるまでもなく、既にフィルターを強化モードに切り替えていた。大気中に浮遊する微粒子は主にケイ酸塩と金属酸化物から成り、平均粒径は約十マイクロメートル。生身の人間が吸い込めば肺が数時間で機能不全を起こす。まあ幸いなことに、君の肺は既に機械だが。
君は博士に続いてポッドから降り立った。重力は地球の約八割。やや軽いが不自然さを感じるほどではない。
最初の一歩を踏み出した瞬間、足裏センサーが奇妙なデータを送ってきた。地面が振動している。機械的な振動ではなく、もっと地質学的なもの──おそらくは潮汐加熱によって活発化したマントル対流が引き起こす微震だろう。
どうにも落ち着かない惑星だな、と君は胸中でごちた。
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岩塔の群れは近くで見ると、さらに奇怪な様相を呈していた。
表面には無数の穴が空いている。蜂の巣のような、いや、それよりもっと不規則な配置だ。風が穴を通り抜けるたびに低い唸り声のような音が響く。まるで惑星そのものが呻いているかのようだった。
「風食地形だな」
博士が呟き、岩塔の一つに近づいてその表面を指でなぞった。
「だがこの穴の配置は自然の風化だけでは説明がつかない。穴の内部が滑らかすぎる。そして穴同士が内部で繋がっている」
博士の目が光った。
「生物の仕業だ」
君は思わず一歩下がった。風化による穴は一般的に内部が粗く、不規則になる。だが生物が掘削した穴は内壁が滑らかで、穴同士が機能的に接続される傾向がある。地球においても珊瑚虫や軟体動物が岩石に穴を穿つ例があるがそれらの穴には呼吸や摂食といった明確な目的が感じられる。目の前の岩塔もそうだった。
「まさか、この岩の中に何かいるってのか」
「いた、というべきだろう。この穴は古い。おそらく数千年単位で放置されている」
博士は冷静に分析を続けた。
「だが重要なのはかつてここに穴を掘る生物がいたという事実だ。そしてもし過去にいたならば──」
「今もどこかにいる可能性がある」
「その通りだ」
博士は満足げに頷いた。その表情には恐怖ではなく、期待が浮かんでいた。
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ベースキャンプの設営は二時間ほどで完了した。
自動展開式のシェルターが岩塔の陰に設置され、気象センサー、放射線モニター、地震計、生命探知機といった観測機器が配置された。それらがデータを収集し始めると、シェルター内のホログラムディスプレイに情報が流れ込んでくる。
「気温は摂氏十五度。風速は秒速四十メートル。放射線量は──」
博士が数値を読み上げ、その声が止まった。
「どうした」
「放射線量が予測よりも低い」
「低いなら良いことじゃねえのか」
「そうとも限らない」
博士は眉をひそめた。
「ロス154の活動度から計算すると、地表の放射線量はもっと高いはずだ。何かが放射線を遮蔽している」
博士はシェルターの外を見た。薄紫色の空には淡い緑色の光がカーテンのように揺らめいている。オーロラだ。だがそれは地球で見られるオーロラとは明らかに異なっていた。光の帯が規則的なパターンを描いている。
『異常なパターンを検知しました』
ミラが報告した。
『オーロラの発光周期に規則性があります。約四・七秒周期で明滅しています。自然現象としては説明が困難です』
君は空を見上げた。緑色の光がまるで脈打つ心臓のように規則正しく明滅している。
そしてその光の下で、岩塔の穴が微かに呼応するように光っていた。
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調査初日はこうして始まった。
永遠の夕暮れに沈む惑星。風化した岩塔と、その中に刻まれた古代の穴。そして空に揺らめく規則的な光のカーテン。
それらが何を意味するのか、君にはまだ分からなかった。
分かっていることは一つだけだ。この惑星にはかつて何かがいた。そして今も何かがいる可能性がある。
君は放射線遮蔽スーツの襟を正し、ブラスターの位置を確認した。
護衛の仕事が始まったのだ。