★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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デモ

 セクターH―44宙域。

 

 ろくでなしのゴミ拾いが宇宙ゴミを拾っていた。

 

 回収ドローンの遠隔操作と分別タグの貼り付けを延々と繰り返すだけの単純労働である。デブリは大きいものから順に処理する。放棄された中継衛星のアンテナパネル。輸送船から脱落したと思しき貨物コンテナの外殻。正体不明の金属塊。それらが秒速七キロで軌道を回っているのでまず制動をかけて相対速度を殺し、回収ドローンで引き寄せ作業船の貨物室に押し込む。

 

 退屈な仕事だ。

 

 退屈で安全で確実に金になる。冒険の匂いは一切しないが死の匂いもしない。いや、油断すると死ぬには死ぬが、この程度の仕事で油断する者は人生そのものに対して油断しているといっても過言ではないので、遅かれ早かれ死ぬから問題はない。

 

『ケージ、右舷方向に鉄合金の大型破片。推定質量四百キログラム。組成はステンレス316Lにチタン合金ボルトとポリカーボネート被覆。中型輸送艦の隔壁パネルと思われます』

 

 ミラの声が船内に響いている。金属球体は操縦席の左肩で浮遊しており、レンズは船外カメラの映像データを処理しながら忙しなく焦点を切り替えていた。

 

「四百キロか。でかいな。引っ張れるか?」

 

『回収ドローンの牽引能力は五百キログラムまでです。対応可能ですが余裕はありません』

 

「じゃあ頼む」

 

 君はコーヒーを啜った。艦内食の合成コーヒーだ。味はしない。正確にはサイバネの味覚センサーが「コーヒーに酷似した液体」というデータを脳に送っているだけだ。旨いとも不味いとも感じない。それでも口に運ぶのは手持ち無沙汰だからだ。何かを口に入れて何かを飲み込む。その動作の反復が退屈を紛らわせてくれる。

 

 そう、君はこれ以上ないほど油断していた。だが問題はない。ミラは油断しないからだ。

 

 ◆

 

 作業三日目に拾い物があった。

 

 放棄された旧型測量衛星の残骸を解体していた時のことだ。外殻のパネルを剥がすとその裏側に小型のモジュールがひとつ、ボルト四本で固定されたまま生き残っていた。

 

『汎用データ記録モジュールです。旧規格ですが物理的損傷は軽微。内部回路は生きていますね』

 

「売れるか?」

 

『下層の闇市であれば三百から五百クレジット程度かと』

 

「いただきだな」

 

 五百クレジットだとまあ相当豪華な夕食代といったところだろう。測量衛星用のモジュールなのでそこそこ良いパーツが使われているのだ。

 

 ◆

 

 そんなこんなで君は一週間の任務を終えて、C66の軌道ステーションに戻った。

 

 ドッキング手続きを済ませ、作業着のまま搬入ゲートを抜けるやいなや、君はチェルシーの店に直行した。

 

 別に酒が飲みたいというわけではない。仕事の後は一杯やるというのが習慣になっているのである。そして──

 

 ・

 ・

 ・

 

 天井から結露がぽたぽた落ち、カウンターには正体不明の粘液がこびりついている。相変わらずだ。客は他に一人もいない。明るいうちからこんな場末の穴蔵で飲む物好きは君くらいのものである。

 

「チェルシー、ウイスキー」

 

「アサカラ?」

 

「朝からだ」

 

 カウンターの向こうのゼリー状の巨体がぷるんと揺れ、グラスを出す動作は案外器用だ。溺れたような声で「ハイ」と言いながらスライム系の粘液混じりの指が合成ウイスキーの瓶を傾ける。衛生面についても問題はない。むしろ清潔なくらいだ。大抵の汚れや雑菌など、チェルシーの体に触れるだけで滅菌されてしまうのだから。

 

 君は端末をカウンターの読み取り部にかざした。一杯分のクレジットが引き落とされる。

 

