★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版) 作:埴輪庭
◆
『ケージ、先ほどの疑問にお答えします』
「……疑問?」
『サクラ女史の記録が追放にどう役立つのか、です。ヴェンデッタ氏の生体改造ログをもう一度ご覧ください』
壁のホログラムがさっきの胸糞悪い画面に戻った。ミラはそのうちの一列だけを拡大していく。連日連夜並んでいた免疫抑制剤の投与欄だ。
それが下へ下へと流れていき、止まらない。少女の頃の日付が尽きても、その先に続いている。
『投与は幼少期から現在まで一日も途切れていません。旧式の部品は彼女の体に全く適合しませんでした。薬の投与が止まれば数日で神経接合部から壊死が始まるでしょう』
「気の毒なこったなァ」
『はい。そしてこの薬剤は下層の闇医者に調合できる代物ではありません。製造しているのは中層以上の限られた製薬企業のみで、流通は許可制です』
「じゃあ親父が死んだ後は誰が面倒見てんだ?」
ドン・エゼキエルの死後、組織の誰も手配していないというのに、ヴェンデッタへ薬の供給が続いているわけだ。
『ヴェンデッタに対して安定して供給している者がいます。しかしその供給者が問題です。惑星開拓事業団の開拓資材便で、品目は医療資材。受取先はゴッチ・ファミリーの息のかかった倉庫になっています。そして同じ便には毎回、工兵用電源の名目でエネルギーセルが積まれています』
「……おいおい。そこまでズブズブってのはどうなんだよ、おーん?
惑星開拓事業団は表向き、反社会的勢力とは一切の関係を持たないという企業ポリシーを掲げている。本部の玄関ホールには金文字でそう刻んだプレートまで飾ってあるそうで、そのプレートの足元から出た便がマフィアの倉庫に弾を届けているのだから大したものである。
『要するにヴェンデッタ氏は、薬と弾の両方をサクラ女史に握られています』
「で、それがどう追放に繋がるんだ? もうこれ百回くらい聞いてるけど」
『薬は惑星C66では作られていません。サクラ女史の線が切れた場合、ヴェンデッタ氏がこの薬を手にできる場所は星の外にしかなくなります』
「……出ていくしかなくなるってわけか」
『付け加えるなら、セルが切れればゴッチ・ファミリーは数週間で干上がります。星に残っても待っているのはルード・ファミリーの報復です』
君は中々クレバーなやり方だと感心した。
『さらに、サクラ女史自身がこの星に居られなくなれば、薬の在処は彼女と共に星を出ます』
「母ちゃんの尻を追っかけて娘も出ていくってか。親子そろって高跳びね……」
悪くないと君は思った。
これ以上誰も死なないし、ザッパーの雇い主が消えればザッパーの護衛仕事も後腐れなく終わる。何だったら事業団の公用便に乗って出ていく親子を見送りに行ってやってもいい。ハンカチくらいは振ってやろう。
「でもよ、事業団のお偉いさんを星から叩き出すなんて真似が誰にできるんだよ?」
『事業団の中に、彼女を叩き出したくて仕方のない者がいます』
「誰だよ」
『ローレン・ナイツ氏です』
「げっ」
君は露骨に顔をしかめた。
セレスティアル・ガーデンで警備の仕事をしていた最終日に、一度だけ絡まれた事がある。やたらと
「あのとんでもないホモ野郎かよ! あいつはやばいぜ! 俺とホモセックスしたがってるんだ! マジでとんでもねえ野郎だ! 危険すぎる!」
『そうはなりません。ケージ、Be cool──差出人は明かしませんので大丈夫です』
「ああ、匿名ってことか。まあそれなら……いや待て」
君は眉根を寄せた。
「どうやって送るんだよ。お偉いさんの端末なんて、そこらのチンピラのとは訳が違うだろ」
『ケージは彼から連絡先を受け取っているはずでは?』
「消したに決まってるだろ! どんなウイルスが仕込まれてるかわからねえじゃねえか! ホモウイルスに感染したらどうするんだよ」
『多様性の時代ですよ、ケージ。それはともかく、消してしまっていても問題はありません。彼の秘匿端末への情報提供についてはすべての障害を既に排除してあります』
「は? どうやって?」
