★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版) 作:埴輪庭
◆
「反対よ」
柔らかい声だった。
惑星C66事業団支社の最上階、役員会議室。楕円のテーブルに椅子が並び、一つだけ空いている。グスタフ・ケンメリッヒの椅子である。
事業推進部長ケンメリッヒ。五十代のアースタイプで、巨体に似合わず気の小さい男だった。セクターK07宙域の開拓権入札に立ち会うため高速巡視艦で発ち、中継点を通過した記録を最後に消息を絶っている。残骸も救難信号も見つかっていない。
主が帰ってこなくなってからも、誰も椅子を片付けない。
片付けないからといって、そこが手つかずというわけでもなかった。主のいない決裁箱には案件が積もり、その大半をサクラの部門とローレンの部門が代行の名目で持ち出している。
議題は消失事件への支社対応。ローレン・ナイツの案は、中継点E―91周辺を経由する辺境案件の受注を当面止める、団員を出さない、以上。
それに反対したのがレイフォル・オリビア・サクラだった。
「気持ちは分かるのよ。人が消えるのは悲しいことだもの。でもね、受注を止めれば支社の実績も止まるの。実績が止まれば本部の査定が──ええ、言わなくてもお分かりね。削られるのは予算と人員。その痛みを引き受けるのは結局、末端の団員たちだわ」
言いながら眉を寄せてみせる。その間も手元の端末では査定表を下へ下へと送っていて、指が止まったのは団員の頭数の欄ではなかった。
「査定が下がって困るのは本部か、あなたか」
ローレンは資料を開かない。
「こっちが困っているのは、Bランクのチームが帰ってこない宙域にDやEを出せと言われている事だよ。そこへ出して守れる実績があるなら教えてほしい」
残りの幹部たちは我関せずといった
「あら、出せだなんて言っていないわ。わたくしはただ、支社の首を絞めない方法を探しましょうと申し上げているだけ」
「探している間にも船は消えてるんだけどねぇ」
「だからこそ組織を痩せさせてはいけないの。痩せた組織に人は守れないもの」
「それは詭弁じゃないのかい? オリビア女史」
「では、こういたしましょう」
頃合いを見てサクラが折衷案を出した。凍結はしない。案件ごとにリスク評価を行い、受注の可否を個別に判断する。評価基準は各部門から人を出して詰める──聞こえのいい案だが、そもそもリスクに対しての解像度が低ければ余り意味はない案でもある。リスクがどんなものか分からなければ、それに対して何をどう気を付ければいいのか分からないではないか。
「それと、もう一つ──ケンメリッヒの後任を決めましょう。事業推進部長の空席が長引くのは健全ではないもの」
事業推進部長の既得権益は大きい。どの依頼を受けて誰をどの惑星に飛ばすか、開拓権入札の窓口をどこに置くかといった事柄に、かなり恣意的に介入できる立場にある。
サクラが名を挙げたのは財務畑の男だった。周囲の評価としてはつかず離れず、毒にも薬にもならない男といった所だろうか。無難と言えば無難な選択ではある。
「反対だ」
しかしローレンは間髪いれずに反対の声をあげた。
「後任は消失事件の対応を主導する事になる。管理局との折衝もある。決算しか読んだ事のない男に務まる椅子じゃないよ」
言うまでもなく建前である。
本音はサクラのあげた男が実際は毒にも薬にもならない男ではないと知っているからだ。サクラにとっては薬に、他の者にとっては毒になることを、ローレンの情報網がすでに察知しているからである。
「あら。ではどなたなら務まるのかしら」
ローレンは答えず、ただ笑みを以て返すのみだった。
結局後任の選定は継続審議。辺境案件はサクラの折衷案が、ほぼ原形のまま通った。
◆
──生意気な小僧。そろそろ片付ける算段をしなくてはね。
サクラがそんな事を思いながら会議室を去った後、ローレンはといえば一人会議室に残って端末を開いていた。これは官給品ではない。事業団の端末は通信の一切が本部のサーバーを経由し、閲覧の記録から打鍵の癖まで残る仕組みになっている。この端末は違う。秘匿回線に直結しており、通信の痕跡が支社にも本部にも残らない。
まあ珍しいものでもなく、サクラも他の幹部も含めて、似たようなものを皆持っている。
その端末に、ローレンは短いメモを一件打ち込んだ。
『R・O・サクラ 経歴と資金経路の再洗い出し』
少し考えて、一行足す。
『大至急』
と。