★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版) 作:埴輪庭
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事態が一チームの消失で終わっていれば「不運な事故」で片付いたかもしれない。しかしそれだけでは終わらなかった。
アストリア・ラインズ。第三セクター宙域を主に運航する中堅の惑星間輸送会社である。従業員数四百名。主要取引先は辺境の資源開発コロニー。フロンティア・ゼロ計画の参加者三百二十七名が「航行中の制御系異常による事故」として処理されてから二週間と経たないうちに、この会社の輸送船団が丸ごと消えたのだ。
船は三隻。乗員計九十二名。積荷は工業用レアメタル千八百トン。中継点E―91を通過した記録を最後に通信が途絶えている。
中継点E―91──聞き覚えがないだろうか。チーム・カシオペアのナビゲーターであるギル・マルケスが航法コンピュータの異常な自動補正を検出した場所だ。慣性ドリフトとは九十度ずれた方向への補正。何もないはずの空間で船が横に引かれた──あの中継点である。
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続いて消えたのは事業団の高速巡視艦「レーティア」だった。
乗船していたのは開拓事業団の事業推進部長グスタフ・ケンメリッヒ。五十代のアースタイプで、巨体に似合わず小心者だったと同僚は語っている。セクターK07宙域の開拓権入札に立ち会うために出発し──帰ってこなかった。
高速巡視艦というのは事業団の幹部が移動に使う小型の快速船で、軍用に準ずる通信システムと冗長化された航法装置を備えている。民間の輸送船とは格が違う。それが消えた。
下っ端の団員が何十人消えようと「事案」で済む。幹部が一人消えると「事件」になる。この違いを不公平だと言うつもりはない。不公平に決まっているのだから、わざわざ言うまでもなかろう。
ケンメリッヒの失踪はしかし、それ以降も続く消失の始まりに過ぎなかった。
Dランクの二人組がセクターF―84宙域で。Cランクのソロ団員がセクターH―50宙域で。民間の小型貨物船がセクターE―110宙域で。いずれも中継点を通過した記録を最後に消えている。残骸も救難信号も見つかっていない。船ごと宇宙から蒸発したかのようだ。
それからも惑星C66の管理星域で消失事案が散発的に発生し──消失者が三百を超えたあたりで、管理局もその重い腰をあげるに至った。
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惑星C66管理局の第三会議室。
管理局はC66の行政を統括する組織であり、惑星開拓事業団とは別の系統に属する。平たく言えば街の管理者と開拓の実行部隊という関係だ。
管理星域の安全保障やトラブル対応は本来管理局の管轄であり、事業団は依頼を受けて惑星を調べに行く側に過ぎない。普段は互いの領分に口を出さない。出さないで済んでいたのだが、管理星域で船が消え続けるとなれば話は別だ。
というわけで管理局は事業団の幹部を呼びつけたのだ。この辺は管理局の実行能力が疑問視される所ではあるが、まあそれに対して疑問を抱く者はこの場にはいない。総じて老害ということだ。
丸テーブルに六名が着席していた。管理局側が四名、事業団側が二名。壁面のホログラムパネルには該当宙域の星図が投影され、通信途絶が発生した地点に赤い点が打たれている。二週間前には三つだった赤い点が十一に増えていた。
管理局側の幹部、デブデモンが最初に口を開いた。
カロリアン種──コテコテの、まさにTHE・異星人といった風の男であった。緑色の肌。横に広がった巨体。首と胴体の境目が判然としない肉の塊めいた上半身から、三重の瞼に覆われた小さな目がテーブルの上の資料端末を睨んでいる。
ちなみにカロリアン種は見た目に反して代謝効率が極めて高く、あの巨体を維持するのに必要なカロリーは人間の半分程度だ。種族名の由来もそこにある。省エネの塊なのだ。太っているわけではない。あれが標準体型である。ただし人間の美的感覚で言えば完全に太っている。
これは余談だが、彼らの祖先の一人はかつて惑星一つを拠点とした巨大な犯罪組織の大頭目であった。そして、カロリアン種の多くがその祖先のように悪辣なビジネスに手を染めていた。昨今はデブデモンの様に
「ブォルダ・ゲムバ。ゾルッタ・ドゥムニ・バ・ケバル……」
(事業団の下級団員を使って調査団を組むべきだ)
