★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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継承

 ◆

 

 下層居住区の勢力図は一夜にして塗り替わった。

 

 ドン・エゼキエルの死は電撃的に伝播し、ゴッチ・ファミリーの末端構成員たちは蜘蛛の子を散らすように姿を消した。縄張りを守る理由が消えたのだ。ボスへの忠誠心などという高尚なものを持ち合わせていた者は少数派であり、大半は給料と恐怖によって繋ぎ止められていたに過ぎない。給料の出処が死に、恐怖の源泉が枯れれば、残るのは保身だけだ。

 

 ルード・ファミリーはその隙を見逃さなかった。

 

 翌日から組織的な襲撃が始まった。ゴッチの賭場が焼かれ、密売拠点が制圧され、幹部の自宅が次々と銃撃を受けた。三日で七人の中堅構成員が殺され、五人が行方不明になった。行方不明というのは要するに死体が見つかっていないだけの話であり、おそらくは下層のどこかで腐りつつあるのだろう。

 

 ◆

 

 ゴッチ・ファミリーの残党が集結したのは、下層居住区の外れにある古い倉庫だった。

 

 かつては穀物の集積所として使われていたらしいが、今では埃と鉄錆の匂いが染みついた廃墟同然の建物である。天井の照明は半分が切れており、残った蛍光灯も不規則に明滅を繰り返していた。

 

 集まった幹部は七人。そこには当然アロンソも含まれており、彼の護衛であるザッパーもその場にいた。

 

「それで、誰がボスをやるんだ」

 

 沈黙を破ったのは、隻眼の大男だった。名はブルーノ。ゴッチ・ファミリーの武闘派筆頭であり、右目を失ったのは十五年前のルードとの抗争においてである。

 

「私がやる」

 

 声は意外な方向から上がった。

 

 倉庫の入口に立っていたのは、黒髪の若い女だった。年齢は二十代前半に見える。整った顔立ちだが、その眼光は獣めいたギラつきを放っていた。

 

 ヴェンデッタ── ドン・エゼキエルの一人娘である。

 

「お嬢……」

 

 ブルーノが呟いた。

 

「ボスの血を引いているのは私だけだ。異論は」

 

「ありません」

 

 ブルーノは即座に頭を下げた。他の幹部たちも次々と追従する。異論がないというよりは、異論を唱える気力が残っていないというのが正確なところだろう。沈みかけた船に新しい船長が現れたのだ。藁にも縋る心境である。

 

「いい返事だ」

 

 ヴェンデッタは薄く笑った。笑みというよりは唇の形が変わっただけのような、温度のない表情だった。

 

「では最初の仕事を始める。連れてこい」

 

 ◆

 

 倉庫の奥から引きずり出されてきたのは、三人の男たちだった。

 

 顔面は腫れ上がり、衣服は血と泥で汚れている。両手は後ろ手に縛られ、足首にも拘束具が嵌められていた。ルード・ファミリーの構成員であり、アロンソを襲撃しようとしてザッパーに捕縛された連中だ。

 

「こいつらがアロンソを狙った連中か」

 

 ヴェンデッタは三人の前に歩み寄り、屈み込んで顔を覗き込んだ。

 

「名前はなんだ?」

 

「……知るかよ、クソアマ」

 

 男の一人が血の混じった唾を吐いた。ヴェンデッタの頬を掠めて床に落ちる。

 

「そう」

 

 ヴェンデッタは唾を拭いもせずに立ち上がった。

 

「ケースを」

 

 その言葉に、倉庫の隅で待機していた構成員たちが動いた。運び込まれてきたのは、人間が一人入れるサイズの金属製のケースだった。業務用の冷凍庫か何かを改造したものらしい。

 

「これがお前の棺桶だ。お前の名前を刻んでルードの連中に届けてやろうとおもったのだがな。まあいいさ」」

 

 そしてもう一つ。

 

 ガラス製の大きな水槽が運び込まれた。中で何かが蠢いている。

 

 ガリガリだ。

 

 下層居住区に生息する雑食性の節足動物であり、体長は十センチから十五センチほど。名前の由来は獲物を齧る際の音である。単体では脅威にならないが、群れると話が変わる。飢えたガリガリの群れは、生きた人間を数時間で白骨に変える。

 

「待て、待ってくれ」

 

 これから自身にどんな不幸が降りかかってくるかを理解した男は真っ青になって口を開く。

 

「俺は、俺は喋る。何でも喋るから」

 

「必要ない」

 

 ヴェンデッタは水槽の蓋を開けた。

 

「これは尋問じゃない。見せしめだからな」

 

 ・

 ・

 ・

 

 ◆

 

「──というような事があったのです」

 

 ザッパーから話を聞いた君は大きくため息をついた。ここは君の自宅である。ブリーフィング・ルームが改装されて、リビングとして使われている空間で君はザッパーと向かい合って座り、糞みたいな話を聞いていた。

 

 君は悪趣味で前科があり肉体の大半が機械に置き換えられている人間かどうかも怪しいノンデリの屑だが、人間を虫けらに食わせて楽しめる感性は幸いにも持ち合わせていない。

 

 しかしよう、と君は口を開く。

 

「そのヴェンデッタとかいうお嬢ちゃんは大分厄いな。そこまでされちゃあルードファミリーの連中だって引くにひけないだろうに。どちらかが壊滅するまでヤりあうつもりかねえ」

 

「さあ──でも彼女には何か算段があるのかもしれませんね」

 

「算段だと?」

 

「ええ、両組織の戦力差は実のところそこまで差が開いているわけでもないのですが、士気の差が著しいです。このまま戦端を開けば──いえ、もう開かれているのですが、抗争の結果は明らかでしょう。士気というのは非常に重要です。まあゴッチファミリーの中にも忠誠心に富む者はいるかもしれませんが、その忠誠が向く先はドン・エゼキエルにあったわけですから」

 

「つまり、ヴェンデッタの奴にはその士気の差を覆してルードの連中に勝てるだけの何かがあるってことか」

 

「はい。その通りです」

 

「どうせ碌なもんじゃねえんだろうな、その()()ってのも」

 

『はい。その通りです』

 

 今度はミラが答えた。

 

『あくまで憶測の域を出ませんが、ヴェンデッタの母親は惑星開拓機構の幹部の一人であるレイフォル・オリビア・サクラという情報があります』

 

「まじかよ」

 

『はい。といっても情報の出所はダーク・サイトなので真偽は定かではありませんから。しかしヴェンデッタの外見情報がサクラのそれと酷似する事は事実です』

 

 なんだかいや~な話になってきたな、と思いながら、君はもう一度溜息をついた。ここ最近、溜息の回数が増えている様な気がしてならない君だったが、それを人間性の回復であると捉える心の余裕は無かった。

 

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