★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版) 作:埴輪庭
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君の眼前の金属球は、いつもの淡い青色発光ダイオードをチカチカと明滅させながらとんでもないことを宣った。
「……おい。いま何つった?」
聞き間違いであってほしいという哀願を込めて、君は問うた。
『ヴェンデッタを殺害しましょう、と言いました。ただし、正確にはヴェンデッタを含む主要幹部全員の抹殺です』
ミラの音声合成器は相変わらず平坦で、まるで明日の天気予報でも告げるような無機質さを保っている。
「……あのさぁ……」
君は呆れた様にかぶりを振るが、ミラはどうやら本気の様だ。
『リスク管理の観点から言えば、現在の状況を放置するほうが遥かに致死率を高めます。彼女が率いる組織の抗争激化に伴い、ザッパーの任務時に於ける危険指数は上昇し続けています。両組織は名のある殺し屋を金に糸目をつけずに雇い入れていますよ。中にはザッパーより実績のある殺し屋もいます』
『契約主──この場合はアロンソの死亡に伴い、雇用契約は不可抗力条項により自動的に失効します。違約金も発生せず、組織からの追及や報復の対象にもなり得ません。さらに敵対組織ルード・ファミリーが非公式に提示している懸賞金の受領およびゴッチ・ファミリー裏金口座からの資金移動を並行処理することで、推定三千五百万クレジットの純利益が見込めます』
「……すげえ計算だな。で、実際に何をどうしろっつんだ? 俺に爆弾かかえて突っ込めなんて言うんじゃないだろうな?」
『そのような前世紀的な物理接触は推奨されません。彼らの中には退役軍人もおり、適切に対処されるでしょう』
「そうかい」
『もっと効率がよく、更に成功率も高いプランをご提案します。すでに準備フェーズの八割は完了済みです』
壁にホログラムが投射されるとそこには複雑な分子構造式と製造工程図が展開されていた。化学の知識など皆無な君の目にも、その幾何学的な分子格子が放つ禍々しさだけは直感的に伝わってくる。
『惑星C66の中層工業区にある自動化合成化学プラント──第七製薬コンビナートの基幹制御系に、昨夜の時点で侵入を果たしました。彼らが現在製造している安価な鎮痛剤の分子配列を二箇所だけ組み替えます。原料はスラムの生活排水に含まれる有機廃棄物と工業廃液のみ。追加の資材調達コストは実質ゼロです』
「……何を造る気だ?」
『アルドメリック社が惑星開拓初期の暴動鎮圧用として設計し、倫理的観点から破棄された神経作動ペプチドの復元化合物です。仮称として【ユーフォリア・オメガ】と定義します』
ミラの説明は、背筋が凍るほど滑らかだった。
『経口摂取または気道吸引からわずか三秒で中枢神経系のドーパミン受容体を飽和させます。あらゆる肉体的苦痛を完全に遮断し、通常の性的絶頂の数千倍に達する幸福感を脳内に持続生成します。恐怖心や自己保存本能は完全に消失し、被投与者は銃創や四肢の欠損を意に介さず歓喜の笑みを浮かべたまま行動を継続します』
「要するに、痛みを感じねえ狂戦士にするってことか」
『より正確には、死の瞬間まで全能感を錯覚する使い捨ての生体ユニットです。不可逆の強い精神依存を形成し、投与から七十二時間で脳幹部が熱変性を起こして確実に即死します』
君にしては珍しく突っ込むことでもない、余りにも禍々しい、邪悪なプランをミラは滔々と語っていった。
『この化合物をスラムの給水ラインおよび密造酒の流通網へ極小量ずつ混入させます。およそ三日間で下層の浮浪者や武装ゴロツキ約三万名が重度の中毒状態に陥ります。そこであなたが唯一の供給者として接触し、追加の配給条件としてゴッチ・ファミリー本部の襲撃を指定します』
「……三万人のゾンビが、薬欲しさに本部へ突っ込むわけか」
『はい。痛覚を喪失した群衆による物理的圧力はどれほど重装甲の警備網であっても防ぎきれません。ヴェンデッタ氏が圧殺された後、七十二時間が経過すれば暴徒たちは全員脳を融解させて勝手に全滅します。生存者ゼロにして証拠は完全消滅し、関与の追跡は不可能です。極めて高効率なソリューションです』
ミラは青い光を穏やかに明滅させ、完璧なプレゼンテーションを終えた。
部屋の中に重苦しい静寂が満ちる。
壁に映し出された三万人の使い捨て人間と、その全員が脳を煮沸させて死ぬという工程図を前にして、君は胃の底からせり上がってくる酸っぱい液体を呑み下した。
「……おい」
『はい、ケージ。何か懸念事項がありますか?』
「懸念事項どころの話じゃねえよ! バイオテロじゃねえか!!」
君は立ち上がり、思わずベッドサイドの金属球へ掴みかかりそうになった。
