★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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通信途絶

 

 ◆

 

 支社の裏口は廃棄コンテナの集積場を迂回した先にある。まあ裏口というと職員専用だったりするイメージがあるが、実際は二つ目の入口といった所だ。よって君が入るのも特に支障はなかった。

 

 表のデモの喧騒が嘘のように静かな支社内。君は受付カウンターに向かった。

 

 いつもの定位置、カウンターの奥、端末が二台並んだデスクの前にアルメンドラがいた。青い髪。青い瞳。能面めいた美貌。姿勢が寸分も乱れていないのは当然で、アンドロイドに疲労という概念は存在しない。だが表の騒動を承知していないはずはなかった。

 

「よう」

 

「おかえりなさいませ。セクターH―44宙域のデブリ回収任務は無事に完了した様ですね」

 

 君が口を開く前に端末を操作し始めている。帰還報告の書式が画面に呼び出され、回収物の一覧データが自動で流し込まれていく。事務処理のスピードは相変わらず人間の及ぶところではない。

 

「回収物は規定通り貨物搬入ゲートに受け渡し済みです。報酬は二十四時間以内にあなたの口座に振り込まれます」

 

「ありがとよ」

 

 ここまでは通常の手続きだ。で、ここからが本題なのだが。

 

「あー、それとな」

 

 君は頭を掻きながら続ける。

 

「この前の──フロンティア・ゼロの件なんだけどよ。アンタがあの時止めてくれなかったら、俺もあの船に乗ってた。三百二十七人目になってたかもしれない。だから、礼を言いたくてさ」

 

「私はコイントスの結果に従う旨をお伝えしたにすぎませんが」

 

「そうじゃなくてさ」

 

 君は苦笑した。

 

「止めてくれたこと自体に礼を言ってるんだよ。アンタが口を出さなかったら、俺はコインなんか弾かなかった。そのまま申請してた」

 

 アルメンドラは君を見ていた。

 

 能面のような顔。だがこの女性型アンドロイドの「何も変わらない顔」を、君はもうそれなりに見慣れている。変わらないことを選んでいる顔と、本当に何も起きていない顔は違う。見分けがつくようになったのはいつからだろうか。

 

「お気持ちは承りました」

 

 それだけだった。

 

 まあ、そうだろうな、と君は思った。

 

 ◆

 

「しかしまあ、表が賑やかだな」

 

 君は話題を変えた。受付カウンターに片肘をつき、支社の正面入口の方向に顎をしゃくる。厚い壁越しに拡声器の割れた音が微かに漏れ聞こえていた。

 

「ああいうのが酷くなったりすると、鎮圧なんかするもんなのかい。BangBang! ってな具合にさ」

 

「連合政府の公共秩序維持法に基づき、平和的な抗議活動は市民の権利として保護されています。実害が発生していない限り、事業団側からの介入は行われません」

 

「実害ってのは?」

 

「器物損壊や業務妨害、支社敷地内への不法侵入などが該当します。そのような事態が発生した場合にはステーション警備局と連携のうえ然るべき対処がなされます」

 

「然るべき、ね」

 

 君は鼻を鳴らした。然るべきという言葉の中身がどの程度のものかは想像がつく。

 

「じゃあさ、事業団の団員がデモに参加してても問題ないのか」

 

「問題ありません」

 

 即答だった。

 

「惑星開拓事業団の規約第四十七条に、団員の政治的活動への参加を制限する条項はございません。業務に支障をきたさない範囲において、個人の活動は自由です」

 

「ふうん」

 

 君は特に感想もなく相槌を打った。

 

「──ただし」

 

 アルメンドラが言葉を足した。

 

「それは規則上の話です。開拓事業団に所属する職員の一人一人が、デモに参加した団員についてどのような感情を抱くかまでは、私には窺い知る事はできません」

 

 ただ事実を並べただけだ。

 

 だがその事実の中に、アルメンドラなりの配慮が詰まっているのだと君は思った。参加しても規則上は罰せられない。だが目をつけられる可能性はある。そういうことだ。

 

「まあ、俺は別にデモに出る気はないけどな。柄じゃねぇんだ」

 

「承知しております」

 

「あんたも大変だな、色々と」

 

 アルメンドラは答えなかった。大変か大変でないかという判定は、おそらく彼女の思考フレームの中には存在しない。業務がある。業務をこなす──以上。そんな具合だ。

 

「じゃ、またよろしく」

 

 君は軽く手を上げてカウンターを離れた。

 

 アルメンドラはその背中を見送った。

 

 正確には視覚センサーの広角モードで君の後姿を画角に収めたまま、端末の操作を続けていた。マルチタスクはアンドロイドの基本機能である。見送ることと仕事を続けることは両立する。人間のように一方を犠牲にする必要はない。

 

 裏口の金属扉が君の背中を呑み込んで閉じた後も、アルメンドラの視覚センサーは〇・七秒のあいだ扉の表面に焦点を合わせたままだった。意味はない。

 

 ──恐らくは。

 

 ◆

 

 アルメンドラは端末に向き直った。

 

 今日の未完了タスクを呼び出す。受付業務とは依頼の受注と完了の管理であり、依頼の進行状況を常にモニタリングすることもまた職務の範疇だ。

 

 画面にリストが展開される。

 

 現在進行中の依頼、四十七件。うち本日中に完了予定のもの、六件。

 

 ステーション外壁の定期メンテナンス補助。担当団員一名。予定完了時刻、一八〇〇。

 

 セクターG―21宙域の小惑星サンプル回収。担当団員二名。予定完了時刻、二〇〇〇。

 

 セクターJ―15宙域の通信中継ブイの交換作業。担当団員三名。完了予定、二二〇〇。

 

 以下三件は同様の軽微な作業で、いずれも日付が変わる前に完了シグナルが届く見込みだった。リスクランクはBからC。危険度は低い。日常業務の中でもとりわけ地味な部類に入る依頼群である。

 

 アルメンドラは各依頼のステータスを確認し、進捗に異常がないことを認めた。全て予定通りに推移している。

 

 ステーションの時計が二三〇〇を示した頃、六件のうち四件の完了シグナルが順に届いた。アルメンドラはそれぞれの報告を処理し、報酬の振込手続きを開始した。

 

 残り二件。

 

 セクターJ―15の通信中継ブイ交換と、セクターG―21のサンプル回収。どちらも予定を僅かに超過しているが、宇宙空間での作業には多少の遅延がつきものだ。一時間程度の超過は珍しくもない。

 

 日付が変わった。

 

 〇一〇〇。完了シグナルなし。

 

 〇二〇〇。完了シグナルなし。通信も途絶えている。

 

 アルメンドラは二件の依頼のステータスを「遅延」から「未応答」に変更した。同時に、各団員の船舶に自動照会信号を送信した。

 

 応答はなかった。

 

 〇三〇〇。

 

 アルメンドラは追加の照会信号を三回送信した。いずれも無応答。団員の生体モニタリングデータも途絶している。最終受信はいずれも二一〇〇前後で、それ以降は一切の信号が途切れていた。

 

 アルメンドラはステータスを「未応答」から「通信途絶」に変更した。

 

 端末の画面には五名の団員の名前と、その横に赤く点滅する「通信途絶」の文字が並んでいる。

 

 アルメンドラの表情は変わらない。

 

 しかし──ほんの数ミクロンほど頭部が傾いだ。

 

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