★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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ザッパーと

 ◆

 

 注意勧告が出てから三日が経っていた。

 

 受けたい依頼は軒並みE―91方面の航路にかかっており、かかっていないものといえば中層居住区の配管修理や清掃補助の類だ。それらがどうしても駄目だというわけではないが、そういった仕事には刺激がない。要は退屈だということで、君の食指がどうにも動かない。まあ金のためならエンヤコラといった所ではあるが、今は(ケン)だと、君の本能が囁いている。

 

 が、それはそれとして──。

 

「暇だ」

 

 ミラは充電ユニットの上で節電モードに入っている。要はお昼寝中という事だ。

 

 端末を開く。連絡先の一覧が表示され──。

 

 指が止まったのは「ザッパー」の名前の上だった。

 

「暇なら来いよ」

 

 五文字の通信文を送り端末を閉じる。

 

 返信は四秒後に届いた。

 

『今から向かいます』

 

 ◆

 

 君の住居は中層居住区の第八ブロックにある。元宇宙船をそのまま改装したコンドミニアムだ。現役を退いた旧式の短距離連絡艇をそのまま居住ユニットに転用したもので、C66では珍しくもない。宇宙船はもともと生命維持と居住の機能を備えているからエンジンを抜いて配管を接続すればそれだけで住居になる。家賃は一般のアパートメントより安く気密性だけは一級品で隙間風の心配はない。

 

 室内はといえば、殺風景そのものだった。

 

 壁面は船体の内殻が剥き出しになっており、白い塗装が所々はがれて下地の銀色が覗いている。家具と呼べるものは折り畳み式の寝台と金属製の小机と椅子が二脚。壁の凹みに押し込まれた衣類は三着。操縦席だった部分にはミラの充電ユニットが鎮座し、調理設備は給湯器と電熱プレートのみ。食器は合成樹脂のマグカップが二個。

 

 清潔ではあるが、面白味に欠ける。

 

 ──なんか家具でも買うか……

 

 と思わなくもないのだが、別になくてもこまらないので行動に移せない。

 

 そんなこんなで暫くだらだらとしてると、外部ハッチのセンサーが接近者を検知して甲高い警報が鳴った。この元宇宙船にインターホンは存在しない。侵入者排除用の警報しかないので音が無駄にでかいのだ。

 

『来客です。ザッパーですね』

 

 ミラが節電モードから復帰してモノ・アイを点灯させる。

 

「おう」

 

 端末のリモートでハッチを開けた。油圧式の厚い扉が横にスライドする。

 

 プラチナホワイトの髪。ライトブルーの瞳。人型に形状記憶された液体金属の体を纏った女が立っていた。服はシンプルなグレーのワンピースで裾が膝上で揺れているが、これは布製ではなくザッパーの体表が質感と色を模倣したものだ。

 

「こんにちは、ケージ」

 

「おう。入れよ、適当に座ってくれ」

 

 ザッパーは軽く頷いてハッチを潜った。狭い通路も慣れたもので、ちょくちょく遊びに来ているから勝手は知っている。

 

 だが律儀にも毎回「お邪魔します」と小声で呟くのだ。この辺は君と違って生来の気質が善良なためだろう。

 

 椅子に腰を下ろしたザッパーが室内を見回す。

 

「相変わらずですね」

 

「何がだよ」

 

「何もないところが」

 

 事実である。

 

 ちなみに君はザッパーの家に行ったことがない。何度か提案したがその度に断られる。曰く「散らかっていてとても恥ずかしくて見せられません」とのことだった。金属生命体の部屋に何が散らかっているのかは大いに気になるが、しつこく聞くのも野暮だろうと黙っている。

 

 ◆

 

「お昼を買っていた所でケージから連絡がきたんです」

 

 ザッパーが持参した容器の蓋を開けると、中から銀色の液体がとろりと揺れた。鼻腔のセンサーが金属イオンの高濃度を検知する。鉄、クロム、ニッケル、モリブデン。液体金属スープとでも呼ぶべき代物だ。

 

 これがメタノイドの食事である。人間がアミノ酸と糖質と脂質を必要とするように金属生命体は金属を必要とする。彼女らの細胞は特定の金属イオンを取り込んで自己修復と新陳代謝を行っており、鉄が基幹栄養素でクロムが触媒でニッケルが構造補強の役割を担う。このスープ一杯に含まれる金属量は相当なもので──

 

『一食あたり約八百クレジットですね。高純度レアメタルの市場価格に換算すると』

 

 ミラが横から口を挟んだ。

 

「八百?」

 

 八百クレジットは結構な額だ。

 

「高純度でないと消化できないんです。安物を買うと体に混ざってしまうので……」

 

「俺のコーヒーなんて一杯二クレジットだぜ」

 

 電熱プレートで湯を沸かし合成コーヒーの粉末をマグカップに落とす。味はしない。

 

 二人で向かい合い、片方は銀色の液体金属を啜り片方は味のしないコーヒーを啜る。

 

 ◆

 

「最近、仕事はどうなんだ」

 

 ザッパーの匙を運ぶ手が一瞬止まる。

 

「輸送船の護衛をしていたのですが、最近は依頼が来なくなりました」

 

「ありゃ」

 

「船の運航自体が減っています。未帰還の案件が続いているせいで船主が航行を控えているようです」

 

 未帰還──その単語に消失事件の影が滲む。ザッパーが護衛していたのはC66周辺の宙域を行き来する民間輸送船で、消失事件の影響をもろに受ける業態であった。

 

「飯は大丈夫かよ」

 

 ストレートに聞いた。

 

「生活費のことですか」

 

「そうだよ。仕事がなくなったら結構きついんじゃねえか。飯代高いじゃん」

 

「蓄えはあります。暫くは問題ありません」

 

「暫くってのは」

 

「三ヶ月ほどです」

 

 三ヶ月。消失事件がいつ片付くかの見通しが立っていない現状では楽観できる数字ではない。

 

 ザッパーの瞳の色味が僅かに暗くなっていた。メタノイドの感情は眼球のイオン濃度に反映される。不安で暗くなり嬉しさで明るくなる。今は暗い。

 

 君は合成コーヒーをマグカップの底まで飲み干して天井を見上げた。元宇宙船の天井。配管と空調ダクトが走り照明パネルがそっけない白い光を落としている。

 

 少し考える素振りを見せてから口を開いた。

 

「なあ、ザッパー」

 

「はい」

 

「殺しとかじゃなくて、護衛とかならいいんだよな?」

 

 ザッパーがきょとんとした。

 

「ええ、まあ」

 

「じゃあさ──」

 

 ・

 ・

 ・

 

 翌日──君とザッパーは、下層居住区のアロンソの元を訪れていた。君にはとある腹案があったのだ。




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