ミラの青い光が心なしか弾んだ。君は早くも訊いたことを後悔し始めた。
『秘匿回線そのものは確かに通信の痕跡を残しません。ですが端末は物理的な演算装置ですので、稼働中は筐体から微弱な位相残響を漏出させます。ローレン氏の端末は第四世代の擬結晶シールドを採用していますが、このシールドには製造段階で生じる格子欠損があり、欠損部では残響が偏極した状態で透過します』
「お、おう、そうか……」
『透過した偏極残響は支社ビルの給電網に重畳しますので、給電網の末端で逆畳み込み処理を施せば演算時の命令列をおよそ復元できます。ただし復元精度は打鍵時の熱揺らぎに左右されますので、ローレン氏の打鍵癖を事業団の官給端末の打鍵記録から学習させ、揺らぎを補正する必要がありました。ちなみに補正には非可換の──』
「もういいよ」
『──残差写像を用いまして、この写像の収束条件がローレン氏の場合は左手薬指の』
「もういいっつってんだろ!」
君は両手を挙げた。降参の姿勢である。
「分かった。すげえ。お前はすげえよ。出来るってことは分かったよ。もっと簡単に言ってくれねえかな」
『わかりました。色々と細工をしたのでできます』
「いいね!そういえば……お前さ」
『はい、ケージ』
「最初っからそのつもりだったんじゃねえだろうな。殺すだのゾンビだのってのはアレか、前振りか。俺が嫌だっつって、じゃあ追い出せって言うのを待ってたとか」
『ケージの判断を尊重しているだけです』
青い光がいつも通りに明滅している。
いつも通りである事が、この場合は一番おっかない。
「……ところでよ。さっきのヤクのデータ、ちゃんと消したんだろうな。万が一漏れたりしたらマジでやばいぞ」
『…………はい、今この瞬間、物理データから消しました』
◆
惑星C66事業団支社。深夜。
役員フロアで明かりが点いているのは一室だけで、それがローレン・ナイツの部屋だった。
「……へぇ」
特別な端末にファイルがひとつ届いている。差出人の欄は空白だった。驚くべきはファイルの名前だ。
『R・O・サクラ 経歴と資金経路の再洗い出し』
役員会議の後、ローレンがこの端末に打ち込んだメモの文言そのままである。通信の痕跡が支社にも本部にも残らずローレン以外の誰も開けないはずの端末の、そのメモ帳の中身だ。
つまり、送り主はローレンに自身の技術力を誇示しているのだ。それだけの技術力が持つのだから信じろ、という暗黙のメッセージである。
開いてみれば中身は丁寧なものだった。事業団の開拓資材便の積荷記録。医療資材と工兵用電源。受取先の倉庫の登記と、その倉庫に出入りしている人間の顔写真。諸々、諸々。何千何百にも及ぶ他愛もないデータがどこにどう結びついて、どういう影響を齎しているのかが懇切丁寧に説明されているではないか。
無数の細い繊糸をよりあわせて一本の糸を編み、それらを更に張り巡らせて、一つの美しい巣が形作られているそれを見て、ローレンはぺろりと唇を舐めた。
「誰だか知らないけれど、超ウィザード級なんてレベルじゃないね」
超ウィザードというのは滅茶苦茶凄いハッカーという意味だ。分かりやすく例えるなら、そこらの小僧が吸う粗悪な脱法ハーブが一般のハッカーで、一握りで豪邸が建つ純度百パーセントのクリスタルメスが『ウィザード』。そして超ウィザード級というのは、気化した煙を一嗅ぎしただけで三千万人の脳が同時にショートして神の啓示を幻視するような、軍事機密の致死性劇薬といったところである。
内容は精査が必要だが、少なくとも軍事レベルのセキュリティを易々と貫通し、個人的にこんなものを送りつけてきた相手には、さすがのローレンと言えども心当たりがない。
一瞬、とあるカジノで出逢った自分好みの青年の顔が思い浮かぶが──
「うぅん、でも彼は違う気がするなあ」
そのパーソナリティや行動原理には非常に興味があるし、望まれるとあらばベッドを共にしてもいいし、受けでも攻めでも楽しめそうだとも思っているが、
まあいいか、とローレンはデスクから注射器を取り出し、首筋に薬液を注入した。むろん、違法ドラッグではなく単なるエナドリである。徹夜仕事をするなら血管に直接ぶち込んだ方がキくのだ。