★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版) 作:埴輪庭
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『はあ……なあ、もう護衛の仕事やめたら?』
君は傍らに横たわるザッパーに腕枕をしつつ、彼女の極めて細い金属糸の先端を指先でぐりぐりとやりながらそんな事を言うのをこらえた。
こよりを作る様に、指先で髪をぐりぐり。
指先を離してはまたぐりぐり。
この髪の毛の感触が君は好きだった。メタノイドの髪の毛ではない。この
そも、メタノイドという金属生命体に体毛は不要である。
彼らの──流動性の高いアモルファス合金で構成されたその肉体は、いわば自律する液体金属だ。代謝に必要なのは有機性の食物ではなく、高純度の希少金属や鉱物のインゴット。それらを体内に呑み込み、溶融し、自らを維持するための元素として同化する。
体温調節のための汗腺もなければ、皮膚を保護するための体毛も本来は存在しない。つるりとした銀色の皮膜こそが、彼らのもっとも効率的で自然なあり方なのだ。
それなのに、ザッパーの頭部からは無数の極細金属糸が、まるで有機生命体の毛髪のようにしなやかに零れ落ちている。彼女が、わざわざ自分の肉体からチタンや銀の微細繊維を紡ぎ出して“生やして”いるのだ。かつて君が「こんな髪型が好きだ」と何気なく零した、その記憶の形を模して。
有機体の髪のように柔らかくはない。けれど、冷たく滑らかな金属糸が指の隙間をすり抜けていく感触は、どんなドラッグよりも君の神経を痺れさせる。自分の好みのために、彼女がわざわざ組成を割いて維持してくれているという事実そのものが、君にはたまらなく愛おしい。そんなザッパーがここ最近、連日のように襲撃されているというのは率直に言って不快であった。
ただ、という想いもある。
確かに自分は今ザッパーとデートしたりセックスしたりしているが、別に付き合っているわけではないのだ。君とザッパーの間には恋人であった期間はあるものの、諸々の事情で一度別れを経験しており、今だって別に寄りを戻して再度交際したというわけでもない。何となく寝て、何となく抱き合ってといった感じ──まあ言ってみればセフレみたいなものであるからして。
だのに、やれあれをしろこれをしろと指図するのはどうなのかというためらいがある。そもそもだが、ザッパーに仕事を紹介してやるといってヤクザの護衛の仕事をやらせたのは他ならぬ君である。
まあ君にしてもザッパーが単純に荒事に従事する分には何とも思わないのだ。君が気になるのは、ヤクザ連中の諸々の事情だった。これはヤクザ仕事に手を染めた者にしか実感としては分からないのだが、裏稼業というものはシンプルなのが一番良い。誰を守れ、誰を殺せ、何を売れ、何を運べ──こういうのが君の考えるナイスな裏稼業である。
だが、いまザッパーが巻き込まれているヤマは最悪の部類だった。有機体ども特有のドロドロしたアレコレが煮詰まったようなゲロ溜めではないか。
──特になあ、ヴェンデッタって言ったか。新しいボスは。女って男以上に面子に拘るからなあ。
男の面子なんてものは、札束を積むか指の二、三本も詰めれば案外あっさり手打ちになる。損得勘定という共通言語があるからだ。
だが、暴力の世界でのし上がった女ボスというのは始末に負えない。「女だからと舐められたくない」という過剰な防衛本能を誇りと履き違え、一度引くに引けなくなれば採算度外視で血の雨を降らせたがる。感情を大義名分にロンダリングしたヒステリーほど、裏社会で高くつくコストはないのだ。ロジックの通じない相手との抗争ほど不毛なものはない。
そんなヒステリックな茶番の防波堤として、今日も今日とて貴重な液体金属の肉体を蜂の巣にされているザッパーが、君には不憫でならなかった。
……もっとも、そんな地雷じみた女ボスの下へ彼女を放り込んだのは、他ならぬろくでなしの君なのだが。
──とはいえ、何にもしねえってのもな。それに、そもそも何をどうしたらイイ感じになるんだ?
髪の毛ぐりぐりに飽きた君が、ザッパーの首根っこをまるで猫のようにつまんでは離し、つまんでは離したりなどしながら考える。行為自体にさしたる意味はないのだが、首筋にはメタノイドの核があり、ここは色んな意味で敏感な部位なのだ。
そして数時間後、組織の呼び出しを受けたザッパーを見送った君だが、結局良い考えが浮かばなかったため──。
◆◆◆
「────ってわけだ。どうしたらいいもんかねえ」
と、ミラに相談することにした。
君としてはなるべく禍根なくザッパーの護衛仕事を辞めさせて、逆恨みされるような事は避けたい。だがそれはそれとして、ザッパーの仕事についてある程度まとまったクレジットが入るものを手配してやりたい。とりま旨い部分だけウマウマしたい──そんなノリである。
通常、そんな愚問には愚答を以て返されるのが世の常なのだが、ミラは違った。
DM777──汎用格安ガイドボットである彼女はしかし、神を作りたいなどと宣うアルドメリック社の悪戯心により極めて高性能なチップを詰め込まれたスペシャルな個体だ。(「揺らぎの設計者」参照)
名前だってMiracleのミラだ。そんな彼女なら、素早く君やその周辺のあんなことやこんな事を計算して最適解を出す事も容易い。然して彼女が導き出した答えとは即ち──
『では、ヴェンデッタを殺害しましょう』
というものであった。