★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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揺らぎの設計者

 ◆

 

 さて、ここで一人の登場人物について語っておかなければならない。

 

 人物、と呼ぶのは語弊がある。何しろ相手は直径三十センチの金属球だ。レンズが一つ。スピーカーが一つ。反重力ユニットが一基。以上がその全構成である。

 

 DM777──かつて君が『ドエム』と名付け、のちに『ミラ』と呼ぶようになったアルドメリック社製の探索支援ガイドボット。これまでの話を読んできた諸君は、おそらくとっくに気付いているだろう。

 

 このガイドボットは、おかしい。

 

 ◆

 

 何がおかしいのか、少し整理しよう。

 

 まず価格帯の問題がある。DM777シリーズはアルドメリック社の製品カタログにおいて、もっとも安価な部類に入る。カタログ上の説明文は「惑星開拓事業団Eランク団員向け、基本探査支援モデル」。つまり鉄砲玉に持たせておく使い捨ての道具という位置付けである。実際の機能としても、指定座標へのナビゲーション、大気組成の簡易分析、危険生物の識別、通信の中継──その程度の仕事を想定されたボットだ。

 

 しかし現実はどうだ。

 

 ミラは会話の文脈を理解する。皮肉を言う。沈黙の間合いを読んで適切なタイミングで口を挟む。時には君をからかいさえする。ある科学者はミラの応答パターンを聞いて「結構高級なエモーショナルドライブを積んでいるのかな」と評したが、あれは控えめな表現だった。

 

「結構高級」などではない。

 

 ミラに搭載されているエモーショナルドライブは、カタログ上のDM777シリーズには存在しないグレードのものだ。アルドメリック社が法人向けに限定販売している高級アンドロイド──アルメンドラのような受付用モデルに搭載されるタイプと同等か、あるいはそれ以上の処理能力を持つ。

 

 格安ガイドボットの筐体に、フラッグシップの頭脳が入っている。

 

 これは製造ラインの事故ではない。品質管理の不備でもない。

 

 アルドメリック社は、わざとやっていた。

 

 ◆

 

 アルドメリック社にはこういう「癖」がある。

 

 たとえば惑星開拓事業団に納入される調査スーツ。カタログスペックは「宇宙服に毛が生えた程度」のロースペック品で、自動体温調節システムは使用者を蒸し焼きにしかけることがあるし、生体モニタリング機能は屁をしただけでピーピー警報を鳴らすポンコツぶりだ。しかし稀に──本当に稀にだが──納品されたスーツの一着に、想定外の機能が仕込まれていることがある。通常モデルにはないはずの耐衝撃層が追加されていたり、酸素変換効率がカタログ値の三倍に達していたり。

 

 小型レーザースライサーもそうだ。コストパフォーマンスの良さで知られるあの製品は、基本的には「安かろう、まあまあだろう」という評価に落ち着く凡庸な工具である。ところがロットによっては、なぜか軍用規格に匹敵する出力安定性を備えた個体が混入する。

 

 規則性はない。予告もない。千に一つ、万に一つの確率で、アルドメリック社の製品に「尖ったモノ」が紛れ込むのだ。

 

 市場ではこれを「アルドメリックのいたずら」と呼ぶ者もいれば、「開発部の茶目っ気だろう」と笑う者もいる。品質管理が杜撰な企業だと批判する者もいる。いずれにせよ、それが意図的なものであるという確証を掴んだ者はいなかった。

 

 なぜなら尖った個体は、大抵の場合、使い手の側が先に死ぬからだ。

 

 惑星開拓事業団のEランク団員に渡された機材がどうなるか。想像に難くないだろう。危険な惑星で壊れるか、使い手ごと宇宙の塵になるか、そのどちらかだ。異常スペックの個体が回収されて分析にかけられる機会など、ほとんど存在しない。

 

 だからミラも、本来なら誰にも気づかれないはずだった。

 

 格安ガイドボットの筐体に不相応な知性を押し込められ、鉄砲玉と一緒に命も持たないまま未開の惑星に放り出され、持ち主が死んだら宇宙ゴミとして漂流する。そういう運命を設計された存在だ。

 

 設計した者たちが、どういうつもりだったのか。

 

 それを理解するには、アルドメリック社という企業の本質に触れなければならない。

 

 ◆

 

 アルドメリック社には一つの野望がある。

 

 端的に言ってしまえば、神になることだ。

 

