★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版) 作:埴輪庭
◆
注意勧告が出てから一週間が経つ。受けられる依頼は配管修理と廃棄物仕分けと生ゴミの搬出くらいで、どれもぱっとしない。
端末を眺めていたら、ジミーから通信が入った。
ジミーとは君の悪友の一人であり、通称『シャブ漬けのジミー』だかなんだか、そんな不名誉な異名がある。違法ドラッグの売買経験も豊富な立派なスラム住民だ。あと前歯がない。
『よう、ザッパー。今夜、どうだい?』
ザッパーもヤクザの護衛でクサクサしてるだろうと端末にメッセージを送ると、サクサクと『いいですよ』と返事がきた。
『じゃあこれからマックの店の前で。一応メタノイド向けのメニューもあるはずだけど期待はするなよ』
『はい』
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「マックの酒」は下層居住区でも特に汚い店だ。
看板の文字は汚れだか錆びだかで読めない。まあ読めなくても問題ない。壁には正体不明の染みが無数にあり、テーブルの脚は全て長さが違い、椅子の座面には過去の喧嘩で抉れた穴が開いている。
酒は安いし、毒性もそこまで強くないのがウリである。
シャッターを押し上げて中に入ると、違法煙草の有毒な煙が充満していた。ミラが肩口でレンズを明滅させたが何も言わなかった。空気の質についてコメントしたところで改善の見込みがないと判断したのだろう。
「よう、ケージ! 遅えぞ!」
奥のテーブルで手を振っているのはジミーだ。痩せこけた体に似合わない声量は、薬物によってハイになっているからだ。その隣にいるゴツい男がボブ。向かいで煙草をふかしている眼帯の女がレイラ。
君の、まだ生きている悪友たちである。本当はもう少しいたのだが、大体自殺したか殺されたりしており欠員状態だ。
「連れがいるんだけどよ」
君が半歩退いて背後を示すと、プラチナホワイトの髪が煙草の煙の向こうに現れた。
「こんばんは」
ザッパーが小さく頭を下げる。
三人の反応はそれぞれだった。
ジミーは血走った目で「おう」と片手を上げた。ボブは「よう、姐さん」とにやけた。レイラだけがザッパーを上から下まで眺めてから口の端を歪めた。
「あら。久しぶりじゃないの」
「お久しぶりです」
面識はある。だが親しいわけではない。ケージの元カノという情報だけで繋がっている関係であり、ザッパーが殺し屋時代にどれだけの人間を解体したかを知っている分だけ妙な距離感がある。怖いとも思っていないが馴れ馴れしくもしない。下層の人間はそのあたりの空気の読み方だけは上手い。
◆
ザッパーはテーブルの端に腰を下ろした。
懐から布に包んだ何かを取り出す。布を開くと親指ほどの金属片が六つ七つ転がり出た。鈍い銀色をしている。
「何だそりゃ」
ボブが覗き込む。
「おやつです」
ザッパーが金属片を一つ摘み上げて口に入れた。
ガリ、と音がした。
人間が氷を噛み砕くのと似た音だが硬度が桁違いだ。ザッパーの歯──正確には口腔内の液体金属が金属片を包み込み分解し体内に取り込んでいく。クロムとニッケルの合金だ。人間にとっての枝豆のようなものだと思えばいい。
「おやつねぇ……」
「固形はおやつです。食事は液体で摂ります」
ザッパーはもう一つ金属片を口に放り込んだ。ガリガリと齧る音がテーブルに響く。
ジミーが顔をしかめた。
「頭に響くぜ、その音」
「すみません」
謝ったが齧るのはやめない。
◆
店主のマックが飲み物を運んできた。
ジミーの前にはドブ色の蒸留酒。ボブは発泡性の合成ビールを三本まとめて。レイラはグラス一杯の赤い液体だ。ワインっぽい色でワインっぽい味もするのだが、原材料を見れば決してワインではない事が分かるだろう。
君の前には合成ウイスキーのストレートが置かれた。それで酔えるわけでもないのだが、まあこういう場で空手ではシラけるというもので、君もその辺は空気を読む。
