★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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チーム・カシオペア

 ◆

 

 Bランクの開拓団員チーム「カシオペア」は四名で構成されていた。

 

 チームリーダーのウルリカ・ヴァン。三十代半ばのアースタイプの女で元は中層居住区の機械工だったが、色々とあって事業団に流れてきた口だ。Bランクになれた理由は才能でも運でもなく、余計なことを一切しないという消極的な美徳にある。

 

 ナビゲーターのギル・マルケス。金に汚いが、ちょっとした異変にも目ざとく気づく。

 

 調査員のペトラ・ジョンソン。植物学と地質学のダブルライセンス持ちで体系的な教育を受けた人間だが、よく喋る。黙っていると死ぬ病気なのではないかと疑われるほどよく喋る。

 

 操縦士のトマス・コウ。寡黙。運び屋上がりのアースタイプ。

 

 この四名が惑星F1220の生態調査を請け負ったのはC66標準暦で三月九日のことだった。

 

 ◆

 

 惑星F1220。赤色矮星系の第三惑星。

 

 大気は薄いが呼吸可能で、地表の七割が乾燥した岩盤に覆われている。生態系らしい生態系はなく、確認された生命体は地衣類に似た薄緑の被膜と土壌中の微生物群のみ。つまらない星だ。報告書に書くことがほとんどない。

 

 ペトラだけが楽しそうだった。

 

「この被膜の光合成効率がちょっと異常なのよ。赤色矮星の可視光スペクトルに最適化された色素体系を持っていて、標準的な地球型植物の三倍近い変換率を──」

 

「ペトラ、そういうのは報告書に書きなよ」

 

 ウルリカが遮った。

 

 ペトラは肩をすくめて端末に向かった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 なんだかんだで調査は三日で終わった。糞退屈で糞楽勝──しかし報酬だけはそこそこ多い。Bランクともなると、そういう美味い依頼を回してもらえたりするのだ。

 

 特記すべき発見はなし。危険生物もなし。ウルリカの報告書は簡潔を通り越して素っ気ない。ギルは報酬額と経費を照合して端数の処理に二十分を費やした。ペトラは地衣類のサンプルを十二点採取して冷凍保管し、トマスは離陸前のシステムチェックを黙々と済ませている。

 

 C66への帰路。ワープ二回で到着する距離だ。

 

 一回目のワープは何の問題もなかった。

 

 ◆

 

 中継点で冷却待ちをしている時にギルが首を傾げた。

 

「航法コンピュータがちょっと変だ」

 

 ウルリカがナビゲーション画面を覗き込む。

 

「どこが」

 

「座標は合ってる。中継点E―91に予定通り到着してる。でもな、最終ワープ前の座標算出で自動補正が入ってる。〇・〇〇七光年ぶんだけ航路がずれてた」

 

「冷却中の慣性ドリフトだろう」

 

「いや、ドリフトにしちゃ方向がおかしい。船の慣性ベクトルと九十度ずれてる。横に引っ張られたような補正なんだ」

 

 ウルリカは数秒考えてから言った。

 

「次のワープに支障は?」

 

「ない。補正済みだから」

 

「なら問題ない」

 

 それで話は終わった。ウルリカは余計なことをしない女である。数値が補正済みならそれでいい。原因の追究は帰還後に整備班がやればいい話だ。

 

 だがギルはしばらくのあいだ画面を見ていた。

 

 補正の方向が気になっていたのだ。慣性ドリフトなら船の進行方向の延長線上でずれる。エンジンの微小な推力残留でも同じだ。横方向に引かれる現象は通常の航行では発生しない。重力源があるなら天体が近くにあるはずだが中継点E―91の周辺に既知の天体は存在しない。ここは星系と星系の間の何もない空間だ。

 

 何もないはずの空間で船が横に引かれた。

 

 ギルはログを保存して画面を閉じた。帰ったら報告書に添付しよう。その程度の判断だった。

 

 ◆

 

 二回目のワープに入った。

 

 跳躍自体は正常に終了している。冷却を経て通常空間に復帰した船の窓に見慣れた星系が映った。C66まであと通常推進で十四時間。退屈な帰路の最終区間だ。

 

 トマスが操縦席で微かに眉を動かした。この男が表情を変えること自体が珍しい。

 

「ウルリカ」

 

「何だ」

 

「ジャイロが合わない」

 