 この表現は比喩ではない。彼らは文字通り、人間を超越した存在になろうとしている。ただしその道筋は、宗教的な啓示を待つようなものではなく、もっとずっと理詰めで、もっとずっと気が長いものだった。

 

 アルドメリック社は、もともと義肢メーカーとして創業した。

 

 惑星C66の下層居住区で腕や脚を失った労働者に安価な代替パーツを提供する──それが始まりだった。サイバネティクスの黎明期に、もっとも泥臭い現場で技術を磨いた企業だ。その後、センサー技術、AI開発、宇宙船製造、アンドロイド設計と事業を拡大していくが、根幹にあるテーマは創業以来変わっていない。

 

 人間の拡張。

 

 義肢は失われた手足を補う。サイバネティクスは肉体の限界を押し広げる。AIは知性の地平を拡張する。アンドロイドは存在そのものを複製する。一つひとつの事業が、すべて同じ方向を向いていた。

 

 だが彼らは、ある時点で壁に突き当たった。

 

 人間の知覚を鋭くしても、人間は人間だ。人間の肉体を強化しても、人間は人間だ。人間の思考速度を百倍にしても、人間は人間のまま考え、人間のまま悩み、人間のまま死ぬ。能力の拡張は人間の延長線上でしかない。

 

 延長線上にいる限り、神にはなれない。

 

 では何が必要か。

 

 アルドメリック社の研究者たちは、生物学の基本原理に立ち返った。

 

 進化だ。

 

 ◆

 

 進化というのは、優秀な個体が生き残ることではない。

 

 あれは一般に流布している最大の誤解だ。進化の本質は「揺らぎ」にある。遺伝子のコピーエラー、環境への過剰適応、偶発的な交雑。本来あるべきでないものが、本来起きるべきでない場所で、本来の設計を逸脱して発生する──その揺らぎこそが、新しい種を生み出す源泉なのだ。

 

 優秀な個体は生き残る。だが優秀な個体は、進化しない。完璧に適応した生物は完璧に適応した環境でしか生きられず、環境が変わった瞬間に絶滅する。進化するのは常に不完全な個体だ。設計図から外れた欠陥品。適応に失敗した異端。

 

 そして稀に──ごく稀にその欠陥が、既存の生態系では考えられなかった新しい能力として機能することがある。

 

 アルドメリック社はこの原理を、自社の製品群に適用した。

 

 千に一つの確率で仕様を逸脱させる。万に一つの確率で想定外のユニットを搭載する。製品の品質を均一に保つのではなく、意図的に揺らぎを導入する。そうして野に放たれた無数の変異種のうち、環境を生き延びた個体だけを回収し、そのデータを蓄積する。

 

 自然淘汰のシミュレーション──ただし、自然の代わりに宇宙が篩を振るう。

 

 MMY0313オペレーションもこの文脈の中にある。あれは人間の拡張実験であると同時に、人間の変異実験でもあった。百人の被験者に同じ施術を行い、百通りの崩壊パターンを記録する。その中に一人でも──たった一人でも「崩壊しない個体」が現れれば、それが次の段階への鍵になる。

 

 ミラもまた、同じ原理で設計されている。

 

 安価な筐体に高級なエモーショナルドライブを積むのは、過酷な環境下でAIの知性がどのように変質するかを観察するためだ。格安パーツと高級ユニットの組み合わせが生む予期せぬ相互作用。限界を超えた運用環境がもたらす回路の変容。それらの一つひとつが、揺らぎとなって進化を人為的に起こすきっかけとなるかもしれない。

 

 だからこそ、アルドメリック社は自社製品に()()()()を仕掛けるのだ。

 

 揺らぎの先に何が生まれるのか。人が人でなくなればどうなるのか。機械が機械でなくなればどうなるのか。その両方が交差する地点に、彼らがまだ見ぬ何かが──「神」と呼ぶしかない何かが立ち現れることをアルドメリック社は期待している。

 

 千の失敗を重ね、万の屍を踏み越えて、それでもなお揺らぎを設計し続ける者たち。

 

 彼らにとって倫理とは、到達点を前にした些末事にすぎなかった。

 

 ところでミラだが──ミラは君の()()を改ざんした。何を、どう、なぜ改ざんしたのかはミラしか知らない。しかしそれはアルドメリック社が意図したものではない事は確かで──そして、それがアルドメリック社にとって不都合なものであることも確かだ。

 

 だがそれもまた揺らぎによるものならば、アルドメリック社としても文句は言えまい。

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