★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版) 作:埴輪庭
◆
翌日から調査が再開された。
博士の狙いはエネルギー貯蔵層の詳細な解析だった。昨日目撃したあの光の柱──地下から噴き上がるエネルギー放出現象の発生メカニズムを解明したいのだという。
「あの現象には規則性があるはずだ」
博士は歩きながら言った。足元の地面は微かに脈動しており、それに合わせるように歩調を調整している。まるでこの惑星と呼吸を合わせようとしているかのようだった。
「地震がトリガーになっていた。だが全ての地震でエネルギー放出が起きるわけではない。おそらく、特定の閾値を超えた時にのみ安全弁が作動する仕組みだ──圧力鍋の蒸気弁のようなものだと考えてくれ。内部圧力が一定以上に達した時だけ、余剰エネルギーを放出して系全体の崩壊を防ぐ」
「その条件を知ってどうするんだ」
「知ることに意味がある」
それは学者の常套句だった。君はもう反論する気力もなかった。だが同時に、その言葉の裏にある何か湿った感情を感じ取ってもいた。
今日の目的地は昨日のエネルギー放出が観測された平原の端、地下への亀裂が走っている場所だった。光の柱が噴き上がった際に地表が裂け、その断面が露出しているという。
「地層の断面を観察すれば、エネルギー貯蔵層の構造が分かる。地球の地質学者が露頭を調査するのと同じだ──ただし、この惑星の場合は地層ではなく、生きた組織の断面を見ることになる」
博士の声には期待が滲んでいた。学者として、これほど稀有な機会はないのだろう。生きた惑星の解剖。その内部構造を直接観察できる機会など、人類史上おそらく初めてのことだ。
そして歩くこと暫く。
亀裂は幅約三メートル、深さは計測できないほど深かった。
君は縁に立って下を覗き込んだ。暗い。だが完全な闇ではない。亀裂の壁面がぼんやりと発光しており、その光が奥へ奥へと続いている。まるで深海に沈んでいく潜水艇から見る生物発光のようだった。
「降りるのか」
「当然だ」
博士は既にロープを準備していた。
君は溜息をついた。予想通りの展開だ。この博士と行動を共にして数日、彼女の行動パターンは既に把握していた。危険と知的好奇心を天秤にかければ、常に好奇心が勝つ。それが彼女という人間だ。
惑星探査における洞窟・亀裂調査は最も危険な作業の一つに数えられる。
地球の洞窟ですら、毎年数十人の探検家が命を落としている。狭い空間での酸欠、突発的な崩落、地下水脈の氾濫、方向感覚の喪失──危険は枚挙に暇がない。洞窟という環境は、人間の進化が想定していない空間なのだ。我々の感覚器官は開けた草原や森林での生存に最適化されており、三次元的に閉じた空間での行動には根本的な不向きがある。
未知の惑星となれば、その危険は桁違いに跳ね上がる。大気組成の急変、未知の化学物質への曝露、予測不能な地質活動──何が待ち受けているか、誰にも分からない。地球外環境では、地球での経験則が通用しないことの方が多い。
だからこそ、多くの惑星探査チームは洞窟調査を避ける傾向にある。リスクとリターンが見合わないからだ。遠隔探査技術が発達した現代において、わざわざ生身で危険な場所に踏み込む必要性は低下している。
だが一部の研究者はその逆を行く。現場でなければ得られないデータがある。センサーが捉えられない微細な変化を、人間の直感が捉えることがある。そう信じて危険に飛び込む者たちがいる。
ヴァリアン・ブラックウッド博士は明らかにその手の研究者だった。
要するにギャンブラー気質の。
◆
降りるのは君が先だった。
護衛として当然の判断だ。何が待ち受けているか分からない場所に、依頼人を先に行かせるわけにはいかない。
ロープを伝い、亀裂の壁面に足場を見つけながら慎重に下降する。サイバネ化された手足は通常の人間よりも遥かに確実なグリップを提供してくれる。だが油断は禁物だ。落下には耐えられるかもしれないが、底に何でもかんでも溶かす様な溶解液の湖が湛えられているかもしれない。
壁は予想以上に滑らかだった。自然に形成された亀裂というよりは、何かが意図的に切り開いたような印象を受ける。あるいは、生体組織が裂けた時の断面に近いのかもしれない。傷口。この亀裂は、惑星にとっての傷口なのだ。
十メートルほど降りたところで壁面の質感が変わった。
岩石層から、何か別のものへ。指先のセンサーが異なる材質を検知している。温度、電気伝導度、表面粗度──全てが急激に変化した。
「博士、これを見てくれ」
君は壁面を照らしながら言った。
降りてきた博士が目を見開いた。その瞳に驚嘆の色が浮かぶ。
「これは──」
壁面は層状になっていた。まるで巨大な生物を輪切りにした断面を見ているようだった。