デブデモンの声は低く粘っこい。カロリアン種の声帯は人間のそれより太く短いため、出てくる音は喉の奥から搾り出す湿った重低音になる。銀河共通語は発音できない。胸元に装着された小型翻訳機がカロリアン語を即座にテキスト変換し、ホログラムで空中に投影する。
「ムルガ・バッダ・ゾドム……」
(原因究明は急務であり、そのためには現場の情報が必要だ。Dランク以下の団員を中心に二十名規模の調査団を編成し、消失が報告されている宙域に順次派遣する。費用対効果を考えれば妥当な規模だろう)
管理局が出す提案で消えるのは事業団の団員だ。管理局の懐は痛まない。Dランク以下の団員なら死んでも補償は雀の涙で済むし、遺族が訴訟を起こす金も持っていない。要するに他所の組織の使い捨て人材を使えと言っている。
だがこの席でそれを直接指摘する者はいない。通常であれば。
「反対だ」
事業団側の席から声が上がる──ローレン・ナイツであった。
黒髪のボブヘアと切れ長の赤い瞳が魅力的なイケメンだ。この男が二十代にして事業団の幹部ポストに就いた経緯については語ると長くなるが、要約すれば「手段を選ばなかった」の一言に尽きる。
「すでに三百人以上が帰ってきていない。そこに高度な調査スキルを持たない二十人を送り込んで何が分かる?」
「ガルッド・バ・ドゥム」
(情報を持ち帰る者が一人でもいれば十分だ)
デブデモンの翻訳機が即座にテキストを吐き出す。管理局の人間の発言としては合理的だ。消えるのは事業団の団員であって管理局の職員ではないのだから。
「一人もいなかったら?」
ローレンは腕を組んだ。
「チーム・カシオペアはBランクだ。Bランクの団員は貴重だ。各々、優遇を受けるだけの技術がある。そんな彼らですら帰ってきていない。アストリア・ラインズの船団はプロの船乗りだ。高速巡視艦は軍用に準じた装備を持っている」
ローレンは指折り数えるような仕草はしない。事実を順に並べるだけだ。だがその並べ方が残酷だった。
「それらが全て消えている状況で、DランクやEランクの団員を二十人送り込んだところで消える人数が二十人増えるだけだよ。うちの団員を差し出すわけにはいかない」
ローレンの反対は縄張り意識だけで出た言葉ではなかった。
デブデモンの三重の瞼が半分下がった。カロリアン種にとってこの表情は不快の表明であり、人間で言えば眉を顰める動作に相当する。緑色の巨体が椅子の上でぎしりと軋む。
「ドゥバ・ナイツ。ゲルゾ・バッダ……」
(ではナイツ。事業団としてはどう対処するつもりだ)
「該当宙域への航行制限を管理局から発出してもらいたい。原因が判明するまで少なくとも中継点E―91を経由する航路は封鎖すべきだ。周辺セクターについても注意喚起が必要だろうね」
「封鎖?」
管理局の別の幹部が声を上げた。セクターE―91の中継点を封鎖すれば辺境宙域への主要ルートが一本潰れる。物流に影響が出る。影響が出れば金が動く。金が動けば連合政府から圧力がかかる。管理局の面々の脳裏に走ったのはそういう計算だ。
「経済的損失が──」
「人を送り込んで消し続けるよりは安いだろう」
ローレンはそう言い切った。
デブデモンはローレンを睨んだ。
睨んだが黙った。
言っていることが正論だからだ。正論を吐く相手の腹に何が詰まっているかなど関係ない。正論は正論だ。反駁するには正論以上のものが必要であり、今のデブデモンはそれを持っていなかった。
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会議は航行制限の是非について検討を続行し、最終的に「セクターE―91中継点を経由する航路について当面の間注意勧告を発出する」という折衷案で決着した。
封鎖ではなく注意勧告。
行きたい奴は自己責任で行け。帰ってこなくても知らない。つまりは何もしないのとほぼ同じだ。だが「何かした」という実績だけは残る。官僚機構の常套手段である。管理局だろうが事業団だろうが、この手の組織の動きの鈍さは宇宙共通らしい。
ローレンは会議室を出た後、廊下の壁に背を預けて端末を操作していた。ケンメリッヒの最後の航行ログを引き出している。消えた巡視艦の航行記録は管理局との情報共有で開示されていた。
画面に並ぶ数字の中にローレンの目が止まった。
「……」
中継点E―91通過後の座標補正記録。横方向への〇・〇一二光年のずれ。慣性ベクトルと直交する方向。何もないはずの空間で船が横に誘引されている──。
ローレンはそのデータを自身の端末にコピーし、元の画面を閉じてその場を立ち去って行った。廊下を歩く足取りに、いつもの軽さはない。