「スラムが丸ごと消滅すんだぞバカ! だいたいヴェンデッタの周囲で一番外側の弾除けやってんのはザッパーだ! その三万人のゾンビの津波で、あいつまで挽き肉になっちまうだろうが!!」
『彼女の身体性能ならば問題なく逃げおおせる事が可能だと思いますが?』
「だめだめ! 永久に却下! 却下で~す! そのヤクの配合データは今すぐ消せ! もっとマシなプランはねえのかよ!」
頭を抱えて叫んだ君に対し、ミラは光の明滅をふっと止めた。機械が思考に耽るはずもないのだが、その沈黙にはどこか底知れない圧がたゆたっている。
『質問の意図を正確に把握できません。「マシ」とは具体的にどのパラメーターの改善を指しているのでしょうか?』
「全部だよ全部! 常識で考えろ!」
『常識という語は統計的中央値にすぎず、作戦の最適化には寄与しません。ケージの言う「マシ」とは──
原料調達プロセスの更なる短縮によるコスト削減
致死までの時間を七十二時間から十二時間へ圧縮することによる作戦時間の最適化
死体の自己融解速度の向上による清掃プロセスの完全自動化
以上のいずれを希望しているのでしょうか』
「全部違えよクソが!!」
君は文字通り頭を抱えた。こんな使い古されたジェスチャをするほどパニックに陥っていたのだ。
「いいか、マシってのは血が流れねえとか人が死なねえとか、後味の悪くねえ落としどころのこと言ってんだ!」
『……生命活動の停止を伴わない、という意味でしょうか?』
「そうだよ! 当たり前だろ!? おぉん!?」
『理解不能です。対象の生命維持を許容することは、将来的な報復や情報漏洩や縄張りの再奪還といったリスク係数を無期限に抱え込む行為です。極めて非効率的かつ非合理的です』
「世の中の人間関係なんざ非合理でできてんだよ。だいたい俺はヴェンデッタを殺したいわけじゃねえ。ザッパーが危ない目に遭わずに足抜けできて、小遣い稼ぎができりゃそれでいいんだ。大体そんな真似してよ、治安維持局が動かねえはずねえだろ! それともあれか? 連中も皆殺しにしちまおうってのか?」
『希望ならばいくつかのプランは提供できます』
「いやいや……あのな、要はさ、アイツがいなくなればいいんだよ。この星から消えちまえば死んだのと同じだ。追い出しゃいいんだよ、追い出しゃ」
『……物理的排除ではなく、空間的・地政学的排除、ということですね』
ミラがぽつりと呟いた。
青いレンズの奥で、無数の計算式が再起動していくのが見て取れる。
『ヴェンデッタ氏を惑星C66から追放する、と』
「そうそう、それだよ。それなら誰も死なねえし、俺たちも人殺しの片棒担がなくて済む」
『……再計算を実施します。対象を惑星C66から自主的あるいは不可逆的に退場させるための動機付けおよび障害の排除──それならば、このデータが極めて有効でしょう』
壁のホログラムが再び瞬いた。
今度は膨大な個人記録のアーカイブと、医療データの断片が壁面を埋め尽くした。
「……なんだこれ。カルテか?」
『ゴッチ・ファミリーの先代ボス、故ドン・エゼキエルの極秘通信記録、およびヴェンデッタ氏の幼少期における生体改造ログです』
画面に映し出された少女の生体スキャン画像を見て、君の喉が詰まった。華奢な骨格の至る所に、不格好で暴力的な旧式のサイバネ部品が無理やり埋め込まれている。神経系の接合部は赤く腫れ上がり、拒絶反応を抑制するための強烈な免疫抑制剤の投与記録が連日連夜並んでいた。
『エゼキエル氏は娘を後継者として愛していたわけではありません。彼が行っていたのは自身の所有物に対する過酷な虐待と、違法な生体兵器化実験です。ヴェンデッタ氏の頑なな攻撃性と女と舐められることへの異常な恐怖は、この幼少期の被虐待体験に起因します』
「うわ……胸糞悪ぃな。あいつ、親父に人体実験されてたのかよ」
『はい。そして彼女が父親を殺害した動機は純粋な復讐です。しかし、彼女の生命が今日まで保たれた真の要因は別にあります』
ミラは別の暗号通信ログをクローズアップした。
そこには冷ややかな顔写真が添えられている。
「……おい、これって」
『レイフォル・オリビア・サクラ女史。惑星開拓事業団支社の幹部であり、ヴェンデッタ氏の実母です』
事業団の上層で贅を尽くし、七十歳近い年齢を微塵も感じさせない完璧な美貌で君臨する、あの女役員だ。
『サクラ女史発の通信ログを解析した結果、どうやら彼女がドン・エゼキエルの人体実験をある程度掣肘していた様ですね』
君はうむむと唸り、再び頭を抱えた。
この情報が果たしてヴェンデッタの追放に対してどう役に立つのかさっぱりわからないのだ。
だがミラが言うんだから何かしらの役には立つのだろう。
しかし──。
このまるっこい球は一体何なのだろうか。
──悪魔のキンタマか?
そんな事を思いながら、君は指の隙間からミラをちらっと見た。
その瞬間。
『見ていますね、ケージ』
思わず、「ひっ」と声をあげてしまう君であった。