★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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34.彼岸に伸びる光④

 

 ◆

 

 調査は続く。三日目。

 

 ただでさえ時間がないのだから、ぶっ通しでやれば良いだろうという向きもある。しかしそうはいかない。

 

 収集したデータはデータのままではなく、しっかりと解析しなければ意味はない。観測値の羅列は情報ではない。それを整理し、パターンを見出し、仮説を立て、次の調査計画に反映させる。そのサイクルを回さなければ、ただ闇雲に歩き回っているだけになる。

 

 また、博士は生身であり、スーツを着ているとはいえ君ほどには頑強ではない。

 

 この惑星の大気は生身の人間にとっては有毒だ。硫化水素、アンモニア、そして名前もついていない未知の化合物が微量ながら漂っている。防護スーツのフィルターは優秀だが、完璧ではない。長時間の曝露は微量な浸透を許し、それが蓄積すれば中毒症状を引き起こす。

 

 帰還後の除染プロセスも馬鹿にならない。スーツ表面に付着した惑星由来の微粒子──胞子なのか、ナノ構造体なのか、それすら判然としない代物を完全に除去するには、紫外線照射、化学洗浄、そして二時間の隔離観察が必要だった。

 

 万が一、未知の病原体や自己複製する微小機械をベースキャンプに持ち込めば、最悪の場合、シェルターごと焼却処分という事態になりかねない。

 

 ◆

 

 オーロラの周期は四・八二秒まで延長していた

 

『生命反応を検知しました』

 

 ミラが唐突に報告する。

 

『方位三一五度、距離約二キロメートル。複数の移動体を確認。数は推定四十から五十』

 

「移動体だと」

 

 君は立ち上がった。

 

「あの円盤状の生物か」

 

『形状が異なります。より大型で、移動速度も速い。多脚歩行と推定されます』

 

 博士が観測機器を操作し、ホログラムに映像を表示した。

 

 そこに映っていたのは、君たちがこれまで見たことのない生物だった。

 

 細長い体躯。全長は推定三メートルほど。六本の脚は細く、だが強靭そうで、一定のリズムで地面を蹴っている。そして背中には巨大な発光器官がある。人間の頭ほどの大きさの器官が、惑星のオーロラと同じ周期で明滅している。

 

 昆虫とも爬虫類ともつかない、奇妙な姿だった。

 

「これは──」

 

 博士が息を呑んだ。

 

「初めて見る種だ」

 

 映像の中で、その生物たちは群れを成して移動していた。十体、二十体、いや、もっといる。数え切れない。彼らは一定の方向に向かって、整然と進んでいる。軍隊のような統率。だが命令を出しているリーダーは見当たらない。

 

 そして彼らの発光器官は、オーロラと完全に同期して明滅していた。

 

「同期している」

 

 博士が呟いた。

 

「彼らはネットワークの一部だ。惑星全体のシステムに接続されている。だがなぜ今まで姿を見せなかったのか──」

 

 生態学において、「隠蔽種」という概念がある。

 

 通常は姿を隠しており、特定の条件下でのみ出現する種のことだ。地球においても、周期ゼミのように十七年に一度だけ大量発生する種や、特定の環境変化をトリガーにして活動を開始する種が存在する。

 

 彼らが普段姿を隠している理由は様々だ。捕食者から身を守るため。エネルギーを節約するため。あるいは特定の条件が揃うまで活動する必要がないため。

 

 休眠状態で何年も、何十年も過ごし、環境が変化した時にだけ目覚める。そのような生存戦略は、不安定な環境では極めて有効だ。活動にはエネルギーが必要であり、不必要な時に活動していればエネルギーの無駄遣いになる。

 

 だが彼らが一斉に姿を現す時、それは多くの場合、環境に何らかの大きな変化が起きていることを示唆する。春が来た合図。あるいは、危機の到来を告げる警報。

 

「環境変化への反応か」

 

 博士は推測した。

 

「この惑星のエネルギー収支が悪化している。それに対応するために、普段は休眠している種が活動を開始した。人間の体で言えば、緊急事態に備えてアドレナリンが分泌され、普段は休んでいる機能が活性化するようなものだ」

 

「何のために出てきたんだ」

 

「分からない。だが調べる価値はある」

 

 博士の目が輝いていた。新種の発見。それは生物学者にとって最大の喜びの一つだ。だが君には、その喜びに浸っている余裕はなかった。

 

 緊急事態に対応するために出現した種。それが何を意味するのか、学者でなくとも分かろうというものだ。

 

 結局君たちは新種の生物を追跡することにした。

 

 彼らは夜半球方向に向かって移動し続けていた。休むことなく進んでいる。強い目的意識を感じさせる動きだった。

 

 そうして追跡を始めて一時間後、彼らの目的地が見えてきた。

 

 それは──

 

「穴だ」

 

 君は呟いた。

 

 地面に巨大な穴が開いていた。直径は百メートルを超えている。自然に形成されたものではない。縁は滑らかで、まるで何かが意図的に掘削したような──いや、何かが意図的に形成されたような印象を受ける。

 

 建築物。この穴は、この惑星が自ら作り出した建築物なのだ。

 

 新種の生物たちは次々とその穴に入っていく。まるで巣に帰るアリのように、整然と、淡々と。彼らは躊躇わない。迷わない。自分が何をすべきか、完璧に理解しているようだ。

 

「降りるか」

 

 君は博士に尋ねた。

 

「当然だ」

 

 予想通りの答えだった。

 

 ◆

 

 穴の内部は、これまで見たどの場所とも異なっていた。

 

 壁面には無数の発光器官が埋め込まれており、その光が内部を明るく照らしている。人工照明のような均一な光ではない。有機的な、温かみのある光だ。そして壁面自体が脈動している。呼吸するように、ゆっくりと収縮と膨張を繰り返している。明らかに生きている組織だ。