ザッパーの前にはグラスが一つ。中身は店にあった最も安い蒸留酒に彼女が持参した高純度インジウムの粉末を溶かしたものだ。銀色に濁った液体が照明を反射してぬらぬら光っている。
「それ旨いのかよ」
「わかりません。比較対象がないので」
「メタルのカクテルってわけ?気障ねえ」
レイラが笑った。ザッパーは首を僅かに傾げたが言い返さなかった。
◆
「しっかしよ、暇だよな最近」
ボブが合成ビールの一本目を一気に空けてテーブルに叩きつけた。テーブルの脚が一本浮いた。
「用心棒っつっても客が来なきゃ守るもんがねえ。賭場の客足が三割は減ってんぞ」
「船が消えてるせいだろ。物流が止まってンだ。やれやれだね、早く落ち着いてほしいもンだが」
ジミーが鼻を啜った。売人も暇らしい。上層の客は宇宙航行のリスクが報じられて以来ステーションの外に出たがらなくなり、新しいブツの入荷も滞っている。
「あたしは別に困ってないけどねえ、穴があればなんだってかまわないみたいなチンピラ、この辺にはごまんといるんだから」
レイラが煙草の煙を吐きながら言う。
「船が消えるって結局なんなんだ。海賊か?」
君が何とはなしにボヤくと、「海賊なら残骸が出る。救難信号も出る。何も出ねえから気味が悪いよなあ」とジミーが答えた。
「俺が聞いた話じゃな、消えた船の最後の通信がおかしかったらしいぜ。声が間延びしてたっていうんだ」
「間延び?」
「ああ。普通の声なんだけどよ、再生してみると微妙に遅いんだと。音が低くなってる。引き伸ばされたみたいにな」
ボブが怪訝な顔をした。
「通信機の故障だろ」
「故障じゃねえらしい。信号そのものが経路の途中で伸ばされてたんだとよ。何かに引っ張られるみたいにな」
ふうん、とレイラは気のない相槌を打って、眼帯の位置が気になるのか少しずらして整えていた。ちなみにこの眼帯はいわば
◆
「そういやお前ら、ゴールドラッシュ航路の話は知ってるか」
ジミーが二杯目の酒を手にしながら言った。
「ゴールドラッシュ航路?」
「五十年くらい前の話だ。辺境のテルノヴァ星系に希少鉱脈が見つかって掘削船が殺到した時期があった。ところがある時期からその航路を使った船が時間通りに着かなくなった」
「遅延なんて珍しくもねえだろ」
「遅延じゃねえんだ。船は予定通りに飛んでる。船内時計も正常。乗員にも遅れた自覚がない。でも着いてみると外の時間が数時間進んでる。まるで航路の途中で時間だけ盗まれたみてえにな」
ボブが鼻で笑った。
「ホラ話だろ」
「ホラかもしれねえよ。だがな、その航路はその後すぐに閉鎖された。理由は公表されてない。ただ閉鎖だ。で、閉鎖される直前に通った船の乗員が一人だけ妙な事を言ってんだ」
「何て」
「『何もないはずの場所に影があった』」
テーブルが静かになった。
「影って何だよ?」
ボブの声にはまだ懐疑の色がある。だが声の勢いは少し落ちていた。
「さあな。記録にはそう残ってるってだけだ。どうだ、ビビったか?」
ジミーが酒とついでにボブを煽ると、レイラが煙草を灰皿に押しつけて「あんたたちの怖い話って大体オチがないのよね」と茶々を入れた。
「影、ねえ……」
当然ながら宇宙にも影は出来る。例えばバットシャドウと呼ばれる非常に巨大な影などが有名だ。若い恒星の周囲を覆う原始惑星円盤が光を遮り、その影が背後の星雲に投影される現象で、太陽系の二百倍にも及ぶ翼状の暗黒領域を形成する。宇宙の蝙蝠、というわけだ。
ただ、件の乗員が言い残したという影はそれではあるまい。
バットシャドウはそこまでありふれた事象ではないが、人智の及ばぬ未知の現象というわけでもない。学のない君にしたって、科学的な説明はできなくとも現象としては知っているくらいだ。
じゃあなんだよと言われると、無論学のない君では全くわからないのだが。
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