最上部は風化した岩石。灰色がかった茶色で、一見すると地球の岩石と大差ない。だがその下には全く異なる世界が広がっていた。
透明な結晶質の層。厚さは約五メートルほどで、内部では微かな光が脈動している。無数の小さな光点が、一定のリズムで明滅を繰り返していた。
さらにその下には、脈動する有機組織の層。ピンクがかった灰色で、表面には微細な血管のような構造が網目状に走っている。見ていると、ゆっくりと収縮と弛緩を繰り返しているのが分かる。
そして最も深い位置には──黒く粘性のある物質が流れる層があった。完全な黒ではない。よく見ると、その内部で何かが蠢いている。光を吸収しながらも、同時に微かな燐光を放っている。
「地層というより、器官だ」
博士が呟いた。その声には畏怖が滲んでいた。
「この惑星の地殻そのものが生きている。表面の岩石層は皮膚──外界からの保護と断熱を担う表皮だ。その下の結晶層は……そうだな、脂肪組織に相当するが、単なる断熱材ではない。エネルギーを化学的に貯蔵する機能を持っている。地球の生物で言えば、肝臓のグリコーゲン貯蔵に近い役割だろう」
博士は結晶層に手を伸ばし、その表面に触れた。
「有機層は筋肉──あるいは結合組織だ。惑星全体の構造を支え、同時に物質やエネルギーの輸送路として機能している。そして最下部の黒い層は──」
「血管か」
「血管、あるいは消化管だろう」
博士は慎重にサンプル採取器を取り出し、各層から微量のサンプルを採取していった。その手つきは外科医のように正確だった。
「結晶層からは高濃度のエネルギーが検出される」
博士は分析器のディスプレイを読みながら言った。
「やはり、これがエネルギー貯蔵層だ。恒星フレアから得たエネルギーを、ここに化学エネルギーとして蓄積している。地球の植物が光合成で糖を作るのと原理的には似ているが、規模が桁違いだ。そして貯蔵効率も──」
博士は言葉を切り、データを再確認した。
「信じられない。この結晶構造は、理論上の最大効率に極めて近いエネルギー密度を実現している」
君は結晶層を見た。透明な結晶が密集しており、その内部で微かな光が脈動している。まるで無数の電池が埋め込まれているようだ。いや、電池というより、生きた細胞に近い。一つ一つの結晶が、エネルギーを蓄え、必要に応じて放出する──そんな機能を持っているのだろう。
「どれくらいのエネルギーが蓄えられてるんだ」
「計算してみよう」
博士は分析器のデータを読み上げた。
「この層の厚さは約五メートル。結晶密度と発光強度から推定すると……一立方メートルあたり約十テラジュールのエネルギーが蓄積されている」
「多いのか少ないのかわからねえけど……」
「参考値を挙げよう」
博士は君の方を向いた。
「初期型の原子爆弾が約六十三テラジュールだ。これは中規模都市一つをほぼ壊滅させる破壊力に相当する。この結晶層一立方メートルで、その約六分の一のエネルギーが蓄えられている計算になる」
博士は周囲を見回した。
「そしてこの層は、おそらく惑星全体を覆っている。厚さにムラはあるだろうが、平均して数メートルの厚さで惑星表面全体に広がっていると仮定すると──」
博士は言葉を切り、深呼吸をした。計算結果に自分でも驚いているようだった。
「惑星規模で計算すれば、蓄積されているエネルギーは──想像を絶する量になる。太陽が一年間に放出する全エネルギーの数パーセントに匹敵するかもしれない」
君は何か分かったような顔をしながら、黙って結晶層を見つめた。実際は何もわからない。太陽が一年間に放出する全エネルギーの数パーセントと言われてもピンとこない。もう少し分かりやすい例えだといいんだけどなァ、などと思う君であった。
──例えばよ、『ハイパー・ジャズ』五百錠分とかさ。
ハイパー・ジャズ。下層居住区で流通しているエナジー・ブースターだ。一錠で三日三晩踊り続けられる。二錠で十日間眠らずにポーカーが出来る。三錠でお迎えが来る。君はかつて二錠半を試したことがあるが、その時には心肺が停止したものだ。幸い蘇生が間に合ったため事なきを得たが。ちなみに意外にも合法である。適切に使用する事で豊かな労働力を提供できるということで、規制の対象外となっている。
「だとすると、この惑星はそう簡単には死なないってことか」
「理論上はそうだ。蓄えが十分にあれば、恒星からのエネルギー供給が途絶えても、かなりの期間は自活できるはずだ。地球の生物が脂肪を蓄えて冬眠するように」
博士の声が曇った。
「だが問題は消費速度だ。昨日のエネルギー放出でかなりの量が消費されたはずだ。そしてフレアが来なければ、補充はされない。収入がないのに支出だけが続く状態──」
「蓄えを食い潰しながら生き延びてるってことか」
「そういうことだ」
博士の声には、どこか痛みを含んだ響きがあった。