 

 だが最も異常だったのはその構造だった。

 

 穴は単なる縦穴ではなかった。複雑に分岐し、網目状のトンネルを形成している。三次元的な迷路。だが無秩序ではない。どこか法則性を感じさせる配置だった。まるで──

 

「蜂の巣だ」

 

 博士が言った。

 

「いや、もっと複雑だ。これは──」

 

 博士は言葉を失った。

 

 トンネルの分岐点には球形の空間があった。直径は約三十メートル。その空間の中央には、巨大な有機体が鎮座している。

 

 それは──脳だった。

 

 いや、そこまで露骨に脳の形状をとっているわけではない。だが少なくとも、脳に似た構造をしていた。皺の寄った表面。複雑に絡み合う神経繊維のようなもの。表面を走る血管のような構造。そして全体から発せられる、微かな電気的活動の気配。

 

 君のサイバネ化された感覚器官がその活動を検知していた。微弱な電磁波。複雑なパターン。情報処理が行われている証拠であった。

 

「これが──」

 

 博士の声は震えていた。畏怖と興奮が混じり合っている。

 

「この惑星の中枢神経系だ」

 

 ◆

 

『生体スキャン完了』

 

 ミラが報告した。

 

『この構造体は惑星全体のネットワークと直接接続されています。オーロラの発光パターン、岩塔群の生物活動、エネルギー貯蔵層の制御──その全てがこの構造体を通じて統合・制御されています』

 

「つまり、これが惑星の『脳』ってことか」

 

『比喩としては正確です。ただし、人間の脳とは根本的に異なる構造です。中央集権的ではなく、分散処理と並列処理を組み合わせたアーキテクチャです。この構造体は制御中枢というより、情報の集約点──ハブのような役割を果たしていると考えられます』

 

「よくわからんが重要なんだろ?」

 

『はい。この構造体が機能を停止すれば、惑星全体のシステムに深刻な影響が出ると推定されます。完全な機能停止には至らないかもしれませんが、調整能力は大幅に低下するでしょう』

 

 君は「脳」を見上げた。

 

 その表面で光が脈動している。オーロラと同じ周期で。四・八二秒。

 

 そしてその周期は、見ている間にも僅かに延びていくような気がした。四・八三秒。四・八四秒──

 

「なあ、博士」

 

 君は口を開いた。

 

「この『脳』は何を考えてるんだろうな」

 

「分からない」

 

 博士は正直に答えた。

 

「だが一つだけ確かなことがある」

 

「何だ」

 

「彼──あるいは彼女、あるいはそれは今、苦しんでいる」

 

 博士は「脳」を見つめたまま続けた。その声は静かだったが、深い感情が滲んでいた。

 

「エネルギーが不足している。システムが不安定になっている。それを何とか維持しようとして、蓄えを切り崩している。人間で言えば、飢餓状態で体を維持しようとしているようなものだ。体は自分の筋肉や脂肪を分解してエネルギーに変え、何とか脳と心臓だけは動かし続けようとする」

 

「苦しい、か」

 

「ああ。苦しいだろう」

 

 沈黙が流れた。

 

 周囲では新種の生物たちが「脳」の周囲に集まっていた。彼らは「脳」の表面に触れ、静止している。何かを伝えているようにも、何かを受け取っているようにも見える。

 

「あいつらは何をしてるんだ」

 

「おそらく、エネルギーを供給しているのだろう」

 

 博士が答えた。

 

「自分たちの体に蓄えたエネルギーを中枢に捧げている。兵站線だ。彼らは輸送係──いや、献身者として進化した種なのかもしれない」

 

 君は新種の生物を見た。

 

 彼らの発光器官は、「脳」に触れている間、徐々に暗くなっていく。明滅の周期も遅くなっていく。自分のエネルギーを「脳」に注ぎ込んでいるのだ。文字通り、自分の命を削って。

 

 そしてエネルギーを使い果たした個体は──そのまま動かなくなった。

 

 死んでいる。

 

 発光器官は完全に消え、六本の脚は力なく折り畳まれている。だがその死骸は放置されない。他の個体が近づき、死骸を持ち上げ、どこかへ運んでいく。おそらく、リサイクルされるのだろう。この惑星では、死もまたシステムの一部なのだ。

 

 彼らは自分の命を捧げて、この惑星の「脳」を維持しようとしている。

 

「……命懸けか」

 

 君は呟いた。

 

「この惑星の生物にとって、個体の生存は最優先事項ではないのかもしれない」

 

 博士が言った。その声は学者としての冷静さを保っていたが、どこか感情的な響きも含んでいた。

 

「ネットワーク全体の維持が、個体の生存よりも重要。彼らはそういう価値観で──いや、そういうシステムの中で進化してきた。個体は全体のために存在し、全体は個体のために存在する。相互依存。完全な統合」

 

「俺たちとは違うな」

 

「ああ。根本的に違う」

 

 博士は「脳」を見上げた。

 

「人間は個体としての生存を最優先する。それが私たちの進化の道筋だった。だがこの惑星の生命は、全く異なる道を歩んできた。個と全体の境界が曖昧な存在。私たちには理解しがたい存在だ」

 

 君は黙って見ていた。

 

 理解しがたい。確かにそうだ。だが同時に、どこか羨ましくもあった。

 

 自分の存在意義を疑わずに済む。自分が何のために生きているか、迷わずに済む。全体の一部として、自分の役割を全うする。それは──ある意味では、幸福な生き方なのかもしれない。

 

 もっとも、それは自分が「個」としての意識を持っているからこそ感じる感傷なのかもしれないが。

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