 船の姿勢制御ジャイロスコープは三基搭載されている。三基が独立して船の姿勢を計測し一致しない場合は多数決で正を決める。通常は三基とも完全に一致する。

 

 今、三基の値がそれぞれ微妙に異なっていた。

 

 誤差は小さい。〇・〇〇三度。航行に支障のない範囲だ。だが三基が三基ともばらばらの値を示している。多数決が成立しない。

 

「整備不良か?」

 

「出発前にチェックした」

 

 トマスはそれだけ言った。つまりジャイロは正常だということだ。この男が見落とすとは考えにくい。

 

 ペトラが窓際から声を上げた。

 

「ねえ、あの星ちょっと変じゃない?」

 

「どれだ」

 

「右舷の、あの明るいやつ。さっきからじわじわ位置がずれてる気がするの。カタログと比べると〇・一角秒くらい南にずれてない?」

 

 ギルが星図データベースを開いて照合した。

 

「……ずれてるな。〇・一二角秒。隣のやつも〇・〇八角秒ずれてる。方向は同じだ。まるで──」

 

 ギルは言葉を切った。

 

 まるでその二つの星の間にある何かが光を曲げているかのように、と言いかけて、やめた。星の間には何も見えない。

 

「航法に影響は」

 

 ウルリカが聞いた。

 

「いや、ない。恒星位置の参照点を別の星に切り替えれば済む」

 

「切り替えろ」

 

 ギルは切り替えた。

 

 ◆

 

 それから二時間後。

 

 通信にノイズが乗り始めた。

 

 C66の軌道ステーションとの定時連絡は三十分おきに自動送信されている。通常ならクリアな信号が返ってくる。この距離でノイズが乗る理由がない。

 

 ギルが周波数を変えた。変えても乗る。帯域を広げた。広げても乗る。ノイズの周波数特性を分析すると奇妙なことが分かった。ノイズではなく信号そのものが歪んでいるのだ。波長が伸びている。送信時より受信時のほうが僅かに長い。

 

 赤方偏移だ。

 

 通常の赤方偏移は天体が遠ざかっている時に発生する。だがこの船はC66に向かって近づいている。近づいているのに信号が赤方偏移している。

 

「壊れてるんだろ、通信機が」

 

 ペトラが言った。

 

「壊れてない」

 

 ギルの声には初めて硬いものが混じっていた。

 

「通信機は正常だ。信号が経路上で引き伸ばされてる。何かに」

 

「何かって何だ」

 

「分からない」

 

 ウルリカが口を開いた。

 

「C66への到着予定時刻は」

 

「十一時間四十二分」

 

「通信が死んでも帰れるか」

 

「帰れる。航法は生きてる」

 

「ならいいわ」

 

 トラブル時に変に狼狽えず、手持ちの札を冷静にチェックできる者はそこまで多くはないが、ウルリカたちはその数少ない冷静な者たちに含まれる。

 

 そもそもトラブルと言えるかどうかも微妙だ。

 

 信号発信ないし受信がが何かしらの要因で不調なんて幾らでもある。

 

 ◆

 

 しかし三時間後。

 

 船体に応力警報が出た。

 

 外殻の複数箇所にかかる圧力が非対称になっている。左舷と右舷で〇・〇四パーセントの差。小さい。だが宇宙空間で船の外殻に非対称な力がかかること自体が異常なのだ。なぜなら真空には圧力差がないからだ。

 

 トマスが何も言わずにエンジン出力を上げた。

 

 外殻の応力差は〇・〇六パーセントに上がっていた。

 

 ペトラが黙った。よく喋る女が黙っている。窓の外を見ていた。右舷側の星々が微かにだが一様に南へ滲んでいる。カタログ上の位置と比較するまでもなく肉眼で分かるほどにずれてきていた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 結句、C66の軌道ステーションに「カシオペア」の帰還信号が届くことはなかった。

 

 最後の定時連絡は標準時一四三二。内容は途中で途切れており後半部分は解読不能だった。解読できた前半にはギルの声で航法異常と通信障害の報告が含まれていたが具体的な原因への言及はない。

 

 事業団は三日間の待機の後「カシオペア」のステータスを「通信途絶」に変更した。

 

 同時期にセクターJ―15宙域とセクターG―21宙域で別の団員チームが未帰還となっている。三件の通信途絶は時期が重なっているだけで関連は確認されていない。事業団はそれぞれを個別の事案として処理した。

 

 関連は確認されていない──まだ。

 




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