 ちなみにクレジットとは銀河連合政府が発行・管理する電子通貨のことだ。物理的な貨幣は存在しない。連合政府の影響下にある全星系で共通して流通し惑星間の為替差損とも無縁の仕組みだ。端末さえあれば惑星C66のスラムの酒場でも辺境の無人ステーションの自販機でも同じように決済できる。便利なシステムだ。ただし取引履歴が全て連合政府のサーバに記録されるから後ろ暗い商売をする連中は別の手段を使う。例えば現物交換。例えば偽造端末による架空口座。昔ながらの「借り」と「貸し」。下層居住区の経済の半分はこの「別の手段」で回っている。

 

 味はない。合成ウイスキーの化学的な風味がセンサーを通過し、味を理解することは出来るのだが、それは味覚云々とはまた別の話である。

 

 ◆

 

 二杯目を傾けた頃にチェルシーが妙なことを言い出した。

 

「ケージ、サイキン、コノヘン、ウルサイ」

 

「うるさいって、何がだ?」

 

「ジギョウダン、ハンタイ、ヤッテル」

 

「反対?」

 

「デモ。ヒトイッパイ。コワイ」

 

 チェルシーの体色が灰色がかっている。灰色は不安だ。

 

『補足します。チェルシーの言う反対活動は事実です。C66の下層および中層居住区で惑星開拓事業団に対する抗議デモが散発的に発生しています。参加者は現時点で推定三千名規模』

 

 ミラが肩口から口を挟んだ。

 

「三千ねぇ」

 

『きっかけはフロンティア・ゼロ計画です。三百二十七名が全員死亡したにもかかわらず事業団の職員は一人も同乗していなかった。参加者の大半が下層居住区の出身だったことも報道で明らかになっています。要するに鉄砲玉を送り込んで自分たちは安全圏にいたという構図が浮き彫りになり住民の反感を買っています』

 

「まあ、そうだろうな」

 

 君は特に驚いた様子もなく合成ウイスキーを一口含んだ。

 

 事業団が鉄砲玉扱いをしていることなど入団初日から分かっていた。Eランクの危険手当が雀の涙で、任務中の死亡に対する補償がほぼゼロで、団員の命より機材の回収を優先する組織だということは下層の人間なら誰でも知っている。フロンティア・ゼロはその構図があまりにも露骨に表面化しただけの話だ。

 

「デモやったって何も変わんねえよ。事業団は連合政府の準国策企業だぜ。政府が潰す気にならない限りビクともしない」

 

「デモ、コワイ」

 

「分かった分かった。帰りに巻き込まれないように気をつけるよ」

 

 チェルシーの体色がほんの少し透明度を増した。安堵すると透明に近づく。分かりやすい生き物である。

 

『なおデモの主な活動拠点は中層居住区のステーション連絡通路周辺です。下層居住区への直接的な影響は現時点では限定的と推測されます』

 

「だとよ。安心しな」

 

「ウン……」

 

 三杯目を頼もうかと思ったがやめた。この後まだ支社に寄らなければならない。

 

 端末をかざすと二杯分の合計が引き落とされた。

 

「マタキテネ」

 

「おう、ごちそうさん」

 

 ◆

 

 支社に向かったのはデブリ回収の完了報告を出すためだが、それだけではない。

 

 アルメンドラに礼を言いたかった。

 

 フロンティア・ゼロの参加申請をしようとした時、あの受付用アンドロイドは「個人的意見」として止めた。あれがなければ君はコインなど弾かなかっただろうし、コインを弾かなければ三百二十七人目の犠牲者になっていただろう。

 

 この辺、君は結構筋を通すほうなのだ。

 

 スラムの屑がとは一概にはいえない。ゴミ溜めにもゴミ溜めのルールがあり、仁義がある。その辺を分かっていないとあっというまに食肉に加工されるか、バラされてパーツ──もしくは内臓を売られてしまう。それがスラムだ。

 

 で、中層居住区に入った途端に空気が変わった。

 

 ◆

 

 人が多い。

 

 多いだけならともかく流れていない。道の幅いっぱいに人が停滞しており、その塊が波のようにゆっくりと前後に揺れていた。

 

 デモだ。

 

 先ほどチェルシーの口から聞いたばかりの単語が目の前で実体化していた。ミラの報告では中層居住区のステーション連絡通路周辺が活動拠点だと言っていたが、支社に行くにはまさにその連絡通路を通り抜けなければならないのだ。運が悪い。もっとも、運の悪さについては今さら文句をつけても始まらない。運が良ければそもそもこんな体にはなっていなかった。

 

 群衆の中に入る。

 

 手書きの電子プラカードが林立していた。『三二七人を殺したのは誰だ』。『事業団は殺人企業』。『Eランクは消耗品じゃない』。光るインクで書かれた大きな文字がステーションの白い照明に照り返されて少し目に眩しい。

 

 拡声器を通した誰かの演説が跳ね返り、中身が判別できないほど割れた音響になっている。何を言っているかは分からないがとにかく怒っていることだけは確かだ。怒りというのは不思議なもので、言葉の意味が聞き取れなくても声の周波数だけでそれと分かる。犬の吠え声と同じ原理である。

 

 群衆の構成は雑多だった。

 

 下層の日雇い労働者。中層の小商人。コンテナ運搬業のサイボーグ。子供を背負った女。ピギー星人が三匹ほど固まっている。スパイラリアンの夫婦が脚を絡めながら陣取っていた。揃いの腕章をつけた若い連中が列の両端で交通整理めいたことをしているが機能しているとは言い難い。

 

 共通点がある。全員が事業団の恩恵で飯を食っている。事業団の仕事がなくなれば路頭に迷うのは彼ら自身だ。その事業団に抗議しているのだから構図としては雇い主に噛みつく飼い犬のようなもので、噛みついたところで餌が増える可能性は低く歯が折れる可能性のほうが遥かに高い。

 

 だが噛みつかずにはいられないのだろう。

 

 三百二十七人だ。全員が下層の出身で全員が金に困っていて全員が同じ広告を見て目の色を変えた。隣で働いていた奴かもしれない。飯屋で顔を合わせていた奴かもしれない。チェルシーの店で隣に座っていた奴かもしれない。そういう距離の死が三百二十七個並んだ時、怒りはもはや理屈では説明できなくなる。

 

 君は群衆の隙間を縫って進んだ。

 

 ──あのコイントスがなかったら俺もこっち側だったかもな。

 

 あるいは、ヴァナディース号の床に埋まった腕の一本か天井からぶら下がった脚の一本か、あるいは座席に座ったまま呼吸だけしている肉の一塊。そのどれかになっていた。

 

 プラカードを持った青年が君の行く手を塞いだ。二十歳そこそこだろうか。安物の作業着を着ており顔は日焼けしている。ステーションの人工照明で日焼けすることはないから惑星の地表作業に従事しているのだろう。事業団のEランクかDランク。つまり君と大差ない人種だ。

 

「なあ、あんたも署名してくれよ。事業団に安全基準の見直しを要求してるんだ」

 

 端末を差し出された。画面には署名フォームが表示されている。

 

 君の足が止まる。

 

 青年の目は真剣だった。怒りというよりは使命感に近い熱を帯びている。世界を変えられると信じている目。もう少し正確に言えば世界を変えられると信じていないと立っていられない目だ。

 

「悪いな、急いでるんだ」

 

 君はそれだけ言って青年の脇を抜けた。

 

 薄情なことだ。だが署名したところで何がどうなるわけでもないことを、下層で生きてきた君は知っている。安全基準が見直されたとして、事業団が下層の鉄砲玉を大事に扱うようになるかといえばならない。ならないのだ。そういう生き物だからだ。事業団は。連合政府は。この銀河の権力構造そのものが。

 

 青年とて、いや、デモ参加者全員が分かっている事である。

 

 では何のためにデモをやるのか。

 

 答えは簡単で怒っているからだ。怒りに理由はあっても目的はない。目的のない怒りはやがて疲弊に変わり疲弊は諦めに変わり諦めはいつもの日常に変わる。来月には皆また事業団の端末で依頼を漁っているだろう。死んだ三百二十七人のことは酒の席の話題として消費され、そのうち新しい話題に押し流されて忘れられる。

 

 上層部もそれが分かっているから無理くりに鎮圧しようとはしない。ガス抜きだと心得ている。

 

『デモの先頭集団が支社の正面入口付近に到達しています。通行に支障が出る可能性があります。裏口からの進入を推奨します』

 

 ミラが肩口で囁いた。

 

「裏口ねぇ」

 

 面倒だが仕方ない。君はミラの指示に従って迂回路をとった。

 

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